十七頁目 今、旅立ちの時
市場での買い出しを終えて、若干忘れかけていた……というか、すっかり忘れていたコマンダーウルフの買い取りの件を確認しに冒険者ギルド横の倉庫へ。
オッサンを随分待たせてしまったからか『もう来ないのかと思ったぞ』なんて言われてしまった。
「さて、早速だが金の話をしようじゃねぇか」
「ははは。いくらになったんだ?」
「おう。コマンダーウルフは割と希少性が高い上に、今回のは特別傷もなかったし、こっちも勉強させてもらったぜ」
「それは何よりで」
「ずばり、小金貨三百枚だ!」
おのれ小金貨、またお前か。
「……随分するんだな」
せっかく《仕立て屋ロゼリア》で他の貨幣を仕入れたと思ったらこれだ。が、飽くまで顔に出さないように立ち回る。
「何度でも言わせて欲しいんだが、傷が無かったのが一番だな。毛皮は高値で取引されるから、三百枚でも正直安いくらいだ」
「へえ……?」
「そういや、コマンダーウルフの肉を一応取ってあるが……見るか?」
「そうだな……」
ちらりと視線をやればキラキラ仏頂面。もうお馴染みとなりつつある。本当に肉が好きなんだな、ロゼは。
「じゃあ、見せてくれるか」
「おうよ。ついてきな」
オッサンに先導されて着いた先には、鮮やかな赤やピンクの肉塊がバットのかなり大きいサイズのものに置いてあった。
パッと見た感じでは牛肉に近い。脂身もあって、ウルフの名を冠する生き物の肉だとは思えない。
「……牛肉みたいな感じなんだな」
「ああ。俺も初めて見たがよ、こいつは美味いだろうな」
「肉は戻してもらっていいか?」
「構わねぇよ。元々そのつもりで、勘定の中には入れてねえからな」
「そいつはありがたい」
肉の近くに行って、一つ一つ触ってインベントリに入れていく。
「おい、兄ちゃん。そいつは……」
「あまり公にはしたくないんだ。内密に頼むよ」
「そりゃ構わねぇが……珍しいスキル持ってんだな」
「見た事があるのか?」
「随分昔の話だがな」
オッサンの話では、今から四十年近く前の事、オッサンの故郷の街に立ち寄った冒険者が同じ事をしていたらしい。
あとから調べてみたらその年はちょうど『魔王節』と呼ばれる年で、立ち寄った冒険者は勇者召喚によって召喚された勇者であろう事がわかったらしい。
何故勇者召喚について知っているのか訊いてみると、『当時は秘匿されるようなものではなかった』とのこと。アルグスタ王が言っていた、勇者の政治利用のせいで秘匿されるようになったのかも知れない。
「なるほどな……。そうだ、オッサン。変な事を訊くかもしれないんだが、いいか?」
「変な事? まあ、構わねぇよ」
「オレは故郷で母親と朝となし夜となしに鍛練をしてきたせいか時間の感覚が無くなっててな。一日が何時間で、一ヶ月は何日で、一年は何ヵ月か教えちゃもらえないか?」
「はっはは、確かに変な事だな! 一日は二十四時間だ。春夏秋冬の季節によって日の出や日の入りの時間は変わるが、大体六時三十分には日は昇るし、十九時には日は沈む。一ヶ月は三十日で、一年は十二ヶ月だぜ」
「そうか。ありがとう、助かったよ」
「いいって事よ! しかし、兄ちゃんの母ちゃんは随分厳しかったんだなぁ」
「ああ。今、五体満足でいるのが神の奇跡か何かだと思えるくらいには」
実際、母さんには何度も殺されかけたしな。
「……兄ちゃん。大変だったんだな」
「可哀想なものを見る目をやめろ、オッサン」
「はっはっは! んで、これからどうすんだ?」
「すぐに発つ。必要なものは買ったしな」
「もう行っちまうのか? 王都にゃ来たばかりの旅人だって聞いたがよ……」
「ああ、王都には来たばかりだな。厳密には、ロガ王国に来たばかり、だが」
「王国に来たばかりって、兄ちゃんまさか……」
「今代の勇者か、って? まさか。ただの旅人だよ、ただのな」
オッサンは大きく息を吐くと頭を振ってから、フッと笑い『仕方ねぇな』とでも言うような表情をした。
「ま、旅人は普通、一つ所に長くは留まらないもんだしな。でもまあ、また王都に来てくれよ」
「ああ。ある人と約束もしてるし、また来るさ」
「そうか。その時はまた、コマンダーウルフみたいなのを頼むぜ」
「……まあ、手に入ったら考えておくよ」
「ああ、それでいい」
「じゃあ、オッサン。突然だったが世話になった。話をする機会があったら受付のナタリアと商人ギルドの受付のアイシャにも宜しく言っておいてくれ」
「おうよ、任せな」
「任せた。……行くぞ、ロゼ」
「はい、マスター」
オッサンに手を振って倉庫を後にし、そのまま門の方に向かう。
門付近はコマンダーウルフの襲来が嘘だったかのように賑やかさを取り戻しており、王都に入る奴も、王都から出ていく奴もいる。
「……お、ホオズキさん! 依頼か?」
警備隊で門番の役を担っているタスラムが話しかけてくる。
「いや、依頼じゃない」
「なら、魔物狩り……?」
「それも違う」
「……もしかして、出るのか?」
「ああ。次に来るのは随分先の事になるだろうな」
「そうか……。いや、あんたは旅人だもんな。道中気を付けて」
「ありがとう。タスラムも、魔物には気を付けて」
「ははは。死なないように頑張るさ」
「ああ、頑張ってくれ。それじゃあな。ソルダにも宜しくと」
「伝えとくよ」
少し寂しげな表情のタスラムと別れて、門から延びた左右に別れている道を左に進んでいく。
左の道の先には、エドガー氏に渡された地図によると、コルティア子爵領がある。子爵領の最初の街はオルトーラ市というらしい。
一体どんな街なのか、今から楽しみだ。




