百五頁目 効果は予想以上
翌日。
朝食を摂ってから少し食休みをした後、フランチェスカを連れてエルティセル商会に向かう。
昨日と大体同じ時間だから、トリィはもちろん、あの三人にもきっと会えるはずだ。
「あっ、セツカさん!」
「よう、トリィ。……なんか、嬉しそうだな?」
エルティセル商会に着くなり、こちらに気付いて駆け寄ってきたトーリットは、どこか妙に輝いた表情をしていた。
心なしか、髪も肌の艶も良いように思える。
「そりゃ嬉しいですよ! だって、ほら、あの、昨日のあれ、えっと……」
「シャンプーとコンディショナー?」
「そう、シャンプーとコンディショナー! 使ったんですよ、早速!」
「そうか。それで、どうだった?」
「もう最っ――」
そこで言葉を切って、たっぷりと時間を使って深呼吸を何回かしてから再び口を開き
「――高でした!」
「溜めたなぁ……」
「もう、今まで使ってた石鹸はなんだったんだって話ですよ! お母さんにも使ってみて貰ったんですけど、大絶賛でした!」
「そりゃ良かった。で、置かせてくれるのか?」
「もちろんですよ! 値段はいくらにしますか?」
ああ、そうか。値段の事をすっかり忘れてたな。決めなきゃならなかったのに。
とはいえ、オレは別に市場価格には詳しくないし、王都で買った風呂セットを基準に考えて今の貨幣価値に換算すると、銀貨五十枚前後になる。
だが、それではダメだ。
それでは、庶民の手に渡らない。
そうすると……さて、いくらで売るのが適当なのだろうか?
「……なあ、トリィ。ごく普通の、平民の一般家庭の収入から考えると、平民に広く買い求めてもらうならどれくらいが適当だ?」
「うーん……そうですねぇ……。以前と違って、屋台で支払う銅貨二枚が二十枚の今ですから、それを考えると、銀貨十枚前後……くらいですか」
「銀貨十枚か……」
「はい。もう少し安く、銅貨八十枚とかでも良いかも知れませんが、それだと純利が生まれないかも知れないです」
「なるほどな……。ちなみに、価格の上限はどれくらいになる?」
「そうですね……家計を圧迫せず、なおかつ定期的な購入を促すとなると、上限は銀貨三十枚くらいですね」
マリスの意見と大体合致する、か。
トリィからしたら純利を生んでなんぼの商売だろうが、オレは冒険者で貴族だ。
金を稼ぐだけなら、ちょっと外に出て魔物を狩って帰ればそれが収入になる。だから、黒字は最低限で、赤字にならなきゃそれで良い。
「……そうなると、銀貨十五枚ってところだな」
「銀貨十五枚ですか。純利は考えてます?」
「あんまり。商売が主軸じゃないしな」
「むむ……冒険者さんは良いですよね、収入源がそこらに転がってるんですもん」
「まあな。とりあえず百セット置いてくよ」
「……百、ですか? たったの?」
インベントリから、シャンプーとコンディショナーを一本ずつでセットにしたものを取り出そうとすると、トリィがそんな声をあげる。
百セットって結構なもんだと思うんだが。
「……足りないのか?」
「足りませんよ! もう三百は置いてってください!」
「いや……まあ、いいけど……」
トリィが言うからには、四百セット捌ける自信があるんだろう。
まあ、初動はあんまり期待してないし、売れたら嬉しい程度に考えておけばいいか。
そう考えて、百セットに三百セットを追加して、インベントリから一気に取り出す。
『ここに置いておけば私が売ります』と心強い言葉もトリィから貰えたし、あとは本職の人間に任せてしまおう。
「そういえば、利益分配はどうしますか?」
「んー……まあ、五割でいいんじゃないか? お互い金に困ってるわけでもないだろ」
「まあ、私達はありがたいですけど……いいんですか?」
「いいよ、別に。……ああ、それから。販売員って事で、フランを置いていくから。使ってやってくれ」
トリィはこれにも『いいんですか?』と訊いてきたが、フランチェスカ本人が望んだ事だと説明すると快く引き受けてくれた。
「じゃあ、フラン。久しぶりの現場だろうが、あんまり気負わずにな」
「はい! 四百セット、売り捌いてみせます!」
グッと両手で拳を作って鼻息荒く言うフランチェスカに苦笑で返す。
「まあ、宣伝だけはしっかりやってあるから、程ほどにな」
『お兄さーん!』
どうやら、早速宣伝した相手が来てくれたらしい。
声の聞こえた方に振り向くと。アイナ、リーナ、レイナの三人がこちらにやって来ていた。
三人とも笑顔なところを見るに、どうやらシャンプーとコンディショナーは気に入ってもらえたみたいだ。
「よう、三人とも。早速使ってみてくれたか?」
「はい! 使いました!」
「あれ凄いよ! 早速近所のみんなに自慢しちゃった!」
「……でも、どこで買えるの?」
「あー、買う場所までは話してなかったか。とりあえずは、このエルティセル商会で買えるよ」
「良かった。おいくら?」
「とりあえず銀貨十五枚ってところ」
「「「安い!」」」
三人の声がハーモニーを奏でる。
銀貨十五枚って、決して安くはないと思うんだが……オレの感覚がおかしいのかな?
銀貨一枚と銅貨五枚だと考えると、確かに安いのかも知れないけど。
「銀貨十五枚は、安い……のか?」
「安いですよ!」
「そうだよ! その値段なら一月に一回買っても大丈夫だし!」
「お兄さん、意外と貧乏性?」
オレ、貧乏性だったのか……。
ともあれ、一月に一回は流石に購入頻度が高過ぎるとは言え、家計は圧迫してないみたいで良かった。
平民向けに作って売ってるって言ってんのに、平民の家計を圧迫してます、なんて笑い話にもならない。
「まあ、そういう事ならこっちも安心して売れるよ。……と、これはお礼な」
ローブの袖から巾着を三つ取り出して、三人にそれぞれを渡す。
中身は銀貨。五十枚入れてある。
「お礼……こんなに!? 貰えないですよ!」
アイナが巾着の口を開いて中身を確認するなり、叫ぶように言う。
リーナとレイナも早速中身を確認すると、驚きに目を見開いている。
「宣伝するのに手伝ってくれたから、そのお礼って事で、どうか受け取って欲しい」
「でも、こんな――」
「まーまーまー! お兄さんの心意気ってヤツなんだから、素直に受け取ろうよ、アイナ!」
渋るアイナを見て、リーナが空気を読んでこちらの味方をしてくれる。ありがたい。
アイナも良い子だが、リーナもリーナでよく空気の読める良い子だな。きっと良い奥さんになるだろう。
「アイナ、これを受け取らないのは逆に失礼。受け取っておくべき」
おや……レイナはビジネス視点の強い子なのかな? 商人の嫁とかになったら光りそうだな。
「……じゃあ、受け取ります」
「ああ、是非そうしてくれ。使い道は……まあ、家に入れるでもいいし、美味しいものを食べに行くとか……ああ、髪飾りを買ってもいいかもな」
「お兄さん、流石にわざとらしいよー」
「ははは。まあ、好きにしたらいいさ。それはもう、君達のものだ」
そう言ってから、ふと、こちらにやって来る女性の大群に目を奪われる。
十人や二十人ではきかない。少なくとも三十人以上はいるだろうか。その大群が、真っ直ぐこっちにやって来る。
そして、幼馴染三人組の前でピタリと止まった。
「アイナ。あんたが自慢してたヤツって、ここで売ってるの?」
大群の先頭にいる勝ち気そうな女性がアイナに話し掛ける。
知り合い……にしては、ちょっと距離感が近い気がする。家族か?
「あっ、姉さん。うん、ここだよ。今日からエルティセル商会さんで取り扱うんだって」
「そう。良かった。みんな、ここみたいよ!」
アイナに『姉さん』と呼ばれた女性が大群に向けて声をかけるや否や、トリィとフランチェスカの方に大群がどっと押し寄せた。
この分なら、販売に関する懸念は全部解消したと見ていいかな。……と口の中で呟いてから、女性の波に押し潰されないようにアイナ達を連れて避難する。
あとは量産体制を整えるだけか。
まだしばらくはローザロッサにいるし、急がなくても大丈夫そうではあるが、早いに越した事はない。
……まあ、あの子達の勉強の進捗具合にもよるが……どうにかなるだろう。




