十一頁目 レベルアップと主従契約
「なんなんですか、あなたは!」
悲痛な叫びが冒険者ギルドの事務所に木霊する。酒場を内包したそこは、冒険者にとってはちょっとした憩いの場だ。
「なんなんですか、と言われても困る。さっき登録手続きをしてくれたじゃないか」
「だ・か・ら・で・す! つい今しがた登録手続きを済ませたばかりのレベル8の冒険者が、どうしてコマンダーウルフを持ち込んでるんですかッ!」
そんな事を言われても困るものは困る。
たまたまコマンダーウルフ襲来の現場に居合わせて、たまたま倒す事が出来て、たまたま持ち込んだだけなんだから。
「そ・れ・が! おかしいって言ってるんですよ!」
受付嬢の言葉に、休憩していた周囲の冒険者や、コマンダーウルフの運搬を手伝ってくれた警備隊の面々が、うんうんと妙に納得した顔で頷いている。
「まあ、とにかく買い取りを頼むよ。あのコマンダーウルフ、気絶させてるだけなんだ」
「あーもう! なんなんですか、本当に!」
「いや、なんなんですかってなぁ……」
「貴方がどれだけ常識の埒外の存在かは知りませんけど! 私は絶対に信じませんからね!」
「や、信じてもらわないと困るんだが……」
「嫌です!」
頑なな態度の受付嬢。一体何が彼女をそうまでさせるのか。
「大体、なんですかその亜人奴隷は」
「コマンダーウルフ襲来の現場にいたんだ。主人と思しき男もいたんだが、どこかに行ってしまったみたいでな」
「……じゃあ、主人の上書きをしなきゃならないですね」
「上書き?」
「奴隷の主人が奴隷に何の命令もせずに消えたという事は、奴隷の所有権を始めとする、その奴隷に対するあらゆる権利を手放したのと同義です。では、その奴隷はどうなるのかという事ですが、基本的には裏市場の奴隷商店に戻る事になります。しかし、貴方のようにそういった奴隷をギルドに持ってくる方もいます」
「ふむふむ……」
「そこで、奴隷を持ってきた当人の意思決定さえあれば、奴隷の主人をその人に上書きする事が出来るわけです」
先ほどまでの剣幕はどこへやら。スパッと仕事モードに切り替えて説明をしてくれる。
「……で、どうするんですか。上書きするんですか、しないんですか。さっさと決めてください」
「……あのさ。なんでそんなに当たりが強いんだ?」
「知りませーん。ほら早くしてください。あとがつかえてるんですから」
後ろに視線をやっても誰も並んではいない。これは受付嬢の厄介払いだ。
「まあ、そのつもりで連れてきたし、手続きを頼む」
「はいはい、わかりました。……契約をここに、主の名はホオズキ」
契約魔法の発現。それは、素人目にもわかった。オレの手首から延びた紅の光が奴隷の女の子の首に巻き付いて、消える。
システム:職業『魔導師』カテゴリの『契約』スキルを解放
「はいっ、主従契約完了でーす。お疲れ様でしたー」
「ついでに回復魔法もかけてやってくれ。足を痛めてるらしいんだ」
「……亜人奴隷ですよ?」
「使い物にならないんじゃ意味がないだろ。オレがこいつを抱えて来たところから察してくれ」
「……なるほど。癒しをここに」
今度は回復魔法の発現。淡い緑色の光が女の子を包み込んで消える。……なんだか味気ない。
システム:職業『魔導師』カテゴリの『回復魔法』スキルを解放
「あ、そうだ。あのコマンダーウルフ、殺しておいてくださいね」
「……何故?」
「レベルを上げないなら別に構わないですけど、殺しておいて損はありませんよ?」
「殺さないとレベル上がらないのか。……それは困るな」
RPGなんて、結局はレベルを上げて物理で殴るのが正解なんだ。レベルは高いに越した事はない。
とりあえず抱えていた女の子を下ろして、コマンダーウルフに近付きつつザナドゥを装備し首元に一閃すると、鮮やかな赤の切り口を見せて、コマンダーウルフの首がごろりと転がった。
「これでいいか?」
ザナドゥを振って刃に付いた血を払いつつ納刀し、受付嬢に訊くと、返事の代わりに無言のサムズアップ。
システム:『潜影』スキルを解放
システム:『広域探査』スキルを解放
システム:『敵意感知』スキルを解放
システム:『舞踏』スキルを解放
システム:『舞踊』スキルを解放
システム:『歌唱』スキルを解放
システム:『家事』スキルを解放
システム:固有スキル『明鏡止水』を解放
システム:固有スキル『鬼神ノ力』を解放
システム:固有スキル『鬼ノ力・真』に昇華
そして流れるシステムメッセージログ。レベルアップによるものなんだろうが……少し多くないか?
「……あ、ホオズキさん。登録ステータスの更新するんで、こっち来て下さい」
再び投げやりな態度になる受付嬢。何か嫌われるような事でもしただろうか。
「早くしてくださいね、後がつかえているので」
相変わらず並んでいる冒険者はいない。
とりあえず自分でもステータスを確認してみる事にする。
【名前】 ホオズキ
【職業】 旅人
【年齢】 21
【レベル】55
【HP】 2683/2683
【MP】 2496/2496
【STR】 2833
【DEF】 2574
【INT】 2286
【MR】 2361
【DEX】 2415
【AGI】 2387
【所有スキル】 鑑定&分析、無限倉庫、聞き耳、投擲、跳躍、疾走、潜影、広域探査、敵意感知、舞踊、舞踏、歌唱、家事、契約魔法、回復魔法
【固有スキル】 鬼ノ力・真、鬼神ノ力、明鏡止水
これが、インフレか。スキルポイントも800ほど溜まっている。
今しがた解放されたスキルに割り振り。なお余りあるポイントで上限まで割り振り。まだ有り余るポイントは……保留だ。
「はーい、ステータス確認しま――」
まずい。例の魔導具でステータスを確認した受付嬢が石像よろしく固まっている。
「――ホオズキさん」
「……な、なんでしょうか、受付嬢さん」
受付嬢から放たれる異様な雰囲気に、つい敬語が出てくる。
「貴方、ふざけてるんですか? あと、私は受付嬢ではありません。ナタリアです。気軽にナターシャと呼んでください」
「わ、わかりました」
急に愛称呼びをしろと言われた。何故だ。
それと、オレは別にふざけているつもりはない。至って真面目な好青年だと実家の近所でも評判だったんだ。ふざけてなどいない、断じて。
「いいですか、ホオズキさん。貴方のような方は、行く先々で何かしらの偉業を達成するような人です。受付嬢をやって長い私の本能が、そう告げています」
「は、はあ……」
「ついでに、そんな貴方に惹かれる人が、男女問わず大量に現れる事でしょう」
「……あの、実は職業は受付嬢ではなくて占術師だったりしませんか?」
この受付嬢、受付嬢というには些か常軌を逸している気がする。
「そういう未来が見える気がするので、言わせてください」
「……どうぞ」
「第一印象から決めてました、結婚してください!」
「ごめんなさい」
ノータイムで返答しておく。
こういう手合はハッキリさせておかないと禍根を残すし、そもそも今は誰かとの結婚なんて考えていられない。未だ見ぬ異世界のあれやこれやが待っているのだから。
「ぐっ……かふっ……! で、では、せめてお友達から……」
「……まあ、それなら」
「本当ですね!? 言質取りましたからね! あとで『え? そんな事言った?』とか言うの、ナシですからね!?」
「言わないですよ……」
どうにもこの受付嬢、オレとの相性がよくない。せっかくの異世界だからと気取った態度を取り続けて、話し方もそれっぽくしてきたのに、どんどん素の自分が表に出て来ている。
「とりあえずそっちの奴隷の子も冒険者登録しておきますか?」
「元に戻った……。というか、そんなこと出来るのか?」
「問題ないですよ。ギルドに登録してある奴隷って、実は結構いるんですよ」
「……じゃあ、いいか。頼むよ」
「はい。それじゃあ早速」
受付嬢が魔導具で女の子のステータスを確認するのと同時に、こちらも鑑定&分析で女の子のステータスを見てみる。
【名前】
【職業】 奴隷
【年齢】 14
【レベル】12
【HP】 384/384
【MP】 239/239
【STR】 285
【DEF】 273
【INT】 208
【MR】 202
【DEX】 231
【AGI】 232
【所有スキル】 敵意感知、威圧、大剣マスタリー
【固有スキル】 尾擊、竜人種の鱗、竜ノ咆吼
この亜人の子は竜人種という種族なのか。確か、鱗族という種族の中でも高潔で、決して人間には屈しない種族だったはずだ。
「うーん……名前がありませんね……」
「ないと困るのか?」
「もちろんです。誰の登録情報なのかわからないと色々面倒ですから」
「……お前、名前は?」
「ありません。私はこの身が奴隷に落ちた時、名を捨てました」
「それじゃ呼ぶ時に困るだろ」
「いいえ。私は大抵『鱗族』と呼ばれたので、あってもなくても変わりません」
「だが、今困った」
「……私は、困っていません」
相変わらず淡々とした態度を崩さない女の子。あるいは、竜人種はみんなこうなのかも知れない。
「ホオズキさん。ホオズキさんはこの奴隷の主人なので、呼んだ名前がそのまま名前になりますよ」
「……そうなの?」
「はい、そうです」
「……名前か」
改めて女の子を見る。
顔の輪郭や腕や脚に見える鱗に、紅い髪と金色の双眸、縦に割れた瞳。竜人種の特徴の一つなのか、長い尻尾が生えている。
紅い髪……紅……ローズ……ロゼ……。
「――決めた。お前は今から『ロゼ』だ。呼んだらしっかり返事してくれよ、ロゼ」
「……………」
余計な事をしてくれたな人間、とでも言いたげな恨みがましい視線が向けられる。
「返事は?」
「……はい、マスター」
「――はい、登録完了です。早めにコマンダーウルフの買い取り手続きを済ませてくださいね」
「ここじゃダメなのか?」
「魔物の買い取り手続きは、この建物の右隣にある倉庫でやってるんです。コマンダーウルフ一匹なら解体作業もすぐに終わると思うので、戻して欲しい素材は言っておくといいですよ」
「なるほどなぁ……。早速行くか。ありがとう、ナタリア」
「ナターシャ!」
『ナターシャって呼べぇ!』とうるさい受付嬢を尻目に、警備隊の面々とコマンダーウルフを隣の倉庫へ。もちろんロゼにも手伝いを頼んでおく。




