二十八頁目 ホオズキの実力とその一端
強化週間初日から、数日が経過した。
あれから進歩があった事と言えば、回復魔法をかけて一晩休ませる事で超回復より効果の高い超回復が見込める事がわかった事。
それによって領主軍の騎士達の筋肉量やスタミナが大幅に増強された事。
連日の特訓や座学のおかげか、騎士達の横暴な態度がすっかり丸くなり、領民からの信頼を勝ち得た事くらいだ。
「……平和だな」
「そうですね、主。特別騒乱もなく、良い日和です」
側付きのメリーナが用意してくれた紅茶を飲みながら、ユキヤと談笑する。
ここ二日くらいはロゼが教官役を代わってくれているので、領主軍が訓練中でもオレはのんびり出来て助かっている。ユキヤも最初の頃は一緒に訓練をしていたのだが、そもそもユキヤの戦闘スタイルと噛み合わないので、オレがやめさせた。
メリーナは側付きの仕事を全うするついでに、訓練後に毎度ダウンする領主軍を眺めに来ているらしい。まったく、いい性格をしている。
「――ホオズキ殿! 手合わせをお願いしたい」
相変わらず領主軍と一緒になって訓練しているコルティア子爵から、そんな声がかけられた。
「手合わせか……。コルティア子爵もなかなか実力をつけてきてるが……」
「良いのではないですか? それに、このユキヤ……主の本気の実力を見てみたく思います」
「コルティア子爵相手に本気を出せって?」
「子爵殿では足りませんか?」
「まあ、そうだな。……ロゼ!」
呼び掛けると、領主軍の教官役として訓練をしていたロゼが駆け足で寄ってくる。
ロゼもすっかり訓練に慣れた様子で、初日のように息を切らせる事もなくなっていた。
「呼びましたか、マスター」
「ああ。今から、コルティア子爵、ロゼ、ユキヤの三人でオレの相手をしてもらいたい」
「手合わせを頼んだのは私なのだが……。しかし、三対一でいいのか?」
「構わないさ。強大な敵には多数で相手をするのが相場だろ?」
「……それは、ホオズキ殿の本気の相手をするには、我々三人で漸く達すると?」
「私も武人の端くれ。マスターの言葉とは言え、納得は出来ませんね」
「まあ、やればわかる。ユキヤも大丈夫か?」
「はい。主の本気の相手……我々で務めてみせましょう」
「じゃ、早速やるか」
椅子から立ち上がり、十五メートルほど間隔を空けて、コルティア子爵、ロゼ、ユキヤの三人と対峙する。それぞれ直剣、大剣、小刀を構え、緊張感も高まっている。
「ホオズキ殿。武器は何を使うのだ?」
「最初は素手で、ローブを着て、やろうか。ローブを脱がせて武器を抜かせる事が出来れば、その時こそは本気の本気で相手をしよう」
「私達ではそこにさえ到達しないと?」
「そうは言わないが、まあ、お前達の実力ならこの程度のハンデはあって然るべきだろう」
「……胸を借りる気持ちで、行かせていただきますね、主」
「おう、どんと来い。メリーナ、開始の合図を頼む!」
「仕方ないですねー……始めっ!」
メリーナの合図を受けて、ユキヤが姿を消し、コルティア子爵とロゼが左右から肉薄してくる。
右から来るコルティア子爵の斬撃を左足を軸に身体を開いて躱し、立て続けに繰り出されるロゼの斬撃を軸足を入れ替えて躱し、背後から来るユキヤの刺突をジャンプして躱す。
「くっ……まるでダンスでも踊っているかのように……!」
「まだです、まだ序盤ですから……!」
「流石は主。流麗な回避行動です」
三者三様の反応をした後、ユキヤは持ち前のスキルとスピードを活かして超高速戦闘を、コルティア子爵は直剣での連撃を、ロゼは回避した先に合わせるように強力な攻撃を、それぞれ繰り出してくる。
即席のパーティにしてはなかなかどうして良い連携攻撃をするじゃないか。これはローブを着ている場合じゃないかも知れない。
「なかなか、やるな。そんな――おっと、危ない。お前達に免じて、ローブを脱いでやろう」
メニューの装備欄からローブを外す。いくらか動きやすくはなるが、だからと言って、攻撃の苛烈さが和らいでいるわけではないから、注意を途切れさせてはならない。
「それにしても……っとと……こんなに早くローブを剥がされるとはな……。三人合わせての実力を少し甘く見てたかな……?」
「そうして余裕でいられるのも、今のうちだぞホオズキ殿!」
「必ず、本気を出させて見せます……!」
「お覚悟を、主」
更に苛烈さを増していく三人の攻撃。
特に苛烈なのはユキヤの攻撃で、一息に四方向から攻撃を受けている。
「……チッ。これは、なかなか……拙いな」
「更に押しますよ、主」
「クソッ……!」
更にスピードを上げて、同時に八方向からの攻撃を仕掛けてくるユキヤ。それに合わせるようにコルティア子爵とロゼの攻撃もスピードアップしている。
大口叩いてみたが……オレの今のレベルではこの辺りが限界か。仕方ない。
「……訓練して疲れてるだろうに。よくもまあ――抜かせてくれたものだ」
インベントリから『原初の刀ザナドゥ』を装備して、抜き放つ。
都合二週間ぶりに抜いたそれは、黄昏色の輝きを一層増したように見える。
「…………ッ!」
「くっ…………!」
「これ、は……っ!」
ザナドゥを抜くと共に放つ殺気に、三人の攻撃が止まる。ユキヤは涼しい顔をしているが汗をかいており、コルティア子爵とロゼは少し青い顔をしている。
「……よく、オレにこの武器を抜かせた」
「その、その武器は、なんだ……!? 何故片刃しか……いや、その黄昏色の刃はなんだ!?」
「子爵殿。あれは、ダークエルフに伝わる『刀』という武器です。門外不出の技術で鍛造されます故、主が持っている事は本来あり得ません」
「し、しかし、持っているではないか!?」
「恐らく……我々ダークエルフの知らぬ刀かと。私も、あの様に綺麗でありながら禍々しさを内包する刃の色をした刀は見た事がありません」
「……しかし、マスターに武器を抜かせる事は成功しました」
「そうだな。その点は褒めてやるが……お前達は、オレに武器を抜かせるべきではなかった」
「それは、どういう――」
――それは、瞬きよりも速い、刹那の一刀。
薩摩示現流に伝わる、神速にてニの太刀要らずの一撃。
鍛え抜かれた身体を最大限に利用した、疾走と、高エネルギーの打ち込みは、空を奔る稲妻の速さを凌駕せんとす。
その奥義の名を――『雲耀』。
「この一刀が見えるようになったら、一人前だな」
「ホオズキ、殿……いつの間に背後へ……?」
「刹那の間に、かな」
ザナドゥを鞘に納めると、ズバッと三人の胸から腹にかけて斬り傷が奔り、三人が膝をつく。
「リーゼリア様っ!!」
斬り傷と出血を見て、メリーナの悲痛な叫びが響く。
「騒ぐな、メリーナ。殺してはない。少し大袈裟に見えるだけで傷も深くはない」
「ですけど……っ!」
「ああ、わかるよ。大切な人が傷を負ったらパニックになる気持ちはよくわかる。だが、騒ぎを大きくするのは得策じゃない」
「騒ぎの元凶が何言ってるんですか!」
「心臓に悪いもの見せたのは悪かったよ」
試しに無詠唱で発動させた回復魔法で、三人を回復させておく。
……日本だったら傷害罪の現行犯で即逮捕だったな。サンキュー異世界。
「……ありがとうございました、主。このユキヤ、感服致しました」
「ユキヤこそ、同時八方向攻撃とは恐れ入る」
「恐縮です。しかし主……何故主は刀を?」
「……まあ、いずれ話す時が来る」
「畏まりました、主。その時が来るまで、詮索はいたしません」
「助かるよ」
「主の懐刀ですから」
まずユキヤが立ち上がり、続いてロゼ、コルティア子爵が立ち上がる。
ユキヤはどこか晴々とした表情だが、ロゼとコルティア子爵は苦虫を噛み潰したような表情をしている。多分、武器を抜かせたのはいいものの、何も出来ずに倒れた事を悔やんでいるのだろう。
「……それにしても主。先ほどの一撃は何だったのですか?」
「オレの故郷にある剣術流派の一つ、示現流が奥義『雲耀』だ」
「ウンヨウ、ですか……?」
「雲耀は、稲妻の事を指す。常人の目では捉えられない不可視の一刀。二の太刀要らず。それが雲耀だ」
「……もしかして、主の故郷では刀が一般的なのですか?」
「ああ、そうだ。刀剣類と言えば、オレの故郷では専ら刀だ。コルティア子爵の直剣やロゼの大剣はあまり見ないな。大太刀なら馴染みがあるが」
「で、では、脇差や短刀なども……!」
「あるぞ。あとは、薙刀に槍も馴染み深いな」
「やはり……! しかし、この大陸ではダークエルフしか知らないはず……」
「この大陸の生まれじゃないからな、オレは。お前達が知らない事を知っていたり、逆に知っている事を知らなかったりする。魔法はこの大陸に来て初めて知ったな」
「なるほど、この大陸の生まれではなかったのですね。それならば先ほどの強さも納得です」
うんうん、と何度も頷くユキヤ。
それとは対照的に、ロゼとコルティア子爵は釈然としないとでも言いたげな顔をしている。
「ローブを脱がせたのに……」
「武器を抜かせたというのに……」
「うるさいぞ、お前達。お前達は負け、オレは勝った。それだけの事だ』
「……訓練! 訓練だ、ロゼ殿!」
「もちろんです。何が何でもマスターに追い付いて見せます」
「おう、頑張れ。……あ、メリーナ。おかわりもらえるか?」
「今淹れますね」
訓練に戻るロゼとコルティア子爵、再びオレの隣の椅子に腰掛けるユキヤ、紅茶のおかわりを淹れてくれるメリーナ。
うぅん、実に平和だ。旅が一段落したら、こういう生活をするのも良いかも知れない。




