百八頁目 ストーカーって怖いね
屋敷で労働条件に関する話をしてから、早くも一ヶ月が経過した。
当初の旅程としては、早めに商会を任せてしまって港町ナルビクの海産物を楽しむ予定だったのだが、始動から一ヶ月は試験経営期間だ、というフランチェスカの言で今もなおローザロッサに滞在している。
そして、その商会はどうなったのかと言えば。
あれから、シャンプーセットだけでなく回復薬の類も売りに出した。
すると、これが冒険者や傭兵を中心に爆発的に売れて、今度は錬成術に覚えのある奴隷や人材を雇い入れる事に。
ただ、オレの作っているポーションは、レベルの高さを利用して無理矢理に効果の高いのを作り出しているので、オレが抜けると普通のポーションと変わらないものしか売れない。
そこで、せっかくダンジョン都市にいるのだからと従業員のパワーレベリングを敢行。
レベルが軒並み百を超えたところで、ようやくオレが作るものと同じポーションを従業員も作れるようになった。
ご都合主義な展開っぽいが、やれたものは仕方がない。今後雇うだろう従業員にもレベリングは徹底させよう。
それはさておき――。
「……またか……」
ここ一ヶ月、誰かの気配をずっと感じている。
敵意があるわけでも害意があるわけでもなく、単純にこちらを監視している気配だ。
感覚としては、一ヶ月にエルティセル商会で感じたあの気配と良く似ている。
時間的には、まあ、四六時中だ。
たまに気配が切れる時があるが、すぐに気配が元通りになるから……多分、交代制で見張ってるんだろうな。
人間でも人間じゃなくても、メシは喰うだろうしトイレにだって行きたくなるだろうしな。
とは言っても、そんなプライバシーの欠片もない事をされて黙っていられるほど、オレはお人好しではない! ……つもりだ。
「……まあ、一ヶ月は我慢してやったし、ここらが潮時だろ」
とりあえず視線を切るために、ダッシュで通りを行き、適当な路地に入り込む。
最初のうちは撒かない程度に抑えて、路地の角をいくらか曲がったところでスピードを上げて、次の角を曲がると同時にジャンプで飛び上がって建物の屋根に。
念のために隠密系のスキルを全開にして、万が一にも認識されないようにしておく。
『――あれっ!?』
下から聞こえてきたのは、若い男の声だった。
確認のために下を覗いてみると、十七か十八くらいの年頃の黒髪の男が、きょろきょろと路地を見回していた。
今のところ気配は感じていないから、あの男とその仲間が犯人と見て問題ないだろう。
「……っと、逃がさないようにしなきゃな」
理由はどうあれ、他人のプライベートを監視するような連中だ。最悪殺す事になっても問題はなかろうよ。
そう考えてから、下にいる男目掛けて落ち、男の背中に着地する。
「ぐぇっ……!?」
「よう、少年。他人のケツ追いかけるのは楽しかったか?」
「あ、あんたは――!?」
「おいおい。『お前は誰だ』みたいな反応してくれるなよ。一ヶ月も前から入れ替わり立ち替わりでオレを見てたの、知ってるんだぞ」
異世界に来てまで、ストーカーに粘着されてる人の気分を味わうとは思わなかったわ。
正直、日本にいた頃は『ストーカー? そんなのどうとでもなるだろ』なんて考えていたんだが、いやはや……これは確かに恐ろしいわ。
どんなタイミングで何をされるのか、あるいはされてるのかがわからないから本当に怖い。
日本に帰ったら他人には優しくしようと思ったね、オレは。
「それで? お前達は一体、何の目的でオレを監視してたんだ?」
「おっ、おれ達、あんたのファンなんだ! だから――」
「だから複数人でこそこそつけ回して、朝昼夜と関係なしに監視してましたってか? それはちょっと通らないな。それは個人の生活を侵害していい理由にはならない」
「お……おれは……」
「……さて、と。ただでさえ貴族のオレの生活を侵害したんだ。大事にするより、オレが一人ずつ殺して回った方が早いな」
第一、こういう時の警察系組織は動きが遅くて信用出来ない。
まあ、手続きに次ぐ手続きが必要な、地球の警察組織がボンクラなだけかも知れないが。
何か起きてからじゃ遅いってのに、何か起きないと動けないなんて怠慢もいいとこだ。
「それじゃあ少年。悪いが君の人生はこれで終わりだ。何を目的としていたのか、自発的なのか依頼されての事なのか、その辺りはわからないが、恨むならその人生を恨む事だ」
「ま、待って、待ってくれ!」
「……待ってくれ?」
「違っ、違う! 待って……待ってください!」
「……待ってやろう。それで、オレを待たせてどうしたいんだ?」
「話を、話をさせてください! 別にそんな、生活を侵害するつもりはなかったんだ!」
「ふむ……。まあ、良いだろう。いずれにせよ、簡単に片付く話だろうしな」
ともあれ、話してくれるのなら是非もない。
いつまでも上に乗ってても彼も苦しいだろうし、退いてやろう。
「で?」
「おれは……おれ達はあんたに憧れてるんだ」
「なるほど。それで?」
「オルトーラでの武勇伝も、一ヶ月半前のダンジョン踏破も凄かった! だから、おれ達もあんたみたいな強い人になりたくて――」
「日常に密着すれば強さの要因がわかるかも知れないと思った……そういう事か?」
オレの問いに少年はこくりと頷いた。
「なるほどな。だが、それだと時期がおかしいな。オレの屋敷の場所も、オレの顔も、ユキヤ達の姿でさえ隠されていない。なのに、ダンジョンから帰って二週間が経ってから監視が始まった。それは何故だ?」
「それ、は……」
「……まあいい、質問を変えよう。監視を始めたのは、自発的に? それとも誰かに頼まれたからか?」
「……自分達で考えて、やったんだ」
少年の言葉に、頭の中でアラートが鳴り響く。
そう、『真偽看破』スキルだ。
本当の事なら無反応なこのスキルが指し示す意味。
――つまり。
「お前は嘘を吐いている」
呆れながら少年を見るオレの目に、少年の顔が焦りと混乱の色に染まるのが見えた。




