三十六頁目 子爵からの褒賞
ここに来た時に用意された部屋に戻ると、既にテーブルの上に便箋と封筒、ペンとインクが用意されていた。
メイド長がコルティア子爵の自室から出ていってそう時間は経っていないはずなのだが、やはり彼女は瀟洒なメイドと言えるだろう。
特に、ペンとインクを用意してくれているところが。
「オレは手紙の返事を書く。部屋の外に出ない分には好きにしてていいぞ。だが、あんまり暴れるなよ? 一応他人の家だからな」
ユキヤは分別のある奴なので、奴隷組にきちんと言い含めておく。
とは言っても、奴隷になるまでの境遇が境遇なだけに、わざわざ言わなくても大人しくしているとは思うが。
然りとて、言うか言わないか、明確な意識があるかないかでは行動は変わってくるから、保護者役としては言っておかなくてはならない。
「大丈夫ですよ、主。主の作業中は、このユキヤが監督しておきますから」
「まあ……一応だ、一応」
ともあれ、早速エリーナ王女の手紙の返事を書く作業に取り掛かる。
王城では随分変化があったようでエリーナ王女は結構な文字量を書いていたが、正直こちらとしては書くことはあまりないように思う。
せいぜい、王都でロゼを拾ったとか、旅の道中でユキヤを拾ったとか、コルティア子爵を助けたとか、現れた魔物の軍勢を蹴散らしたとか、アナとライカとルキナを買ったとか――結構あるな。
まあ奴隷組については種族は隠しておくとして、魔物の軍勢を蹴散らした件もオルトーラの傭兵や冒険者と手を組んでやった事にしておこう。
コルティア子爵や門の守備をした傭兵、冒険者から情報が漏れる可能性はあるが、傭兵や冒険者に関しては単なる与太話として扱われ、コルティア子爵に関して言えば、彼女はそう簡単には口外しないだろう。
釘を刺しておけば、というのが前提だが。
「……こうしてみると、結構濃い日々を送ってるんだな、オレは」
しかし、それもこれも異世界ならではの出来事だ。日本……と言うか、地球では一生かかっても体験出来ない事ばかりだからな。
行くところに行けば、もしかしたら人身売買くらいは体験出来るかも知れないが、人を拐って売ったりしてるような場所の治安が良いわけなんか無いから、やはり異世界ならではだと言える。
などと考えながら筆を進めていると、少し控えめなノックのあとに『少し良いだろうか?』というコルティア子爵の声が聞こえ、招き入れると共に作業を一時中断する。
「どうしたんだ、コルティア子爵?」
「ああ。いや、なに、そう難しい話をしようというわけじゃなくてな。此度の魔物の軍勢の討伐と魔族撃退の件に関して、こちらから何か褒賞を与える必要がある」
「……? だからこの便箋と封筒を貰ったんじゃないのか?」
「それは飽くまで一部だ。今回の件……特に魔族の事は、仔細を国王に報告する必要がある。当然、ホオズキ殿の事も報告しなければならないだろう」
「……なるほどな」
「ホオズキ殿としては、恐らくだが、今回の事は秘密にしておいて欲しいだろう。そうでなくとも、私やアマリアだけの狭い範囲に留めておきたいはずだ。違うか?」
「いや、正解だ。正直言って、あまり大きな事はしたくなかったんだ。やった事が評価されればされただけ、この身は雁字搦めにされるからな。フットワークの軽いうちにしておきたい事も沢山ある」
「だろうな。しかし、この世界はそういう世界だからな。諦めてもらうしかない」
「……偽の英雄を作り上げる事は出来ないか?」
「無理だろう。警備隊に傭兵に冒険者……他にも、そこの亜人奴隷の子のように、どこからかホオズキ殿の姿を見た人間がいるかも知れない。最初から偽っていたならともかく、最早取り繕う段にないだろう」
「チッ……!」
いや、本当はわかっていた。
顔も隠さない、服装も変えない状態で色々とやり過ぎたのだ。
メイド長や領主軍や警備隊への指示に、コルティア子爵への命令、魔物の軍勢の殲滅、魔族の撃退。
傭兵や冒険者から情報が広がるのはもちろんのこと、あの時門の外に並んでいた商人からも情報は広がるだろう。
何もかもが手遅れ。時既に遅し、というヤツだ。ネットスラング的には、時既に時間切れ、だろう。
さて、そうするとオレが選択できる選択肢は最早限られている。……すなわち。
「わかった。どうせ後には引けないんだ。甘んじて褒賞を受け取ろう」
「うん。男子たるもの潔くなければな。というわけで早速なのだが、私はホオズキ殿に男爵位を叙爵しよう」
「……そういうのは伯爵や公爵、国王の仕事じゃないのか?」
「私は子爵ではあるが領地持ちだからな。扱いとしては伯爵と同じなんだ」
そういえば、そんな話をどこかで聞いた事がある、ような気がする。
だが、領地持ちの貴族から叙爵されるという事は、国ではなく、その貴族に仕える事を意味していたはずだ。
コルティア子爵には申し訳ないが、仕える主としてはコルティア子爵は少しお粗末だ。
だからと言って、では国王なら良いのか、と訊かれるとそれも微妙なところなのだが。
しかし、これはある意味好都合かも知れない。
なにせ、堂々と鬼灯姓を名乗る事が出来るチャンスには間違いないのだから。
まあ、親父の姓を使ってもいい……いや、こういうファンタジーな世界なら親父の姓の方が都合は良いのだが、やはり鬼灯の姓は外せないだろう。
最愛の母の姓だ。最早この世にいない親父の姓は、どこか別のタイミングで使わせてもらうとしよう。
「叙爵の件はわかったが、それだとオレはコルティア子爵に仕える事になるだろう?」
「ああ……? ああっ、そうか! しまった、そこまで考えてなかったな……。うぅん、どうしたものかな……」
「……まあ、仕えるなら仕えるで構わないんだが」
「何を言う、ホオズキ殿。貴方は誰かの下に収まっているべき人間ではない。まして、未熟な私の家臣になるなど、冗談でもやめていただきたい」
断固として拒絶されてしまった。
まあ、確かに子爵の言う通り、誰かの下につきたいなどとは微塵も思ってない。
「なら、どうするんだ?」
「む……。この話はまた後にしよう。ホオズキ殿は手紙の返事を書かねばならないだろうし、私も執政官と少し話し合ってみよう」
「執政官と言うと、あの?」
「ああ。政治面では、彼女は私より優秀だからな。よく相談をするんだ」
コルティア子爵領の執政官のレア・メルトール名誉男爵執政官は、どこぞの伯爵家の出身で政治的手腕は大したものらしく、巷では『冷笑のレア』などと呼ばれているらしい。
まあ、話した感じは人当たりの良い女性という感じで、『冷笑』なんて呼ばれるような感じじゃないよな、なんて思っていたのだが、彼女の笑い方……というか、笑顔がダメだった。
さながら、往年の高飛車金髪縦ロールを思い起こさせる彼女の笑顔は、『冷笑』の渾名に恥じない顔であった。
そんな彼女は今年で三十四になるらしい。未だに独身である事が悩みだと言っていた。
こう言っては失礼極まりないが、彼女の笑顔では独身なのも仕方ないだろう。
「メルトール男爵は、確かに頼りになりそうだ」
「だろう? 自慢の執政官だよ。――と、それでは早速行ってくる。また後で話そう、ホオズキ殿」
「ああ、また後で」
部屋を出ていくコルティア子爵を、ひらひらと手を振って見送り、手紙の返事を書く作業を再開する。
「……なあ、ご主人。ご主人は貴族になるのか?」
ベッドに腰掛けて黙っていたライカが、とてとてとやってきて、少し真剣に見える表情で訊いてくる。
「どうやらそうらしい。自分の不手際が招いたとは言え、まさか不可避とは思わなかったが」
「……ご主人は、ライカ達を虐める貴族にはならないか?」
「なんで貴族になったからってお前達を虐める必要があるんだ。世間がお前達をどれだけ毛嫌いしているかは知らんが、オレがそれに倣ってやる必要もない。まあ、虐める代わりに愛でてはやろう」
少し茶化すように答えるとライカはにかっと笑って、オレの膝を枕にして横になった。
顔がオレの方を向いているのが少し気恥ずかしくはあるが、まあ、こういうのも良いだろう。
「あの……主様……」
「どうした?」
「私、は……主様に恥じない、ハーフエルフに……なりたい、です……」
「それは、具体的にどういうハーフエルフになりたいんだ?」
「えっ、と……それは……」
「……まあ、その心意気は立派だ。まずは胸を張って生きられるようになれ。難しいだろうが、諦めるのはダメだ」
「はい……!」
「……そういえば、ダークエルフ的にハーフエルフはアリなのか?」
「一部毛嫌いするダークエルフもいますが、そもそもダークエルフは人族との交配が基本ですから、生まれる子は自然とハーフエルフになります。なので、ハーフエルフに対する軽蔑などはないですし、ダークエルフのハーフエルフはエルフやハイエルフも認めているのです」
「ふぅん……」
まあ、ダークエルフはそんなものか。
なかなかに根の深い問題だが、特に気にするような事でもないか。
首輪は外れているし、オレとユキヤがいるから、普通の奴にはルキナはオレとユキヤの間に生まれたハーフエルフにしか見えないだろう。多分。恐らく。きっと。
まあ、難癖付けてくる相手には『わからせて』やればいいだけだ。問題ないな。
「……本当に。優しいのね、あなた」
「そう在ろうとしているだけだ」
「フフフ……嘘の上手い人ね」
「本当の事だ」
「そういう事にしておくわね」
相変わらずな物言いのアナ。
掴み所がないようなミステリアスな雰囲気の彼女だが、ライカやルキナ、ロゼに対する優しさというか、慈愛のようなものを感じる。
奴隷に落とされた者同士、思うところがあるって事なんだろうな。
さて、手紙の返事をサクッと書き終えてしまおう。
コルティア子爵が国王に報告書を出すみたいだから、ついでに返事の手紙も持っていって貰いたいしな。




