十二頁目 魔物買い取り
ギルドの隣に建てられている倉庫。
内部に解体作業場を持っており、パッと見ただけでも十人はスタッフがいる。奥の方には魔物の素材と思われる毛皮や牙のようなものが大量に置いてあり、出荷待ちの状態にも見える。
「おう、兄ちゃん。どうした? 買い取りか?」
倉庫内部に少し圧倒されていると、五十代くらいのオッサンが声をかけてきた。
「ああ。先頃、コマンダーウルフが門の中に入ってきた話は知ってるか?」
「おお、あれか。登録したての冒険者が追っ払ったって話のやつな」
「そのコマンダーウルフを買い取って欲しい。生憎と一匹しか仕留められなかったが、十分だろ?」
「……はっはっは! そうか、追っ払ったのは兄ちゃんだったか! 名前はなんてーんだ?」
「ホオズキだ。……それで、買い取りの件だが」
「おう、構わねぇぜ。とりあえずブツを――おお!? こいつは……傷がまったく無えじゃねぇか!?」
警備隊の面々とロゼが運び込んでくれたコマンダーウルフを見て、オッサンが驚きの声をあげる。
なんでも、普通コマンダーウルフみたいな上位種は倒すのに苦労するから、持ち込まれても売れない部分が多くなってしまうらしい。
まったくの無傷のコマンダーウルフが持ち込まれたのは、オッサンがここで働くようになってからは初めてなんだそうだ。
「いやしかし、どうやって仕留めたんだ?」
「……まあ、斬ったりしなくても殺す手段はいくらでもあるって事さ」
「毒か?」
「そんなもの、効くのを待ってる間にオレの方が死んでるよ」
「ふーむ……。何か戻して欲しい素材はあるか?」
「……それなんだが、生憎魔物には詳しくなくてな。喰える肉なら貰いたいが、そうじゃないなら戻して欲しい素材は無いな」
「コマンダーウルフの肉か。ウルフ種は肉食だからなぁ……喰っても美味くはねぇだろうな」
「そうか……」
肉食と思われる魔物は肉食動物と同じと考えても問題ないようだ。連中の肉は基本的にハンティングのための筋肉だから、筋っぽくて喰えないんだよな。
「だったらいいや。全部そっちでもらってくれ」
「あいよ。今からささっと解体して金の計算をしておくが、それでも時間はかかるぜ」
「どのくらいかかる?」
「ま、コマンダーウルフの主要素材は牙と毛皮だ。そうさな……大体三十分もありゃ大丈夫だろ」
「……じゃあ、その頃にまた来る」
「おう、待ってるぜ」
オッサンに手を振って倉庫を後にする。
ソルダが連れてきた警備隊の面々には随分と世話になってしまったなぁ。
「構わないさ。コマンダーウルフなんてものを間近で見れたんだ。まして、それに触ったとなりゃ、しばらく自慢話が出来る」
聞けば、警備隊は街を離れないために、そういった話に飢えているらしい。まるで主婦のおばちゃんだ。
「じゃ、俺たちはこれで。またなんかあれば、遠慮なく詰所に来てくれ」
「ああ。助かったよ」
「警備隊は王都の民の味方だからな!」
『じゃあな!』と手を振って去っていくタスラム達。ああいう親しみやすさは、さすが王都の民の味方というところか、
「……さて、暇になってしまったな。なあロゼ」
「……そう、ですね」
出会って日も浅い……というか、一日も経っていないからか、ロゼは警戒心たっぷりにオレを睨み付けてくる。
この世界の常識で言えば、そんな反抗的な態度をとった時点で仕置きが飛ぶんだろうが、それで従順にさせたところで意味がない。人心の掌握は、鞭だけでは成り立たない。
「まあ、そう睨んでくれるな。とりあえず服でも買いに行くか」
「服、ですか……?」
「おう。オレが良いものを着てるのに、その奴隷がボロ布一枚みたいな格好してたんじゃ、格好つかないだろ?」
「……私は、奴隷ですから」
「奴隷だから綺麗な服を着ちゃいけない、なんて事はないだろ。……あ、でもその前に身体を綺麗にする必要があるか」
紅い髪や金色の眼に目がいきがちになるが、身体のあちこちが汚れていて、そのままではせっかく綺麗な服を着せても意味がない。
日本の友人をして『お前、自分は全身黒一色とかなのに、他人の服装になると急に拘りだすよな』と言わしめたオレのセンス的に、身体が汚れたままは絶対にダメだ。
「ナタ……リアに訊いてみるか」
再びギルドのカウンターに向かう。
「なあ、ナタリア――」
「ナターシャ!」
「……………」
「ナ・タ・ー・シャ!」
「……ナタリア。どこか風呂に入れる場所知らないか?」
「お風呂? 入るの?」
「まあな。出来れば大衆浴場じゃなくて、個室の方がいいんだが……そういうの、あるか?」
「貴族向けにならそういうのもあるんですけど、平民向けになると無いんですよね……」
「……そうか。まあ、風呂じゃなくても身体を綺麗に出来るんならどこでもいいんだ。どこか無いか?」
「あるにはありますけど、普通はみんな家でしますから……結構高いですよ」
「いくらするんだ」
「小銀貨三枚ですね」
安い。いや、オレの金銭感覚がおかしいのかも知れないが、小銀貨三枚で身体を綺麗に出来るなら安いもんだ。
「……石鹸とかあるのか……?」
「石鹸ですか? 石鹸も貴族向けですから、平民向けには無いですね。あっても結構な値段しますし、泡立ちも悪いですし」
「あるにはあるのか」
てっきり無いと思っていた。
しかしそうなると、バスタオルみたいなものもあると考えるのが妥当だろう。垢擦りタオルみたいな風呂用のザラザラしたタオルはないのか?
「ありますよ」
あるそうです。
「ホオズキさんみたいにお風呂用品を色々欲しがる人だと、その場で買うより、商店で買う方がいいかも知れないですね」
「専門店なのか?」
「専門店というほどではないですけど、置いてる量は多いですね」
「……なるほど」
「詳しい話は商人ギルドの方が知ってるんじゃないですか。結構大きな商会の店だったので」
「わかった、行ってみる。ありがとう、ナタリア」
「だから、ナターシャ!」
「はいはい」
商人ギルドは冒険者ギルドの隣の建物だ。二つのギルドが一ヶ所にあるというのは少し違和感があるが、地理に疎い人間には優しい立地だ。
ともあれ、早く風呂用品を買って、ロゼを風呂に入れてやりたい。
「――というわけで、店の案内を頼む」
「何が『というわけ』なのよ。まったく説明がないのに店の案内なんか出来ないわよ」
「……まあ、早い話が風呂に入りたい。で、風呂用品を扱ってる店があるって、隣のナタリアに聞いたもんでな」
「さっきから『ナターシャって呼べ!』って吼えてるのはあの子ね……。ま、いいわ。お風呂用品なら……シグニール商会ね。《仕立て屋ロゼリア》は知ってる?」
「ああ、問題ない」
「その向かいに構えてるわ」
まったく気付かなかった。
まあ、マップを見ていたし、そもそもあの時は服屋しか探してなかったから、だから見てなかったのかも知れない。
「ちなみに、あたしはアイシャね」
「……何故いま自己紹介を?」
「……察しなよ」
およそナタリアと同年代に見える商人ギルド受付嬢のアイシャ。実際のところは知らないが。
とりあえず頬を赤くするのはやめていただきたい。そんな誰にも彼にも手を出す節操なしではないし、そういう噂が流れても困る。『新人冒険者、王都の二つのギルドの受付嬢を籠絡!』みたいな。本当に困る。
「ま、まあ……とにかく情報は助かった。ありがとう」
「……アイシャ」
「え?」
「アイシャって呼んでよ。どうせあの子の事も名前で呼んでんでしょ」
「いや、まあ……」
「なら……ね、いいでしょ?」
「……わかった。ありがとう、アイシャ」
「……ふふ。いいのよ」
受付嬢の眼が妖しい光を帯びている。まるで、そう……まるで獲物を見つけた捕食者の眼だ。
ともかく、情報は手に入ったから、早速シグニール商会に向かうとしよう。
「……マスターは、随分と女性に好かれるのですね」
「言っておくが、別に何もしてないからな」
「知ってます」
ロゼの淡々とした態度が、今はむしろ優しく感じる。ありがとう、ロゼ。




