四頁目 武人対武人
どこを見たいか、と訊かれて真っ先に思い付いたのは、話にも出ていた騎士団の訓練場だった。
自警団や警備隊ではなく国が管理している騎士団なら、今の自分がどれほど戦えるのかの指標になると思ったからだ。やはりオレは、あの母親の影響で、どこまでいっても武人精神が抜けないんだろう。
騎士団の訓練場だと連れてこられた場所では、重厚そうな鎧に身を包んだ人間達が直剣を手に打ち合っている。
騎士団というからには男性のみの構成なのか、野太い掛け声が実家の道場を思い出させる。うちの道場には女性もいたが。
「――ん? グロリアじゃないか。こんなむさ苦しいところに、一体何の用だ?」
鎧を着たうちの一人。それまで、他の騎士達が打ち合うのを眺めていた男がこちらに気付いてやってきた。
監督役になっていたところを見るに、騎士団の中でも位の高い団長、あるいは副団長なのだろう。
「アタシが来たかったんじゃないわよ。今代の勇者様の希望なの」
「今代の勇者……。という事は、その青年が?」
「そ。勇者ホオズキ」
「これはこれは。勇者様、お初に御目にかかります。私はロガ王国騎士団の団長を務めております、ゲラルトと申します」
「こちらこそお初に御目にかかる。ホオズキだ」
差し出された右手に右手を差し出して握手を交わす。握った手の力の入れ方から、確かな武人である事がわかった。
「勇者様は、なんだって訓練場に?」
「手合わせをお願いしたい。出来れば、騎士団の中で最強、あるいは一、二を争う強さの傑物が望ましい」
「……ほう?」
「ついでに装備も貸してもらえると助かる。見ての通り丸腰――」
言いながら、どうせ何もないだろうと視界右側のメニュー郡からインベントリを選んで中身を確認する。
言葉を失った。
何もないと思っていたそこには、『原初の刀ザナドゥ』という刀のアイコンのアイテムが存在していた。
「……どうかされましたかな?」
「――ああ、いや、なんでもない。ともかく、召喚されたばかりで丸腰なんだ。武器だけでも構わないから、貸してはもらえないだろうか」
「それは構いませんが……うちの騎士団の面子は最低でもレベル10は越えてます。失礼ながら、勇者様のレベルはいくらですかな」
「1だ。10でも100でもない。1だ」
「……であれば、かなり厳しい手合わせになるかと思われますが、構いませんか?」
「構わない。レベルが高かろうと、武器が良かろうと、鎧が堅固だろうと、戦い方を知らなければただの木偶と同じだ。そうだろう?」
挑発するように騎士団長に視線を向けると、彼はニヤリと口の端を吊り上げた。
「では僭越ながら、この私、騎士団長ゲラルトが勇者様のお相手をいたしましょう」
「つまり、貴方が騎士団最強という認識で間違いないと?」
「そう取っていただいて構いません」
「……そういう事なら、お願いしよう」
「では――。おい! 手が空いている者、誰でもいい! 鎧一式を持ってこい!」
◆
騎士団長の号令からしばらくして、二人の騎士が鎧一式を運んできた。
「団長、持ってきました!」
「しかし、何に使うんです?」
「今代の勇者様たってのご希望でな。手合わせをする事になった。ペルタ、セルガ、鎧を着るのを手伝って差し上げろ」
「わ、わかりました!」
「り、了解!」
ペルタとセルガと呼ばれた騎士二人が慣れた手付きで鎧を着せてくれる。パッと見はかなり重そうな感じだったが、着てみるとそうでもなく、多少走るくらいなら少し鍛えた人間にでも出来そうな重量だった。
「手合わせの前に、決め事をしておきたいんだが……」
「ええ、どうしましょうか?」
「まず、勝敗はどちらかが『負けた』と言うまで決まらない。剣を落とそうが死にかけようが、『負けた』と言わなければ負けにはならない」
「……ふむ」
「それから、戦い方は特に制限しない。石を拾って投げつけようが、他の騎士から剣を借りようが、それは自由だ」
「何でもあり、というわけですか」
「あとは……まあ、こんなところでいいか。騎士団長からは何かあるか?」
「……殺すつもりでやっても構わない、という事ですかな?」
「言った通りだ。どちらかが『負けた』と言うまで終わらない。その間にどんな傷を負ったところで、それは自己責任というやつだ」
「……わかりました。では始めましょう」
「ちょっ……いいんですか、騎士団長!?」
「そうですよ! 相手は勇者様なんでしょう!?」
「その勇者様が良いと言っておられるのだ」
「……ね、ホオズキ。本当にいいの? ゲラルトは本当に最強なのよ?」
こちらの身を案じてグロリアが言う。
「最強でなければ意味がないんだ」
最強でなければ、今の自分の実力を測れない。
「ペルタさんかセルガさん。どちらか、剣をお借りしても構いませんか?」
「あ、それなら俺が!」
そう言ってすぐに腰の直剣を差し出してくれたのはセルガさんだった。
剣を抜き放ってみると、素人目にも良い剣だという事がわかった。軽く振ってみれば、身体に違和感のない重量で、使う人間の事を良く考えて鍛えてある剣だとわかる。
「では、始めましょうか」
「手加減は出来ませんからね、勇者様」
「するつもりなど無いでしょう、騎士団長」
「もちろん。……はッ!」
掛け声と共に繰り出される両手持ちでの一撃。最強とだけあって素早いその一撃をなんとか受け止める。
刃から伝わる衝撃が柄を握った手を痺れさせる。素早いがそれでいて重い、相手を確実に殺さんとする一撃だ。
「……なるほど。最強は伊達ではないらしい」
「当然です。この地位に来るまで、色々苦労しましたから」
「次は、オレの番だッ!」
受け止めていた剣を傾け、滑るように懐に潜り込みながら一撃。しかし、それを身を引いてかわす騎士団長。
続いて、引いた騎士団長を追うように踏み込んで一撃、更に踏み込んで一撃。
「くっ……! 中々やりますね、勇者様!」
「まだまだァ!」
騎士団長が引けば引いただけ踏み込んで剣を振る。攻撃は最大の防御、というわけではないが、レベルに開きがある以上は長期戦より短期決戦の方がいいと思った。
それでなくとも、今まで鎧を着て鍛練してきた人間とそうでない人間とではスタミナ量が違う。スタミナ切れで情けない『負けた』を口にするよりは、精一杯斬り込んで『負けた』を口にする方が精神的に良い。
「ぐっ……このっ……!」
「――らァ!」
連撃の後、地面に剣を突き立て、それを支柱代わりにして右足でハイキックを放つ。それまで剣での攻撃だけだったせいか、突然のハイキックにバランスを崩す騎士団長。
それは、一瞬の隙。普通の人ならまず捉えられない刹那の間隙。
ハイキックを撃った足を戻しながら身体を回転させ、騎士団長の左側から首を狙って剣を振る。
「――そこッ!」
「――参った!」
ビタリとお互いの動きが止まる。オレの剣は、騎士団長の首元数センチまで迫っていた。
「……惜しいな。もう少しだったんだが」
「ハハハ……勘弁してください、勇者様。手合わせで死んだんじゃ、死んでも死にきれない」
「違いない。……ふう、良い手合わせだった。ありがとう、騎士団長」
「私は終始攻められていましたがね」
「徹底した防御も鍛練の証。重なる攻撃に臆さない胆力、連撃を的確に捉える動体視力、決してバランスを崩す事のない鍛えられた足腰。騎士団最強は、やはり伊達や酔狂ではなかったらしい」
「……勇者様。失礼ながら、元いた世界では何を?」
「貴方のように、門下生を相手に教鞭を執っていた。母が武術流派の開祖でね。まあ、オレもその母には手も足も出なかったが」
「なるほど。勇者様にとっては良き母であり、良き師であったという事ですか。いやはや、良い手合わせでした。ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらだ、騎士団長。突然の申し出だったにも関わらず対応してくれてありがたく思う。貴方のような人間が騎士団を率いているなら、部下は幸せだろう」
「ハハハ、そうだと良いですがね」
「ともあれ、鎧の貸し出し感謝する。セルガさんも、剣を貸していただいてありがとうございました。良かったら、鎧を脱ぐのも助けていただけるとありがたいんだが……」
ぽかんと口を開けていたペルタさんとセルガさんが、我に返り、『もちろん』と鎧を脱ぐのを手伝ってくれた。ついでに剣をセルガさんに返すのを忘れない。
「勇者様はこれからどうするご予定ですか?」
「またグロリアに城の案内をしてもらうさ。その後は……そうだな、街を見ておきたいな。色々と」
「そうですか。では、頼むぞ、グロリア」
「わかってるわ。じゃ、行きましょ」
身を翻して歩いていくグロリアの後を、騎士団の面々に一礼をしてから追いかける。
良い経験をした。この世界での自分の力がどうなっているかの確認も出来たし、レベル1でも問題なく戦える事もわかった。収穫は多かったな。




