十六頁目 王都の市場
「ロゼ。連れ回して悪いが、包丁を買って思い出した。調味料を仕入れたい」
「調味料というと、塩やらですか」
「その通り。あるのと無いのとじゃ違いが出るからな」
「わかりました。しかしマスター、私は手持ち無沙汰です」
「……素直に干し肉が喰いたいって言えよ」
キラキラ仏頂面のロゼに、風呂の時に預かった干し肉の残りを渡してやり、抱き抱えて市場に向かう。
◆
「……まだありそうかな」
王都のこの市場は、基本的には毎日夕方まで開いているらしい。
何故夕方までなのかと言えば、そのタイミングで王都に来た冒険者や商人にも売るためだとか。商魂逞しいね。
「塩と砂糖、胡椒も欲しいな。あとは……魚醤か? 醤油はさすがに無いだろうな」
とりあえず味に変化がつけられればなんだって構わないわけだが、出来るだけ馴染みのある味に近付けたい。
「味醂は望めないとして……酒、はワインで代用か? 毎日肉料理になるだろうし、酒は確定だな」
自分で飲む分も欲しいが、王城のディナーで飲んだレベルのは無理だろう。
「……おっ。それっぽい店発見」
店の主は二十代そこそこの女性。長い髪を後ろで束ねており、勝ち気そうな目をしている。
見た目だけなら『姉御』とか、『姐さん』とか呼ばれててもおかしくなさそうだ。正直結構タイプだ。
「――ん? やあ、兄さん。何かご入り用かい?」
「ああ、調味料をちょっとな」
こちらに気付いた女主人が人懐っこい様子で話しかけてくる。馴れ馴れしい感じではなく、親しい知人という感じだ。ハスキーめの声が耳に心地良い。
「調味料ったって色々あるだろう?」
「まあ、それはそうなんたが……オレはこの大陸の常用調味料には疎くてな。何があって何がないのかわからないんだ」
「なるほどねぇ。……ところで、その抱えてる子は?」
「見てわからないか? 竜人種のロゼだ」
「……亜人なのかい? って事は奴隷かい?」
「ああ、そうだが」
「こりゃ驚いたね。亜人の奴隷でそんなに身形の良い子は初めて見たよ。あんたのかい?」
「まあ、そうだな。成り行きではあったが」
「成り行き……拾い物って事か。あんた、つくづく変な人だね」
女主人が困った奴を見るような表情でこちらを見てくる。何故だ。何故オレは変な奴扱いされるんだ。
「ま、ともかく調味料だね。常用の調味料って言えば、まず塩だね。それから胡椒と砂糖。港町に行けば魚醤も手に入るかもね」
「塩、砂糖、胡椒か……。ある程度予想しちゃいたが、少し厳しいな……」
「なんだい。兄さん、料理人でも目指してんのかい?」
「いや、これから旅に出るんだが、道中でも美味いものが喰いたくてな。色々探してるんだ」
「なるほどねぇ。確かに、美味いものはいつだって食べたいね」
「ああ。ただ、調味料が塩と砂糖と胡椒だけってのはな……。こっちじゃ煮込み料理なんかはどうしてるんだ?」
「大抵は水分の多い野菜か、ワインで煮込むのが多いね。あとは、デミグラスソースなんかも使ったりするね」
「デミグラスソース……」
そういえばデミグラスソースは小麦粉で作れるんだったな。という事は、少なくともマデラワインみたいな酒精の強いワインもあるって事か。
「この店じゃ、何を扱ってるんだ?」
「……ふふ。今言ったものさ。塩に砂糖に胡椒。料理酒もあるよ」
「……やれやれ、商売が上手いな」
「当たり前だろ、あたしは商人なんだから」
「参ったな。後ろのがそれか?」
「ああ。兄さんから向かって左が塩の甕、あたしの真後ろのが砂糖、向かって右のが胡椒だ」
「甕一つあたりはいくらだ?」
「そうだね……兄さん、あたし好みの顔してるから安くしとくよ。大銅貨二枚だ」
「はは、嬉しい事を言ってくれる。オレもあんたは好みだな。今すぐにだって抱きたいくらいだ」
「嬉しいねぇ。それで、いくつ買うんだい?」
一日を二十四時間と仮定して、元の世界と同じように三食は食事を摂るとする。
三食全てではないだろうが、世界の性質からして肉料理が多くなるのは必然。その全てが塩と胡椒による味付けになるとして、一週間使い続けても大して減らないだろう。
つまり、大量に買ってもあまり意味がない。
「……どうした、兄さん?」
「ああ、いや……あまり多く買っても仕方ないと思ってな。いくつ買うか考えてたんだ」
「まあ、確かにね。兄さんは商売はしないのかい?」
「今のところは考えてないな。何か、オレだけに出来るような事ができた時は、そういう商売はするかもしれないが」
「そっか。ならしょうがないね。兄さんとなら楽しい商売が出来そうなんだけどね」
「揺れる事言うなよ。……塩、砂糖、胡椒を甕五つ分貰いたい。料理酒はどれくらいある?」
「瓶で十本ってところだね」
「全部貰おう」
「……太っ腹だね、兄さん」
「美人には弱いんだ」
「あははっ。じゃ、全部で……大銅貨四十五枚だよ」
言われた通りの金額……に、小銀貨を五枚ほど紛れ込ませながら、インベントリから袋に入れて女主人に渡す。
「これでいいか?」
「……うん、確かにもらったよ。しかし兄さん、どうやって運ぶんだい?」
「まあ……ちょっと便利なスキルがあってね」
試験的に無限倉庫をそれぞれの甕と、女主人がテーブルの下から出した料理酒の瓶に向けて発動する。
どうやら無限倉庫は一定の範囲に効果が及ぶらしく、狙ったものが全てインベントリに入っていた。
「購入した分は確かに貰った」
「驚いたね。一体なんてスキルなんだい?」
「無限倉庫だ。珍しいけど、オレ以外にも持ってる奴はいるって聞いたが」
「へえ、便利なもんだね」
「ああ、まったく。……さて、欲しい物は手に入れたし、これで失礼する」
「ちょっと待ちな、兄さん!」
女主人が呼び止めてくる。なんだろう。言っちゃなんだが、お誘いは受けられないぞ。
「あたしはヒルダ。兄さんは?」
「……ホオズキだ」
「ホオズキ……ホオズキね。絶対忘れないよ。またどこかで会おう、ホオズキ」
「ああ。またどこかで」
軽く手を振って、女主人ヒルダの露店を後にする。あの美貌で旦那がいないってのは無いだろうし、既婚者と考えるべきだな。
その後、せっかく市場に来たので革袋など、何かしら使うタイミングがありそうなものを適当に買っておいた。フライパンや鉄鍋、お玉杓子に横レードル、オリーブオイルなんかもあったので購入した。
市場……これはバカにできない。




