三頁目 魔導師と共に
「あ、そうそ。ね、ホオズキ。アンタ、ちょっとアタシに付き合ってくれない?」
何かを思い付いたというよりは、しなければならなかった事を思い出したといった様子で、グロリアがそんな事を言ってきた。
「付き合うのは別に構わないが……何をするんだ?」
「実はさ、勇者のステータスを確認、記録しておかなきゃならないのよ」
「……それは、何の為に?」
「ま、基本的には書物に記録する為ね。歴代の勇者も同様の事をしてるわ」
「うーん……」
「気が進まない?」
「正直な。まあ、こちらとしては政に組み込まれなきゃそれで良いんだが、まさかステータスを確認して勇者自体を洗脳して……なんて事も考えないわけじゃない」
実際国王の話では、時代や国によっては召喚された勇者をそういう風に扱った時もあったようだし、勇者として期待されるのは悪くないが、政治のあれこれに利用されるのは困る。
「んー……ま、そうよね。アタシだって同じ立場なら、政治利用なんてごめんだしね」
「あんたの言葉を信じないわけじゃないが、オレはこっちに来たばかりだしな。警戒するさ」
「……じゃ、こうしましょう。王国専属魔導師グロリア・クロムゼリアの名前に懸けて、アンタの情報は絶対に悪用しないし、させないって誓うわ」
「……………」
「……ま、アンタにしたらアタシだって信用出来ないわよね。でも、アタシは別にロガ王国に忠誠を誓ってるわけじゃないの。詳しい話は省くけどね」
「……ステータスの確認をするのは、あんただけか?」
「一応は、そうね。あとから国王だったりが見るかも知れないけど、この段階ではアタシだけ」
結局のところ、これは謂わば勇者としての通過儀礼みたいなもので、完全に拒否する事は出来ないんだろう。
まるで『はい』を選ばないと無限にループするRPGみたいだ。厄介過ぎる。
「……まあ、どうせオレがごねたところで、結局はやらなきゃならないんだろう。ステータスやスキルに言及されても、オレは何も答えられないからな」
「それは大丈夫。こっちに来たばかりなのに、このスキルはなんのスキルだ、なんて訊いても仕方ないでしょう?」
「答えようがないしな」
「ん。じゃ、アタシの研究室すぐそこだから、パパッと済ませましょ」
そう言って、すぐそこにある木製のドアを開けて中に入っていくグロリア。本当にすぐそことは畏れ入る。
グロリアに続いて中に入って見ると、室内では本や羊皮紙が机の上に乱雑に置かれ、壁側に置かれた本棚や棚も大量の本や羊皮紙の巻物、さらには薬品のようなものでごった返している。薬品などが置いてある区画は、学校の理科準備室が一番似ているかも知れない。
「悪いわね、みっともない部屋で。片付けてもすぐに汚れるから、いっそ片付けない方が物の位置がわかりやすいのよ」
「まあ、気持ちはわかるさ。オレだって元の世界で住んでた部屋は、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だったしな」
「へえ、案外ズボラなのね?」
「自分の事にあまり頓着しないだけだ。それで? ステータスの確認ってのは、どうすればいいんだ?」
「この魔導具を使うの」
そう言ってグロリアが取り出したのは、虫眼鏡だった。どこからどう見ても、紛う事なき虫眼鏡だ。とても魔導具とかいう代物には思えない。
「……それは、虫眼鏡だろう?」
「虫眼鏡……って何かしら?」
「元の世界では、小さなものを大きく見る為に利用していたものだが……よく似てるんだ」
「へえ。不思議な事もあるものね?」
心底不思議そうな表情のグロリアを見ると、どうやらこの世界では虫眼鏡は存在しないらしい事がわかる。いや、あるいは『虫眼鏡』という単語が馴染みのないものかも知れない。
「こっちの世界にはルーペはあるのか?」
「ルーペって何よ」
「虫眼鏡と同じだ。例えば宝石や装飾品の鑑定とかで使ったりしないか?」
「……ああ、拡大鏡の事ね。それならあるわよ」
「そうか。……いや、ありがとう。少し気になっただけなんだ」
「そ。ま、いいわ。じゃ、早速やるわね。この魔導具はまず対象に近付けて、それからゆっくり引いていくと、対象のステータスが表示されるのよ」
使い方は、まんま虫眼鏡……いや、ルーペ……いや、拡大鏡なんだな。
「……出たわね。レベルは1? それにしてはステータスが高水準で纏まってるわね。レベル1なんて、一番高い能力でも25あるかないかなのに」
「そうなのか?」
「レベル1って、簡単に言えば鍛練とか修行とかを全くしてない……普通に生まれてそのまま育ったってレベルなのよ。だから、大抵は子供がレベル1ね。歴代の勇者でもレベル1はいなかったはずよ」
「……そうか」
「でも、別に弱いってわけじゃないわ。もしかしてだけど、元の世界で何か……鍛練みたいな事はしてたのかしら?」
「……母親が武術流派の開祖で、実家は道場をやっていた。オレは幼い頃から鍛練を積んで、つい3年前に免許皆伝になったばかりだ」
「そういう事。武術ってことは、素手なのかしら」
「いや、世界中のあらゆる武術を内包した総合武術だ。剣術や棒術、柔術、空手、その他諸々。母の話では、自分が人生の中で会得したものを詰めて練り上げたという話だった」
今にして思えば、容姿は十二歳前後だった母さんがどうやってそれほどの技を身に付けたのか謎だが。
「アンタの母親、歳はいくつなの?」
「正確な年齢はオレも知らない。ただ……」
「ただ?」
「本人曰く『千歳は、とうに越えた』とか」
「ふぅん……? かなり長生きなのね。アタシは今年で八百歳になるけど、千年以上生きたヒト族は見た事ないわね」
「……あんた、その見た目で随分と婆さんなんだな」
どう見ても二十歳手間くらいの見た目なのに、これで八百歳なのか。さすが異世界、オレの常識が通用しない……!
「そんなに長命なのは、せいぜいエルフくらいかと」
「エルフを知ってるのね?」
「お伽噺の中で、だけどな。
「アンタの世界のエルフはどんな風に言われてるの?」
「大抵は、長い金の髪に、尖った耳、白い肌。どれだけ歳を重ねても美しいままの容姿。魔法に長け、他人との関わりをあまり持たず、棲み家は大体森の中。人間との混血のハーフエルフ、肌が黒く銀髪のダークエルフ。どちらも原種のエルフとは仲が悪い……くらいか」
「じゃ、こっちの世界と変わらないのね。エルフを知ってるくらいだから、ホビットやドワーフなんかの知識もあるのかしら」
「ドワーフは、背は低く、男は大抵髭面、酒精の強い酒を好み、手先が器用で力も強く、鍛冶や装飾品の作成が得意、だとか」
「ん、あってるわね」
「ホビットは、エルフに近い種族だったはずだ。身長は低くて俗に小人族とも呼ばれる。争いは好まず、美味しい食べ物が好きで、寿命もヒトより長い。あらゆる種族との交流を持っていて、贈り物をされるのも好き、らしい」
「正解。種族に関しては、特に認識が変わってたりはしないのね」
「そうらしい。ところで、ステータスはもう見なくていいのか?」
完全に忘れ去られていたであろうステータス確認の話を掘り返してみる。と、グロリアは少し残念そうな顔をして。
「ステータスに関してはもう言う事はないのよ。鑑定&分析や無限倉庫は、所持してた勇者もいないではないし、鑑定&分析くらいなら持ってないヒトもいないではないもの」
「じゃあ、別段珍しいスキルというわけではないんだな」
「そうね。ま、強いて言うなら、この固有スキルの鬼ノ力というものがどういうスキルなのか気になるけど、アンタにもわかんないだろうしね」
確かにわからない。
固有スキルという事は、オレしか持っていないスキルという事なんだろうが、一体何が要因でこんなスキルが付いているのか。
「とりあえずステータスの確認は終わりね。案内に戻りましょ」
「ああ。よろしく頼む」
「……あ、そうだ。アンタさ、見たいところとかないの? 召喚されたって言っても、こんなのがあるんじゃないか、みたいな推測は出来るでしょう?」
「そうだな……。それじゃあ――」




