百三頁目 魔石生成と勇者召喚の真実
「無理よ」
オレの言葉を、グロリアはにべもなくバッサリと切って捨てる。さっきまで警戒していた表情も、今では呆れたような表情になっている。
「無理かどうか、やってみなきゃわからないだろう?」
「いいえ、わかるわ。生成条件すらわかっていないのに、人為的に創れるわけがないじゃない。いくら異世界の人間って言ったって、流石に無理だと思うわ」
「……そこまで言うなら、わかった。賭けをしよう」
「賭け、ですって?」
「ああ。オレが魔石を造れたらオレの勝ち」
「造れなければ私の勝ち、ね。いいわ、乗ってあげる。……それで、何を賭けるの?」
「んー……まあ、無難に、何でも一つだけ言うことを聞く、でいいだろ」
「……ま、それでいいわ」
「よし。じゃあ、始めるぞ」
という事で早速魔石の生成に取り掛かる。
必要なものは、膨大な魔力、高圧、高温の三つだ。
高温と高圧は言わずもがなだが、膨大な魔力を使うのは魔石にした時にあまり小さいサイズだと面白くないからである。
まずは両手でボールを鷲掴みにするように空間を作り、そこに魔力を集める。
そして集めるのと同時進行で、熱と圧力を加えて、頭の中のイメージに出来上がりの形がなるべく近付くように、慎重に魔力を圧縮していく。
そうしてしばらくすると、両手で作った空間に濃い紫色の球体のオーラが生まれ、高速でぐるぐると回転し始めた。
「――ちょ、ちょっと、何その魔力……!?」
グロリアが驚いたような声を上げる。
まあ、これだけ濃い魔力なんて普通は見た事なんかないだろうし、普通のリアクションか。
しかし、今はそんな事に気を取られている暇はない。
というのも、この魔力圧縮という行為、存外に難しいのだ。
少しでも気を抜くと球体がぐにゃりと変形して、そこから魔力が抜けていきそうな気がする。
「……っく、これはなかなか……っ!」
魔力の圧縮が進むにつれて、段々と制御が難しくなってくる。が、そこをレベルに応じたステータスの暴力でどうにか押さえつける。
やがて圧縮の抵抗がなくなってきた頃、ボンッと軽い爆発音と共に、両手の中に濃紫色の直径十センチくらいの水晶球が現れた。
「……出来た、かな?」
魔石がどんなものだかわからないので自信がないのだが、魔石=ダイヤモンド理論が間違ってなければ、多分上手くやれているはずだ。
「どうだ、グロリア? これは魔石か?」
「……ええ。悔しいけど、それは魔石よ。それも、天然のものより遥かに純度が高いわ」
「よしよし、オレの考えは間違ってなかったな」
「まったく……本当に規格外だわ。アンタ、本当に何者よ? どんな親から産まれたらそうなるのかしら」
「……さあな」
親さえも規格外だという事は黙っておこう。
「さて、じゃあ何でも一つだけ、言うことをきいてもらおうか……」
「……仕方ないわね」
「と思ったが、特に何も思いつかないから保留で。……で、魔石をどうすれば魔導具が作れるって?」
「そうね。まず、何でもいいから、魔導具にしたい道具を選ぶの」
「ふむ。それで?」
「道具を選んだら、次は魔石に魔法を込めるのね。より正確には、魔法式を込める、かしら」
魔法式?
また聞き慣れない単語だ。
「魔法式って言うのは、簡単に言えば魔法陣を言葉にしたものよ。作成者が認識出来ている言語なら、何語でもいいわ」
「へえ、そりゃ良いな」
「込める魔法式は基本的に、発動条件、発動期間、発動する魔法を書くの。詳細に書けば、使う魔力も減るわね」
「……ああ、そうか。魔導具だから魔力は使うんだな」
「ええ。でも安心して。魔導具は装着された魔石が大気から勝手に魔力を補充するから、使う時にちょっと魔力を流せば、あとはいくらでも使えるわ」
「おー、それは便利だな。せっかくだし色々魔導具を作ってみるか」
「……いいけど、あんまり作りすぎないのよ? 便利なのは、決して良い事ばかりじゃないんだから」
グロリアが諫めるような声音で言う。
便利なのは良い事ばかりじゃない、ね……。それは、地球の現代社会に生きるオレの方が、よく知ってるだろうさ。
「わかってるよ。……ちなみに、魔導具って売買は可能なのか?」
「どうかしらね? 普通は魔石を国で買い取って魔導具にして、それを貴族や豪商が買ってる程度だから、ちょっとわからないわ」
「じゃあ、平民が魔導具に触れる機会なんてのは、ほとんど無いわけか」
「そうね。けど、別に流通を禁止してるわけじゃないから、もし売りたいならアンタの匙加減で好きにやんなさい」
『そうなったらアタシも買うから』と、グロリアがその力強い瞳の光で訴えて来ている。
なるほど……上客になりそうだ。覚えておくとしよう。
「あと何か聞きたい事はあるかしら?」
「あー……あ、そうだ。結局のところ、なんで魔王を倒す必要があるんだ? 魔族が侵攻してるなんて話も聞かないし、オレは召喚された意味はあるのか?」
「ああ、魔王と勇者の話ね。……正直に言うわね?」
「正直に頼むよ」
「……正直ね、今の世の中で魔王や勇者なんて争ってはないのよ。アタシが子供の頃は、殺すか殺されるかだったみたいだけどね」
「そうなのか?」
「ええ。そもそも、今は魔族はすっかり自分達の土地に引きこもっちゃったし。でも、王族っていうのは……信じちゃうみたいなのよね。昔の話を」
「昔の話って言うと、人間と魔族が争ってたって話か。今はそうじゃないけど、お伽噺に書かれたその話を信じちゃって、勇者召喚をしてるって事か」
「召喚される勇者には申し訳ないけど、そういう事よ」
ふーむ……となると、やはりオレが召喚されたのはまったくの無意味って事だよなぁ……。
……ん? でも、争ってはいたんだよな?
ヒトと亜人の確執は続いてるのに、なんだってヒトと魔族の確執は消えたんだ?
「……ああ、それ? いつだったかは忘れちゃったけど、百年くらい前に召喚された勇者がとんでもない奴だったのよ」
「とんでもない奴?」
「そ。召喚されて事情を説明したまでは良かったんだけど、事情を聞くなりその勇者が暴れだしたのよ」
「……あ、暴れた?」
「人族も魔族も関係なく蹂躙しちゃってね。ダークエルフが使う刀を片手に、あっちで無双こっちで無双。街や都市を蹂躙しては酒や食料を奪って去っていくの」
……なーんか、聞き覚えがあるような、ないような。
昔にそれっぽい話を聞いたような気がするんだよなぁ……。なんだったっけ? 誰から聞いたんだったっけ?
「……それで、その勇者は?」
「十年くらいそれを続けて、ある日ふといなくなったわね」
「嵐みたいな勇者だな。……で、その勇者のせいで人間も魔族も多大な被害を被ったから、もう争うなんて不毛な事をするのはやめようって?」
「そういう事。お互いがお互いを脅威に感じてたのに、それ以上のどちらにも属さない脅威が現れたんだから、仕方ないわよね」
「なるほどなぁ……。ちなみに、その勇者の詳細は聞けるのか」
「いいわよ。えっと、確か……髪は黒かったわね。艶のある良い髪だったわ。年齢は……二十歳くらいかしら? 見た目もそれくらいだったと思うわ。瞳は紅かったわね」
「……うん。それから?」
「それから……そうね、角が生えていたかしら。黒曜石みたいな感じの、細身の角が二本。額の上の方から」
グロリアの説明を聞けば聞くほどに、記憶の中の『ある人物』と特徴が合致していく。
しかし、信じたくはない。まさか『あの人』がそんな事をしていたなんて、俄には信じられない。
「……あぁ、でも、不思議だったわね」
「ふ、不思議? 何がだ?」
「その勇者ね、歳をとってなかったのよ。普通五年もすれば老化って目に見えるくらいにはなるでしょ?」
「……まあ、五年くらい経てば、多少は見えるかもな」
「でしょ? でも、十年経って改めてこの目で見た時、十年前とまったく変わっていなかったのよね。せいぜい角がなくなってたくらいだわ」
頭の中で、グロリアから聞いた人物像が形を結ぶ。
傍若無人なまでの自分勝手さで、刀を手に酒や食料を奪う、黒髪紅眼の二本の角を生やした人物。
「……ちなみに、その勇者の名前は?」
「名前? えぇと、なんだったかしら。確か……そう――ホオズキレイカ、とか言ったかしら」
「……そうか」
「……あら? アンタも確か、ホオズキだったわよね?」
「ああ……本名はホオズキセツカだ……」
「ふふふっ。不思議なものね。同じような名前の勇者だなんて」
「そうだな……」
……なんか、頭痛くなってきた。
「あ……じゃあ、聞きたい事も聞けたし、オレはそろそろ帰るよ」
「そう? まあ、またいつでも来ると良いわ。ハイエルフほどじゃないけど、この世界の事には詳しいから。なんでも訊きにいらっしゃいな」
「そうさせてもらうよ。悪かったな、いきなり」
「いいのよ。元気にやってるみたいで安心したわ。エリーナにも伝えておくわね」
「ああ、よろしく伝えておいてくれ。じゃあな」
少し重く感じる身体を動かして時空魔法のゲートを開き、グロリアの部屋を後にする。
……母さん。異世界で何やってんだ、あんたは。




