三十三頁目 生まれた血の誇り
ハーフエルフ。
俗に、人間とエルフの間に生まれた子をそういう風に呼ぶ、とは日本での知識だ。
人間からもエルフからも、また他の種族からも、等しく『半端者』として忌み嫌われるその種族の名を、アルナイは口にした。
ユキヤの話ではダークエルフとエルフ、ダークエルフとハイエルフ、エルフとハイエルフでは仲が悪くはないと聞いた。ついでに言えば、ダークエルフは人族と交流があり、仲も悪くないという話だ。
では、人族とエルフ、または人族とハイエルフではどうか。
仮にハーフエルフが人族のエルフの混血であったとして、人族とエルフの仲が悪ければ、日本での創作物と同じように『半端者』として扱われる種族だろう。もちろんこれは、人族とハイエルフでも同じだ。
問題はここからで、仮にハーフエルフが人族ともエルフやハイエルフとも仲の悪い種族だった場合、ハーフエルフの奴隷を買い取る事は、果たして正解なのだろうか。
「……困りますよね。わかりますよ」
顔に出ていたのか、少し落ち込んだ表情でアルナイが言う。
「いや、買い取ること自体は、こちらとしては問題ないんだが……」
「……では?」
「ハーフエルフは、他の種族との……なんだろうな。確執みたいなものは無いのか?」
「ない……と言いたいところなんですが、残念ながらあります」
「やはりか……。だがダークエルフではないだろう? どの種族の混血なんだ?」
「彼女は人とハイエルフの混血です。ただ、見た目にはエルフとの混血と見分けはつきませんね」
「ハイエルフか……。ハイエルフは高潔な種族だと聞くが……人と交わる事があるのか?」
王城で読んだ本にも、ユキヤの話にも、ハイエルフは基本、同じエルフ族としか交流をしないとあった。
では、何故ハイエルフとのハーフが生まれているのか。
「基本的にはあり得ません。ですが、彼女の母親のハイエルフは奴隷だったようで。人族の主人との間に生まれた子のようです」
「……なるほど、それで」
「はい。ただ、混血はそれというだけで忌み嫌われます。彼女の両親は、迫害される子を必死に守っていたそうですが……悲しい事に心労が祟って衰弱死したそうです」
「ハイエルフでも死ぬ事はあるのか……」
「寿命は人の何倍もありますが、精神から来るものですからね。怪我や病気とは違って、魔法では治せませんから……」
「……よし。とりあえず会わせてくれるか?」
「はい。ライカ、アナ。彼女を連れてきてもらえますか?」
「わかったぞ!」
「……はい」
アルナイの指示を受けた二人が部屋を出て、しばらくして帰ってくると、二人の後ろに金とも銀とも見える髪の十五か十六歳くらいの背格好の女の子がいた。
暗く落ち込んだように見える表情は、あるいは世界に絶望しているのかも知れない。瞳に生気は見受けられず、もしアルナイのところにいなければ今頃は餓死して、この世にはいなかったであろう。
「連れてきたぞ!」
「……連れてきた」
「ありがとうございます、二人共。お客様、彼女が件のハーフエルフです。ルキナ、こっちへ」
アルナイが促すと、ルキナと呼ばれたハーフエルフの子はとぼとぼと歩き、アルナイの隣に立った。
金とも銀とも見える髪は、どうやら極端に色の薄い金髪のようだった。瞳は蒼穹を思わせる澄んだ蒼で、身体つきは見た目の年齢そのままといった感じ。
表情が落ち込んだものでなければ、男ならまず間違いなく放っておかないだろう美貌。
奴隷にしておくのが勿体ないとすら思える。
「ルキナ。君に会いたいと仰られたお客様です。挨拶を」
「……ルキナ。ハーフエルフ、です……」
消え入りそうではあったが鈴の鳴るような声で、ルキナは簡単な自己紹介をしてくれる。
「旅人をしている。ホオズキと言う」
「ホオズキ……さん……」
「ああ。失礼だが、ルキナは歳はいくつなんだ?」
「百……十歳……」
「見た目の割には結構いってるんだな。……いや、この感覚は人間だからか。エルフ的には百歳前後はまだ子供だよな」
「そうですね。三百歳から、エルフ族の中では成人と見なされます」
「人間の男なら、何歳で成人なんだ? オレの故郷では二十歳からだったが」
「こちらでは、男女共に十五歳で成人と認定されますね」
「……なるほど。ちなみに、エルフで二百五十歳って言ったら、人間では何歳だ?」
「十八か十九歳ですね。それが何か……?」
「いや、訊いてみただけだ。……さて、この三人を買うとして、いくらになる?」
「……そうですね。アナで大銀貨二十五枚、ライカは大銀貨七十枚、ルキナは小金貨十枚といったところでしょうか」
「アナは割と安いんだな?」
「あまりしたくはないのですが、種族の稀少度も値段に含まれますから」
「なるほど。それならちょっと納得だな」
総額で小金貨十枚と大銀貨九十五枚。
女の子三人と考えると安すぎるような気もするが、日本とは貨幣価値が違うから、これが適正価格なのだろう。
自分の査定額が大銀貨二十五枚という事にアナが顔をしかめているようだが、アルナイの価格設定だ。納得して欲しい。
「……そういえば、奴隷の首輪ってのは外したりしても大丈夫なのか?」
「ええ。首輪は契約するまでの繋ぎみたいなものですから。契約したあとは外していただいても問題はありません。……が、強いて言えば、他人の目にはそれと映らないのが問題と言えば問題ですね」
ははは、と軽く笑いながらアルナイが言う。
確かに、一目でそれとわかるものは結構便利かも知れない。
首輪の代わりにチョーカー……があるかはわからないが、何かアクセサリーでも買ってあげるのがいいだろう。
「まあ、亜人や獣人は大抵の場合は奴隷ですし、ハーフエルフも……あまり代わりはありませんから。外しても問題はないですね」
「なるほど。ありがとう。買わせてもらおう」
言いながら小金貨十一枚をテーブルの上に置く。
アルナイはそれを改めると疑問符を浮かべる。
「おや? これは少し多いのでは?」
「大銀貨五枚なんて誤差の範囲だろう。アナには大銀貨三十枚を支払う価値があった。……そういう事にしておけ」
「……わかりました。では、契約魔法を――」
「必要ない。こちらでやらせてもらおう」
なおも疑問符を浮かべるアルナイをよそに、無詠唱で契約魔法を発動する。
それによって生じた紅い光の糸は、アナ、ライカ、ルキナの三人の首とオレの手首とを繋いで、消えていった。
「驚きました。契約魔法を持っておられたのですね。しかも無詠唱とは……」
「ああ。契約も終わった事だ、三人の首輪を外してもらって構わないか?」
「ええ、外しましょう。主人の意向に沿わないのであれば、首輪などただ邪魔なだけですから」
アルナイは立ち上がるとデスクの引き出しから鍵束を取り出して来ると、三人の首にかかった首輪を外した。
「ご購入ありがとうございます、ホオズキ様。また奴隷がご入り用の際は、是非、我がアルナイ奴隷商館をご利用ください」
「……ああ、覚えておこう。行くぞ、三人共」
アナ、ライカ、ルキナの三人を連れて、部屋を後にする。
三人は三者三様の表情をしていた。
アナは不安と期待の入り交じった、ライカは羨望の眼差し、ルキナは諦観と不安の入り交じった表情。
ライカは単純だが、アナとルキナは過去を思い出しているのだろう。
彼女達に信頼されるのはなかなか骨が折れそうだ。何せ、未だロゼからすら信頼を勝ち取っていないのだから。
「……今のうちに言っておく。お前達とは主人と奴隷という関係だが、だからと言って縛り付けるつもりはない。亜人や獣人、ハーフエルフだからと迫害するつもりもない。別に信じろとは言わないが、一応覚えておいてくれ」
商館の出入口に向かう廊下で、三人に背を向けたまま言う。
人種差別なんかゴミと一緒だしな。あっても得はないし、無い方が良い。
「それと、オレの事は好きに呼んで構わない。やりたい事、食べたいもの、行きたい場所、好き嫌い、その他思った事は遠慮なく言え。亜人だろうが獣人だろうがハーフエルフだろうが、ヒトである事に変わりはない。お前達の人権を、オレは保証しよう」
「……あなたは、変なヒトね」
「そうか? 自分では至って普通のヒトのつもりなんだが」
「いいえ、変よ。普通のヒトなら、あたしやライカみたいな亜人に、そんな事を言ったりはしないもの」
「へえ? それは、そいつらの方が変なんじゃないのか? 少なくとも、オレの故郷では普通の事だ」
「……変なの」
「まあ、オレの在り方だと思ってくれ。ハーフエルフにしたって、別に混血なんか珍しくないだろう。他人と他人がくっついて子供が生まれる。結局は人族にしたって誰かと誰かの混血だ。種族が混じってるからどうした。親の種族の良いところを受け継いでるんだから、もっと誇れ」
「………ら」
「うん?」
「それが……それが出来たら、苦労しません! 主様は、迫害を受けた事がないから……混血じゃないから、そんな事が――」
「混血じゃない、なんて言ってないだろ」
「…………え?」
オレの言葉に、ルキナが呆然とする。
そうだ、オレは混血だ。もちろんそれは、母さんの言っている事が全て真実だったと仮定すればの話だが。
母さんは昔から……それこそ、オレが物心ついた頃から、自分は鬼でオレはその血を分けた息子だと、そう言っていた。
それが真実とすると、オレは鬼と人とのハーフ。つまり混血であると言える。
それにしても……親父は西洋人だったが、よく母さんと結婚したもんだ。
「主様も……混血……?」
「ある意味そうだ。オレの故郷には、鬼と呼ばれる種族がいる。その鬼の母と人族の父の間に生まれたのがオレだ。お前達の常識で言うなら、オレだって混血だろう」
「じゃあ……迫害、は……?」
「そんなものはない。そんな事をしても、誰も幸せにはならない事を知っていた。他人と違う事は良い事だと、誰もが知っていた。だから、混血だからと馬鹿にされたり、暴行を受けたりした事は一度だって無い」
「そん、な……」
「だから誇れと言ったんだ。誰に何を言われようと、されようと、受け継いだ親の血を誇れ。お前も、お前の両親も、恥ずかしい事なんてしてないんだからな。事情を知らない他人が何を言ったって、お前には関係ない。バカな犬が吠えてるとでも思っておけ」
「……………」
「……悪いな。オレはお前とは違う環境で生きた。だからお前の痛みはわからないし、気の利いた事も言えやしない。だが覚えておくんだ。オレは、自分の生まれを恥じた事も、他人にとやかく言われる生き方をした覚えも、無い」
「生まれ……生き方……」
「……強いのね、あなた」
「ライは知ってるぞ! 魔物達を一人でやっつけた! ご主人は強いぞ!」
「……そうじゃないのよ、ライカ。良いけれど」
自分に問い掛けるように呟きを繰り返すルキナと、相変わらずキラキラした瞳で的外れな事を言うライカに、それを見て呆れたように首を振るアナ。
予定外の買い物だが……なかなか賑やかになりそうだ。




