二十六頁目 訓練の結果と強かなメイド
死屍累々。
やはりというか、またしてもというか、長い訓練を終えて、騎士達は地に倒れ臥していた。
いや、待ってくれ。言い訳をさせて欲しい。
本当はこんな、本当に死体が転がってるように見えるまで絞るつもりじゃなかったんだ。本当だぞ? 騎士達のスタミナが想定以上に足りていないだけだ。オレは悪くない。
特訓メニューの最初は、騎士達には既に基礎的なスタミナはついているだろうと思い、鎧を着てのヒンズースクワット二百回を三セット。
次はそのまま空気椅子。膝は直角、腕はビシッと前に伸ばして、両手で寝かせた剣を持つ。これを大体三十分。
いい感じに足を虐め……いや、鍛えたら、次は素振りを五百回。ただし、通常の剣ではなく、魔法で剣に土を纏わせて、重量を上げてからの素振り。
そこまで終わったら再び鎧を脱いで、二人一組になって腹筋と背筋を三百回の三セット。腹筋は足を曲げさせ、背筋は顎の位置が一定以上でないとカウントさせない。
最後に鎧を着けてみんなで走ろう! というところで騎士達がグロッキー。まったく、根性もなければスタミナもない連中だ。
まあ、初めてにしては頑張った方だし、このくらいで勘弁してやろう。……鬼灯流の道場では基礎の基礎の身体作りのメニューなんだがな。
「……よし、いいぞ……うん……よしよし」
「どうされたのですか、主?」
「ん? いや、しっかり死んでるなと思って。訓練メニューは完遂出来なかったが、及第点といったところだな」
「……はぁ……はぁ。マスターも、同じ……ふぅ……メニューをしていたというのに、まったく……はぁ……息が乱れていませんね……」
「まあ、もう慣れたからな。昔はオレもこんな風に死んでたぞ」
「そう、なのですか……?」
「おう。んー、しかし困ったな……」
「困ったとは?」
「運動の最中や運動後に飲むといい飲み物があるんだが、そういえばこっちでは見ないと思ってな」
出来ればスポーツドリンクが欲しかったが、無い以上はどうしようもない。何かで代用するにしても、代用に足る材料があるかどうか……。
「梅干しもないしな……」
「何かで代用は出来ないのですか?」
「暫定的にではあるが、水に塩と砂糖を溶かして飲めば、一応代わりになるはずだ」
「……塩と砂糖ならあるのでは?」
「……まあ、そうだな。水も、魔法でどうにかなる。しかしな、そうして作った代用品はゆっくり飲ませる必要があるんだ」
「飲ませれば良いのでは?」
「それはそうなんだが……面倒でな。とはいえ、一応はオレの門下生だしな。最後まで面倒見てやるか」
水魔法で水球を作ってから、インベントリから塩と砂糖を出して水球に投入する。
本当ならレモンの蜂蜜漬けとか梅干しとかが欲しいところではあるが、無い物ねだりをしても仕方ないので潔く諦める。
水球に水流を発生させて塩と砂糖を溶かしたら、地面にぶっ倒れているコルティア子爵と領主軍、それに同じメニューをこなしたユキヤとロゼの口にも、少しずつ水球から水を入れる。
「どうだ、美味いか?」
「ええ、塩と砂糖が良い塩梅で美味しいです」
「これはどういった飲み物にあたるのですか、マスター?」
「オレの故郷では経口補水液と言って、脱水症状をどうにかするために飲んでるな。運動もそうだが、下痢や嘔吐、発熱でも水分は失われるから、そういった時に飲むのが普通だ。レモンなんかの果汁を入れて飲むのもいいな」
「なるほど……確かにレモンを入れても爽やかで飲みやすいかも知れませんね」
「ですが、回復魔法で回復してしまわないのですか?」
「回復魔法は……こっちの大陸に来てから魔法を使い始めたから、正直よくわからないが、失った水分や塩分を元に戻すわけではないんじゃないのか? あくまで身体単体で出来る事を超速でやっているんだと思ってるんだが」
「……本質は自己治癒能力や休息による疲労回復効果の超速化で、身体の状態を元に戻す効果ではないという事ですか?」
少し考えるように顎に手をあてていたロゼが、確認を取るように言う。
『正解だ』と言うように頷くと、ロゼは瞑目して尻尾を左右に揺らしている。
この一週間で気付いたが、あの尻尾フリフリはロゼが機嫌が良い時の合図だ。逆に機嫌が悪い時は尻尾の先端が上を向く。通常時は生えた尻尾をそのままに、尻尾の先は地面を向いている。
ユキヤの場合は、照れたり嬉しがったりすると尖った耳がピコピコと動く。今のところ機嫌が悪いところや気持ちが沈んでるところは見たことがない。
「それにしても。主、この経口補水液というのは旅の道中での水分補給に飲むわけにはいかないのですか?」
「難しいな。経口補水液は脱水症状を回復させるのに向いているだけで、水分補給に向いているわけじゃない。今はお前も軽い脱水状態だから飲みやすく感じているだろうが、通常時は飲みにくいはずだ」
「そうなのですか?」
「まあ、物には使うべき時ってのがあるもんだ。理解出来たか、ユキヤ?」
「はい。このユキヤ、確と記憶しました」
「よろしい。他に何か、欲しいものとかあるか?」
ユキヤとロゼに訊いてみると、ユキヤは果物を、ロゼは肉を望んだ。やろうかと思ったが、そういえばそろそろ昼食の時間だったのを思い出してやめておく。せっかく用意してもらえるのに、他のものを食べて昼食が入りません、じゃ失礼にあたる。
『――な、なんですか、これは!?』
コルティア子爵の屋敷からこの広場に続く道から、そんな悲鳴にも似た声が聞こえてくる。見れば、メイドが一人、広場の惨状に両手を口許に持ってきて驚愕の表情を浮かべている。
そして、はたと我に返ると、こちらを向いて、ずんずんと歩いてくる。少し怒っているように見えるのは、気のせいであると思いたい。
「ホオズキ様!」
「なんだ」
両手を腰にあててぷりぷりと怒っているメイドの彼女は、名前をメリーナと言う。年の頃は十代半ばで、日本の女子高生に似た姦しさを備えていながら、かなり世話焼きで、コルティア子爵がオレ達のお付きにと付けてくれたメイドだ。
「なんですか、これ!」
「これ、とは?」
「これですよ、これ! この死体の数々! 困りますよ、屋敷の敷地内で死体なんて……」
この子、基本的には凄く良い子なのだが、たまに凄く失礼になるのが玉に瑕だ。
「メリーナ。言いたい事はわかるが、良く見るんだ。彼らは死体ではないし、仮に死体だとしたら、あそこに転がっているコルティア子爵のせいでオレは一躍重罪人だ」
「ああっ、リーゼリア様っ!?」
領主軍の騎士達と一緒に地面に倒れているコルティア子爵を指指すと、メリーナが再び驚愕の表情を浮かべ、コルティア子爵に駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか、リーゼリア様!? 生きていらっしゃいますか!?」
コルティア子爵の上体を起こしてがっくんがっくんと前後に動かすメリーナ。コルティア子爵の身体はかなり鍛えられていたしスタミナも騎士達よりはあるようだが、さすがに、精も根も尽き果てた今あんな事をされたら、それこそ死ぬような思いだろう。
「あの……メリーナ殿? 斯様にガクガクと動かされると……その……余計にダメージが入ると思うのですが……」
「――はい?」
見かねたユキヤが恐る恐るメリーナに注意して、メリーナの動きが止まる。と同時に、既に物言わぬ骸状態だったコルティア子爵は、頭が上を向き、身体に力が入っておらず、今にも再び倒れてしまいそうだ。
……あれは、むしろ死体と形容した方が早いのでは?
「ああああああっ!? リーゼリア様!?」
「メリーナ殿。とりあえず寝かせておいては如何でしょう? 一応、主が応急処置をしております故、任せていただけると……」
「……わかりました。確かに、こんな精も根も尽き果てたリーゼリア様は、無理に動かさない方がいいですね」
パッと手を放すメリーナと、ドサッと地面に軽く身体を叩きつけるように倒れるコルティア子爵。
メリーナ。さてはお前、実際は子爵の事が嫌いなんじゃないだろうな? オレでももっと丁寧に寝かせるぞ。
「ホオズキ様!」
「なんだ、メリーナ。そんなに大きな声を出さなくても聞こえてる」
もう目の前にいるからな。
「これは一体どういう事なんですか?」
「どういう事……とは?」
「なんで領主軍のクソッタレゴミクズロクデナシ騎士共が全員もれなくぶっ倒れてるかっていう事ですよ!」
おい、こいつ口悪いぞ。最悪だ。オレだってここまでの事は言わなかったぞ。
「領主軍ってそんなに評判悪いのか?」
「最悪も最悪ですよ! 領主軍だからって威張り散らすくせに実力は底辺、弱いもの虐めばっかりで、自分より強い相手には絶対に逆らわないんですよ!」
「……………」
聞けば聞くほど、領主軍の騎士達ではなく小物のチンピラのイメージが膨らむ。
まあ、権力を与えられた人間は立場の弱い人間に対して暴力を振るうようになるし、時間が経てばエスカレートし続けると、どこかの大学で実験結果が出ていたはずだ。
結局のところ、後ろ楯があるという事実が人間を増長させるのだろう。
「で、ホオズキ様。どういう事なんですか?」
「見ての通りだ。コルティア子爵から頼まれて領主軍を鍛え直した結果、こうなった」
「……そうなんですか?」
「そうだ」
「リーゼリア様が倒れているのは?」
「コルティア子爵は武人だからな。自分もやりたいというからやらせてみた」
嘘だけど。
しかし正直に言うとまたメリーナが怒るだろうから、言わないでおく。
「さっきから飲ませているのは?」
「経口補水液という、まあ、飲み物だ。水に塩と砂糖を溶かしてある。脱水症状の改善に効く飲み物なんだ」
「……つまり?」
「今彼らをどこかに動かすのは得策ではない」
「なるほど、わかりました。でもお昼ご飯の時間なので、早く来て下さい」
「そりゃ無理だ」
「なんでですか? 経口補水液……とやらなら、適当に飲ませて終わりでいいじゃないですか」
「ゆっくり飲ませないとダメなんだよ。だから今は行けない」
「……もう! そういう事は訓練を始める前に言ってくださいよ!」
なかなか無茶苦茶を言うな、このメイド。
「まあ、とにかく。しばらく行けないし、コルティア子爵もダウンしてるから、昼飯は遅くなるな」
「じゃあ、私もここにいますね」
「……別に構わないが、あとで怒られても助けないからな」
「大丈夫です! リーゼリア様を見守るという大義名分がありますから!」
メリーナは栗色のツーサイドアップにぱっちり二重の眼という可愛らしい見た目に反して、なかなかどうして強かな子みたいだ。鬼灯家の姉達の中にも、何人か同じタイプがいたと思う。
「ユキヤとロゼはいいのか?」
「私は然程腹は空いておりませんが……ロゼは問題ありませんか?」
「問題ありません。ですが、干し肉を一ついただければと思います」
「好きだな、肉」
言いながらロゼに干し肉を渡す。
結構厳しい訓練だっただろうに、もう肉を喰うのか。普通の人間じゃ考えられんな。
「じゃあ、しばらくここに居るか……」




