三十頁目 鬼の子、鬼灯刹華
『縮地』スキルの連続使用で辿り着いた出入門前は、魔物の軍勢は来ていなかったものの、なかなかに騒然としていた。
門番役の警備隊が職務を全うせんと進入しようと並ぶ幌馬車や人を止め、並ぶ人々は魔物の軍勢の事をどこかしらで知ったらしく怒号を飛ばしている。
並ぶ人々には商人やその護衛の冒険者が多く見られるので、幌馬車に積んだ商品なんかに損害を受けたくないがために怒号を飛ばしているのだろう。
しかし、それでも仕事は仕事。悪い言い方をすれば融通が利かない、良い言い方をすれば職務に忠実な警備隊は、飽くまで身分証明の提示要求をやめる事はない。
「お役所仕事だな」
日本でもそう珍しくなかった光景を横目に、『広域探査』と『敵意感知』スキルを組み合わせて魔物の軍勢の動きを確認する。
魔物の軍勢は相変わらず周囲の魔物を煽って数を増やしつつ、なおも一直線に、このオルトーラ市を目指して進んでいる。
もしもこの門が突破されたなら、その圧倒的な数を前に、オルトーラ市民や傭兵、冒険者、警備隊、領主軍に至るまで、ロクな抵抗も出来ずに蹂躙されて終わるだろう。
「…………ん?」
『敵意感知』スキルに引っ掛かる雑多な魔物の反応の中に、一つ、異常な反応を見つけた。
人のようで人でなく、魔物のようで魔物でない。強いて言うなら、人と魔物が混ざりあったような、そんな反応。
まだ魔族と呼ばれる存在と出会った事はないが、この反応こそが魔族なのだと言われたらすんなり納得出来るくらいには異質だ。
正直言って、自分が認識しているどの存在とも違う反応ながら、しかし全てが中途半端で、凄く気持ちが悪い。吐き気すら覚える。
「……まあ、いいか。どうせ敵だ。せいぜいオレの経験値になってもらおう」
スキルの発動をやめて、インベントリを眺めて武器の選別を始める。
単体への攻撃が基本になるロングソードやガントレット、殺傷力の足りない魔導鞭、多数に有効ながら行動が制限される大剣は除外。
ロングソードと同じ理由でザナドゥも除外。
となると、手持ちの武器で圧倒的多数に対抗出来る武器は、最早これしかない。
《二丁一対型片手魔導銃サフェード&アートルム》。
特殊素材により魔力の圧縮率や圧縮速度を高めた事で通常の片手魔導銃より連射力と破壊力に優れた代物で、二丁一対型なのは、サフェードとアートルムの同時運用をする事で特殊素材が共鳴を起こし、効果が極限まで上昇する事がわかったから。……と、ローナーくんが教えてくれた。
もちろんサフェードかアートルムどちらかだけの運用も可能で、二丁運用の時に比べると連射力と破壊力は劣るが、通常の片手魔導銃の五倍近いスペックを誇る逸品とのこと。
ただ、最初のうちはなかなか魔力を受け取ってくれないじゃじゃ馬らしく、まともに運用出来るようになるまで、大体一ヶ月~一ヶ月半ほどの期間で毎日魔力を流す必要があるとの話だった。
まあ、残念ながらサフェードとアートルムは今回が初陣なのでじゃじゃ馬のままなのだが。
「とはいえ、手持ちの武器じゃこれくらいしか使えないからな……仕方ない。ちょっと魔力流してみるか」
インベントリからサフェード&アートルムを装備すると、腰に革製のベルトホルスターと共に装着された。
そのうちの白い方――サフェード――をホルスターから抜いて魔力を流してみるが、グリップの部分から先に魔力が流れていかない。
なるほど、こいつは確かにじゃじゃ馬だ。
それから何度か、魔力を流しては止めて、流しては止めてと繰り返してみるが、正常に動作するどころか今にも爆発しそうな感じを受けた。具体的に言うと、グリップ部分からドカンといきそうな感じだ。じゃじゃ馬というか、とんだ暴れ馬だ。
「こいつは……困ったな。使ってる最中に馴染んでくれれば良いんだが……」
一抹の不安を抱きながらサフェードをホルスターに戻す。
じゃじゃ馬……暴れ馬か。
そういえば、前に乗馬練習した時に乗る馬が随分と気難しい馬だったな。女の子の馬だったが、なかなか乗せてくれなくて苦労したもんだ。
あの時、確か母さんに『坊や。気難しい馬は生娘と同じじゃ。生娘にいきなり交尾をせがんでも受け入れてはくれんじゃろう?』って言われて、それから漸く乗せてくれたんだったか。
正直『交尾』って表現には度肝を抜かれたが、コツは掴めたんだよな。
「……うん。なんとかやれそうだな」
不安は確信へと変生した。
とんだじゃじゃ馬、暴れ馬だと思ったが、思い出してみればなんの事はない。
ありがとう母さん。やはり異世界でも貴女の助言は活きる。
「――おい、あんた!」
声がかかる。門番役の警備隊からだ。
はて何の用かと少し身構えていると、警備隊の男が近付いてきて、魔物の軍勢が近付いているから危ないと忠告してきた。
「知っている。知っているからこそ、オレはここにいるんだからな」
「……どういう事だ?」
警備隊の男は訝しむようにこちらを見つめてくる。
「オレはついさっきまで領主軍の特別監督官をしてたんだ。子爵の屋敷に来た使いの男を通して、大体の事情は把握している」
「ああ、あんたがあのクズ領主軍を鍛え直してるって噂の……! じゃあ、これは子爵様の指示なのか?」
「違う。コルティア子爵……リーゼリアは事態の規模に気圧されてまともな指示が出せない。だから、使いの男と領主軍にはオレから指示を出しておいた。すぐにも対応指示がやってくるはずだから、お前も準備をしておけ」
「あんたが指示を? だったら、今ここで言ってくれよ」
「……それもそうか。お前達門番はまず、そこの商人やら馬車やらを全部中に入れろ。身分証明はそこでさせればいい」
「……まあ、そうか。それから?」
「冒険者と傭兵の中から強い順に十人。これを入口の守備に回せ。ごねるようなら名前を押さえて、あとで殺しに行くと伝えておけ」
「わ、わかった」
「それから、中から出て行こうとする奴は脚を斬りつけてでも止めろ。魔物に喰われて死ぬよりは、ずっとマシなはずだ」
「あ、ああ……そうだな」
「あと、門の守備役が揃ったら門自体は閉じさせろ。突破させるつもりなんか無いが、突破された時に少しでも中への侵入は阻害出来た方がいい」
「そうだな。……そんなところか?」
「ああ。あとは使いの男や領主軍に出した指示から警備隊にも指示が行くはずだ。とはいえ、飽くまで門の内側の防衛だけだから、そう難しい指示じゃない」
「わかった。あんたは……門の守備役なのか?」
「……いや。オレは、最前線で魔物共を殲滅する役さ」
「あんた一人でか……!?」
「足手纏いは要らないからな。ほら、わかったら迅速に行動しろ。死人一人につき警備隊から無差別に一人選んで殺すぞ」
「わ、わかった! 今すぐやる!」
領主軍に出したのと似たような命令を出すと、警備隊の男は蒼白になり、早速同じ門番役の警備隊のところに向かった。
それからの警備隊の行動は早かった。
身分証明手順を省いて手前の馬車から次々と門の中に入れると、早速冒険者と傭兵の中から強い順に十人を集めて門の防衛に配置し、門を閉じる。
門の外に取り残された人間はおらず、門の中から出て来る人間もいない。警備隊は領主軍と違って、かなり優秀なようだ。
「――来たか」
警備隊の一連の行動が終わり少し経った頃、門の正面にある森の木々の間をすり抜けるように、あるいは木々を薙ぎ倒して、それは現れた。
日本で見たものより二回りは大きい兎、猪、熊、狼などの獣に始まり、ゴリラに似たもの、多頭で全長が十メートルを余裕で超える蛇、火や氷を身に纏う蛇よりは一回り小さいくらいの蜥蜴。
他にも、縮尺を間違えているんじゃないかと思うほど巨大な蟲たちに、食人植物とでも言うべき巨大な花。
およそ『怪物』と呼ぶに相応しい存在が徒党を組んで、こちらにやってきていた。
そして、それを見下ろすように上空に立つ、頭に捻れた角を生やした人形の存在。
鑑定&分析で確認してみると、シャグネイアという名前と、魔族という種族に属する存在だという事がわかった。
レベルは60を超えていて、使えるスキルも魔法を始めとして多数ある。
流石のオレでも、無事では済まないかも知れない。
「……だが、やるしかない。オレの経験値のために、レベルのために、死んでもらおう」
腰の両側のホルスターからサフェードとアートルムを抜いて、まるで、お互いに初体験の男女が唇をただ重ねるだけの軽いキスを交わしながら雰囲気を高めていくように、徐々に流す魔力を増やしながらサフェードとアートルムに魔力を流す。
先ほどとは違いすんなりと魔力が通っていくサフェードとアートルムは、それぞれ、光る蒼の線と緋の線をその身に奔らせた。
白色に蒼の線を奔らせるサフェードと、黒色に緋の線を奔らせるアートルムは、『まだ撃たないのか?』と、こちらに問い掛けてきているような気さえしてくる、そんな存在感を放っていた。
「お前達、そんな貌出来たのか。まったく……面倒なお姫様達だな……」
二丁の片手魔導銃相手に、ついそんな事を口走ってしまう。
「……では。鬼灯流総合武術道場、免許皆伝。鬼灯刹華。いざ――参る!」
オルトーラ市が壊滅するか否かの戦いの火蓋は、切って落とされた。




