二十三頁目 訓練開始
コルティア子爵とその部下の騎士連中の無様ぶりを認識した翌日。オレ、ロゼ、ユキヤ、コルティア子爵は、普段、騎士連中が訓練をしているという広場にやってきている。
さすがに領主お抱えの軍という事で見栄は必要なのか、訓練自体には全員参加しているようだ。まあ、座り込んでたり、剣の切っ先を地面に刺して談笑していたりする連中が大多数だが。
ともあれ、全員いるのは良い。わざわざ集める手間が省けるというものだ。
「皆、集まってくれ!」
コルティア子爵が号令をかけると、座り込んでいた騎士も談笑していた騎士も『やべぇ!?』という顔をして集まってきた。
きっと、普段はコルティア子爵が執務でいないのを良いことに、サボり散らしているのだろう。
「なんでしょうか、子爵様」
集まってきた騎士の中から、昨日『亜人ごとき』と口にした騎士がコルティア子爵に話しかける。やはり彼がリーダーなのだろう。
「急な話で悪いのだが、今日これから皆の訓練の監督役になるホオズキ殿だ。横にいるのは亜人奴隷のロゼとダークエルフのユキヤ殿」
「監督役、ですか……」
「ホオズキだ。コルティア子爵直々にお前達を鍛え直してくれと依頼を受けた。今訓練しているところを少し見たが……なるほど、これは盗賊風情に勝てないのも納得の弱さだ」
「貴様! 子爵様の客人だからと勝手な事を抜かすな!」
「……誰だよ、お前は。良識ある騎士なら名を名乗れ」
「ぐっ……。俺はこの領主軍の団長をしている、サーフェスだ」
リーダーらしき騎士は本当にリーダーで、サーフェスという名前らしい。名前だけは立派にかっこいいな。
「そうか。ではサーフェス。お前を含めた子爵の護衛部隊五人は二十四人の盗賊相手に何も出来ていなかったわけだが、何か言い分は?」
「それは……」
「おまけに、たまたま通り掛かった旅人三人に救援要請。その後、救援に入った三人に制圧を任せて自分達は何をするでもない。通り掛かった三人がいなければ、今頃お前達はもの言わぬ骸となり、コルティア子爵は人質か……最悪盗賊たちの慰みものになっていただろうな。言い分は?」
「…………ない」
今にも消え入りそうな声でサーフェスが告げる。
「オレは、そんな情けないお前達を鍛え直して欲しいと頼まれた。コルティア子爵は甘っちょろい大バカだが、美人の頼みを断るほど、オレはバカではない。よって、今から特訓を始める。文句がある奴は挙手して話せ」
と言うと、早速手が挙がった。
手を挙げた騎士は、オレも他人の事をとやかく言えないが目付きが悪く、反骨精神に満ち溢れたような雰囲気の騎士だった。
「そこの騎士。手を挙げただけお前は勇気ある人間だ。言ってみろ」
「俺はクルードだ。それより……あんたが監督役をするのは子爵様の頼みらしいから認める。だが、実力のわからない奴に教わるつもりはない」
「なるほど、道理だな。騎士クルードと同様にオレの実力がわからないからこそ反発したい奴もいるだろう。それはオレが同じ立場でもそう思うからな」
「じゃあ、どうするんだ」
「一つテストをする。耐えられれば見込みありとして適切な特訓メニューをくれてやる。耐えられなかった奴は見込みがないとして、通常の特訓メニューよりも厳しいメニューを課す」
騎士達が沈黙する。
『ふざけるな』という表情の奴もいれば、『やってやる』というやる気に満ちた表情の奴もいる。どうやら、誰も彼もがまったくやる気がないというわけではないらしい。
「ちなみに。オレが監督役で進行する特訓にはコルティア子爵も参加する。主従で足並み揃えて頑張ってくれ」
「なっ……!? き、聞いてないぞ、ホオズキ殿!」
「言ってないからな」
「何故私もなんだ!」
「弱いからだよ。身体も、心も、何より頭も」
「―――――」
絶句するコルティア子爵を無視して、騎士達に視線を向ける。
「では、各自きちんと身構えるように。ちゃんと心構えをしておかないと一発で気絶する事になるから、しっかりしとけよ」
「何をするつもりなんだ……?」
「今からするのは気当て。要は、ただお前達を威圧するだけだ。旅人風情の威圧が何するものぞ、とか思ってると最悪死ぬから気を付けろ。ロゼとユキヤは少し下がってろ。コルティア子爵は騎士達と心の準備をするように」
「……わかった。従おう」
言われた事に心当たりでもあったのか意外と素直に騎士達の側に回るコルティア子爵。ロゼとユキヤも、素直に、オレが立っているラインより後ろに下がっている。
「……よし、準備はいいな? いくぞ」
いつも、母さんとの鍛練で解放している闘気と殺気を、一息に解放する。それでもいくらかは抑えたが。
コルティア子爵は辛うじて耐えたようだが、騎士達は、騎士サーフェス、騎士クルードを含めた数人を残して、全てが地に臥した。
もっとも、残った数人も、地に膝をついた状態ではあったが。
システム:『威圧』スキルを解放
システム:『手加減』スキルを解放
「ふむ……。まあ、大体予想通りか。コルティア子爵はもう少し余裕があるかと思ったが、厳しかったか?」
「今、の……今のは……なんだ……? ほ、ホオズキ殿……私の……私の、身体は……無傷だろうか……」
「五体満足に見えるがな。その火傷痕を除けば」
「そう、か……」
「騎士サーフェス、騎士クルード。その他残った騎士たちは問題ないか?」
「……あ、ああ。問題ない」
「問題……っぐ、うえぇっ……」
リーダーをしているだけあって騎士サーフェスはどうにか耐えられたようだが、騎士クルードや他の残った騎士は四つん這いになって嘔吐いている。
騎士サーフェスと騎士クルードを除けば、残ったのは六人か……。まあ、及第点にしておいてやろう。
「ほら、ダウンしてる暇はないぞ。ぶっ倒れた他の騎士を叩き起こせ。見込みのないゴミが自分から起きるのを待ってる暇なんかないんだからな」
「ホオズキ、殿……。回復魔法が……うぶっ……はぁ……かけられるなら、かけてやって、欲しい……。目覚めるはず、だ……」
「ああ、なるほど。まったく、揃いも揃って仕方のない連中だな。ほら、『起きろ』」
キーワードによる魔法の発動で、淡い緑色の光がコルティア子爵と騎士達を包み込む。
光が消えると、倒れていた騎士達は目覚め、嘔吐いていた騎士も回復し、コルティア子爵や騎士サーフェスの顔色も回復していた。
「よし、起きたな。これにて一次テストは終了。残っていた騎士はコルティア子爵側に集まっておけ。予告していた通り、倒れた軟弱者と倒れなかった見込みある奴で別の特訓メニューがあるから覚悟しておけよ」
「くそっ……ふざけんな! やってられるか!」
「逃げたいなら逃げても構わないが、逃げた奴は領主軍のくせに領主と領民を見捨てて逃げたどうしようもないゴミとして、オルトーラ市以外の場所でも情報を広めておいてやるから安心しろ。今のうちだぞ、逃げるなら」
そう言うと、悪態を吐いていた騎士達がもれなく沈黙する。
まったく、やられて困るなら最初から黙っていればいいのに。弱味を握られているくせに無駄に粋がろうとするのは阿呆のやる事だぞ。
「逃げたい奴はいないか? 訓練が終わってないのにこっそり逃げた奴は、地の果てまで追い詰めて『いっそ殺してくれ』って懇願するまで虐めてやるからな。逃げる時は『俺はもうついていけない!』って申告してから逃げるんだぞ」
「ホオズキ殿……その辺りで……」
「そうやって甘やかすから付け上がるんだ、コルティア子爵。いいか、この領主軍の皮を被ったゴミクズ共。お前らがオレへの反抗心を抱かなくなるまで続けるからな。変に反発しようとしなかったら、ちゃんと人間として扱ってやるからな。安心していいぞ」
ギロリと、騎士達の恨みがましい視線がこちらを向く。
「なんだ、その眼は。いいんだぞ。ただでさえ地に落ちてるお前らの評判を、どの領地、どの国に行っても避けられるほどに落としても。二度と表立って生活出来ないようにしてやるからな」
スッと騎士達の視線が下を向く。
本当に、異世界だろうが日本だろうが、似たようなタイプの人間は同じような事をするんだな。
「逃げたい奴はもういないか? ……よし。二次テストに移行する」
「二次テストは何をするんだ、ホオズキ殿?」
「二次テストでは各人の実力を見る。手合わせをして、その結果如何で個別にメニューを組むから、それぞれ全力を尽くすように」
「旅人。実力次第では、どうなるんだ?」
「ホオズキだ、騎士サーフェス。実力次第では特訓メニューの緩和もあり得るという話だ。実力があるのに実力がない奴と同じ事をしてても、無駄に疲労するだけで意味がないからな」
「……手合わせの相手は?」
「騎士クルード、そう怯えなくていい。お前らの相手はオレじゃない。……うん、いいぞ。その安堵した表情は凄く良い。明確に実力が違う格上の相手を敵にしない事は生存に繋がるからな。そういうところは素晴らしい」
「それで……ホオズキ殿。私達は誰と手合わせを?」
「ユキヤ。……と言いたいところだが、戦闘スタイルが手合わせに向かない」
名前を呼んで顔を綻ばせ、あとに続いた言葉にわかりやすく落胆するユキヤ。なんというか、こう、犬みたいな奴だな。本当に。
「というわけで、ロゼ。ちょっと人数が多いが、頼めるか?」
「マスターの頼みであれば」
「よろしい」
「ま、待て! ふざけるな! 亜人奴隷ごときが手合わせの相手だと!?」
「そうだ、ふざけるな。亜人ごときが俺達に敵うはずがないだろ。それならあんたがしてくれ」
騎士サーフェスと騎士クルードが異議を唱える。騎士サーフェスは昨日ロゼの力を見たはずなんだが……どうやら理解出来なかったらしい。
「……わかった。なら、こうしよう。コルティア子爵を除く領主軍の中で、一人でもロゼに勝つ事が出来たら特訓メニューをもう少し緩くしてやろう。ただし、一人も勝てなかった場合は、全員でロゼに頭を下げて、『亜人ごときなどと罵って申し訳ありませんでした』と謝罪してもらう」
「なぜ子爵様は除外されているんだ?」
「コルティア子爵は元王国騎士団所属の実力者だぞ。お前達とはワケが違う。雑兵風情が何を言うかと思えば……弁えて発言しろ、騎士サーフェス」
一応は納得したのか押し黙る騎士サーフェス。他の騎士達もコルティア子爵の経歴は知っていたのか、文句を言う奴は一人もいなかった。
「……では、二次テストを始める。最初はコルティア子爵だ。領主らしく先陣を切ってもらいたい」
「ああ、わかった」
「領主軍は誰から挑んでも構わないが、必ず一対一の格好を取れ。複数人でロゼに挑んだ場合、その挑んだ人間はこの世界とのお別れが訪れるから、各自そのつもりで」
「マスター。詳しいルールをお願いします」
「そうだな。形式は一対一。武器は、まあ、何を使っても構わない。使い慣れた武器を使え。勝敗は……武器を弾かれたら、にしよう。ロゼの実力なら、武器を弾いた次の瞬間には相手は死んでるだろうしな」
戦っているところを見たのは昨日の一度きりだが、少なくとも『殺すな』という命令を実行出来るだけの実力は備わっている。
「それじゃ、早速始めようか。ロゼ、コルティア子爵。それぞれ準備してくれ」
「……ああ」
「わかりました」
少し離れた場所で、互いに距離を取りながらロゼとコルティア子爵がそれぞれ武器を構える。
ロゼは王都で買った大剣、コルティア子爵は、王国騎士団にいた頃からの相棒と思しきロングソードを。
「両者、準備はいいか?」
「問題ない」
「大丈夫です、マスター」
互いに互いを見据えたまま、二人が答える。
「では。――始め!」




