十八頁目 行き倒れダークエルフ
王都を出てから大体三日ほど経っているだろうか。
オレとロゼは徒歩という事もあり、一日に進む距離はかなり短い。王都で幌馬車を買うという手もなかったわけではないのだが、旅と言えば徒歩のイメージが強かったのだ。後悔はない。
まあ、レベルやステータスの概念があるからか、別に疲労はそんなに感じてないのだが。
それよりも景色が悪い。行けども行けども森、平原、小川が周りにある景色から変わらない。コルティア子爵領まではまだまだだと思うが、正直変化が欲しいところである。
「……ん?」
「マスター? どうかしましたか?」
何かが、張り巡らせた神経の網に引っ掛かる。
それが何か、大きさや姿形まではわからないが、『何かがいる』という事はわかる。それも、そんなに遠くない。すぐ近くだ。本当に、もう目と鼻の先くらいの……。
「……うおぉ!?」
「マスター!? 一体何……を……?」
周りを見回して見つけた視線の先。
道と森のちょうど境目あたりに、銀色の何かが落ちていた。いや、よく見ればあれはヒトだ。褐色銀髪のヒトがぶっ倒れている。
「……生きてる、のか?」
「確認しましょうか?」
「そうだな……。ちょっと試したいから、ここで休憩にしようか」
「わかりました。しかし、何を試すのですか?」
「生き物の生存本能」
「…………?」
とりあえず褐色銀髪のヒトからそう離れていない場所にキャンプを展開して、インベントリから旅の初日に使った焚き火と調理器具、コマンダーウルフの肉を取り出す。
このコマンダーウルフの肉は、初日に塩と胡椒で味を付けてあるものだ。
「あの、マスター。助けなくていいのでしょうか」
「助けるさ」
「……どうやって、ですか?」
「たとえ気絶していようが、本能は働く。食べる事だとかな。あのヒトが生存本能溢れる奴なら、多分これで起きる」
「起きなければ?」
「その時は普通に助ける」
焚き火でフライパンを温め、オリーブオイルを引いて、コマンダーウルフの肉を焼く。
ジュワァァァという焼き始めの音と、オリーブオイルと胡椒の香りが辺りに広がっていく。
実はここ三日ほどはこれと同じものを食べているのだが、コマンダーウルフの肉は実際のところは高級和牛肉のような感じで、変なクセがあるわけでもなく、むしろ毎日でも食べたくなるほどに美味い。
高級和牛肉なんて、昔、大手の会社を経営している兄姉の一人に連れていって喰わせてもらったくらいで、別に馴染みがあるわけではないのだが、あの味は今でも思い出す。美味かった。
まあ、この異世界で、同じような味に出会えるとは思わなかったが。
「……よし」
片面が焼けたので、王都の市場で買った木製のトングを使ってひっくり返す。匂いもそうだが、この綺麗な焼き色が食欲をそそる。
惜しむらくは、今のところ白米かそれに代わる食材に出会えてない事だ。オレは一応ハーフなんだが、根っからの日本人だし、パンより米派なんだ。
「――ッ!! マスター!」
ロゼが警戒心を露にして立ち上がる。
その視線は、先ほどぶっ倒れていた褐色銀髪のヒトに向けられている。
「……う、あ……ぁ……」
ゆらり、と。
まるで幽鬼のように立ち上がったそのヒトは、真っ直ぐこちらへと歩いてくる。
ひた、ひた、という足音が聞こえてきそうな足取りではあるが、ゆっくりと着実に、こちらに向かって来ている。
「ロゼ、そう警戒しなくていい。状況に窮したヒトは、大抵あんな感じだ」
いつだったか、兄姉の一人がブラック企業に勤めていた時、『休ませてくれ』と我が家にやってきたのを覚えている。
度重なる労働と上司からの圧力に面倒な取引先と理解の乏しいクライアント。その人物は兄であったのだが、我が家に来た時は、ストレスとプレッシャーでやつれて、しばらくはお粥と水分くらいしか口に出来なかったのは今でも鮮明に思い出せる。
日々しっかりとメシの喰えているこちらが、ちょっと申し訳なくなるくらいには、ヤバい状態だったと言えるだろう。
「ですが、マスター……!」
「いいから座ってろ。……ん、いい焼き加減だな」
ミディアムレアくらいに焼けているであろうコマンダーウルフのステーキを、インベントリから取り出した皿の上に乗せる。
「……ほう。あんた、女か」
あまり意識して見ていなかったが、褐色銀髪のヒトは女性らしく、大きな胸と細いくびれが視線を誘った。
服装は、一瞬チャイナ服っぽいかと思ったが、アオザイに似ている。何か……そうだ、アオザイのパンツ部分が足りない。下を履いていない代わりに黒のニーハイブーツを履いている。腰には帯をしているから、ちょっと和服要素もあるのかもしれない。
「あ……食べ、物……」
「腹減ってんのか、あんた。喰うか?」
コマンダーウルフステーキの乗った皿にフォークをつけて差し出してやると、獲物に飛び掛かる猛獣の如くやってきて、早速フォークをステーキに刺して食べ始めた。
相当腹が減っていたのか、その姿は一心不乱に獲物を貪る獣に似ている。
「……マスター、私にもください」
「お前はこれ喰ってろ」
その喰いっぷりを見て食欲を刺激されたロゼに干し肉を渡してやる。お前にも喰わせてやるが、この褐色銀髪の女性が先だ。
「……何故私は干し肉なのですか」
「まずはこの行き倒れに喰わせてからだ。それまで干し肉で繋いでろって事」
「……わかりました」
女性の喰いっぷりからステーキ一枚だけでは足りないと判断して追加分を焼いていく。鉄板でもあれば楽なんだが……まあ、無い物ねだりをしてもな。
そうしてひとしきり食べ終えた後、女性はようやくまともに言葉を発した。
「……ふぅ。ありがとうございました、旅のお方。私はラストーラの森に棲むダークエルフのユキヤ=キサラギと申します」
ユキヤ=キサラギ。逆にするとキサラギユキヤ。実に日本人っぽい名前だ。ちょっと親近感を覚える。
「オレはホオズキ。そっちは竜人種のロゼだ。……しかしあんた、なんだってこんなとこでぶっ倒れてたんだ?」
「それは……語るにはなんとも恥ずかしい話でして……」
「笑わないから、話してくれ」
「はい……。先ほども申しましたが、私はラストーラの森にあるダークエルフの里の出身です。ラストーラの森はご存じですか?」
「いや、わからないな」
「ラストーラの森は、コルティア子爵と呼ばれる王国貴族の領地にあります。とはいえ、我々が後から来たのではなく、王国の方が後から領地を設定したのですが……。話が逸れました。ダークエルフの里では、皆、肉と野菜が好きで、狩りをしたり栽培したりしながら暮らしています」
「へえ? エルフって言うからには肉は敬遠するかと思ったが……そういえばユキヤさんは肉喰ったな、今」
「ユキヤで構いません。……と、まあ、肉と野菜が好きなダークエルフなのですが、私は……その……少々異質でして。魚や果物が好みなのです」
「ふむ。それで?」
「はい。他のダークエルフとは異なる嗜好ですから、最近になって里で食べるものに飽きてきたのです」
確かに、そこまで好きでもないものを食べ続けるのは普通に飽きるし、もっと続けると苦痛にもなる。
「なので、私は、私の好きな食べ物を……ひいては、里では食べられない美味しいものを求めて旅に出ました」
「旅にか」
「はい。数日分の食糧を持って、あとは狩りなり採集なりで食い繋げば問題ないと。……思っていたのですが」
「……が?」
「ここ数日は、狩れる獣も食べられる果実や山菜も見当たらず、いよいよ行き倒れてしまったのです」
「そこに通り掛かったのがオレ達、と」
「そうです。本当に助かりました。ありがとうございました。ところで、随分と美味しいお肉だったのですが、何のお肉だったのですか?」
「コマンダーウルフだが」
「コマンダーウルフ……!? あの狼の肉は、こんなにも美味だったのですね……」
味を思い出しているのか、妙に艶かしいうっとりとした表情になるユキヤ。
「――はっ!? ……失礼しました。そういえば、ホオズキ様とロゼ様はどちらへ?」
「コルティア子爵領の街を目指してる。ユキヤが言うには、まだあと数日はかかるわけか」
「街ですか? この道から行くコルティア子爵領の街となると、オルトーラ市ですね」
「それはどんな街なんだ?」
「子爵が住む邸宅のある街ですね。治安はそれなり。冒険者もいますが、傭兵の方が多いでしょうか。最近は、近くに出来たダンジョンから魔物が溢れているらしく、度々襲撃を受けていました」
「なるほど……。魔物被害はどうしようもないからな……」
「……その、ホオズキ様」
「ん? なんだ?」
「ええと……その、ご迷惑でなければ、なのですが。良ければ、このユキヤをお側に置いてはいただけないでしょうか」
「……どういう事だ?」
「我がダークエルフの一族は、古来よりシャドウストーカーとして生きて参りました」
シャドウストーカーとは。
日本で言うところの忍者、あるいは隠密といった、影に隠れて工作や暗殺、斥候を得意とする職業の事らしい。
「しかし、いくらシャドウストーカーとはいえ、無差別にそういった事をするわけではありません。成人だと認められる二百歳を基準に、それ以上の歳の者は里の外に出て、己が仕えるべき主君を見つけ、その一生を主君に仕えるまま終えます」
「へえ……」
「私はもう二百五十歳になります。そろそろ主君を見つけなければ……と常々感じておりました」
「……ん? つまり、なんだ。オレに、その主君になって欲しいと?」
「はい。ユキヤ=キサラギは、貴方を主君と仰ぎ、一生を睹してお仕えいたしとうございます」
「……………」
頭が追い付いてこない。
なんだ、主君ってそんな簡単でいいのか? 普通ある程度観察して、どういう奴か把握してから決めるもんじゃないのか?
「確かに、今まで里を出たダークエルフ達はその様にしていたと聞いています。しかしながら、私とて、全く根拠もなく仕えると言っているわけではありません」
「……その、根拠とは?」
「はい。先ほど私は行き倒れておりました。普通の旅人であれば、見て見ぬ振りをして、何をする事もなく素通りしていたでしょう。しかしホオズキ殿は足を止めるばかりか、上質なお肉まで施してくださいました」
まあ、見殺しにするのは……うん。人として違う気がするしな。寝覚めも悪いし。
「私は確信致しました。このお方こそ、私が……いえ、むしろ、一族全員を以てしてお仕えする方だと」
「スケールデカいな……」
「ですので、ホオズキ様。どうか、私をお側に置いてくださいませ」
「ううん……」
別に困りはしない。むしろ助かる。今のうちのパーティだと突発的な対応しか出来ないから、斥候がいるのは助かる。
……ちょっとステータス確認して判断材料にしてみるか。
【名前】 ユキヤ=キサラギ
【職業】 シャドウストーカー
【年齢】 250
【レベル】28
【HP】 878/878
【MP】 790/790
【STR】 572
【DEF】 416
【INT】 523
【MR】 608
【DEX】 684
【AGI】 715
【スキル】 闇魔法、回復魔法、気配遮断、気配感知、潜影、敵意感知、絶影、影縫い、不知火、小刀マスタリー
【固有スキル】 自然との調和、獣話
回避型のスピードアタッカーといったところだろうか。パーティの人事も担っている身としては是非欲しい戦力だ。採用決定。
そういえば、この世界の『○○魔法』というのは、魔法の系統だけを表したもので、実際には複数の種類がある。
例えば回復魔法。回復魔法と一口に言うが、一般的にヒールなどと呼ばれる回復だけの魔法から、リザレクションないしはリヴァイヴといった蘇生系の魔法まである。
逆に、オレの契約魔法はそこまでの広がりはない。単純に、使える場面が限定されて、それ以外がないせいだと思うが、名前を付けたり、何かの契約を交わしたりする時には使える魔法だ。
「……わかった。では、『契約を交わそう』」
「契約……。この、紅の光は……契約魔法!?」
この世界における『魔法』とは、すなわちイメージの具現化だ。
契約がしたければ契約のイメージ、火を出したいなら火のイメージ、水なら水、土なら土、風なら風、光なら光で闇なら闇。
頭の中でイメージを確かなものにすればしただけ、魔法は簡単に発動出来るし、効果も高まるし、詠唱だって必要ないし、キーワードだけで魔法を行使する事も出来る。
優れた科学は魔法と同じ、というように、魔法をプログラムとして認識する世界もあるだろうが、この世界は想像力こそが魔法になる世界だ。
だからこそ、オレは今『契約を交わそう』というキーワードだけで魔法を行使出来たわけだ。
「ユキヤ。今この時から、お前はオレの懐刀だ。尽力に期待する」
「はっ。ダークエルフ一族が一人、ユキヤ=キサラギ。貴方を主と仰ぎ、命の限り尽くす事を誓いましょう。この二本の小刀に懸けて」
ユキヤが帯の背中側から抜いたのは、二振りの小刀だった。白鞘の形をした黒い鞘に収まっている。
西洋剣ばかりかと思ってたが、あるところにはあるものなんだな……。そのうち、ザナドゥ以外の刀も手に入れたいものだ。
「……そういえば、ユキヤ」
「はい。なんでしょう、主」
「これからお前はコルティア子爵領にとんぼ返りする事になるが、大丈夫か?」
「問題ありません、主。この度の旅は、ちょっとした冒険と思う事にいたしますゆえ、どうかお気遣いなく」
「そうか。まあ、納得してるなら言う事はないか」
「……マスター」
ぼそりと呟くような声に顔を向けると、すでに干し肉を食べ終えたロゼが、恨みがましい眼でこちらを見ていた。
「あ? ……あ、ああー……。うん、わかった。オレが悪かったよ。メシにしよう」
話をしている間にオレも腹が減ってきてたし、新しい仲間の歓迎も兼ねてメシにするとしよう。
幸いにしてコマンダーウルフの肉はまだ大量に残っているから、心配は要らない。まあ、新しく何か、喰える魔物か何かを狩りたいところではあるが。
今はとりあえずメシを喰うのが先決だ。




