百九頁目 旅の準備、その一端
「う……嘘なんか、吐いてない、ですよ……」
「いいや、お前は嘘を吐いている。誰に頼まれた? 身内か、故も知らない他人か」
「だからっ、頼まれてないって!」
アラートは鳴り止まない。
間違いなく、この少年は嘘を吐いている。
……だが、どうしたものか。
いっそ契約魔法で縛って、洗いざらい吐かせてしまおうか。
命を楯に取れば、あるいは素直に全てを話してくれるかも知れない。
しかし、そうではなかったら?
例えば彼らに依頼をしたのが彼らにとって大恩ある人間だったとして、己の命とその人間ならば、果たして素直に口を割るだろうか。
答えは……まあ、否だろう。
彼らはオレがどんな性格なのかも知らないうちから監視を始めているはずで、だとすれば、もし仮にオレが残忍な性格をしていたなら、一人残らず殺していたはずだ。
……ならば、取る方法は一つか。
「……わかった。まあ、お前達に監視されたところで探られて痛い腹があるわけじゃなし。とりあえず見逃してやるから、行け」
「えっ……?」
「自発的にせよ、誰かに頼まれたにせよ、オレには何ら関係のない話だからな。そら、さっさと何処へなりと消えろ」
「い、いいんですか……?」
「別にいいよ。監視してたって、何が出来るとも思えないしな。……まあ、お前が消えないならオレが行くわ。じゃあな、少年」
身を翻して今来た道を戻り、しばらく行ったところで合図を出す。
「侍女衆が一、菖蒲。罷り越しましてございます」
「さっきの少年とその仲間、可能であれば依頼元も洗え。一人あたり侍女衆を一人付ける計算で良い」
「畏まりました。早速取りかかります」
「よろしく頼む」
相変わらず音も気配もなく現れた鬼人族侍女衆は、恭しく頭を下げると、現れた時と同じように音も気配もなくその場から消えた。
彼女達がやってきてから随分経つが、未だにカラクリがわからない。
一体どうやればあんな芸当が可能なのやら。
「さて……そろそろ、また旅に出る準備をしないとな……」
監視の彼らの事は、取るに足らない事なら放っておいて、そうでなければ早期解決に動けば問題ないだろう。
いずれにせよ、旅を中断しているこの時間があまり長引くのは本意じゃない。
「発つ鳥跡を濁さず……ってな」
思い返せば、ローザロッサは随分と出会いに溢れた街だったと思う。
シグナート伯爵、十傑衆、ヒルダ、マリス、鬼人族、フランチェスカ、アッシュハート商会の従業員たち。
まあ、オレはこの世界の住人ではないから、出会いしかないだろと言えばその通りではあるが。
ともあれ、そんな面々ともしばらくおさらばだ。
出た瞬間に忘れ物を思い出してとんぼ返り、なんてならないように、旅の準備はしっかりとしておかないとな。
◆
「……いてくれたか」
旅の準備を進めるにあたって、色々と世話になったこのローザロッサに何か還元出来ないかと考えて、オレはダンジョンの最下層にやってきていた。
眼前には漆黒の体躯の巨大な竜が鎮座している。
自称魔王の言っていた『闇色のドラゴン』に相違ないようだ。
『――人の子か。我が領域に如何なる用向きで訪れた』
威厳に満ちた低い男の声が、若干のエコーを伴って頭の中に響いた。
言葉からして、このドラゴンの声だろうな。
「オレは鬼灯刹華。お前を殺しに来た」
『フハハハハ……! 我を殺しに来ただと? 脆弱なる人の子が、よくも吠えたものだ。その胆力には敬意を表してやろう』
「そいつはどうも」
『しかし、我をダークネスドラゴンと知ってなお言っているのだとすれば、愚かであると言わざるを得ないな』
ああ、こいつダークネスドラゴンって言うのか。
初めて知ったわ。
「まあ、御託はいいんだ。能書き垂れてないで、さっさと殺されてくれ、空飛ぶトカゲ」
『フハハハ! 言うに事欠いて、我をトカゲと揶揄するか! 良かろう。我が力の限りで、貴様を葬ってくれよう……!』
そう言ったダークネスドラゴンの行動は速かった。
百層のボス部屋。
それを四割は占拠しているだろう巨体を軽々と動かし、尻尾による鞭打や爪、牙での攻撃を次々と繰り出してくる。
幸いにして避けられない速度ではないが、いつ攻撃の先端がローブを掠め、肌を擦り、肉を断ち、そして骨を砕くか。
とてもじゃないが、長期戦に持ち込むほどの心の余裕は無い。
「クソッ……面倒な……!」
『どうした、人の子。避けてばかりでは我は殺せぬぞ』
「今のうちに吠えていろ、クソトカゲ!」
と、息巻いてみたものの、流石に少し分が悪い。
というのも、攻撃の手段が限られているのだ。
ダークネスドラゴンの外皮や鱗は見るからに堅牢で、王都で買った武器ではきっと歯が立たないだろう。
魔法も、生半可な魔法では効かないはずだ。
ダンジョンのラスボスとは、往々にしてそういうものだからな。
そうなると消去法で、『ムスペルヘイム』並の魔法を連発するか、《鬼灯》を抜くかしかなくなってしまう。
とはいえ、このドラゴンの素材は前のと合わせて売り飛ばすつもりだから、それを考えると魔法で素材になる予定の身体をイタズラに傷付けるのは避けたい。
となれば、最早取れる手は一つだけ。
《鬼灯》でダークネスドラゴンの首と身体を分断するしかない。
だが、出来ればそういう『チート』には頼らずに斃したい。
「……どうしたもんかな」
今日はオレ一人で来ているから、自重というものはおよそしなくていい。
ただ……せっかくのラスボス戦なのだから、ひりつくようなスリルの中で、達成感のある勝利を手にしたい。
わかっている。
オレのしたい事は、我が儘だし、贅沢だ。
無傷で、苦労する事なく事を済ませられるなら、きっとそれに越した事はない。
「…………はぁ」
ダークネスドラゴンの攻撃を避けながら、溜め息を吐く。
どう考えても、目的を達しようとすれば《鬼灯》を使わざるを得ないのだ。
……まあ、目的を達成出来るなら、オレの願望なんかは二の次だろう。
そもそも、ローザロッサに世話になった礼をするためのダークネスドラゴンを討伐しに単独で来たんだ。
欲を言えば、というのはもちろんあるが、この際、それに拘っていても仕方がない。
ラノベのチート系主人公じゃないんだから、何でもかんでもチートで解決なんてチープな事はしたくなかったが……まあ、今さらか。
「トカゲ! 悪いが、お前と遊ぶのもここまでだ!」
『遊ぶ……? フン、人の子が何を言うかと思えば。我は最強のダークネスドラゴンなれば、我こそが貴様と――』
ダークネスドラゴンの声は、そこから聞こえなくなった。
一刀必殺が実際に出来てしまうのだから、この《鬼灯》は怖い。
「まあ、どうせリスポーンするだろうし、感慨なんか無いけどな。RPGの敵モブにいちいち同情するか? って話だよ」
抜き放った《鬼灯》を鞘に戻しながら、ダークネスドラゴンをインベントリに回収する。
「……魔王から掠め取った時と、気分は変わらないな」
そんな事を吐き捨てて、ボス部屋を後にする。
さーて、ギルドとエルティセル商会に持ち込んで、捌いてもらおうかな。




