十三頁目 ホオズキ流交渉術
シグニール商会。
《仕立て屋ロゼリア》の向かいに店を構えるその商会は、商人ギルド加盟店の中でもそれなりに力を持った商会らしい。
扱うものは多岐に渡る。食材、魔物素材、革、服、武器、防具、日用品など。
他の専門店よりいくらか見劣りはするが、駆け出しの冒険者か、あるいは商人ならば、この商会を利用して装備を整えたり、商人としての技術を高めると良いだろう。というのが商人ギルドの紹介文句である。
そんなシグニール商会が扱うものの中でも取り分け目を引くのが、風呂用の石鹸やタオル類だった。
つい数年前まで風呂に入る文化は貴族だけのものだったのだが、とある領地持ちの貴族が道楽で平民用の風呂屋を建てさせたところ、これが大ウケ。そのまま波に乗るように普及していき、今では、暮らしに余裕のある平民の間でも親しまれているらしい。
「いらっしゃい、お兄さん。シグニール商会へようこそ! 今日は何をお探しで?」
シグニール商会に着くと、四十代半ばくらいの髭面のオヤジが声をかけてきた。
商人としての性だとでも言うのか、オレやロゼを見定めるようにして見ている。
「商人ギルドで、風呂用品を買うならここだと言われてな。あるか?」
「もちろんです! しかし、風呂用品は貴重なものでして、結構値が張ってしまうんですが……」
「……ま、とにかく見せてくれ。どういったものが置いてるのかわからないうちに、買うだの買わないだのは語れないだろ」
「ええ、確かに。それでは、こちらへどうぞ」
風呂用品は店の奥にあるのか、オヤジが先導してくれる。
「――こちらにあるのがお風呂用品になります」
そう言って示されたのは、店の奥にある一角。
手のひらサイズの麻袋が並び、中に何か入っているのか膨らんでいる。その隣には折り畳まれた布が重ねて並んでおり、そのまた隣にはそれよりいくらか大きな布が折り畳まれて並んでいる。
おそらくこの二つの布は、片方が身体を洗う際に使用するもので、もう片方は身体を拭く際に使用するものなのだろう。元の世界のようにタオル地とはいかないが、用途別に布が用意してあるのは好ましい。
「こちらの麻袋に入っておりますのが石鹸です。その隣、この小さな布は身体を洗う際に。更に隣の大きな布は身体に付いた水分を拭き取る際に使用するものです」
「なるほど。この布は繰り返し使えるのか?」
「はい。ですが、大きい方は短時間での連続の使用は難しいですね」
「ふむ……。具体的にはどうしたらいいんだ?」
「水分量にもよりますが、大体半日ほど風にさらして乾かしていただければ、最初に使った時と遜色ない使用感を得られますよ」
その辺りは元の世界にあるバスタオルと大差ないな。まあ、扇風機やらを利用すれば乾燥にかかる時間を短縮出来ると考えれば、いくらか便利ではあるが。
「石鹸は……中を見ても?」
「はい、構いませんよ」
麻袋を一つ手に取り、紐で絞られた口を開けて中身を確認する。中の石鹸は硬く、特に臭いもしない。元の世界で十二世紀頃に作られていたとされる石鹸に似ている。
「……なるほど。こいつは髪に使う事も想定されてるのか?」
「もちろんです。その方面の科学者が研究を重ね、髪にも身体にも使えるよう改良したそうですよ」
「そいつは便利だな。この石鹸一つと、小さい方を一つと、大きい方を二つならいくらになる?」
「それですと中銀貨十五枚になります」
「……本当か? 布はともかく、石鹸は貴重なものだろう。中銀貨十五枚で済むとは思えないが」
「……確かに、石鹸は貴重品です。ですが、我々は商人です。物を売る事、買う事。それに伴う利益。黒字か赤字かの計算。考える事は多くあります。しかし、何より大切なのはお客様が満足されたか否か。ですから、中銀貨十五枚で提供させていただくわけです」
「……ほう?」
オヤジの軽い演説。
《仕立て屋ロゼリア》といい、《革自慢ゴルダ》といい、このシグニール商会といい、王都には顧客満足度優先の良い商人が集まっているらしい。
……だが、どう考えても中銀貨十五枚はナイ。どれだけ貴重でも、小銀貨以下の商品が多く並ぶ中で、中銀貨ほどの価値のあるものを平民向けに売るというのは、商人にしてみれば自殺行為に等しいはずだ。
《仕立て屋ロゼリア》で買ったローブと上下こそ大銀貨五百枚だったが、ロゼリアが説明してくれた素材を本当に使用して縫製したと仮定するなら、ローブを大銀貨七百五十枚……つまり、小金貨七枚と大銀貨五十枚でも良かったはずだ。そもそもが平民向けの商品ではないのだし。
そう考えると、何故オレに売ってくれたのかという疑問は残るが、それはともかく。
少し、試してみてもいいかも知れない。
「なあ、このシグニール商会ってのは、いつからここにあるんだ?」
「そうですね……大体十年くらいでしょうか」
「結構長いんだな?」
「はい。王都の皆様には本当に良くしていただいて……今日まで無事に商売が出来ております」
「なるほどな。ところで、オレは旅をしててな。昨日にこの王都に着いて、田舎の生まれだから色々物珍しくて見て回ったんだ」
「それはそれは。良いところでしょう?」
「ああ。だが、気になる事があった」
「……と言いますと?」
「王都という割には物価が安い。大抵は小銀貨以下で買えるようなものばかりだ。もちろん、中銀貨以上で取引をするところもあるんだろうが、《革自慢ゴルダ》の新商品ですら中銀貨三枚だ。中銀貨五枚以上の取引は、平民相手ならまず無いと考えて問題ないだろう」
「……………」
「ところが、だ。商人ギルドに勧められて来たこのシグニール商会では、石鹸と布三つで中銀貨十五枚だと言う。……王都で十年も商売してきたという割には、価格設定がお粗末なんじゃないか?」
「……何を仰りたいので?」
「なに、別に難しい注文はしない。ただ、『本来の値段で取引して欲しい』というだけの話だ。別に、中銀貨十五枚くらい文句なしに払ってやっても構わないんだが、ふっかけられていたら困るだろ?」
「……………」
客の前だからか薄い笑みを崩そうとしないオヤジだが、眼は明らかに笑っていない。企みがバレた時の小悪党と同じ眼だ。
「買うのを保留にして、商人ギルドに確認しに行ってもいいんだぞ。『シグニール商会で扱ってる風呂用品をまとめて買うと、いくらになるのか』ってな」
「……私の負けです。どうも申し訳ありませんでした」
「構わないさ。それで、実際いくらなんだ?」
「お客様の仰った内容ですと、中銀貨が四枚と小銀貨が二枚になります」
「それでも、それなりの値段はするんだな」
「……マスター」
セット購入の値段に納得していると、それまで黙ったままだったロゼが口を開いた。
「どうした、ロゼ?」
「私は奴隷ですが、冒険者です」
「……まあ、そうだな」
「マスターのお役に立つには、装備が必要です」
「うん、まあ、丸腰じゃ厳しいだろ」
「……お願いします」
高潔な竜人種たるロゼの、精一杯の嘆願なのだろう。本当なら自分たちを迫害する人間には絶対にしたくないだろうはずなのに、彼女は、頭を下げていた。
「まあ落ち着け、ロゼ。物事には順序というものがある。焦らなくても、お前に合ったものを買ってやるから」
「……わかりました」
「……さて、じゃあ支払いだな」
右手を左手側のローブの袖に突っ込み、何かを取り出すふりをしつつ、インベントリで中銀貨十五枚を右手の中に取り出し、そのまま袖から右手を出して、オヤジが差し出した手のひらに中銀貨を置く。
「はい。中銀貨、十五枚……!?」
「超過した分で買えるだけの食糧と水を頼む。足りなかったらまた出すから」
「わ、わかりました」
「とりあえず買った分の風呂用品はもらっておくぞ」
石鹸一つ、小さい布一つ、大きい布二つを袖の中に入れながらインベントリへ。
質は悪いだろうが、これ自体は悪い買い物ではないだろう。まあ、旅をしてたら、そう使うタイミングがあるとも思えないし、適当なタイミングで棄てるとしよう。
「……マスター。何故、奴隷の私のためにそうまでしていただけるのですか」
「奴隷というのは、他の奴が勝手にそう言っているというだけだろう。郷に入ればと言うが、この大陸の出身ではないオレが、そんなものに態々従う道理はないな。そもそも、奴隷だってヒトだろう。犯罪者でもない限り下に見る理由はない」
「……………」
「理解出来たか? それがお前の新しいマスターだ」
そも奴隷制度なんて、そういう扱いをされているというだけのもので、実際の奴隷の主人全員がそういう風に扱う必要はないんだ。
だから、オレがどんな風に奴隷を扱っていようが、それを誰かにとやかく言われる筋合いはないわけだ。
「……貴方は変なヒトですね、マスター」
「そうか? 至って普通だと思うが」
「いいえ、貴方はおかしなマスターです」
そう告げるロゼの表情が今まで通りの警戒心に満ちたものでなく、相変わらずの仏頂面ながら、どこか優しいものであったというのは、目の錯覚ではないと信じたい。




