二十七頁目 メイド長襲来
「……暇です」
メリーナが来てから二時間ほどが経過した頃、当のメリーナが、退屈からかそんな事を言い出した。
「まあ、お前は何もしてないしな。そんなに暇なら、軽食の一つや二つ持ってきてくれてもいいんじゃないか?」
そもそも一介のメイドが仕事を放り出して、誰にも何も言わずにこんな場所にいるのが問題なのだから、どうせコルティア子爵が起き上がるまで暇なら、メイドの仕事として軽食の一つでも持ってきて欲しい。
そうすれば、オレ達は空腹を凌げるし、メリーナは仕事という大義名分を得る。
これが俗に言うWin-Winの関係というヤツだ。
「嫌です。今戻ったら叱られちゃうじゃないですか。私はここにいます」
「正直に話せばいいだろ。オレからの指示だって言っておけば、少し小言を言われるくらいで済むんじゃないか?」
「ダメです、無理です。あのメイド長が赦すはずありません」
コルティア子爵に仕えるメイドの長は王城のメイド長と違って四十代後半のオバサンメイドなのだが、まるでお局様のように口煩く、少しでも自分の納得出来ない事があると、いつまでもネチネチと口撃してくるのだ。
そのせいか、はっきり言って評判は悪い。なまじ仕事の精度は良いだけに、そういった人格面を問題提起出来ないあたりも質が悪い。
見た目は……まあ、同年代の女性に比べたら、いくらか美人ではあるが、性格の良いブサイクと性格の悪い美人なら断然前者だろう。
「でもな、メリーナ。お前、現在進行形で仕事をサボってるって事になるぞ?」
「なんでですか!」
「報告してないからな。ここに居座るって」
報告、連絡、相談。
社会人には必須の『ホウレンソウ』の心得。
働く上でこれらを怠ればどうなるか、高校を卒業後すぐに道場で師範をやり始めたオレとて、知らないわけではない。
報告を怠れば皺寄せが自分に来て、連絡を怠れば職場が回らなくなり、相談を怠れば自分のスキルアップを図れない。そうしてでき上がるのは、どこに出しても恥ずかしい人間のクズ……とまでは言わないが、基本はロクでもない人間になる。
だから、一つとして怠ってはならない。
だと言うのに、このメリーナはそのホウレンソウを全て怠った上でここにいる。そんなもの、どうぞ私を叱ってください、と言っているようなものだ。
ああ……メイド長の怒った顔が浮かぶ。今にも目尻を吊り上げて、『何をしているんですか、メリーナ!』と怒鳴りそうだ。
『何をしているんですか、メリーナ!』
そうそう、こんな感じで――うん?
響く女性の怒鳴り声に顔を向けると、そこには、鬼の形相のメイド長アマリアが立っていた。
「げっ、メイド長!?」
「『げっ』とはなんですか! ホオズキ様方を呼びに向かったと思えばいつまでも帰って来ないで!」
ずんずんと歩いてくるメイド長。
ふーむ、世の女性はこういう風に怒るのか。母さんに怒られた経験なんかは無いし、結構新鮮だな。
「ホオズキ様! 一体どういう事なんですか!」
「いやいや、メイド長。落ち着いてくれ。オレはちゃんとメリーナに言ったんだぞ、しばらくは動けないって。そうしたらメリーナも残るって言うから……。今も、お前は仕事をサボってる扱いになってるから、戻った方がいいぞって話してたところだったんだ」
「ホオズキ様は何故動けないのです……?」
訝しむような表情で、メイド長がこちらを睨め付ける。
「訓練の途中で騎士達が倒れてしまってな。大量に汗をかいているだろうから、脱水症状が懸念されるだろう? だから、故郷に伝わる経口補水液という飲み物を作って、急に飲ませて噎せたりしないようにゆっくり飲ませてたんだ。教官役として当然だろう?」
オレがそう言うとメイド長は倒れ臥す騎士達を一瞥して
「……なるほど。ホオズキ様は面倒見がよろしいのですね」
と、納得した表情で頷いた。
なんだ、ただの口煩いオバサンかと思えば、良識ある人じゃないか。何の抵抗もなく抱けるくらいには好感が持てるな。
「リーゼリア様が倒れているのは何故なのでしょう?」
「コルティア子爵は自ずから訓練に参加したんだ。曰く、貴族になってから執務ばかりで激しい運動をしてこなかったから、とか」
「リーゼリア様は根っからの武人でしたからね。そういう事なら、ああして倒れていらっしゃるのも納得です」
「メイド長は物分かりが良くて助かるよ」
「もちろんです。しかし、そういう事ならホオズキ様方は空腹なのではありませんか?」
「実はそうなんだ。だから、メリーナに軽食でも持ってきて欲しかったんだが、動いてくれなくてな……」
心底残念だ、という表情でメイド長に訴えてみる。
すると、穏やかになっていたメイド長の表情が再び般若の如きものに変わった。
「メリーナ!」
「はいぃっ!」
「貴女は、ホオズキ様方の側付きのはずでしょう! その貴女がホオズキ様の指示を無視してどうするのですか!」
「……すみません」
しょぼん、と目に見えてしょぼくれるメリーナ。自業自得……とはいえ、仕方ない。助け船を出してやるか。
「まあまあ、メイド長。あまり怒らないでやってくれ。コルティア子爵が倒れているとなれば、離れ難くて当然だろう。メリーナの気持ちも汲んでやって欲しい」
「しかし、ホオズキ様……!」
「頼むよ、メイド長。確かにメリーナの行動は褒められたものじゃないが、主を想う心を持っているのもまた事実だ。麗しいメイド長は、そんな人間を赦せないほど狭量な人間ではないと、オレに信じさせてはもらえないだろうか」
よくもまあスラスラと言えたものである。言った自分が一番驚いてるよ。
システム:『話術』スキルを解放
システム:『詐術』スキルを解放
システム:『芝居』スキルを解放
メッセージウインドウに流れるシステムログ。
おい、なんだその『詐術』ってのは。誰が誰を騙したって言うんだ。やり直しを要求する。
「……ま、まあ、ホオズキ様がそうまで仰るのでしたら……」
メイド長が妙に照れたような表情をして、右手を頬にあてて言う。別に守備範囲ってわけじゃないが、ちょっと可愛い……。
「あ、あの、メイド長……」
「メリーナ」
「はひぃっ!」
「今回の事は、ホオズキ様に免じて赦します。ですが、今後同じ事があった場合は……容赦なく叱りますからね」
「はい……すみません……」
「よろしい。……では、ホオズキ様。また後程」
一瞬、恋する乙女のような視線をこちらに向けたかと思うと、恭しく一礼し、身を翻して帰っていった。
「……あの、ホオズキ様」
「なんだ」
「今、メイド長……女の顔してませんでした?」
「……知らん。仮にしていたとしても、オレには関係のない話だ」
「嘘です! あれは絶対ホオズキ様に惚れてる顔ですよ! 抱いて欲しいとか考えてるメスの顔です!」
「メスの顔ってお前……」
「ホオズキ様はああいう、お年を召した女性が好きなんですか?」
「まさか。よっぽど魅力的な女性ならいざ知らず、メイド長はちょっと範囲外だな」
「じゃあ、誰なら範囲内なんです? もしかして私とか!?」
「ほざけ。お前みたいに口の悪いのはごめんだ」
「じゃあ……ロゼさんですか?」
「まあ、悪くないな」
「じゃ、ユキヤさんですね!」
「……まあ、な。年齢の差がちょっと気になるが、ユキヤは割とタイプだな」
「なっ……!? 主、そういう話は私のいない場所でしていただきたい!」
ユキヤはこの手の話は慣れていないのか、かああっ、と頬を紅潮させ、少し戸惑いの色を見せる。
そういえば、主君に仕えるダークエルフは、恋人とか結婚相手とかどうしているんだろうか。
「……んんっ。ダークエルフには女しかおりません故、大抵は異種族……人族が基本ですね。しかし、惚れてしまえば種族など関係はありませんから、過去にはエルフやドワーフと一緒になった者や獣人族や亜人族と一緒になった者もいるようです」
ユキヤが、切り替えるように咳払いをしてから告げる。
以前ユキヤに聞いた限りでは、エルフやハイエルフとは特別仲が悪いという事はなく、友好的な関係であるとの事だから、ハイエルフと一緒になったダークエルフも、きっといるんだろう。
「ユキヤさんから見て、ホオズキ様はどうなんですか?」
「主は人族なので肌が明るいですが、私と同じ銀の髪なので問題なく――はっ!? いえ、なんでも、なんでもありません」
「脈ありじゃないですか!」
「メリーナ、あまり話を広げないでくれ。今後オレとユキヤがどうなるかなんて、わからないんだからな」
「それはそうですけどぉ……」
「今は主と従者。それで十分だ」
「ちぇー……」
納得いかないという様子で、メリーナは地面を蹴る。
ユキヤの事だから『オレの伴侶になれ』とでも命令すれば従うのだろうが、それは違うしな。感情を縛る事はしたくない。
「……ん。コルティア子爵は起きたみたいだな」
倒れていたコルティア子爵が、地面に手をついてむくりと起き上がる。と、それを皮切りに領主軍の面々も、一人、また一人と起き上がり始めた。
経口補水液の水球は、既になくなっている。
今回みたいな状況がこれからもあるのは……ちょっと困るな。




