百四頁目 ユキヤの想い
異世界の長命者から聞いた事実に頭痛を覚えながら潜ったゲートの先には、マリスと昨日買った奴隷達がいた。
どうやら読み書き算術の授業中らしい。
読み書きだけとか、算術だけって奴が多かったし、これはなかなか助かるな。
「セツカさん、帰ったんですね」
「ああ。……いや、そのままでいい。今している事は、お前達に必要な事だ。しっかり勉強してろ」
マリスの声にようやくオレの存在に気付いた奴隷達がこちらを振り向こうとするが、先制して制しておく。
「……あら? フランチェスカさんは……?」
「エルティセルに置いてきた。随分と話し込んでたからな」
「トーリットさんと、ですか」
「ご明察、だ。まあ、商家の娘同士、馬が合うんだろう」
もしかしたら、最近の社会情勢とか話しているかも知れない。
いや、あるいは、お互いに女の子だからフランチェスカの髪の話にでも発展しているだろうか。セールストークをして欲しかったわけじゃないけど、トリィが少なからず魅力を感じてくれてたら僥倖だな。
「セツカさんはこれから……?」
「ちょっと部屋に籠って作業だな。商品開発のために魔導具作りだ」
「魔導具を……?」
「作り方も教えて貰ってきたからな。何かあれば遠慮なく頼む」
「わかりました。彼女達の勉強はどのくらいさせますか?」
「……そうだな。難しい言い回しとかはいいから文書が書けて、計算するのに問題がなくなればいい。商会の人間になるんだから、最低限それくらいはな」
「なるほど。つまり、貴族とそう変わらないレベルまで、という事ですね」
「そうなるな。あんまり根を詰めすぎてもあれだから、適度に休ませてやれよ?」
「わかっています」
「なら良い。じゃあ、そういう事でな」
ひらひらと軽く手を振りながら、リビングを後にして自分の部屋に向かう。
さて、ここからは簡単な工作の時間だ。
まずは、インベントリから取り出したミスリルゴーレムの体の一部を、『錬金術』スキルでインゴットに変換する。
そうして出来たミスリルインゴットを、魔法で整形して鍋にする。
更にそのミスリルの鍋に、人工生成した魔石に魔法式を書き込んで装着。書き込むのは時空魔法の魔法式だ。目的は石鹸生産の時間短縮だからな。
「あとはこの鍋を何個か作って……攪拌作業があるから、それ用になんか作るか。奴隷上がりの細い身体じゃ、ロクに作業なんか出来ないだろうし」
それに、作業の効率化と量産の高速化を図るなら、もしかしたらダンジョンでのレベリングも視野に入れた方がいいかも知れないな。
ステータスってのは案外バカに出来ないし、頃合いを見て連れていくとしよう。スキルだって、有用なものを習得出来るかも知れないしな。
「そう考えると、結構やる事あるなぁ。ビジネスマンでもないのにToDoリストでも作らないとダメか……?」
まあ、どうせ出来るのは目の前の事だけだし、問題ないか。
どのみち、シャンプーとコンディショナーの量産や商会の運営は、オレの手からはすぐに離れるんだ。
……さて。後任のために、色々しておかないとな。
過保護かな? ……過保護だな。
◆
――コンコンコン
シャンプーとコンディショナーの量産に必要な機材の作成がすっかり終わり、羊皮紙に作成のためのレシピを書き留めていた頃、部屋のドアがノックされた。
……マリスかな? それとも侍女衆かな? あるいは他の誰かかな?
「誰だ?」
『私です』
ドアに向けて問いかけると、その向こうから聞こえてきたのはユキヤの声だった。
作業も落ち着いているので、早速『入れ』と許可を出してやる。
「――失礼致します、主」
「ああ。どうした?」
「いえ、何用かと言うわけでもないのですが、少し……主の御側に居させてはもらえないかと」
「……まあ、構わないが。今日もダンジョンに行ってきたのか?」
「はい。少しでも長く主の御側にお仕えする為、己を磨いておりました」
目線で適当に座るように合図すると、ユキヤはベッドに腰を落ち着けながらそう言った。
「ロゼ達も一緒だったな?」
「はい。……恥ずかしながら、我らの願いというか、想いは同じようです」
「はははっ、そりゃ有難い話だな」
「…………主」
「ん? なんだ?」
「主は、あの娘を斃された後は如何なさるのですか……?」
僅かに不安に揺れる瞳をこちらに向け、ユキヤが問うてくる。
ユキヤの言う『あの娘』とは、まず間違いなく、ダンジョン最下層で出会ったあの自称魔王の女の子の事だろう。
そして、勇者と魔王は殺し合う存在であるというお伽噺のように彼女とオレが戦い、その果てにオレが勝ったなら、どうするのか。
自分達を捨てて、故郷である地球に帰ってしまうのではないか。
きっと、そういう事が聞きたいんだろう。
「……そうだなぁ」
もちろん、帰宅は最優先事項だ。
いくら勇者として召喚されようと、それは間違いなく最優先に解決したい事柄だ。
間違っても、異世界であるこの地に骨を埋めようなどとは考えていない。
ただ、先刻のグロリアの話で、勇者召喚なんてものは無意味で、今や王族だけがその話に傾倒しているのみだと告げられた。
それならば、今オレがこの世界にいる意味は果たしてあるのだろうか?
いや、ないはずだ。
……とはいえ、この異世界を旅したいのもまた事実だ。
剣と魔法のファンタジーの世界。
アニメか、漫画か、小説か。そういった空想の中にしかなかった世界に、今オレはいる。
だからこそ、思い切り楽しみたい。世界を。
気に入った女がいれば囲おう、奴隷がいれば買おう。強大な魔物がいれば全力で戦って斃してみたいし、知識チートで巨万の富を築くのもやってみたい。
困ってる人間がいれば助けよう。謝礼は……貰えるなら遠慮なく貰う。
オレは、今までそういう風に生きてきた。
二十歳を超えている今となっては、その生き方を変えるのは難しい。というか、考えられない。
だから。
「あの子を斃すのかどうかは考えてないが……もし向こうに帰る時が来たら――」
「来たら……?」
「――その時は、お前達も連れて帰るよ」
向こうの世界はレベルも、ステータスも、スキルもない、ある意味不便な世界だ。
しかし、魔法の代わりに科学が、スキルの代わりに技術が、レベルの代わりに経験がある。
だからもし、ユキヤ達さえ良いのなら、地球に……日本に、彼女達を連れて帰りたい。
なぁに、やってる事は昔の母さんと同じだ。
文句は言われまいよ。
「……とは言え、まだ帰らないし、お前達に意見も聞かないとだけど――」
「我らの想いはたった今告げました」
ユキヤは、今度はしっかりとした力強い目でこちらを見据えて言った。
「それでも、ロゼ達に一応確認しないといけないだろ。親しき仲にも礼儀あり、だ」
「……失礼しました。出過ぎた真似を致しました」
「気にしてないよ。……ああ、でも、お前達を連れて帰ると、ユキヤなんかは仕事が出来ないかもなぁ」
「……そうなのですか?」
「ああ。向こうじゃオレは平民だし、魔物がいるわけでもない。……もし、今持ってる力を全部、持って帰れたら別かも知れないけどな」
「主は、平和な世からこちらの世界にやって来られたのですね」
「平和……かなぁ? 一応平和なんだろうな」
国交問題とか色々あったと思うが、平和だから表面化しているってだけなのかな?
まあ、政治の話なんかまったくわからないが。
「ま、とにかくだ。まだまだ帰るつもりはない。オレはまだ、この世界を楽しめてないからな」
「……わかりました。このユキヤ、主が我らの世界を心行くまで楽しめるよう、気を引き締めてお仕えしたく存じます」
「あんまり根を詰めるなよ」
「はっ。では主、お忙しいところを失礼致しました。ユキヤは一足先にリビングに行っておりますね」
「ああ。じゃあな」
頭を下げてから部屋を出ていくユキヤを見送ってから、深呼吸を一つする。
「……まずは、目の前の事から、だ」
新年、あけております。
生憎と喪中ゆえに新年の挨拶は出来ないのですが、本年も『鬼の子の異世界見聞録』をよろしくお願いします。




