三十五頁目 王女の手紙
「とりあえず入ってくれ」
コルティア子爵が促し、手紙を手にしたメイド長がドアを開けて入ってくる。が、メイド長の顔色が優れない。
はて、一体どうしたのだろうか。
「ホオズキ殿宛の手紙だったな。……どうしたんだ、アマリア。顔色が優れないようだが」
「あ、いえ……その……なんと言いましょうか……」
「うん? アマリアが歯切れが悪いなんて珍しい事もあったものだな。本当にどうしたんだ?」
疑問符を浮かべるコルティア子爵と、こちらをチラチラ見ながら、なおも顔色の悪いメイド長。
あのメイド長が狼狽えてる姿を見るのも一興だが、そろそろ助けてやるか。
「メイド長、そうビクビクしなくても取って喰ったりはしない。エリーナ王女からの手紙だという事は、オレにはわかっている」
「なっ……エリーナ王女からの!?」
「……で、では、ホオズキ様。こちらです」
メイド長が差し出した封筒には、王城にいた時に何度となく目にした王家の紋章の封蝋がしてあった。
封筒自体もなかなか豪奢な飾りがあり、王族が使う、あるいは貴族や王族といった位の高い人間が使うのであろう事は容易に想像できた。
「ありがとう、メイド長」
「……あの、失礼ながら……」
「オレが何者か、聞きたいんだろう。絶対に、誰にも話さないという条件でなら、答えても構わない」
「……私は、平民として生まれ、三十年以上もメイドとして働いて参りました。私がこれまで積み上げた人生に賭けて、絶対に他言はしないと誓いましょう」
「よろしい。その人生に敬意を表して、貴女の疑問にお答えしよう。コルティア子爵も、構わないな?」
「あまり広く知らせるべきではないとは思うが、アマリアなら大丈夫だろう」
コルティア子爵も太鼓判を押す人物。
それが、このコルティア子爵邸メイド長のアマリアだ。
信用は十分。他言もしないだろう。
「では、改めて名乗らせていただこう。オレの名は刹華。鬼灯刹華。ロガ王国専属魔導師グロリア・クロムゼリアによって異世界から召喚された、今代の勇者だ」
「勇者……勇者……!? あの、伝承の、勇者様だと、そう仰るのですか!?」
「まあ、子爵やメイド長の認識はそれで問題ない。個人的には、勇者だの魔王だのというのは、あまり興味がないんだがな」
「興味がないなどと!」
「仕方ないだろ。オレは、そういうのとは無縁の世界の生まれなんだ。なのに、いきなり勇者だの魔王だのと言われても対応に困る。本当に人類に仇為す存在なら殺すのも已む無しとは思うが、会話が出来るなら、まずは話し合いからしたい」
「そのような事! 魔王は殺すべき存在です! 魔王は――」
「メイド長アマリア! 理解出来ないのと、理解しようともしないのは別物なのだと知れ。誰が相手だろうが、よく知りもしない相手を貶める事を言うんじゃない。……もう、いい大人だろう?」
「……申し訳、ありません」
とはいえ、メイド長の言いたい事がわからないわけではない。
幼い時分から、勇者は正義で魔王は悪だ、なんて教えられていたら、オレだってメイド長と同じ事を言っていただろう。
勇者と魔王が出てくるゲームは沢山遊んだが、完全に悪だと言える魔王もいれば、不憫な境遇の魔王もいたし、完全に正義だと言える勇者もいれば、明らかに人間のクズな勇者もいた。
結局、勇者や魔王なんていうのは単なる立場で、その立場にいる存在の人格とは別なのだ。
「だが、気持ちはわかる。メイド長、貴女のその感情は、ある意味では正しい。だが、正しいからと言って疑問を捨てていいわけではない。本当に自分は正しいのか。それは、誰にとっても絶対に解決出来ない疑問だからな」
「ええ……ええ、そうですね。申し訳ありません、ホオズキ……いえ、セツカ様。声を荒げてしまって」
「この場では刹華で構わないが、普段は鬼灯で頼むよ、メイド長」
「もちろん、わかっております」
「ところでホオズキ殿、その手紙は読まなくてもいいのか?」
「ああ……そうだな。ルキナ、ナイフを貸してくれるか?」
「はい……主様」
ルキナが差し出したナイフを受け取り封筒の蝋を剥がして、中の便箋を取り出して読んでみる。
フチに金の飾りがしてある便箋には、まずエリーナ王女はあれからも壮健でいる事、王城のメイド長ミラが今度オレが帰った時にメイド長を辞めてオレに同行しようとしている事、騎士団長が妙に張り切って騎士団の面々が毎日ボロボロになるまで訓練している事、また一緒にお茶会をしたいという事、今はきっとオルトーラにいるであろうからそこで起きた事を教えて欲しいという事が書いてあった。
「……なるほど。エリーナ王女はやはり可愛らしい方だな。コルティア子爵、良かったら読みますか?」
「い、いいのか?」
「見られて恥ずかしい事が書いてあるでもなし、構わないでしょう」
「で、では、失礼して……」
コルティア子爵に手紙を渡すと、妙に緊張しながら読み進めている。
ただ、たまにクスッと笑う時があり、きっとメイド長ミラの事や騎士団の事が書いてある部分を読んでいるだろう事が窺える。
「フフ……王城は相変わらずなようだな。ゲラルト団長も、ホオズキ殿に負けたのが余程悔しかったらしい。騎士団の皆が訓練で死ななければいいのだが……」
「コルティア子爵は領主だから、あまり領地を空けられないとは思うが、たまには王都に行ってみてもいいかもな」
「ああ。いつか都合のつく時に行くとしよう。そういえばホオズキ殿。返事を書く便箋や封筒は用意があるのか?」
「そういえば、ないな……」
別に忘れていたわけではなく、旅の道中だと返事は書けないし、まさかこんなに早く一通目が来るとは思っていなかったから便箋や封筒のアテがない。
相手は王族だから、平民が買うような封筒に便箋では、エリーナ王女に届くどころか、その手前で破り捨てられたりするかも知れない。
なにせ、オレが勇者だと知る人間はそう多くはないのだ。その立場を除けば単なる平民なオレが王族に手紙を出したとしても、悪ふざけと思われて、最悪不敬罪でしょっぴかれる。
いや、しょっぴかれるだけなら、まだいい方だ。これが打ち首獄門にでもなったら、それこそ本当に最悪だ。
「……弱ったな。考えてみれば、返事を出そうにも出せない」
「良ければ私の手持ちのを使うか? どうせ普段は使わないものだ。ホオズキ殿が望むなら全て譲渡してもいい」
「本当に良いのか?」
「構わないさ。他の貴族とのやり取りだって、そう頻繁にあるわけではないしな。貰ってはもらえないだろうか」
「……では、ありがたく」
「ああ。……そうだ。話は戻るのだが、もう心配はないと見ても構わないのだろうか?」
コルティア子爵の口振りから、彼女が魔族襲来の事について言っているのだと知る。
シャグネイアの話では、彼女は魔族間で噂になっているらしいオレを見に来たのだと言っていた。
仮にこれが本当なのだとすれば、今後オレの顔や実力を見に現れる魔族はいるだろうが、スタンピードを引き起こして街を襲うような事は、まず無いと考えて問題ないはずだ。
可能性は全く無いとは言い切れないが、限りなくゼロに近いだろう。
「まあ、今回みたいな事は無いと考えて大丈夫だろう。飽くまで目的はオレのようだし、オレの前には現れてもオルトーラに来る事はまず無いだろうな」
「そうか。……いや、すまない。ホオズキ殿にとっては――」
「構わない。確かに面倒な手合ではあるが、話が通じないわけじゃない。あまり変な事を気にするな、コルティア子爵。一介の旅人の事よりも大切な事が、あんたにはあるはずだ」
「そう……だな。アマリア、私が使っていた便箋と封筒を全てホオズキ殿に」
「畏まりました。セツカ様のお部屋に用意しておきましょう」
メイド長が一礼してドアの向こうに消える。
それにしても、魔王に魔族か。シャグネイアが言うには、魔王はかなりの美人らしい。
シャグネイア自身も結構な美人だったから、魔王も容姿は期待出来るかも知れない。シャグネイアみたいな残念美人ではない事を祈ろう。
それとも、魔族にはドMの方が多いんだろうか。
……うん? そういえば、何故シャグネイアには『ドM』という言葉の意味が理解出来てたんだ?
「……まさか、な」
頭の中に湧いた考えを、頭を振って消す。
今からそんな面倒な事を考える必要はない。
どうせ魔族とは今後も関わる事になるのだから、自然と答えも見つかるはずだ。
それまでは、ただ、この異世界を楽しむ事としよう。
「あの……主、様……」
「ん? ……ああ、悪い。ナイフ、借りたままだったな。返すよ」
「……ありがとう、ございます」
ナイフをルキナに返すと、彼女はぺこりと頭を下げた。
多分彼女の中ではオレの言った事がぐるぐると渦巻いているのだろうが、なんとか自分なりの答えを見つけて欲しい。
それが彼女にとっての、生きる道になりえるだろうから。
「ハーフエルフ、か。実物は初めて見たが、何故忌み嫌われているのか不思議なくらい美人だな」
「だろう? どうせ誰しも、誰かと誰かの混血なんだから、気にする必要もないと思うんだがな」
「ははは。ホオズキ殿は、やはり、なかなか核心を突いた事を言う。誰かと誰かの混血、か……確かにそうだな」
「ルキナにも言ったんだが、今までにはなかった考えみたいで、ずっと考えているみたいなんだ」
「それはそうだろう。ハーフエルフと言えば半端者だからな。ホオズキ殿の考え方は、我々にしてみれば革新的過ぎるんだ」
くっくっく、と喉の奥で笑いながらコルティア子爵は言う。
なるほどな。言ってみれば、凝り固まった価値観をぶち壊す一撃なわけだ。
そういう事なら、ルキナが思い悩むのも納得出来る。誰だって、自分が普段から思っている事を壊されるような事があれば、自分の中にあるものは本当に正しかったのかと悩むだろうからな。
「……そうだ。ロゼ、ちょっと」
「はい……?」
手招きでロゼを呼び、首輪を破壊してやる。
契約してあるから首輪はいらないって、アルナイも言っていたしな。付けているだけ無駄だ。
壊した首輪は……まあ、錬金術の材料にでも使うとしよう。
「ありがとうございます、マスター」
「いや……今まで窮屈な思いをさせて悪かったな」
「いえ、私は奴隷ですから、首輪があるのは当然です」
「主人が現れるまでは、だろう?」
「……ええ、まあ」
今までそこにあった首輪がなくなったからか、妙に落ち着かない様子で首を撫でるロゼ。
うん。これで首元を装飾する事が出来るな。
「それじゃあ、そろそろオレ達は部屋に戻ろう。便箋と封筒、感謝する、コルティア子爵」
「魔物の軍勢から護ってもらったからな。その礼の一部と思ってくれ、ホオズキ殿」
「……そういう事にしておこう」
むしろこちらが迷惑料を支払わなければならない案件なのだが、コルティア子爵の懐の深さに感謝しよう。
今後とも、彼女とは良い関係でいたいものだ。




