三十二頁目 奴隷のあれこれ
「……ん?」
魔物の軍勢を討伐して、さあ屋敷に帰ろう、というところで妙な視線に気付いた。
憧れを含むような、何らかの期待に満ちたような、そんな視線。
視線を向けられている方を見てみると、出会った当時のロゼのようなボロ布を纏った銀髪に狼のような耳の亜人の子と、その隣に同じくボロ布を纏った金糸の髪にロゼより少し短い尻尾の生えた亜人の子がいた。
銀髪の子は純粋な期待と憧れのようだが、金髪の子は期待と憧れに隠れるように呆れや失望、憎しみなどの感情が読み取れる。
彼我の距離は大体八メートルほど。
ボロ布を纏っているところや、首輪をしているところから察するに、どこかの奴隷なのだろう。
二人は、大体十二歳くらいだろうか。と言っても、小学六年生というよりは中学一年生って感じだが。
「……ふむ」
視線の理由はわからないが、とりあえず近づいてみよう。
七、六、五、四メートルと距離を狭めても逃げる気配はない。むしろ待っているように感じる。
彼我の距離がすっかり狭まって、手を伸ばせば触れられるという距離になってから、銀髪の子が口を開いた。
「……おまえ、こい」
「お前達についていけばいいのか?」
コクリと頷き、これ以上の言葉は不要とばかりに身を翻し、てくてくと歩いていく二人。
どこに連れていかれるのやらわからないが、まあ、面倒事になってもどうにかなるだろうさ。
◆
二人の亜人に連れられた先には、大きな商館があった。
《アルナイ奴隷商館》。
それが、目の前の商館の名前だった。あるのか無いのかハッキリして欲しい。
しかし、奴隷商館と言うからにはこの二人もまた奴隷なのだろう。それでなくとも、首輪だけで判別出来ると言えば出来るのだが。
「こっち」
「わかった」
二人の後について商館の中に入る。
商館とは銘打ってあるものの、実際はちょっとしたホテルみたいな感じだ。
複数のドアが廊下の両側にあり、一つ一つにネームプレートが提げてある。ドアの数から察するに、奴隷に最低限文化的な生活をさせるための部屋なのだろう。
そして、そのドア群を抜けた先の両開きのドアの前で、二人は立ち止まった。
「……先、入れ」
表情から察するに、客であるオレが入らないと二人は入れないんだろう。
別に奴隷が欲しいわけじゃないんだがな。
まあ、いても問題は無いだろうし、戦力が増えるのは有難い。
「……失礼する」
ドアを開けて中に進入すると、応接用と思しきテーブルと二つのソファ。その向こうにデスクと、それに向かう男がいた。
男は長身にしっかりした身体つきで、店の主であると思わせる貫禄もある。
「……これはこれは。アルナイ奴隷商館へようこそお出でくださいました。初めてのお客様でございますね。本日は奴隷のお買い求めで? それとも、売却ですか?」
「それなんだが……実はこの子達に連れてこられてな」
オレの後ろにいた銀髪の亜人の子と金髪の亜人の子を、部屋の中に入れてやる。
「ほう……。我がアルナイ奴隷商館が保有する奴隷の中でもとびきり扱いが難しいライカとアナではありませんか」
「扱いが難しい?」
「はい。まず銀髪の方……ライカなのですが。彼女は狼牙族と呼ばれる亜人の中でも、幻狼種という極めて誇り高い種族でして。己が認めた相手にしか懐かないので、なかなか買い手がつかず、世話をするにも難しいと、扱いに困っていた奴隷なのです」
幻狼……つまり、北欧神話のフェンリルみたいな感じか?
仮にそうだとすれば、気位の高さは納得がいく。何せフェンリルは北欧の主神オーディンを喰い殺した怪物だからな。
「次に金髪の方……アナですが。彼女は鱗族に属する蛇女種という種族で、蛇女種は蛇人種と共に森の中で暮らしているのですが、そこを人族が襲撃し、拐われてここにいます。だからなのか、人間に対して憎しみを持っており、買われてもすぐに戻されるのです」
「なるほど。それは確かに扱いが難しいな」
「ええ。しかし、どちらの種族も認めた相手や見初めた相手には誠心誠意尽くす種族だという話です。お客様は、恐らくその相手かと」
「オレが? 別にこいつらには何もしてやってないぞ?」
「おや、そうなのですか? ライカ、アナ。何故連れてきたのです?」
「……あたしは知らない。ライカが気に入ったから連れてきた」
「違う! アナが買って欲しいって言ったぞ!」
単語しか話せないと思っていたが、ライカは普通に喋れるのか。
アナも、なかなか綺麗で可愛い声をしているんだな。
「ライカ。ライカは何故この方を?」
アルナイに問い掛けられたライカはこちらをチラリと見てから
「……さっきの魔物達、一人で全滅させたからだぞ」
「先ほどの軍勢を、一人で……ですか?」
「ライは嘘吐いてないぞ!」
アルナイの訝しむ視線を受けて、ライカが声を張り上げる。
確かにあの軍勢はオレが一人でやった。まさか見られていたとは思わなかったが。
いや、視線は特に感じなかったし、『気配感知』スキルでも持ってるのか?
「アナはどうですか?」
「あたしは……同じ鱗族の匂いがしたから……」
「……? 失礼ながら、お客様は人族の方ですよね?」
「仮に亜人奴隷だとして、こんな上等なローブが着れるか?」
「ですよねぇ」
「ただ、鱗族なら心当たりはある。王都で竜人種を拾ってな。旅の道連れだ」
「なるほど、そういう事でしたか。それにしても、竜人種に幻狼種と、お客様は稀少な種族に縁があるようで」
「へえ、稀少なのか」
「はい。まあ、人族と亜人や獣人とでは交流がほとんどありませんから、どの種族も稀少と言えば稀少なのですがね」
「なるほどな」
「それで、お客様。ご購入なさいますか?」
「そうだな……」
扱いが難しいとは言っても、オレはこの二人に認められているらしいし、買っても特に問題は無いだろう。
だが、如何せんオレは奴隷に関する知識が皆無に等しい。
このアルナイにその辺りを教えてもらってからでも、判断は遅くはないだろう。
「買うにせよ買わないにせよ、奴隷に対しての知識がなくてな。その辺り、少しご教授願いたいんだが、構わないか?」
「ええ、構いませんよ。おっと、そういえば立たせたままでしたね。申し訳ありません。さあ、どうぞお座りください」
「ああ。それじゃありがたく」
ソファに腰掛けると、アルナイがデスクからこちらにやってきて、向かい側のソファに腰を下ろした。
「……さて、どこからお話しましょうか。ちなみに、竜人種の奴隷はどちらで?」
「……まあ、言ってみれば正規の手段じゃない。王都が魔物の襲撃を受けた時に、たまたま主人が逃げ出して、たまたまギルドで上書きをしたってだけだ」
「なるほど。今までに、奴隷の購入経験はありますか?」
「いや、皆無だ。というのも、オレは遠方からの旅人でな。故郷では奴隷制度はなかったから、そもそも奴隷という存在が目新しい」
「ほほう、身分差の存在しない世界という事ですか!」
「いや、貧富の差はある。国によっては王族もいる。ただ、奴隷という存在はないな」
「ふむ……。わかりました。ではまず、そもそも奴隷とは何かからお話しましょう」
アルナイは少し座り直すと、早速話を始めた。
「奴隷とは、今では、彼女達亜人や獣人を指して言う言葉です。人間……人族がそう呼ばれる事は滅多にありませんね」
「それはやはり、亜人や獣人が迫害されているからか?」
質問を投げてみると、鷹揚に頷いてアルナイは話を続ける。
「人は、己と違う存在には恐れを抱きます。人族には毛皮はありませんし、耳や尻尾、エラや水掻きだってありません。だからこそ、彼らは亜人や獣人を迫害し、奴隷として売り、扱う」
「昔の意趣返しも含んでいるんだろうな」
「ええ。私も奴隷商なんて因果な商売をしていますが、だからといって亜人や獣人を憎んだり、迫害しようと思った事はありません。ですから、親の敵のように迫害を続ける人達の考える事まではわかりませんが」
「奴隷商なんてロクな人間じゃないと思ってたが、あんたは違うようだな」
「もちろんです。話を戻しまして、次は奴隷の種類について。奴隷は大別して三種類に分けられます」
「三種類……ふむ……」
「一番多いのが、どこかから拐われてきたり、家が貧乏なために売られる一般奴隷ですね。彼らは特に何かをしたわけではなく、有り体に言えば、非常に運が悪かった存在です」
「まあ……口減らしは責めようがないしな」
「ええ。他の二種は借金奴隷と犯罪奴隷ですが……まあ、これらは特に説明は要らないでしょう。聞いたままの奴隷です」
借金奴隷は借金を返せなくなったか、そもそも返さなかった奴がなるんだろう。
犯罪奴隷は……これは、読んで字の如く、というヤツだな。犯罪者がなるものだ。
「基本的にどの奴隷も主人からの命令には絶対服従で、断ったりする事は出来ません。ただ、奴隷に命令出来ない事があります」
「命令出来ない事?」
「はい。一つは、自分を殺すように命じる事です。奴隷は主人に対して危害を加えられませんが、主人の許可次第で殺害以外の敵対行為を許されます。これを利用して奴隷を鍛えようとする方も、稀にいらっしゃいますね」
「……なるほど。自分の鍛練にもなるわけか」
「もう一つは、他者を殺すように命じる事です。奴隷は主人を含め、他人にも、基本的に殺害という行為を実行する事は出来ません。ただ、死なない程度に傷付ける事は可能なので、それをどうするかも主人次第ですね」
「つまり、主人であれ他の誰かであれ、殺害するように命令する事は出来ないと」
「そうです。それから、奴隷は原則として自傷や自殺といった行動は出来ません。これは……まあ、言わずもがなでしょう」
せっかく買った奴隷に勝手に死なれたら困るもんな。
「奴隷に関しては……まあ、こんなものでしょうか。これ以上話す事となると、思い付きませんね」
「ふむ……」
こちらとしても、もう特に質問はない。
奴隷っていうのが基本どんな扱いをされてて、どういうシステムで売買されているのかも大体理解は出来たし。
「ライカとアナの他に、扱いに困ってる奴隷はいるか? 一人くらいなら買わせてもらおう」
「……一人、います。しかし、初めて奴隷を買うお客様にはあまり……」
「種族は?」
オレが尋ねると、アルナイは困ったように視線を彷徨わせ、口を開いては閉じ、しばらく沈黙した後、意を決したように口を開いた。
「……ハーフエルフです」




