二十頁目 人助けとコルティア子爵
ユキヤが同行者となっておよそ四日。
コルティア子爵領オルトーラ市に向けての足取りは、それまでより比較的軽いものだったと思う。
まあ、そもそも何故、そう感じるほどゆっくりな進行だったのかなのだが、結局のところ、オレ自身が無意識に食糧不足を懸念していたからだろう。
なんといっても未知の世界だ。
何を狩れるのか、狩れたとして喰えるのか、喰えたとして可食部分はどれほどあるのか。それに何より、何も狩れなかった、採れなかった場合、コマンダーウルフの肉や干し肉はどれほど保つのか。様々な不安要素が、無意識に歩みを遅くしていたのだろうと思う。
その点、ユキヤはダークエルフ。狩れるもの、採れるものに詳しい。やはり亀の甲より年の功という事か。先人は偉大だ。
「そういえば、もうコルティア子爵領なのか?」
「はい。つい半日前にコルティア子爵領への進入は達成しています。このままのペースで歩く事が出来れば、三時間もしないうちにオルトーラ市ですよ」
「オルトーラ市は領地境と近いんだな」
「コルティア子爵領の玄関口とも言える場所ですからね。ただ、その分犯罪者も多く集まりますゆえ、私も気を張っておきますが、十分にご注意ください」
「ああ、わかった」
コルティア子爵領の玄関口であり、コルティア子爵の住む街でもあるオルトーラ市。
行商人や傭兵、冒険者なんかも多くいるだろうから自然と犯罪者も多くなるんだろう。
「――ッ! 主、前方に何者かがいます。馬車が一輌、中に一人、周囲に五人。さらにそれを囲むように二十人以上がいます」
「到達時間は?」
「走れば五分としないでしょう」
「マスター、どうするのですか?」
「どういう状況なのかはわからないが、襲われているなら襲われている方を助ける」
「わかりました」
「主の御心のままに」
「よし。――走れ!」
合図を出して駆け出す。
レベルでのブーストがかかっているおかげか、日本で全力で走った時より遥かに迅い 。
少し走ると、ユキヤの言っていた通りの場面に出くわした。
馬車の方は少し派手な感じで、それを取り囲む数人は鎧を着ている。おそらく貴族とその護衛だろう。
残りの二十人ちょっとは、いかにもな盗賊然とした格好で、馬車を襲っているらしい事が窺える。
「ユキヤ、お前は先陣を切れ! ただし絶対に殺すな。必要なら鎧の方も制圧してしまえ」
「御意に」
「ロゼはこのまま行く。武器を用意しておけ」
「抜かりありません」
潜影と闇魔法を駆使して姿を消しつつ集団に向かうユキヤと、既に大剣を抜き放っているロゼ。うーん、優秀。
制圧のためには……魔導鞭。非殺傷武器……いや、傷はつくかも知れないが、刃で傷付くよりはマシだろう。うん。
「そこの騎士連中、助けは要るか!」
「……すまない! 頼まれてくれ!」
「了解した。ロゼ!」
「いきます」
クールな掛け声と共に刃の腹で盗賊然とした人間達を殴り付けるロゼ。先陣を切ったユキヤも脚を斬りつけて動けなくしている。
オレもオレで魔導鞭で気力を殺いで攻撃させなくしてる……はずなんだが、一部恍惚とした表情が見えるのは気のせいだろうか。お前達それでいいのか。オレなら嫌だぞ。
ああ、でも……そうだな。こうして鞭を振るってると……ちょっと楽しいな。SMクラブのミストレスがどういう心持ちでいるかは知らないが、こういう事をしてるのかと思うと、ちょっとだけど羨ましいかな。
「ハハハッ、良い声で啼いてくれよ!」
しなる鞭、手に伝わる肉を打つ感触、鞭が風を切る音。その全てが高揚を齎している。……なるほど、これが愉悦か。
盗賊然とした格好の連中は、間も無く全員気絶していた。総勢二十四人の、この辺りではそこそこ有名な盗賊団なんだと、護衛の騎士が教えてくれた。
「――ありがとう。貴方のおかげで助かった」
盗賊団を手持ちのロープで縛り終えた頃に、後ろから声をかけられた。騎士達ではない。凜とした雰囲気のある女性の声だ。
振り返ると、顔に火傷痕のある女性が立っていた。濃紺の長い髪をポニーテールにして、少しつり上がった切れ長の眼を持ち、歴戦の女剣士を思わせる空気を纏っている。
服はなかなか豪奢でパンツスタイル。貴族だと言われたら疑う事はないだろう。まず間違いなく貴族だとは思うのだが。
「礼ならこのユキヤに言ってやってくれ。あんた達の気配をこいつが探れなければ、もっと酷い事になっていただろうからな」
「ダークエルフか……! 実物を見るのは初めてだ。ありがとう、ユキヤ殿」
「いえ。私は主の命に従ったまでですので」
「そちらの亜人の子……聞こえた声が嘘でなければ、確かロゼと言ったか。君にも感謝を」
「いえ、私は――」
「コルティア子爵! 亜人如きに感謝など……!」
騎士の一人、おそらくこの護衛隊のリーダーと思しき男が吼える。そしてやはり、この女性は貴族。しかもコルティア子爵その人だとは。
コルティア子爵は吼えた騎士を射殺すような視線でもって睨み付ける。
「何が『亜人ごとき』だ。貴様等の普段の訓練が不十分な所為で、たかだか二十四人程度の賊風情に遅れを取ったのだろうが。貴様の言う『亜人ごとき』がいなければどうなっていたか、その不足過ぎる頭でも理解出来るだろう?」
まるで蒼い炎だ。
静かに響く言葉ではあるが、声に乗った迫力はまるで烈火のようだ。
痛いところを突かれたのか、リーダーらしき騎士は苦虫を噛み潰したような顔をして押し黙る。
「――うちの者が済まない」
コルティア子爵はこちらに向き直ると、今度は頭を下げてきた。
それを見てさらにリーダーらしき騎士が沈痛な面持ちになる。自分の言動や態度が主君に頭を下げさせてしまったのだと、正しく認識しているのだろう。
「……謝罪を受けたぞ、ロゼ。どうするんだ?」
「謝罪など必要ありません。我ら亜人や獣人がヒト族にどのように思われているのかは、ヒト族より我々の方が理解しています」
……強かと言うか、なんと言うか。ロゼもなかなかに意地が悪い。
「ですから、頭を上げてください。子爵ともなる貴女の頭は、私のような亜人風情には勿体ないので。そもそも、謝罪など受け取っても嬉しくはありませんから」
「ロゼ。流石に意地が悪いぞ」
「……申し訳ありません、マスター」
「以後、気を付けるように。……ともあれ、そういう事です、コルティア子爵様。どうか頭を上げてください」
「本当に申し訳ない。……改めて名乗らせていただこう。私はロガ王国コルティア子爵領領主を務める、リーゼリア・フォン・コルティア子爵だ」
最後にもう一度頭を下げると、変わらず毅然とした態度でコルティア子爵は自己紹介をしてくれた。
「ホオズキ。見ての通り旅人だ。オレは遠方の平民の生まれだからあまり詳しくはないんだが、女性でも貴族になれるものなのか?」
「普通ならあり得ない事だ。名誉と付く一代限りの貴族ならともかく、私のような永世貴族は他にいないだろう」
「特別措置なのか?」
「まあ、そうだ。……ふむ。ホオズキ殿。そういえば貴方方はどちらに?」
「あんたの屋敷があるオルトーラ市にな」
「それは丁度良い。馬車に乗ってくれ。詳しい事は中で話そう」
「いいのか? 後ろの騎士連中は『何ふざけた事言ってんだ、この領主』って眼をしてるが」
「構わない。まったく情けない話だが、私の軍のくせに口だけが達者でな。奴らの言葉は話半分に聞いてくれ」
コルティア子爵が困ったように眉を八の字にして肩を竦めてみせる。貴族は貴族で、想像に難い苦労があるんだろうな。
「まあ、領主直々の誘いだからな。是非相伴に与らせてもらおう」
「ありがとう。……さあ、乗ってくれ」
御者が馬車のドアを開けてくれている。
中は二人掛けが精々の座席が向き合うようにあるだけで、飾り気はない。
「ユキヤはオレの隣に座れ。ロゼは膝の上に」
「わかりました、主。責任を持って――」
「違う。オレのだ」
「……よろしいのですか、マスター」
「構わない。ほら、早くしろ。コルティア子爵様が乗るんだからな」
背後に御者台のある奥側の席に座り、隣にユキヤ、膝の上にロゼが座る。何かの拍子に落ちないように抱えててやらないとな。
コルティア子爵はオレの対面に腰を下ろした。
すぐにドアが閉じられ、少しして、比較的ゆっくりなスピードで馬車が動き始める。
「さて、では話の続きだ。実は私は以前、王国騎士団に所属していた」
「王国騎士団と言うと……王城を警護している?」
「そうだ。そこでの功績を認められて、私は子爵の爵位を賜り、領地も貰う事になったのだ」
「……女性にこういう事を訊くのは憚られるが、歳はいくつなんだ?」
「今年二十一になったばかりだ」
まさかの同い年だと。
「随分年若い領主……いや、別に珍しくもないのか……?」
「まあ、叙爵や領地を与えられる事自体は、そう珍しくはないな。私が女であるという点を除けば、だが」
「それだ。何故女性の身で名誉爵位ではなく永世爵位を貰えるんだ?」
「何かおかしいのですか、マスター?」
「ユキヤも、特におかしいようには感じませんが……」
「普通、女性が爵位をもらう時は一代限りの爵位として名誉爵位が与えられる。これは貴族社会が男性優位の世界である事の証左だ。そもそもは、女の身で爵位など、と顰蹙を買う」
「如何にも。普通であればそうだ」
「そして、その女性名誉貴族に男の子が生まれた時に、その子をその家を背負う貴族として、頭に名誉と付かない爵位を改めて与える。これが普通の貴族の仕組みだ」
「……では、何故コルティア子爵殿は子爵位を?」
ユキヤが話の根本に戻る質問を投げる。
「私にも陛下の御心はわからない。正直なところ、私にも何故子爵位が与えられたのかわからないんだ。陛下は功績に応じたものだと仰られていたが……」
「……あの国王がね……」
「まあ、考えても仕方ない。それより……ホオズキ殿。少し訊いても構わないだろうか?」
「構わないが……」
「では。ホオズキ殿は、その……誰か、懇意にしておられる相手は……?」
「懇意にと言うと?」
「だから……その……恋仲の相手と言うか、な」
「いや、いないが」
残念ながら、こっちの世界に来て日は浅いし、日本でもそういう相手はいなかった。
いや、告白されなかったわけではないし、好きな人が出来なかったわけでもないんだが、とにかく恋人はいた事がない。
「そ、そうか。うん、そうか……」
コルティア子爵が確認するように何度も頷いている。はて、一体どうしたんだ?
それにしても、このコルティア子爵。かなり好みのタイプだ。異世界漫遊を目的にしていたり、彼女が貴族でなかったならば、結婚……とはいかないまでも、恋人になって欲しいと言っていたかも知れない。
好みのタイプと言えば、王城にいたメイド長のミラもかなりタイプだったわけだが。
こうも理想の女性に出会えるなんて、異世界って素晴らしいな。
「あ、あのな、ホオズキ殿。私は、まだ独り身なんだ」
「独り身? 二十一で独り身だと、大年増やら行き遅れやら言われて大変じゃないのか?」
「確かにそう言われている。だが、私は私が認めた人間としか恋仲になりたくはないし、結婚など論外だ」
「……参考までに、コルティア子爵の認める男性像とは?」
「うん。私も武人の端くれだからな。やはり同じ武人が望ましい。身長も、私より高い男がいいな」
コルティア子爵の身長は、パッと見、百七十センチを超えている。百七十四センチくらいはあるだろうか。
未だに貴族の男子を見た事がないから断言は出来ないが、彼女より身長の高い貴族男子なんて、そうそういないんじゃないか?
「それから、分け隔てなくではないが、確かな優しさを持った人がいいな。面倒見が良く、武人として強い人ならもっといい」
「身体つきなんかは?」
「あまり筋骨隆々は困る。暑苦しいし、何より見苦しいからな。鍛え上げられてなお、洗練されたしなやかな身体つきの人が好みだ」
「なるほど……」
「家事もある程度出来る人が良い。私は騎士上がりだからな。騎士時代は自炊が基本だった」
それはオレもわかる。
まったく出来ないでは困るし、出来すぎるのもそれはそれで困る。程よく出来るのが良いんだ。
「それからな、私は平民だろうと貴族だろうと気にしない。私自身が元々平民なのだから、まあこれは普通だな」
「身分は気にしない、と」
「うん。そして、私より強い人が良い。ホオズキ殿も言ったが、貴族社会は男性が主体だ。他の男性にも負けない強い人が良い」
「……誰か、今言った条件に合致する人がいると?」
「世の中は広い。今は見つからずとも、そのうちに見つかるはずだ」
謎の確信を持ってコルティア子爵はこちらを見つめてくる。
その視線に『むしろお前がそうだ』と言われている気がしないでもない。気のせいである事を祈っている。




