三十八頁目 さらばオルトーラ その準備
コルティア子爵からの褒賞という名目でオレが男爵位を貰ってから、既に数日が経過している。
子爵からの叙爵なので、通常であればオレことホオズキ男爵はコルティア子爵の寄り子という扱いになるはずなのだが、『ホオズキ殿を私が扱えるわけないだろう』との子爵の言葉により、それは無い事になった。
まあ、コルティア子爵はオレの正体を知っているし、本人としては伝承の勇者を家臣扱いには出来ない、という事なんだろう。
こちらとしても、今まで通りに好きに動けるわけで、コルティア子爵には感謝の念が尽きない。
「もう、行ってしまうのか?」
「今回の件で、名誉爵位とはいえオレも貴族だしな。寄り子でもない以上、いつまでもこの屋敷に滞在するわけにもいかないだろう?」
「それはそうだが……。もう少しくらいは、良いだろう?」
寂しそうな表情でコルティア子爵が必死に訴えてくるが、そういうわけにはいかない。
寄り子でもないのに、他所の貴族の屋敷にいつまでも滞在しているわけにはいかないだろう。そうでなくても、こちらの本来の目的は旅なのだから、いい加減に本来の目的の方にシフトしないとならない時期だ。
それにしても、コルティア子爵には随分と懐かれてしまったものだ。した事と言えば、領主軍の再教育と魔族&魔物襲撃の殲滅と撃退くらいなのだが、はてさて、どこに懐く要素があったのやら。
それとも、異世界の勇者ってのが強いのかね。
「そう寂しそうな顔をされると困るんだが」
「もう少し……もう二、三日でいいから。どうにか頼めないだろうか?」
「コルティア子爵。一応貴族なんだから、理由もなく他の貴族の屋敷滞在する事は拙いって、わかってるだろう?」
「わかってはいるが、しかしな……」
「大体、なんだってそんなに残って欲しいんだ」
「それは……」
「それは?」
「……もう少し、その……ホオズキ殿の手解きをだな……」
「全員撤収! ギルドで適当な護衛依頼を受けて次の街に向かう!」
「あああああ! 何故だ! そんなに私の事が嫌いなのか、ホオズキ男爵!?」
むしろ好きな部類ではあるが、流石にそれは容認出来ない。
コルティア子爵は元々かなりの実力者だ。それはオルトーラの警備隊も領主軍も、なんなら王城の騎士団や国王ですら知るところだろう。
だからこそ、これ以上の指導は出来ない。まったく出来ない人間を一から育て上げるのとは違う。
しかも、コルティア子爵は文字通り子爵なのだ。オレよりも爵位が高い。
きちんと実力を認められて貴族になった人間が、ぽっと出の新人名誉男爵に指導を受けていると他の貴族が知れば、コルティア子爵は今以上にナメられてしまう。
ただでさえ女貴族という事で侮られている立場なのだから、その辺りを考慮して欲しい。
「コルティア子爵。次に会うまでに、貴女が人の上に立つ者として、貴族として、武人として成長している事を祈ろう」
「……もしその時、ホオズキ男爵の基準に到達していたなら?」
「今までしてきたのとは別の、本格的な指導をしてやろう。『女のくせに』とナメられない女傑に仕立て上げてやる」
「それは、今ではダメなのか?」
「どんな生き物でも、巣立ちや親離れの時が来るだろう。つまりそういう事だ」
「むう……。仕方ないか。ホオズキ男爵は私の寄り子ではないのだしな……。だが、次に会う時までには、今以上に成長している事を約束しよう」
「ああ。約束が反故にならない事を祈っているよ、コルティア子爵。さて、行こうか」
屋敷の前でコルティア子爵と別れ、街の門へと向かって歩く。
コルティア子爵か。確かな実力があるとは言っても、まだまだ発展途上。今後に期待しよう。
◆
街の門に向かう途中で、ふと気付く。
オルトーラに来るまでは三人での旅だったが、あれから更に三人増えたし、半数以上が子供だ。
護衛の依頼を受けたとしても結局は歩きになるのだから、幌馬車でも買った方がいいのではないだろうか。
「うぅん……」
「どうされました、主?」
「いや、人も増えたし幌馬車でも買うかな、と思ってな。次の街までの距離もわからんし、徒歩より良いかと思うんだが……」
「そうですね。私やロゼ、あとは……ライカくらいなら平気かも知れませんが、アナやルキナには辛い道中かも知れないですね」
「だろう? 馬も良いのが欲しいよな……」
とりあえず市場に向かい、馬車屋はないかと視線を巡らせると、商人ギルド直営の馬車屋を発見した。
「いらっしゃい、お兄さん。随分と大所帯だね」
馬車屋の売り子らしき女の子が、こちらを見るなりそう声をかけてくる。
「そうなんだよ。だから幌馬車が欲しくてな」
「うんうん。徒歩だと厳しいものがあるからね、英断だと思うよ」
「馬は良いのがいるか?」
「もちろん! 選りすぐりのケルタ馬さ!」
ケルタ馬。
主に馬車を引くために育てられる馬で、馬車の定員一杯に人を乗せても一日半は連続して進行出来るだけのスタミナと、咄嗟の時の瞬発力を兼ね備えた優秀馬。
体格も良く、一部はそのまま鞍と手綱を着けて乗る事にも利用されるのだとか。
そんな優秀なケルタ馬だが人見知りが激しく、初対面の相手にはまず暴れ散らす事で有名らしい。
ちなみに、馬車屋のこの女の子は実家が馬を育てているのだとか。
「……ふむ。とりあえず見せてもらっていいか?」
「構わないけど、あんまり大人数だと落ち着かないかも知れないから、出来れば責任者が一人で来る方がいいよ」
「そうなのか。……仕方ないな。ユキヤ、ロゼ。戻るまでの警戒を頼む。あまり絡まれる事は無いと思うが、もし危害を加えられるようなら制圧してくれ」
「わかりました」
「畏まりました、主」
「――じゃあ、行こう。案内を頼む」
「はいよー!」
女の子に連れられ、少し離れた厩に案内される。
そこでは左右合わせて八つの馬寮で飼われた馬が、それぞれ自由に過ごしていた。
「……なるほど、良い馬だな。体格もしっかりしてて筋力も申し分ない。しかし大人しいな?」
「あれ? おかしいな……。新規のお客さんを連れてくると大体暴れるのに」
厩の中は、それはそれは静かなものだった。
馬達は暴れる素振りも、嘶く事もなく、静かに過ごしている。
「ま、いっか。どう、お兄さん? どの子が好みかな?」
「……そうだな……」
ゆっくりと、一頭一頭しっかりと確認しながら厩の中を往復する。
どの馬も精悍な顔付きで、女の子の説明にもあったように体格が良く、筋肉もしっかり付いている。……のだが、何故かどの馬も大人しい。
女の子の話では、気性は荒くないまでも人見知りが激しくて、初対面の奴が相手だと暴れ散らすという事だったが、どう見ても借りてきた猫にしか見えない。
まさかと思い視界の左上に視線をやるが、固有スキルによるバフや何らかのスキルによるバフデバフがかかっている様子はない。
はて、なんでこんなに大人しいんだ?
いちいち宥める必要がないのは物凄くありがたいのだが、普段と違う事をされると気持ち悪い。
どうせなら景気良く暴れてくれれば良いのに。
そうすれば、こちらにもそれを屈伏させる楽しみが――おっと、危ない。
「参考までに訊きたいんだが、一番暴れるのと、その次に暴れるのは、どれとどれだ?」
「えっとね……右側の一番奥のと、左側の手前から二番目の子だよ」
「よし、そいつらを貰おう。馬車と合わせていくらだ?」
「……え? いいの?」
「構わないさ。馬の扱いには覚えがある」
「そっか。幌馬車と馬二頭で中銀貨八枚ってところだね」
「ふむ……。案外安いもんだな」
「お兄さん、私のタイプだから。ちょっとサービス」
少し照れたように女の子が言う。
オレなんて、ただ目付きが悪いだけだと思うんだがな。まあ、そういうのは素直に嬉しい。
「そりゃ光栄だな。歳は?」
「十一。お兄さんは?」
「二十一だ。結婚出来るようになるまで、大体五年ってところだな」
「結婚!?」
「……まあ、その頃はまだ旅が楽しい時期だろうがな。ほら、代金だ」
差し出された女の子の手のひらに、大銀貨一枚と小銀貨三枚を落とす。
「……あれ、お兄さん? 多いよ?」
「本来は大銀貨一枚くらいするだろう? 小銀貨はお小遣いだ。好きに使うといい」
「――ありがとう!」
「ああ、どういたしまして」
心底嬉しそうな笑顔で銀貨を肩からたすき掛けにしたカバンの中に入れる女の子。
そういえば、十一歳の女の子が切り盛りしてる商人ギルド直営店ってなんだ?
普通は誰か大人が店員をやってそうなものなんだけどな。
『――ふざけんじゃねえ!』
そんな事を考えていると、厩の外から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
オレには当然聞き覚えのない声だったが、女の子には聞き覚えがあったようで、はっとした顔をして
「お兄さん、来て。早く!」
と、オレの手を引いて厩の外に飛び出した。
女の子に連れられて向かった先には、ライカ、アナ、ルキナを守るように立つユキヤ、ロゼと、それを恨みがましい眼で睨み付ける男がいた。
「……なんだ?」
「……ごめんなさい、お兄さん。あれ、私のお兄ちゃんなの」
あの男は誰だろう、なんて考えていると、女の子がそんな事を言ってきた。
この子の兄なのか。
しかし、なんだってうちの連中を睨み付けてるんだ?
「お兄ちゃん、何してるの!」
「――アルテか! お前もこの半端者を追い出すのを手伝え!」
「半端者……?」
「そこに薄い金髪のハーフエルフがいるだろ!」
やはり、というか。
アルテと呼ばれた女の子の兄である彼は、ハーフエルフなぞ許さない派の人間だったようだ。
いや、もしかしたらロゼやライカみたいな亜人に突っ掛かってるのかも知れなかったのだが、ロゼが前に立ってるのに何もしてないから、それは無いか。
「ハーフエルフ……!?」
アルテの顔がみるみるうちに怒りに染まる。
なるほど。あの兄にしてこの妹あり、か。
……いや、案外親からか、更にその上からって可能性もあるな。
「アルテちゃん、だったか。さっき見たと思うが、あそこのはオレの部下なんだ。あまり邪険にしないでやってくれないか」
「あ、お、お兄さん……。でも、ハーフエルフは……」
「お前達! 買い付けは終わった。こっちに来い!」
ユキヤ達に呼び掛けると、アルテの兄など眼中に無いかのように即座にこちらへやってくる。
まあ、そうするとアルテの兄もついてくるわけなのだが。
「……あんたがこいつらの主人か」
「初対面の相手に『あんた』なんて失礼な。名前と歳、所属ギルドを述べろ」
「カッシェ。歳は十八、冒険者ギルドランクE、商人ギルドランクはブランクだ。……あんたは?」
「セツカ。セツカ・ホオズキだ。数日前にコルティア子爵より名誉男爵位に叙爵された。歳は二十一。冒険者ギルドランクはF、商人ギルドランクはブランクだな」
「貴族様――!?」
「お、お兄ちゃん! 早く謝って!」
名と身分を告げると、カッシェとアルテの顔が一気に青ざめる。
こういう事があるから貴族にはなりたくなかったんだけどな……。
「ハーフエルフが毛嫌いされているのは知ってたが、まさかこうまで露骨とはなあ……。ルキナ、大事ないか?」
「はい、主様。私は平気です」
「そうか。そりゃ良かった」
パッと見た感じでもルキナを始め、ユキヤ達に傷はない。
どうやら攻撃されたりはしていないようだ。
「あ、あの、ごめんなさいお兄さん!」
「いや、オレは別に構わないんだがな」
「……ふん。ハーフエルフなんか連れた貴族が何の用だよ」
「何って……ここは、馬車と馬を取り扱う店だろう? しかも、商人ギルド直営だ。もしかして、お前の店か?」
「違う。俺はギルドの人のいない間を埋めるために手伝いに来てるだけだ」
「ふむ……。ギルドの人とは言うが、名前は?」
「アルシャさんだけど……」
「アルシャ……アルシャね」
商人ギルドに行って確認してみるか。
まあ、それでなくとも登録情報の更新のために冒険者ギルドにも商人ギルドにも顔を出さないといけないんだがな。
ついでにライカ達の冒険者登録も済ませておこう。
「言っておくけどな! ハーフエルフに売るもんなんか無ぇからな!」
「買いに来たのはオレだが?」
「あんたにもだ! ハーフエルフなんかの主人なんか、ロクな人間じゃねえに決まってんだ!」
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん!」
「黙ってろ、アルテ!」
敵意を剥き出しにして、こちらを睨み付けてくるカッシェ。
まあ、わかりやすくて助かるが……。
「……まあ、別に構わないがな。オレはギルドで登録情報の更新をしなきゃならないから、これで失礼するよ。騒がせて悪かった」
軽く頭を下げてから、ユキヤ達を連れてその場を後にする。
さてさて、まだやる事は多いな。
まあ、あの直営店の管理者の名前がわかったのは良かったな。あの二人には申し訳ないが、少し絶望してもらうとしよう。




