百十頁目 ローザロッサを発つ前に
ダークネスドラゴンを改めて相手した日の夜。
夕飯にとみんなが集まる食卓で、これからの予定を話しておくべきかと口を開く。
「ユキヤ、ロゼ、ライカ、アナ、ルキナ……そして、ミラ。近くローザロッサを発つ。いつ出ても良いように、旅の準備を進めておいてくれ」
「御意に」
「わかりました」
「わかったぞ!」
「……ええ」
「いよいよ、ですか……」
「寂しくなりますね」
オレの言葉に、それぞれしっかりと答えてくれる。
二ヶ月もいればそれなりに愛着が湧いて、もう少しいたい、とか言ってくるかと思ったが、どうやら違ったらしい。
いや、愛着はあるんだろうが、オレとの旅を優先してくれているのかな。
「ねぇ、それならあたしはどうなるのさ?」
そう口を挟んだのは、ミラの合流からすぐにこの屋敷に住まう事になったヒルダである。
どうせ囲っているんだから一緒に暮らさないかと訊いたら、二つ返事でOKをくれ、それまで住んでいたところをすぐに引き払ってやって来たのだ。
「心配しなくても、商会の様子を見に定期的に戻るつもりだよ」
「じゃ、あたしを抱くのはついでってわけかい? 失礼しちゃうね」
「ついでってわけじゃないが、ヒルダは連れては行けないからな。……悪いな」
「謝らないでよ、セツカ。あたしは今でも結構幸せなのさ。あんたほどの男に抱かれるなんて、並の女には味わえない幸福だろうしね」
「おだてても何も出ないぞ」
「十分、色々貰ってるよ」
ヒルダは頬を朱に染めながらそう言うが、オレとしてはあまり色々くれてやった感覚はない。
囲っておいて、その囲った女を放って旅に出るっていうんだから、正直褒められたもんじゃない。むしろ罪悪感すらある。
だというのに、特に咎める言葉を吐くでも、責めるような口調になるでもなく、オレの決定を後押ししてくれている。
俗に『良い女』と呼ばれる女性というのは、きっとヒルダのような女性の事を言うのではなかろうか。
まあ、そんな『良い女』を置いてけぼりにして他の女と旅に出ようとしているオレは、かなり悪い男だろうが。
「それに、セツカは貴族様だろう? それなら、娼婦の一人や二人囲ってて当たり前だよ。貴族に愛人は付き物だしね」
「いや、流石にそこまで爛れるつもりはないんだがな……」
とはいえ、ヒルダの言う通りでもある。
これはミラにも聞いてみた事だが、このロガ王国の貴族に限らず、どの貴族も大抵何人も妻がいて、地方に愛人を作るのは割と普通の事らしい。
それも、爵位が上であればあるほど、その傾向は強いのだとか。
多分、爵位が上だと自分が好きに出来る金が増えるから、そのせいもあるんだろうな。
日本で言えば、会社の社長やら部長やらが、妻がいるにも関わらずキャバクラや風俗を利用するようなものだ。
どこの世界に行っても、金と地位のある男のやる事は変わらないらしい。
「ところで、刹華様。菖蒲達から報告が上がってきております」
「仕事が早いな。助かるよ。それで?」
「件の監視員達はここローザロッサで生まれ育った、幼馴染同士の冒険者パーティのようです。そのうちの一人。その親はとある商会を経営しているようで」
「大体予想通りだな。出る杭は打たれるって言うか……まあ、通過儀礼かな。それで?」
「はい。商会はセハンド商会。主に石鹸等の風呂用品を取り扱う商会のようです。規模はそれほどでもありませんが、色々と黒い噂もあります」
「まあ、裏の顔くらいは持ってるよな……」
流れとしてはこうだろう。
新興のアッシュハート商会……つまり、オレの商会が新しく風呂用品を開発、発売した。
セハンド商会は最初こそ『売れまい』と高を括っていたが、どういうわけかアッシュハート商会が売り出しているソレは爆発的に売れているらしい。
これはセハンド商会としては納得がいかない。
それはそうだろう。
新たに出来た商会が、自分のところより品質が良く、何より人気な商品を作って売ってたら、そりゃあ気に入らない。
なまじ取り扱ってるもののカテゴリが同じなだけに、腸が煮えくり返るような思いをしたはずだ。
そこで、セハンド商会は自分の子が冒険者であるのを利用して、件のアッシュハート商会を見張らせる事にした。
目的は、アッシュハート商会が取り扱ってるシャンプーセットとやらの製造場所を割り出す事。
商会で雇ってるはずの実働部隊を使わなかったのは、単に商品や製造場所の破壊みたいな妨害がメインで、隠密系の人間がいなかったからだろう。
幸いにして、アッシュハート商会の責任者であるオレの面は割れている。
伯爵位ではあるが、目立った家臣がいるわけでも、ましてロガ王国に深く食い込んでる貴族というわけでもない。
新興の貴族。それも伯爵位になりたてだから、潰すのも容易だと考えた。
ところが、待てど暮らせど一向に製造場所が見つからない。
子供の冒険者パーティを使って、交代させながら四六時中監視させているはずなのに、セツカという男が商品の製造場所に行く様子がまったくない。
一体全体、これはどうした事なのか。
……と、大体はこんな感じだろうか。
シャンプーセットを実働販売しているエルティセル商会に手を出してないのは、単純に相手が大手の商会だからだろう。
強者には尻尾を振り、弱者には徹底的に潰しにかかる、典型的な小者という事だ。
まあ、新興の商会なら『商売に失敗したらしい』とかなんとか、適当な理由をでっち上げて吹聴する事も出来るから、というのもあるだろう。
なんというか……まあ、こういうのはどの世界でも変わらないもんなんだな……。
「紅葉。お前達侍女衆は置いていく事になるが、屋敷の事は任せてもいいな?」
「お任せください、刹華様。……とはいえ、この屋敷も今となっては警護要らず。となれば、私どもの仕事は商会の皆様、並びにエルティセル商会周辺の警護でしょう」
「……そうだな」
先日の屋敷大改装の時に、調子に乗って結界だのなんだのと設置しまくったからなぁ……。
正面から入ってくる奴以外は、まず排除される作りになっている。
ぶっちゃけやり過ぎたと思わないでもなかったが、用心するに越した事はないと結論付けてそのままだ。
ともあれ、実際にそれらが仕事をする日は来ないだろうな。
「それから、刹華様。予めこちらをお渡ししておきます」
「……ベル?」
紅葉が懐から取り出したのは、手のひらサイズのシルバーのベルだった。
はて。これをオレに渡してどうしようって言うんだ……?
「旅先で鬼人族の助力が欲しい場合は、どうぞこのベルを鳴らしてくださいませ」
「……鳴らすと、どうなる?」
「最寄りの鬼人族を召喚いたします。とは言え、強制的に呼び出すのではなく、音を聞き付けた鬼人族が向こうからやって来る形になりますが」
「ありがたい、が……それは大丈夫なのか?」
「もちろんです。我らの歓びは刹華様への誠心誠意のご奉仕ですので」
「……まあ、そういう事なら貰っておこう」
まあ、日常面はミラがいるし、隠密はユキヤにも出来るから、あまり使う事もないだろうが。
そう思いながら紅葉からベルを受け取り、早速インベントリに仕舞っておく。
「さて。メシの前に長々と悪かったな。オレからはそんなところだ。……じゃ、食べよう」




