二十四頁目 コルティア子爵&領主軍強化週間
死屍累々。
本当に死体が転がっているわけではないが、コルティア子爵から始まったロゼとの手合わせの結果は、わかりきっていたとは言え、散々なものとなった。
しかし、さすがは元王国騎士団所属といったところか、一番善戦したのはコルティア子爵だった。貴族になってからも腕は鈍っていなかったらしい。
次に騎士サーフェスが善戦していたが、騎士クルード以下は似たり寄ったりというか、どんぐりの背比べレベルというか、ハッキリ言って下の方から数えた方が早い。
「終了しました、マスター」
「お疲れ。水筒と干し肉をくれてやろう」
息一つ乱さず涼しい顔で帰って来たロゼに干し肉と水筒を渡して労ってやる。
少し意外だったのは、一度負けた騎士が再びロゼに立ち向かって行ったところだ。
まあ、一度きりだとは言っていないし、ロゼが構わないなら何度でも挑んで良かったのだが、性根が腐ってると聞かされていただけに少し驚いた。
騎士達の評価はコルティア子爵の主観だから、すぐに領民にも領主軍の評判を聞く必要がありそうだ。コルティア子爵の評判も聞いておこう。
「手合わせしてみてどうだ? 見所のある奴はいたか?」
「……皆無です。騎士サーフェスは、多少は、と思いましたが、マスターであれば見逃してはいないでしょうから」
「……そうか。ユキヤはどうだ?」
「私も変わらぬ意見です。コルティア子爵殿は確かに見所のある方ですが彼女は領主ですから、戦場の矢面には立ちません。騎士サーフェスは善戦こそしましたが、コルティア子爵殿とは比べるべくもないでしょう」
「……ふむ。まあ、予想通りと言えば予想通りか。ほら、立ち上がれ騎士共。コルティア子爵も早く立て」
両手を打って立ち上がりを促すと、よろよろと覚束ない足取りでコルティア子爵と領主軍が立ち上がる。
「五十人以上いてまったく情けない話だが、お前達は敗北した。手合わせだから二度三度と挑戦を許したが、これが戦場であればお前達はすでに地に還るだけのゴミだ。努々忘れる事のないように」
「「「……………」」」
「やれやれ、この程度でダウンか。『癒せ』」
これ以上追い詰めて使い物にならなくなっても困るので、一応回復魔法で回復させておく。
「……さて。お前達、一人残らず惨敗したんだから、言う事があるよな? な?」
「「「亜人奴隷ごときとか言ってすいませんでした!!」」」
騎士サーフェス以下領主軍が一斉に頭を下げる。当の亜人奴隷であるロゼは、まったく気に留めずに干し肉を噛んでいるが。
「とりあえず、お前達の評価を言っていくから、全員、真剣に聞くように。まずはコルティア子爵」
「う、うん」
「総合的に見れば問題はない。王国騎士団所属していたとだけあって実力は大したものだ。しかし、もう一歩が踏み込めていない。だから決定打に欠ける」
「……ああ」
「おそらく、竜人種の特性と武器に対する無意識の恐怖が、その一歩を踏み込ませなかったんだろうがな。それから、ロゼの攻撃を正面から受けすぎだ。これは領主軍にも言える事だが、避けられないからと言って、必ずしも受け止めなければならないわけではない。攻撃を受け流す、という事を覚えろ」
「う、うむ……」
「「「……………」」」
「……まあ、口頭で言ったところでいまいちピンと来ないだろうから、オレが手本を見せてやろう。ユキヤ、手伝いを」
「御意に、主」
ユキヤと共にコルティア子爵と領主軍から離れた場所に行き、対峙する。
彼我の距離はおよそ五メートルとちょっと。やり方次第では一瞬で詰められる距離だ。
「ユキヤ」
「なんでしょうか、主」
「殺すつもりで来い。どんな攻撃方法でも許可しよう」
「……御意に」
言葉と共にブレを残して消えるユキヤの姿。
かと思えば、左上方から飛来する棒手裏剣。それを身を引いて躱せば、次は右下方からの鋭い蹴り上げ。
棒手裏剣、小刀による斬撃、長身からなる脚の長さを利用したロングレンジでの蹴撃を、ユキヤは持ちうるスキルをフル活用して全方位から浴びせてくる。
「……と、このように。相手の行動をある程度予測していれば、避ける事は容易い」
それを躱しながら告げる。
確かにユキヤの攻撃は苛烈だ。だが、母さんとの鍛練と比べると勢いが弱い。
「ホオズキ殿。それは難しいのでは……?」
「そうだ。お前達の実力では、最初の、左上方への視線誘導を利用した右下方からの蹴り上げでダウンしているだろう」
「それでは手本にならないだろう」
「コルティア子爵。オレは避けろとは言ってない。攻撃を受け流す事を覚えろと言った。つまりは――こうだ」
右前方から来る小刀による突き。それを手首を掴んで引っ張り、一瞬怯んだユキヤの腹部に左手の拳で一撃を見舞う。
「か……はっ……!」
「と、このように、攻撃を受け流すという事は、自分が攻撃する隙を、強引にだが作り出す事に繋がる。……悪いな、ユキヤ。大事ないか?」
腹部に手をあててしゃがみ込むユキヤに手を差し出してやる。
「はい。大丈夫です、主」
「本当か? 結構いい感じに入ったぞ?」
「本当です。私も回復魔法は使えますから、心配は要りません」
「そうか? 何かあったら遠慮なく言えよ?」
「お心遣い痛み入ります、主」
オレの手を取って立ち上がり、一礼。
ダークエルフの文化はよくわからないが、正直、こうまでされると少しくすぐったい。もう少し軽い態度でも問題ないんだが。
「……と、今は素手でやったが、お前達は直剣の装備が基本だろうから、それの手本も見せておく。ユキヤ、頼む」
「もちろんです、主」
再び距離を取る。
オレは、先日王都で買ったロングソードをインベントリから出して装備。今まで使ってなかったから、ようやく陽の目を浴びる時が来たというわけだ。
このロングソード。特に豪華な意匠が凝らされているわけでもない、実用性に特化したような武骨なデザインなのだが、見た目より少し軽い。
個人的に武器は取り回し易いものが好きなのだが、そういう意味でも、これは良い買い物だったと言える。
「それじゃ、ユキヤ。今度は正面からでいいから、さっきみたいな刺突攻撃を頼めるか?」
「正面からで良いのですか?」
「ああ。そうじゃないと手本にならないだろうからな」
「わかりました。では――いきます!」
言葉と共に地面を蹴り飛ばして肉薄する褐色の肉体と靡く銀の髪。突き出された右手とその先に光る白刃。その切っ先をロングソードの腹を滑らせるように流して、勢いのままにユキヤの首元に刃を突きつける。
「……お見事です、主」
「ありがとう。ユキヤも、よくオレの意図を汲んでくれた」
「ユキヤは主の懐刀。これくらいは出来て当たり前です」
「自信があるのは結構。油断はするなよ」
「精進します」
小刀を背中の鞘に仕舞ってから一礼。ユキヤは良くも悪くも礼儀正しい。
少し壁を感じないわけではないが、そこはまあ、時間の問題というところだろう。
「さて、今見せた通り、受け流すという動作は攻撃に転じる事が可能だ。……話が大分逸れてしまったが、領主軍の評価に入る」
すっかり忘れられて何も言われないだろうとか考えていたであろう領主軍の表情が、目に見えて落ち込んだ表情に変わった。
「お前達は……まあ、その……なんだ。非常に言い難いんだが……死ぬほど弱い!」
「ハッキリ言ったな……ホオズキ殿」
「騎士サーフェスが辛うじて抜けているといったところだが、そんなものは、双子の兄弟がどちらが兄でどちらが弟かを比べるのと同じくらい不毛で、死ぬほどどうでもいい事だ」
「……あ、あの、ホオズキ殿? 少し手加減してやってはもらえないだろうか……?」
『顔色が悪い』を通り越して、最早土気色のようになった領主軍を見てコルティア子爵から待ったがかかる。
「黙れ、コルティア……いや、リーゼリア。お前がそうやって甘やかすのがダメだと言ったばかりだろう」
「し、しかしだな……」
「しかしも案山子もあるか! 大体、この程度で折れるようなら最初から逃げているだろう。お前はオレの罵倒を止める事ばかり考えているようだが、圧倒的な実力差を感じながらも何度もロゼに挑んだ部下を褒めてやったらどうなんだ」
「――ッ!!」
コルティア子爵の目が見開かれる。そんな事、毛の先ほども思いつかなかったという顔だ。
「まあ、それでもゴミはゴミだ。使えないゴミ。それが今のお前達だ。お前達を使うくらいなら傭兵や冒険者でも雇う方が早いくらいにはゴミだ」
「ホオズキ殿……いや、なんでもない……」
「よって、今からお前達を『使えるゴミ』に改造する。仮に使えるゴミになったとしても、更なる向上を望み、そこにたどり着けるように精進しなければ、お前達はこれまで通り『使えないゴミ』だ。それが嫌なら全力で訓練に取り組め。訓練が終わった時に指の一本でも動かす気力のある奴には追加メニューをくれてやる。覚悟しろ」
領主軍の眼に強い意志の光が宿る。
残念なのは、それが訓練に全力で取り組むという意志ではなく、死にたくないから全力でやる、という情けないものだという事か。
「では、基礎訓練を始める。死にたくなければ死ぬ気でやれ!」
コルティア子爵&領主軍の強化週間。
これは、その序章に過ぎない。




