百二頁目 魔石とダイヤモンド
名前のよく似た女の子三人と別れてからフランチェスカを回収……しようと思ったが、何やら話し込んでいるようだったので、侍女衆を一人付けて、オレはエルティセル商会を後にする。
さて。これで、まず間違いなくシャンプーとコンディショナーは売れると見ていい。
最初は戸惑いや忌避感こそあるだろうが、画期的なものと気付かせれば、こういうのは爆発的に売れるものだ。
価格設定はトリィの意見を参考にするとしても、損をする事はないだろう。
まあ、多少見通しは甘いかも知れないが、別にこの計画が頓挫したところで損害はないのだから、精々派手にやらせてもらおう。
「……さてと。次は……そうだな」
屋敷への道を歩きながら思考を巡らせる。
今後シャンプーとコンディショナーを販売するにあたって、ネックとなるのは、やはり製造部分だ。
早い話が、製造にかかる期間が長いせいで、市場の需要に対して供給が間に合わない恐れがあるわけだ。
さて、そうした場合に、ではどうするのかという話だが……行きすぎた科学は魔法と同じだと言うし、ここは魔導具を導入しよう。
もちろん、オレ自身は魔導具に詳しい訳じゃないから専門家に話を聞く必要がある。
「……魔導具の専門家か」
言いながら、頭の中に今まで出会った人物の顔を思い浮かべてみる。
王族の面々、各国の代表補佐、魔導師グロリア、騎士団、ミラさん、コルティア子爵、トーリット、シグナート伯爵、十傑衆、鬼人族、フランチェスカ……。
思い起こされる面々の中で魔導具に詳しそうなのは、グロリアあたりだろうか。
十傑衆のキャスタリアやオリヴィエあたりも、一家言というか、それなりに情報は持っていそうではあるが……やはり王族お抱えというのは大きい。
「まさかグロリアを頼る事になるとは……世の中って、わかんないもんだなぁ」
そんな事を口にしながら、屋敷の敷地に入った時点で認識阻害系の闇魔法を自分にかけておく。
そうしたら今度は時空魔法で、王城にあるはずのグロリアの部屋に『ゲート』を繋げて、それをくぐる。
「……これはまた……」
時空魔法のゲートをくぐった先にあったのは、およそ女性が使っているとは到底思えない、様々なものがところ構わず散乱している部屋だった。
その散らかり様は、約二ヶ月前にここを訪れた時よりも遥かに強化されているように見える。
……いや、見えるというより、実際そうなんだろう。
「ちょっ……アンタ、どっから来たの!?」
「ああ……グロリア。しばらくだな」
「いいから質問に答えなさいよ」
やはりというか、まあ、当たり前なのだが、部屋の主であるグロリアが眉根を寄せながらこちらを見ている。
どことなく美人具合が上がったように見えるが……まあ、多分気のせいだろう。
男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言ったりするわけだし、約二ヶ月も会ってなければ印象だって変わるだろうさ。
「どこからって言われてもな……ローザロッサから、かな?」
「ローザロッサにいる今代の勇者が、何をどうすればアタシの部屋に現れるわけよ?」
「それはほら、時空魔法でちょちょいと……」
怪訝そうな顔をしているグロリアの目の前で、時空魔法でゲートを作ってやる。
「アンタ……もうそんなものが使えるようになったの……? 相変わらず、勇者ってのは規格外で困るわね。……まあ、いいわ。それで? 何しにここに来たのかしら?」
「実は、ちょっと訊きたい事が出来てな。……まあ、専属魔導師の時間を奪うのも申し訳ないとは思ったが、生憎と他に頼れる伝手もなくてな」
「いいわよ、気にしなくて。アタシが普段やってる事は研究が基本だし、専属って言ったって王族と関わりがあるからここにいるってだけなの」
「いや、それでも予告もなしに来たわけだからな。申し訳ないと思ってるよ」
「それなら、さっさと用件を話しなさいな」
「ああ、それもそうだな。……実は、ちょっと商会を立ち上げてな。商品の製造を短縮するために魔導具を導入しようかと思ったんだが……その手の知識がオレには無い」
「なるほどね。ま、アタシは確かに魔導具に関しては国一番だから、選択に間違いはないわ。で、どういう事が知りたいの?」
グロリアは乱雑にものが置かれた机の上を手早く片付けながら問うてくる。
「作り方だな。どうすれば作れるのか、作るのに必要なものはなんなのか」
「ふぅん? んー……ま、そうね。どうすれば作れるのかと言えば、魔導具にしたいものに魔石をくっつければ出来上がりよ」
手を動かしながら、さも簡単な事のように事も無げに告げるグロリア。
そのやり方で作れるなら苦労なんかないだろ。
あと、魔石ってなんだ。初めて聞くぞ。
「……? どうかした?」
「いや、だから、その詳細を聞きにきたんだが。あと魔石も知らない」
「嘘……知らないの?」
「ああ、知らないな」
「魔石って言うのは……ま、簡単に言えば、魔力の結晶ね。鉱山なんかで出てくるかしら。それと、たまに魔物の体内から採れるらしいわ」
「魔力の結晶……魔物から、か……」
「ええ。ローザロッサにいるなら、ダンジョンに潜ればいいと思うわよ」
実のところ、あのドラゴンを始めとしたダンジョン産の魔物には一切手を付けてないので、魔石の調達は、運が良ければ問題ないだろう。
ただ、鉱山から採れるというのは気になる。
もし仮に、鉱山から採れる魔石が、長い時を経た事による魔力の蓄積によって生成されたものだとして、その生成条件を解析する事が出来れば、自前で魔石を作れるはずだ。
「なあ、その鉱山の魔石っていうのは、生成される条件なんかはわかってるのか?」
「残念ながら。でも、魔石が出土した鉱山を記した地図はあるわよ。見る?」
「是非」
グロリアの問いに短く答えると、彼女はとある棚のところまで歩いていき、ゴソゴソと羊皮紙の束を漁ると巻かれた羊皮紙を一本持ってやって来た。
そして、それを机の上に広げると、その辺のものを文鎮代わりに羊皮紙の四隅に置いた。
「これが、ロガ王国の全体図と魔石の採れた鉱山の場所ね」
羊皮紙には、恐らく正確だと思われるロガ王国の地図が描かれており、ところどころに丸が描かれている。きっとこれが件の鉱山の場所だろう。
「この鉱山……共通点みたいなものはあるか?」
「そうね……確か、どれも火山だったはず。火山では魔力伝導率の良い鉱物が採れるのよ」
「魔力伝導率の良い鉱物?」
「そ。まあ、一般的には魔銀……つまりミスリルね。加工もしやすいから、剣にも槍にも、果ては包丁にだってなるわ」
「ちなみに、魔力伝導率ってのは?」
「名前の通りよ。鉄以上の鉱物やルビーとかの宝石なんかには、魔力を通せるの。例えば――」
グロリアが言うには、魔力で身体能力を強化出来るのと同じように、剣や槍も魔力で斬れ味や強度の強化が出来るらしい。
ちなみに、鉄、銀、鋼、ミスリルの順で魔力伝導率が上がっていくようだ。
宝石は、まず魔法を閉じ込めておいて使う時に魔力を流したり、あるいは身体強化系の魔法だったり、耐性を付与する魔法を宝石自体にかけておいて、それを身に付けている間は効果の恩恵を受けられるとかいう使い方をするらしい。
「なるほどな。で、話は戻るんだが、魔石の生成条件はわかってるのか?」
「それも、残念ながらね。アタシも研究はしてるんだけど、いまいちわかんないのよね」
「そうか……」
「ええ。……でも、なんでそんな事訊くのよ?」
「え? いや、生成条件がわかれば自分で作れるかな……と」
「……異世界人ってみんなそうよね。急に突拍子もない事を言い出す」
「この世界の文明は、オレのいた世界の文明より……まあ、ざっと四百年くらいは遅れてるからな。仕方の無い事だ」
「そんなに? 機会があればアンタの世界に行ってみたいものだわ」
オレも機会があれば一旦帰りたいところだ。
召喚の前の記憶がないけど、多分……いや絶対何も言わずにこっちに来たんだろうし、状況の説明くらいはしておきたい。
「ちなみに、魔石が出てくる場所の共通点は?」
「? だから鉱山――」
「あー、いや、言い方が悪かった。鉱山のどの辺りで出てくるのかが聞きたい。上なのか下なのか、あるいは中腹辺りなのか」
「あぁ……そういう事。それなら、地下ね。結構深いところから出てくるみたいよ」
「……わかった、ありがとう」
「参考になったかしら?」
ふふん? とドヤ顔にも似た表情で胸を張りながらこちらを見てくるグロリア。
参考になったか、だと?
ならないはずがない。これで魔石の生成条件がハッキリした。要するにダイヤモンドだ。
ダイヤモンドはそもそも、何十億年かそれ以上の時間をかけて、マントルに生成されると言う。地中の熱と圧が最適な状態になった時に、グラファイトの代わりに生成されるって話だったはずだ。
そして、それが火山の噴火で地表まで持ち上がり、温度差で冷却され、これがダイヤを含む火成岩のキンバーライトになる。
そして、ここ六十年ほどの間に人工ダイヤモンドの生成が科学者の手によって確立された。
必要なのは、高温と高圧。
実際の人工ダイヤモンドを作る時も、摂氏千六百度まで加熱した反応室で高圧をかけて作ると言うから、まず間違いないだろう。
「グロリア、今からオレはとんでもない事をするかも知れないが、どうか笑って見ててくれ」
「……なに? 何をするつもりなの?」
八百年の時を生き、異世界の人間がどういう存在なのか知っているのだろうグロリアが、明らかな警戒の色を持って問い掛けてきた。
オレはそんなグロリアに笑顔で告げてやる。
「――魔石を造るんだ」




