三十一頁目 魔族との邂逅
迫り来る魔物の軍勢を相手に、まずは地魔法を使って土の壁を造り、魔物の進入経路を限定する。
これをする事で、周辺への被害の予防と、戦闘の単一化を図れるはずだ。
現に今、魔物共は進入路が限定された事で、オレを目掛けて突っ込んできてくれている。
このままの状態で、あの上空の魔族が変なことをしたり、新しく命令をだしたり、空を飛ぶ魔物を新しく配下にしたりしない以上は安全と言えるだろう。
「殺した魔物は……インベントリに入れれば大丈夫か」
左手のサフェードで一番手前にいる猪に似た魔物を撃つ。
サフェードから放たれた魔力の弾丸は、日本のニューナンブに使用されているような先の丸い弾丸ではなく、ライフル弾を思わせる先の尖った弾丸で、サフェード以下魔導銃にはライフリングが刻まれているらしく、風を切る弾丸は蒼の尾を引いて回転しながら着弾した。
猪の魔物は着弾してすぐに、徐々に突進の勢いを無くしていき、最後にはどさりと地に臥した。
なるほど、話に違わぬ威力をしている。
「さて、残らずオレの経験値になってくれ……!」
咆吼する二丁の黒と白の魔導銃。白は蒼き弾丸を放ち、黒は緋き弾丸を放ち、迫る魔物を次から次へと骸に変えていく。
しばらく魔物を殺していると、身体の奥から力がわき上がってくるような、そんな感覚に襲われた。
王都のギルドでコマンダーウルフに止めを刺した時と同じ感覚だ。まず間違いなく、レベルアップしたという事だろう。
「いいな、この感覚。強くなってるって実感出来るのは良い事だ」
地を這う兎、熊、猪、狼、蛇、蜥蜴、蟲、怪物花。魔物共の中には中空を飛ぶ蟲もいたが、それにしたって土壁を越えられる高度にはいない。
一発一発、確実に、しかし迅速に、放たれる弾丸が魔物の命を刈り取っていく。
最初は無限にいるのではないかと思うほどいた魔物共も着実にその数を減らしていき、体感時間で四十分が経つ頃には、魔物はもう目視で確認出来るくらいの数しか残っていなかった。
「もうあれだけか……。なんか、百も二百も倒した気がしないな。まあ、レベリングなんで基本そんなもんだが……」
残りの魔物も全て倒すと、真打ち登場とでも言うかのように、上空にいた魔族が降りてきた。
シャグネイアという名前のその魔族は、頭に捻れた角を二本生やし、男なのか女なのかよくわからない身体つきをしている。
半分は男で半分は女に見えるが、顔だけで言えばしっかりと女だ。
「……やるじゃないか」
シャグネイアがパチパチと乾いた拍手をしながら言う。
声はまるっきり女だが、見た目のせいで余計に混乱する。贅沢は言わないから、せめて男か女か明記したプラカードか何か持っていて欲しい。
「混乱してるみたいだね?」
「ああ……うん、まあな」
お前のせいでな! とは言わないのが大人の対応というものである。
「訊きたい事があれば答えよう。私はシャグネイア。魔族だ」
「人族。名前はホオズキだ。……ところで、男か女か教えてくれ」
「私がか?」
「他に誰がいるんだ」
「…………はぁ」
『まったく、こいつ何もわかってないな。やれやれ、困った奴だ』とでも言うような、落胆したような溜め息を吐くシャグネイア。
「見てわからないのか?」
「わからないから訊いてるんだろ」
「……私は女だ」
「女だったのか。半分男みたいな身体してるから、男なのかと」
「顔を見ればわかるだろう?」
「身体と一致しないんだよ。……まあ、ともかく、魔族のシャグネイアさんは一体何の用で?」
問題はそこだ。
シャグネイアは何故、魔物を引き連れてオルトーラまでやってきた? 目的は?
「うん。実はな――」
「実は……?」
「新しく召喚された勇者が強くてイケメンだって聞いたから、見に来たんだ」
まさかの観光気分だった。
実は魔王もこういう感じとかってないかな。至って平和な感じで、目の敵にしてるのは人間だけで、和平交渉するだけで使命達成みたいな。
「イケメンだし、あれだけの魔物を一人で殺しきっちゃうし、噂は本当だったのねぇ。じゃあ、殺し合いましょうか」
「ああ、やっぱりそういう流れなのか」
「もちろん。ほら、私が今回の勇者と最初に出会った魔族だから。あとで和平結ぶにしても、一応戦っておかないとお互いに不都合が、ね?」
なるほど、これが噂の『最初は激しくぶつかって、あとは流れでお願いします』というヤツか。
なんていうか、世知辛いな異世界。
「あ、そうだ。魔王様ってすっごく美人だから、会えたら口説いてみるといいわよ」
「……いいのか、口説いて」
「大丈夫よ。男に耐性ないから、コロッといくわよ。それにアナタ……普通の『人』じゃないわよね? 魔族……いえ、神に近いような……」
「神に? よくわからないが、自分では普通の人間のつもりだぞ?」
「ふぅん……? まあいいわ、アナタの生活に悪影響があるわけじゃないみたいだし。それじゃ、早速やりましょうか」
「この流れで……?」
正直めちゃくちゃやり難い。
ほのぼのと会話した後に殺し合いに発展だなんて、一体どこのディストピアだよ。
「まあ、困惑する気持ちはわかるわ。私が最初じゃなかったら性奴隷……いえ、肉便……違うわね、オナ――」
「いや、もういい。言いたい事は大体伝わった。さてはお前……ドMだな?」
「……わかる?」
わからいでか。
妙に熱っぽい視線を向けてくると思ったらそういう事なのかよ。股間を注視するのをやめろ。
「……はあ。まあいい、さっさとやって終わらせよう」
「そうね。私この後用事あるのよ」
「なんで来たんだよ……」
いよいよ頭が痛くなってきた。
とりあえず、こんな事してても始まらないのは確かなのだから、サフェードとアートルムを仕舞って魔導鞭で相手をしよう。
きっと彼女としても鞭の方がいいだろうし。
「……いくぞ、シャグネイア!」
「いらっしゃい、勇者ホオズキ!」
掛け声の後、地面を蹴り飛ばしてお互いに距離を詰める。
シャグネイアは魔法を使おうとするが、それを魔導鞭で阻害する。
「あぁっ、イイ……っ!」
鞭で打たれたシャグネイアが、そんな艶かしい声をあげる。
「……イイ声で啼くじゃないか、シャグネイア」
「そのゴミを見る眼も素敵! もっとぶって!」
「こうか? これがいいのか?」
「イイっ……! イイのぉ……!」
ピシッピシッと鞭で打つ度に嬌声をあげるシャグネイア。
本当にこれでいいのかな。なんか、魔王の存在から勇者召喚から何から何まで間違っている気がしてくるぞ。
それに、シャグネイアはなかなかに美人だ。
ドMの美人に興奮しないわけではないが、いざ自分が責めてると思うと、ちょっと引かないでもない。
業深きかな異世界。せめてもっと平和に過ごしたかった。
「はぁ……はぁ……なかなかイイ鞭捌きね……!」
「……そりゃどうも」
とろん、と蕩けた表情でシャグネイアが褒めてくれるが、やっている事がやっている事なだけに素直に喜べない。
「――はっ! そろそろ用事の時間だわ。じゃあね、ホオズキ。また会いましょ」
用事の存在を思い出すと、すっと立ち上がってチュッと投げキッスをして消え去るシャグネイア。
「……もう二度と会いたくねえ……」
出来る事なら、次に会う魔族はもっとまともな奴がいい。
鞭で打たれて悦ぶようなマゾじゃなくて、もっと、こう、常識人というか、とにかくノーマルな感じの魔族がいい。
シャグネイアみたいな性癖の持ち主がスタンダードだって言われたら……魔族との交流は無かった事にしよう。そうしよう。
「……なんか、疲れたな。魔物を倒すのは別になんともなかったけど……シャグネイアはダメだな。あれは本当に……うん……」
沈む気持ちをどうにか浮上させて魔導鞭をインベントリに仕舞い、まだ放置されていた魔物の骸をインベントリに回収していく。
シャグネイアの事は、この異世界での最初の試練か何かだと思う事にしよう。そうじゃないと、この面倒な疲労感に潰されそうだ。
「ロゼ……ユキヤ……。今、帰るからな……」
青く澄み渡る空に、一人呟く。
今日は早く寝よう。早く寝て、すっきりした明日を迎えるんだ。それがいい。




