三十四頁目 コルティア子爵邸への帰還
アルナイ奴隷商館を出てから、せっかくなので三人の服や靴を買うために商店に向かった。
流石に王都のようなクオリティの高い服は無かったが、ロゼが今着ているのと同じくらいの服は見つかったし、王都で売っていた新商品の靴は早速こっちの方にも卸されていた。
あとは武器を、と思っていたのだが、とりあえず手持ちの武器を三人に見せてやると、アナは片手魔導銃を手に取り、ライカは、あの爪のように刃の付いたクローガントレットを手に取った。
ルキナは、と言えば、どうやら物理的な攻撃方法よりは魔法での攻撃の方が得意なようで、それでも接近された時に咄嗟に攻撃出来た方がいいだろうと、蒼白く光を放つ刃のナイフを与えた。
「……良かったの、武器なんか与えて?」
「ライカはともかく、お前やルキナはオレが裏切らない限りは裏切らないだろ」
「わからないわよ。あたしもルキナも、人に良い想いなんて思ってないのだし」
「それが普通だろう。ライカは一見そういう感情は無いように見えるが、そんな事はないだろうしな」
「……ふぅん?」
どんなに能天気に見える奴だって、嫌な事を言われれば傷付く。それどころか、普段能天気に見える奴こそ、そういう感情を自分の中に溜め込んで発散させられずに、人知らず壊れていく。
そういう悲しい結果を招かないためにも、誰かが受け皿になってやる必要があるわけだ。
「あの……主様……」
「どうした、ルキナ。なんか欲しいものでもあるか? 遠慮するなよ?」
「いえ……あの……さっきの、話……」
「さっきの……血を誇れって話か?」
ルキナはこくりと頷く。
「私……あんまり、自信がありません。血を誇れって……言われたって……よく……」
「……まあ、それもそうか。じゃあ、こう考えてみるといい。お前達は、生きていてもいいんだ」
「生きていても……いい……?」
「そうだ。あれが出来るから生きていてもいい、これが出来るから生きていてもいい。むしろ、何も出来なくったって生きていてもいい。出来ないなら出来るようになればいい。自分の人生は自分だけのものだ。好きに生きたらいい」
「好きに……生きる……」
「好きに生きるためには、好きじゃない事をしなきゃならない時もあるだろう。だが、そんなのは些細な事だ。自分の人生は自分のものなんだから、誰に文句を言われる筋合いもないんだからな」
「……主様は……好きに生きてますか……?」
「当然だろう? お前達を買うも買わないもオレの自由だった。だからオレは自由に選択した。目の前にある選択肢を自由に選ぶ。それが好きに生きるって事だ。……まあ、責任は付いて回るんだけどな」
そう言うと、ルキナは何か考え事をするように黙り込んだ。
考える事は良い事だ。
地球でも、誰だったかが『人間は考える動物だ』とかなんとか言ったらしいし、コギト・エルゴ・スムなんて考え方もある。
疑問が生まれる。その疑問について考える。
これこそ、ヒトをヒトたらしめている営みだと言えるだろう。
「……考える事を止めるなよ。考える事を止めたら、それはもう生きてるとは言えないんだからな」
「考える事はなんでもいいの?」
「そりゃいいさ。どんなに小さな疑問でも、それを解決しようと考えを巡らせる事は良い事だ」
「……そうなの」
「ああ。……さて、そろそろ帰るか。これ以上のんびりしてると、流石に心配させるだろうからな」
「どこに帰るんだ、ご主人?」
「コルティア子爵の屋敷だ、ライカ」
オレの言葉にアナがぎょっとした顔をする。
ルキナはそれどころではないらしく、ライカに至っては『それどこ?』とでも言うように小首を傾げ、疑問符を浮かべている。
さあ、それじゃあ帰ろうか。
◆
「ただいま。大事ないか?」
「お帰りなさいませ、主。主のおかげで、こちらは大事ありません」
「お帰りなさい、マスター。……そちらの三人はどうしたのですか?」
子爵の屋敷に戻ると、コルティア子爵と使用人一同、それを守っていたユキヤとロゼが出迎えてくれた。
視線はオレが連れて帰って来た三人に注がれている。
「ちょっと縁があってな。奴隷商館で買ってきた」
「なるほど……確かに奴隷ですね」
「まあ、奴隷組がロゼだけじゃ寂しかろうと思ったんでな。一応紹介しよう。まず、幻狼種のライカ」
「あい!」
元気のいい返事と共に、クローガントレットを装備した右手をビシッと挙げるライカ。
なんだろうな。元気がいいのは良い事なんだが、ガントレットのせいでちょっと物騒だな。
「次に、蛇女種のアナ」
「……よろしく、ね」
蛇のようにしなやかで、もう少し……あと五年でも年を重ねれば問答無用で艶やかになるアナ。
金糸の髪に金の瞳と目を引く容姿をしているが、その実、雲を掴むようなミステリアスさを内包している。
正直、今いる仲間メンバーの中で一番成長が楽しみだ。
「最後に、ハーフエルフのルキナ」
「……よろしく、お願い……します……」
やはりそれなりに人数がいる場所は慣れないのか、おどおどビクビクしながらのルキナ。
極端に淡い金の髪に、吸い込まれるような蒼の瞳は、あるいは彼女の想いとは別に視線を集めてしまうだろう。
因果なものだが、親から受け継いだものなのだから、そこは諦めてもらおう。
「ハーフエルフですか。主、彼女はどのエルフの混血なのですか?」
「ハイエルフだそうだ。母親は奴隷だったとかって聞いたな」
「……なるほど。私はダークエルフのユキヤ=キサラギだ。よろしく頼む」
「竜人種のロゼです。よろしくお願いします」
ユキヤとロゼもそれぞれ自己紹介を済ませ、早速魔物の軍勢はどうしたのかという話になった。
「全滅した。正確な数は覚えてないが、まあ、大体四百から五百くらいはいたんじゃないか? 大小様々で飽きが来なかったな」
「結局、原因はなんだったんだ? それだけの数の魔物が一斉襲ってくるなんて、聞いた事もないし、オルトーラでも前列がない」
「……あまり大勢の前では話せないな。コルティア子爵、どこか部屋を頼みたい。人払いもきっちり頼む」
「……わかった。アマリア、部屋の用意を」
「畏まりました、リーゼリア様」
コルティア子爵の指示でメイド長が動き、それに合わせて使用人達も各々の仕事へ戻っていく。
残ったのはコルティア子爵、オレ、ユキヤ、ロゼ以下奴隷組四人。それとメリーナ。
「……ホオズキ殿。人払いが必要なほど、重大な事なのか?」
「少なくとも、大勢の耳に入れていい事じゃないだろう。門の守備をした傭兵や冒険者にも口止めをしておいたしな」
「主、まさかとは思うのですが……少しお耳を貸してしただいても構いませんか?」
「おう。なんだ?」
ユキヤはこちらに近付いてくると、耳に口を近付け、小声で『魔族ですか?』と訊いてきた。
聡明な従者を持ててオレは嬉しいよ。察しが良すぎるのも、それはそれで考えものではあるのだがな。
「まあ、そうだな」
「交戦したのですね……?」
「ああ。だが、すぐに帰って行ったぞ。どこにかは知らないが」
「……主がご無事で何よりです」
ユキヤが礼をする。
この世界の住人にしてみれば魔族は魔王の配下で、脅威そのもの。かなり心配させてしまったんだろうな。
「リーゼリア様、お部屋の用意が完了いたしました」
「ああ、ありがとう。では行こうか、ホオズキ殿」
「……ああ」
「こちらです」
メイド長の先導で用意された部屋に通される。
どうやら通された部屋はコルティア子爵の自室らしく子爵が随分と慌てていたが、そんな事より大事な事をこれから話すのだから、大人しくしていて欲しい。
まあ、女性の個人的な部屋に進入する事に罪悪感を覚えないわけではないが。本人に誘われたわけでもないしな。
「では、私はこれで」
「ありがとう、アマリア」
メイド長を見送るコルティア子爵の声はかすかに震えていた。
「…………さあ! 話をしよう、ホオズキ殿!」
「いや、無理しなくていいんだぞ?」
「構わない! 部屋を用意しろと言ったのは私だからな。アマリアも……多分重大な話だとわかって、ここに通したのだろうしな……」
「そうか……。今から言う事は、オフレコで頼みたい」
「おふれこ……?」
「誰にも喋ってはならないって事だ。ライカ、出来るか?」
「誰にも話しちゃいけないんだな? ライ、出来るぞ!」
元気っ子ライカ。少々不安が残る回答ではあるが、お前の口の堅さに期待しよう。
とりあえず全員で適当にソファや椅子に腰掛ける。
「まず、魔物の軍勢は、これを率いる者が存在した。魔物を率いるとなると、自然と答えは絞られるだろう」
「魔族……か。しかし何故オルトーラに?」
「コルティア子爵。ユキヤさんから聞きましたが、オルトーラは魔物の襲撃を度々受けていたのでは?」
「確かに、近くのダンジョンから溢れ出した魔物がオルトーラに来る事はあった。だが、三百や四百じゃない。多くて五匹、少なくても二匹程度の襲撃だ」
「では何故……」
「魔族は、端的に言えばオレ達と変わらなかった。言葉を話し、知性を持ち、感情を有する。この世界に生きる種族の一つだ」
「……理由を、聞いたのだな?」
「ああ。今回襲撃した魔族……名前をシャグネイアと言った。シャグネイアが言うには、今代の勇者の実力を測りに来た、らしい」
本当はイケメンがどうとか言っていたのだが、わざわざ混乱させる事もないだろう。
「勇者……? 勇者というと、伝承にある異世界から召喚されたという勇者か?」
「恐らくはそうだろう」
「では、このオルトーラに、その召喚された勇者がいるという事か!?」
「……まあ、そうなるだろうな」
「そんな……一体誰が――」
コルティア子爵が言葉を途切れさせ、考え事をしていた表情から一転、『まさか』と僅かに確信を帯びた表情に変わる。
「ホオズキ殿……貴方の名前、は……?」
「……それを訊いてどうするんだ、コルティア子爵?」
「いいから答えてくれ! 貴方の……貴方の本当の名を!」
コルティア子爵は立ち上がり、両腕を広げて叫ぶように言う。
「オレはホオズキ。……いや、鬼灯。鬼灯刹華という。お前達の言うところの異世界人、今代のロガ王国の召喚勇者だ」
「鬼灯……刹華……今代の勇者……」
「遠方からの旅人というのも、強ち嘘でもないだろう?」
コルティア子爵を始め、オレ以外の全員……ではなく、オレとライカを除く全員が驚愕の表情で固まっている。
「……ホオズキ殿は、貴族なのか?」
「いや。そもそもオレの生まれた国には、貴族や平民といった区別はない。生まれた奴はみんな平民だ。そして、みんな苗字……つまり家名を持っている」
「平民で家名を……?」
「そうだな……形式で言えばダークエルフが近いだろう。ユキヤはユキヤ=キサラギだが、オレの故郷ではキサラギユキヤが普通だ」
「なるほど。家名が先に、個人名が後に来るという事ですね」
「その通りだ、ユキヤ。だから、オレの名前は刹華という事になる」
「では、何故鬼灯と名乗ったんだ? 恐らくだが、王城でも家名で名乗ったのだろう?」
コルティア子爵が心底不思議そうに訊いてくる。
「まあ、確かに個人名で名乗っても良かったんだが……なんだろうな、故郷の慣習とでも言えばいいのか……」
「慣習?」
「ビジネスというか……政治的な場面では、家名だけで名乗るのが普通なんだ」
「それでは全ての名前がわからないではないか」
「それはそうなんだが……。名刺という、自分の名前全てと連絡先を書いた手のひらに乗るくらいの小さな紙を交換したりするんだよ」
「……なるほど。そのメイシで相手の名を全て知る事が出来る、と」
「その通り。それに、その人の家に行けば個人名はすぐにわかるしな」
言ってて思ったが、名刺交換って割と面倒臭い事をしてるんだな……。サラリーマンは大変だ。
「では、セツカ殿と呼ぶ方が良いだろうか?」
「ああ、そうだな。そっちの方が馴染み深いから、それでお願いしよう」
「わかった。それで、セツカ殿。そのシャグネイアという魔族は、セツカ殿の実力を測る以外に何か言っていなかったか?」
「何か、とは?」
「例えば、今我々が住んでいる土地を侵略する、とか……」
「いや、そういうのは無かったな。どうも、魔王以下魔族達の間では、オレは強くてイケメンだと噂になっているらしい」
「いけめん……とは何だ?」
「オレの故郷の言葉だな。基本的には、容姿の優れている男の事を言う。あとは、男前な性格をしている人間にも言う事があるな。性格イケメンと言う」
「なるほど。確かに、セツカ殿は容姿が優れているな。こちらの世界の人間だと信じて疑わなかったぞ」
「まあ、確かにオレの顔はこの世界の人に近い感じではあるな……」
西洋人の親父から受け継いだものだが、奇異の眼で見られないのだから、感謝したい。
日本では……まあ、妙に視線を集めていて結構ストレスだったが。
日本生まれ日本育ちだから、外国語は一切出来ないんだよな。親父も親父で親日家だったから母国語を使わなかったし。
「それにしても、なんだか奇妙な感覚だな。伝承の勇者とこうして対面しているとは」
「……勇者か。自分ではそんなつもりは無いんだがな」
「魔王討伐に同行出来ないのが悔やまれる……」
「いや、魔王は――」
そこまで言ったところで、ノックの音が四回響いた。
「……誰だ!」
『リーゼリア様、アマリアです。お話中に申し訳ありませんが、ホオズキ様宛に冒険者ギルドから手紙を預かっております』
「手紙?」
ドアの向こうから響くメイド長の声に、オレは王城でエリーナ王女と交わした約束を思い出していた。




