二十一頁目 子爵の頼み事
「とりあえず話を戻そう」
そもそも、訊きたかったのは
『何故、女性であるコルティア子爵が一代貴族ではなく、また領地を持っているのか』だ。
「コルティア子爵様。オレにはどうにもわからない。貴族社会は男社会。だのに、何故コルティア子爵は子爵位と領地を賜っている? 打ち立てた功績とはなんだ?」
「……わからない。強いて心当たりを挙げるとするなら、ゲラルト騎士団長に勝ち越した事だろうか」
「騎士団長に? 確かにあの男は強かったが、子爵位と領地を与えるような功績じゃないだろう」
「ホオズキ殿も騎士団長と?」
「ああ。機会があって、手合わせを。騎士団最強という話だったが、あれくらいの実力なら、大陸中を探せばごろごろ見つかるだろうな」
「ははは……騎士団長も形無しだな。しかし、それ以外の理由となると……思い付かないな」
国王の意図しているところがわからない。
あのアルグスタ王という人物は人畜無害だ。腰の低さは生来のものだと断言出来る。これは側付きのエドガーにも言える。
もしも、あの二人が策謀を巡らせて他国の侵略などを企てていたとしたら、まずオレに爵位を与えて首輪をつけておくだろう。オレが同じ立場だったらそうしているからな。
で、あれば。コルティア子爵は何故、子爵位と領地を与えられたのか。
考えられるとすれば……。
一、国王は傀儡説
今いるアルグスタ王は実は誰かに脅されていて、コルティア子爵に関しても、子爵位の叙爵と領地を与えるといった『例外』を行うように命令された。
二、国王が例外を作りたかった説
アルグスタ王の優しさは生まれた時から持ち合わせていたものだろう。召喚されたオレにその優しさを向けたように、功績を挙げても貴族になれない女性に優しさを向けた。その結果としてコルティア子爵は子爵位と領地を手に入れた。
三、純粋に功績に対しての褒美説
ゲラルト騎士団長は確かな実力者だ。それに勝ち越すという事は、コルティア子爵もまた確かな実力者だと言える。将来優秀な武官になる事を踏んだエドガーがアルグスタ王に進言して、いつでも抱えられるように子爵位と領地を与えた。
……三が一番現実的だな。
確かにコルティア子爵はかなりの実力者だ。一挙手一投足から、それはありありと見て取れる。
もしも国王お抱えの武官にするのなら、間違いはあまり無い。むしろ英断とすら言えるだろう。もちろん、コルティア子爵が周囲から受けるあれこれをきちんと考慮しているならば、だが。
「……はぁ。やめやめ。オレはアルグスタ王じゃないんだ。考えたってわからないものはわからない」
「フフッ……そうだな。陛下にもきっと考えあっての事だろう。今の私は一介の王国貴族に過ぎないのだし、妙な事に思考を奪われて、やらねばならない事を蔑ろにしないようにしなければな」
「そういう事だな」
「……話は変わるが。ホオズキ殿は、なぜ私がロゼ殿に助け船を出したか、など訊かないのか?」
「なんだ、訊いて良かったのか?」
「構わない。探られて痛い腹など持ち合わせていないからな」
他の貴族連中とは違うのだ、と言わんばかりにグッと胸を張る。コルティア子爵の胸は程好いサイズらしく、その主張は激しくない。
「では。コルティア子爵様は、亜人や獣人に対してどういった感情を持ってるんだ?」
「出来る事なら、仲良くしたい。知性を有し、感情があって、二足で歩く。それは最早、普通の人間だろう? どのような容姿でも」
「いかにも。どうやらコルティア子爵様はオレと似た考えの持ち主らしい」
「それは嬉しいな」
「……とはいえ、思うところがないわけではないんだろう?」
「……まあ、な。人族と同じように、亜人や獣人の中にも悪さをする奴はいる。同じと言えば同じなのだが、人族とは違って身体能力に優れているのが亜人や獣人という種族だ。そうすると、弱い者虐めに見えてきてな……」
「しかし、私はそんな事はしていません! 平和に、穏やかに、自ら決めた掟に従って生きていたのに、人族は――!」
「どうどう。落ち着け、ロゼ」
激昂するロゼ。
ロゼの過去に何があったのかはわからないが、この反応を見るに、相当酷い事をされたのだろう事は想像に難くない。
そしてその酷い事が、ロゼが奴隷に身を落とす原因になったのだという事も。
「……申し訳ありません、コルティア子爵様。ですが、少なくとも我々竜人種は、人族に対してそういった事はしていません」
「それは承知している。君たち竜人種は元々個体数が少ないと聞く。己が種を後世に残す事が生物の本能なら、竜人種のような人達こそ、人族とは縁遠い種族だろう」
「ご理解いただけて助かります」
「人族に縁遠いというなら、我々ダークエルフもそうですね。エルフやハイエルフもそうでしょう」
「そうなのか?」
「そもそも寿命が違いますし、文化レベルも違います。そういう意味ではドワーフも同じですが、彼らは酒さえあれば細かい事はあまり気にしませんから」
「……まあ、そういうもんか」
「結局のところは、恐怖でしょう。己の持つ常識で量れない存在には恐怖するもの。人族が亜人や獣人を嬲るのは、もちろん過去の意趣返しでもあるとは思いますが、そうして迫害して、自分達よりも下の立場に押し込めておくのが目的かと」
やはり、どこの世界でも人間の本質は変わらないらしい。まったく嘆かわしい話だ。恥を知れ。
「何にせよ、互いに歩み寄る事を知らなければならないわけだ」
「はい。私もそう思います、主」
「精進します」
「……私も、身の振り方を考えなければな」
「コルティア子爵様は立場があるから、迂闊な事はしてくれるなよ」
「わかっているよ、ホオズキ殿。……そうだ。オルトーラに滞在中は、是非私の屋敷を使ってくれ。部屋も用意させよう」
「いいのか。また騎士達が文句を言うぞ。亜人ごときを領主の屋敷に、とかなんとか」
「構わない。とはいえ、こちらとしてもタダでというわけにもいかない。まったく、貴族になって面倒なのは、何をするにも理由が付いて回るところだな……」
「何をすれば?」
「簡単だ。うちの騎士共を鍛えて欲しい」
コルティア子爵が言うには、今現在護衛にもついている領主軍は、掲げる目標などは立派なのだが、訓練態度が悪かったり、領主軍なのを良いことに横暴な事をしたり、そのくせ実力は底辺だったりと、とにかく酷いらしい。
コルティア子爵直々に教鞭を執れれば良かったのだが、領民からの陳情書がひっきりなしに届いて、それの対応に追われているのだとか。
そこで、屋敷に泊める代わりに、オレ達に領主軍を鍛えて欲しいという事だった。
「実力を知らない相手にそういう事を頼むのはどうなんだ?」
「実力ならば、ある程度はわかる。ホオズキ殿は、騎士団長はもとより私よりも遥かに強い。闘気や殺気はまったく感じられないが、しかし挙動は実力者のそれだ」
「騎士団長には搦め手で勝っただけだ。手合わせだったから、本気でやっていたわけでもないしな。コルティア子爵様とは……やってみない事にはわからないな」
「……ホオズキ殿は嘘が上手い」
「嘘ではないさ。おそらく、本気でかかってこられたら、オレはこのユキヤにも勝てないだろう」
「それは嘘です、主。私が本気でやったとしても、主は涼しい顔をして私の攻撃をいなすでしょう」
ユキヤめ。人が面倒を回避するために方便を使っているというのに。恨むぞ。
「ホオズキ殿。どうにか頼めないか?」
「……まあ、人に教えていた経験はある。だが、任せてもらう以上は口出し無用だ。一人二人死んでも文句は言わないでくれ」
「む……。いや、仕方ない。性根を叩き直すためには、それくらいの犠牲も必要だろう」
「物分かりが良くて助かる。もし望むなら、コルティア子爵様にも同じ訓練メニューを課そう」
「ホオズキ殿が私に教えてくれるのか!?」
「望めば、だが」
「もちろん望む! 早速明日から頼みたいが、構わないだろうか!?」
「ああ。領主軍の普段の訓練開始時間はいつだ?」
「朝十時から、途中に昼休憩を挟んで十五時まで行っている」
となると、大体四時間から四時間半の訓練時間か。……少ないな。うちの道場でも、休日の鍛練はそれこそ一日中やっているのだが……。
「……わかった。明日までに特訓メニューを組んでおこう。よろしく頼む、コルティア子爵様」
「こちらこそよろしく頼む、ホオズキ殿」
コルティア子爵と握手を交わす。
なるほど、武人と言うだけあって貴族だというのに剣ダコがある。毎日剣を正しく握っている証拠だ。
そんな武人が憂うような練度の軍とは……。やはり根底から意識を変える必要があるらしい。




