十四頁目 紅髪亜人と風呂の味
しばらくして髭のオヤジが、おそらく商会の人間を二人ほど連れて、大量の干し肉と革水筒を持ってやってきた。一日三食のペースで消費したとしても一ヶ月は余裕なんじゃないかと思えるほどの量だ。
「……ちょっと待て。本当に超過分でこの量か?」
「はい。と言っても、迷惑料等込みで、ですが」
「迷惑料?」
「その……法外な額をふっかけてしまいましたから。そのお詫びも兼ねて、というやつでして」
「……まあ、それなら貰っておくが。しかし、なんだってあんな事を?」
「……風呂用品は、実はあまり売れないんですよ。石鹸も布も、ある程度は繰り返し使えるものですし。そもそも、あってもなくても然程変わらないものですから」
「なるほど。仕入れの方が金を使ってて、風呂用品の分は赤字になってるわけか」
「ははは……お恥ずかしながら」
オヤジは頭を軽く掻きながら苦笑いを浮かべる。
「……なあ、商売に関しては素人のオレが言うのも違うと思うんだが、ちょっと訊いていいか?」
「はい。なんでしょう?」
「まず前提として聞いておきたいんだが、風呂用品はいつから扱い始めたんだ?」
「二年……いえ、三年ほど前でしょうか。それが何か……?」
「三年も扱い続けたなら、購入された石鹸が切れるタイミングや、布が使えなくなるタイミングを逆算出来そうなもんだが……違うのか?」
オヤジは、髭面にはおよそ似合わないきょとんとした顔をすると、連れてきた二人とそれぞれ顔を見合わせて、顔に手をあてて盛大に笑い始めた。
「あっはっはっは……! 私ともあろう者が完全に失念していました! なるほど、道理でなかなか売れないはずです……!」
「……………」
言葉が出なかった。
とても、十年も商いをしてきたようには思えない。それどころか、よく三年も風呂用品を扱って、この体たらくで生き残ってこられたものだ。
シグニール商会……実はそんなに大したことのない商会なんじゃないか?
「……まあ、なんだ。そういう事だから。これからも……うん、頑張ってくれ」
「はっはっは! いやはや、本日はすみませんでした。また何かご入り用の際は、是非シグニール商会を!」
二度と利用してやるものか。
「……はぁ。ロゼ、干し肉喰うか?」
「いただきます」
ロゼの眼がキラキラと輝いている。肉が好き……って事なのか? 相変わらず仏頂面だが。
とりあえずロゼにいくつか干し肉を渡してやり、残りの干し肉と革水筒はインベントリへ。
「さてと、次はいよいよ風呂屋だな」
また商人ギルドに行って訊くのも面倒だったので、マップを開いて風呂屋を探す。
「……これ、か?」
大通りから少し路地を入ったところに表示されている《水浴びフェアリー》の文字。
一瞬『風俗店なのでは?』と思ったが、色街はもっと外れの方にあるから、多分違う。
「よし、行く――」
言いながら隣に目をやると、そこにはキラキラした仏頂面で一心不乱に干し肉を噛み続けるロゼの姿が。
「……仕方ない」
そのまま動きそうになかったので、ロゼを抱き抱えてシグニール商会を出る。さあ、風呂だ。
◆
シグニール商会から歩く事しばらく。風呂屋《水浴びフェアリー》は、随分と盛況だった。老若男女問わず出入りがあり、そこいらの商店よりよっぽど活気がある。
受付カウンターで利用料金を支払って中に入り、早速ロゼを洗いにかかる。……のだが。
「……ロゼ。頼みがある」
「……………」
「睨まないでくれ。言いたい事はわかるはずだ」
「……………」
「今喰ってるのはそのままでいいから、残りはこっちに渡せ。……そう、良い子だ」
『これは私のです。誰にも渡しません』と語る眼光のロゼを納得させ、今口に入れてない分の干し肉を預かってインベントリへ。
そこから石鹸と小さい方の布を取り出しておく。
「……ロゼ。それ喰っててもいいけど、頭からいくからな」
風呂屋《水浴びフェアリー》は、おおよそ満足の出来る内装だった。
まず、利用者それぞれに、仕切りで仕切っただけではあるが個室が用意され、見られたくないところは隠せるようにドアも付いている。
個室の中には巨大な桶と小さな桶があって、巨大な桶には水がなみなみと入っており、それを小さな桶で汲んで使用するシステムのようだ。
さらに、熱魔法と風魔法が扱える魔導師が常駐しており、髪や身体を乾かしてくれる。
水しか使えない点に目を瞑れば、割と至れり尽くせりな店だ。
「じゃ、かけるぞ」
一応装備を解除してパンツ一枚になってから、小さな桶で水を汲んで、なおも干し肉を喰い続けるロゼの頭からかけてやる。
それを何度か繰り返して髪が水を吸ってしっとりしたら、布を濡らし、石鹸をくるんで泡立ててみる。泡立たないのではと不安になったが、そんな事はなく、オレが慣れ親しんだ石鹸と遜色ない泡立ちをみせた。
「身体から洗うぞ」
既にボロ布服を脱いだロゼの身体を、右腕からしっかりと洗っていく。右腕が終われば左腕、左腕が終われば首、胸、腹、背中、尻、股、脚、足裏。もちろん手足の指の間も忘れない。
「……手慣れふぇいまふね、マふター」
口の中に干し肉を詰め込んだロゼが、もごもごしながら言う。
「まあ、経験が無いわけじゃないからな。と言っても、お前みたいな十七歳くらいの女の子じゃないが」
「……? わらしふぁ、十四すゎいでふよ?」
「……どう見ても十四には見えないんだが」
「……んっ、ふぅ。亜人は基本的に人族より発育が良いですから。まあ、胸やお尻は個人差がありますが」
ようやく干し肉を飲み込んだロゼが、そう教えてくれる。
ちなみに、同じ鱗族の中でも取り分け胸が大きく育つのは蛇女種と呼ばれる種族らしい。尻なら魚女種が一番だそうだ。
「マスターは胸と尻なら、どちらがお好きですか?」
「……その二つだけなのか?」
「とりあえずは」
「……まあ、胸かな。ただ、大きい方が好きってわけじゃないが」
「では小さい方が?」
「そういうわけでも……。性的な意味を除くなら、その女性のスタイルに合った大きさが一番だろ」
「……そういう答え方は逃げなのでは?」
「いいんだよ、逃げでも」
「ちなみに、私はどうですか?」
「……程好い大きさだと思うぞ。身体、流すからな」
再び小さい桶に水を汲んで、ロゼの身体に着いた泡をしっかりと落とす。泡が残ってると肌荒れ……が発生するかはわからないが、原因になるからな。
「次は頭いくぞ」
石鹸を手につけて、ロゼの紅い髪を洗っていく。長いから洗うのが大変そうだな……。
「……マスターは、何故私を奴隷に?」
「さてな。ただ、ロゼみたいな可愛い奴が、あんなクズみたいな男の慰みものになるよりはマシかと思ってな」
「マスターは、私に伽をさせるために契約したのではないと?」
「……そういうのは個人の意志が尊重されるべきだろう。主人だから、奴隷だからって理由でそういう行為を強制しようとは思ってない」
「……………」
「それに、お前まだ十四なんだろ? どうせやるなら、もう少し年を重ねてからだな」
「もう少しと言うと……?」
「せめてあと四年。長くても六年くらいか」
十八か二十になるまでは、さすがにマズイだろう。たとえここが異世界でも、たとえ相手が純然たる人間じゃなくても。
「前髪洗ってくぞ。目に入ると尋常じゃないレベルで痛いから閉じとけよ」
「……はい」
「ん、よろしい」
「……………」
そういえばこの個室、防音の魔法でもかけてあるのか、周りの音が聞こえない。これはこれで落ち着くが、正直、ちょっと寂しいというか、物悲しいというか。大衆浴場っていえば、周りから聞こえる水の音もまた乙なもんだと思うんだ。
「……あの、マスター」
「ん? なんだ、泡が目に入ったか?」
「いえ、それは大丈夫です」
「そうか。そりゃ良かった」
「はい。……いえ、そうではなく」
「なんだ?」
「……私は、人族が嫌いです」
「おう。そりゃ亜人だから、獣人だからってだけで迫害されちゃ、嫌いにもなるだろ」
「ですがマスターは、私の知る人族の中でも飛び抜けて異質です」
「異質?」
「亜人だからと侮蔑の目で見ませんし、殴ったり蹴ったりするわけでも、鎖を引っ張って無理矢理歩かせるわけでもない」
「……ふむ」
「それどころか、こうしてお風呂に入れていただいて。干し肉は……まあ、没収されてしまいましたが、結構な量をくれましたし。新しい服や装備も買ってくれると」
「その代わり、しっかり働いてもらうけどな」
「それでも、破格の待遇です」
「そうなのか。頭流すぞ」
一旦会話を切ってしっかりと水で泡を流していく。身体に付いて残ったりする事もあるから、身体ももう一度。
泡が完全に流れたら、大きい布を一枚インベントリから出して髪の水気を拭き取る。
「それで? 結局何が言いたいんだ?」
「その……マスターなら、他の人族よりは、信用しても大丈夫か、と……」
「……ま、好きにしろ。信用するもしないもお前の自由だ」
髪を吹き終わったら使っていた布をインベントリに戻して、新しい方を出し、今度は身体を拭く。
それも終わったら布をインベントリに仕舞い、ローブを取り出してロゼに着せてやる。
「このローブは、マスターの……」
「しばらく着てろ。せっかく綺麗にしたのに、またボロ布着てたんじゃ意味がないからな」
「わかりました」
「よし。じゃ、行くぞ」
ボロ布服を一旦インベントリに入れて、黒の上下を装備したら、ロゼを抱き抱えて魔導師のところで全身を乾かしてもらう。
乾燥代は一回大銅貨五枚。非常にリーズナブル。
「どうだ、風呂の感想は」
「さっぱりしました。人族の知恵もバカに出来ませんね」
仏頂面だが、どこか満足げな顔のロゼ。
満足したなら良かったが……しかし、やはりお湯じゃないのは惜しいな。出来る事が増えたら、ちょっと挑戦してみるか。




