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百一頁目 狙いは女性


「なんなんですか、あれは!?」


 フランチェスカ、興奮す。


 更に翌日、今度はフランチェスカに詰め寄られてしまった。言っている事はマリスの時とそう変わらない。

 ただ、商人の娘だけあって、熱量が商売の方面に凄まじい。


「売りましょう。すぐ売りましょう。絶対売りましょう。ほら、早くしてください!」

「わ、わかった。わかったから」

「早く! 早く行きましょう! さあ早く!」


 ぐいぐいとオレを引っ張って玄関に向かい出すフランチェスカ。さすがに効力が高すぎる気がしてきた。

 商人ギルドでの手続き、奴隷商から人材の確保、当面売りに出す事になるシャンプーとコンディショナーの量産なんかは昨日のうちに済ませたから良いんだが……流石に早すぎやしないか?

 商機に敏感な商人は儲かるらしいが、こんな起きてすぐの時間じゃ、流石に色々と迷惑がかかるだろう。


「まあ待て、フラン。こんな朝早くじゃ、どの店も開いてないだろ。少し落ち着け」

「……そうでした。すみません、いきなり」

「いや……。ともあれ、アレの効果は実感出来たみたいだな」

「はい! アレなら間違いなく売れます!」


 ふんす、と興奮冷めやらぬまま、ぐっと拳を握って力強く太鼓判を押してくれるフランチェスカ。

 商人から見ても間違いないなら、なにを疑う事もないかな。

 もうしばらくしたら、早速行くか。


   ◆


「――というわけで、置かせてくれ」


 朝食もすっかり済んで、時間的には十時を少し回った頃。オレはフランチェスカを連れて、エルティセル商会までやってきていた。

 応対をしてくれているのは、もちろん、トリィことトーリット・エルティセルである。


「えぇと……ちょっと話を整理させてくださいね?」

「ああ、いいぞ」

「まず……セツカさんは、商会を立ち上げたんですね?」

「そうだ」

「アッシュハート商会、でしたっけ。とりあえず、設立おめでとうございます」

「ありがとう」

「それで……何を売るんでしたっけ?」

「新しい風呂用品。『シャンプー』と『コンディショナー』だな」

「シャンプーとコンディショナー……」


 困惑していたトリィの顔に、段々と理解の色が広がっていく。どうやら頭の中の整理がつき始めたらしい。


「それは、どういうものなんですか?」

「うん、まあ、有り体に言えば石鹸だな。液体の石鹸だ」

「石鹸、ですか?」

「まあ、石鹸って言っても泡立つのはシャンプーの方で、コンディショナーは泡立たない」

「……それは、石鹸なんですか?」

「石鹸なんだ。……まあ、具体的にどういうものかわからないと仕方ないし、軽く説明するぞ」

「はい。お願いします」

「うん。まずシャンプーだけどな。これは、髪の毛専用の石鹸だ。洗髪に使用する事を目的とした新しい石鹸ってわけだな」

「洗髪専用……」

「使い方は簡単。まず髪の毛をよく濡らす。そしたら、手のひらにシャンプーを髪の毛の量に合う程度に出して、少し手の中で泡立ててから髪に付けて洗う」

「ふむふむ……」

「一通り洗ったら、あとは流すだけだ。……まあ、これは今までとそんなに変わらないな」

「そうですね。……あれ? じゃあ、コンディショナーというのはなんなんですか?」

「コンディショナーはシャンプーをした後の髪に付けるんだ。やり方を説明するぞ」

「お願いします」

「まずは、シャンプー後でまだ水の滴っているであろう髪の毛の水気を軽く切る。コンディショナーを手のひらに適量出したら、それを両手のひらに延ばして、髪の毛の先の方から髪に馴染ませていくんだ」

「馴染ませる、ですね」

「うん。この時、毛先と頭の方とで二回に分けてやるとむらなく馴染ませる事が出来るぞ。そしたら、手櫛で髪の毛全体にコンディショナーが行き渡るようによく馴染ませる」

「手櫛でですか?」

「そうだ。前髪の生え際の方から、頭に対して指を少し立てながらやるといい。適当な時にそれを終わらせたら、あとは髪の毛からぬるぬるがなくなるまで流すだけだ」

「……なるほど。でも、それをわざわざ口で説明するのは面倒ですね」

「そう言うと思って、シャンプーとコンディショナーのセット一つにつき、説明書が付いてくるようにした。オレの手書きだ」


 これはかなり驚いた事なのだが、この世界、識字率が結構良い。それに、算術も五人に1人くらいの割合で出来る人間が存在している。

 だからこそ、この説明書が活きると踏んで、わざわざ書いたんだ。文字がわからない人の事も考えて絵も描いてある親切設計である。

 ちなみに、シャンプーとコンディショナーで、違いがわかりやすいように容器の形を変えてあるので、万が一にも間違える事はない。……はずだ。


 ただし、問題はここから。

 このシャンプーとコンディショナー、そして説明書がセットになったものを、一体どれくらいの値段で売るのか、である。


 ……いや、それよりも。

 まず、この商品の必要性をトリィが理解しているか否かが問題だ。


 この世界の文明レベルから考えて、およそ地球で市販されている石鹸の類……つまり、シャンプーやボディソープなどは、完全にオーバーテクノロジーの産物だ。それは間違いない。


 しかし、この世界には既に固形石鹸が存在し、少なからず民衆の間に広まっている。

 合わせて風呂の文化も広がっている事も考えれば、『なぜ今さら液体の石鹸、それも髪の毛にしか使えないものを買わなくてはならないのか?』という疑問が生まれる。


 だからこそ、まずは理解が必要になる。

 売る側も、そして買う側も。

 それを提供する事によって生じる利益、それを買う事によって生じる利益を、それぞれ理解している必要がある。


 どこでもそうだが、新しいものは忌避される傾向にある。

 それは何故かと言えば、『類似品が既にあるのに、わざわざそれにする意味はあるのか?』という疑問が先に立つからだ。

 その疑問を解消して『新しく出たものの方が需要に合致している』と理解して貰えなければ、商品は売れず、早々に店を畳む事になる。


 故にこそ、まずは理解が必要になるわけだ。


「……さて。とりあえず一通り説明してきたが、正直言ってすぐに売れるとは思ってない」

「そうなんですか? 自信があるように見えましたけど……」

「自信はあるさ。だけど、自信があるだけで商品が売れるなら苦労はしないだろ」

「それは……まあ、そうですね」

「そこでだ。まずはこのセットを試しに使ってみてくれ。無料で提供するよ」

「……いいんですか?」

「構わないさ。とはいえ、あと何人かには試供品を提供しておきたいな。んー……」


 商会の建物の中を見渡してみる。

 朝も早くだというのに客がそこそこ入っていて、パッと見、女性客が多いように見える。

 この世界の女性は、生活に邪魔になるとか、冒険者稼業の邪魔になるとかでなければ、大体セミロングからロングまでの髪の長さをしている。

 シャンプーとコンディショナーを売り出すなら、女性客こそ狙い目だ。


「……トリィ、ここはエルティセル商会だけど、店の客と商談をさせてもらう事は?」

「んー……本当ならダメなんですけど、アッシュハート商会は新興の商会という事ですし、上手くいけばうちで取り扱いをさせてもらえるんですよね?」

「まあ、当面はそうだな。オレは屋敷は持ってるが店は持ってないからな」

「それなら大丈夫です。まだどれくらい売れるかわかりませんけど……」

「ああ、それなら心配ない。完売する」

「完売!? 一体いくらで売るつもりなんですか!?」

「それはまだ決めかねてるんだ。良かったら、トリィ。明日までに考えておいてくれ」

「あ、明日、ですか……?」

「うん。明日になれば、トリィも、そしてお客さんも、アッシュハート商会が開発した商品を求めるようになるはずだ」


 これは自負だ。

 先進国だと言われてきた国に生まれ、科学技術の発達した奇跡のような文明社会に生きてきた人間としての、圧倒的なまでの自負。


 シャンプーとコンディショナーは、絶対に売れる。間違いはない。

 そのために、まずは営業だ。


「……お、あの人達がいいな」


 オレの視線の先。そこには、並べられた髪飾りを見ながらキラキラした瞳で会話をしている、若い女の子が三人ほどいる。


「フラン。良かったらトリィと話してみるといい。自分が捕らえられた後の情勢とか、聞きたいだろ?」

「はい! トーリットさん、よろしくお願いしますね!」

「はい。お願いされちゃいます」


 トリィにフランチェスカを押しつ……ではなく、預けてから、早速例の三人に近付く。


「お嬢さん方、ちょっとお話いいかな?」

「? 私達、ですか?」

「お兄さん、誰なの?」

「新手のナンパ?」


 声をかけると三人は一斉にこちらを振り向き、三者三様の返事をくれた。

 というか、『ナンパ』って言葉はこっちの世界でも使われてるんだな。意味も同じみたいだし。


「いや、随分キラキラした目で髪飾りを見てるもんだから、そんなに気になるのかって、こっちが気になっちゃってな。……自己紹介しとくよ。オレはセツカだ」

「私はアイナです」

「私はリーナ! よろしくね、お兄さん!」

「わたしはレイナ。よろしく」

「……名前が似てるんだな。姉妹か何かなのか?」

「違うよ? でも、姉妹みたいに育った幼馴染みなんだ」


 にこやかにリーナが答えてくれる。

 幼馴染みか。……なかなかのアタリを引いたかな。


「幼馴染みか。じゃあ、仲良しなわけだ」

「そうですね。何をするにも、いつも三人一緒でした」

「そっかそっか。それで、髪飾りを見てたって事は、やっぱり買う予定なのかな?」

「ううん。わたし達はあんまり綺麗じゃないから、見てるだけ」


 物静かな雰囲気のレイナが答えてくれる。


 ……綺麗じゃない?

 物腰柔らかなアイナ、快活そうなリーナ、静かな雰囲気のレイナ。

 三人の頭の天辺から足元まで見てみても、綺麗じゃないとは思えない。


「まあ、見た目はちょっと頑張ってるんだけど、髪が……ね」


 そう答えてくれたのはリーナだ。

 どうやら、オシャレには興味があるようだが、平民故に石鹸を使う事もなく、普段は水かお湯で身体や頭を流して、香油を付けるだけに留まっているらしい。


「あー……それは、年頃の女の子としては難しいところだよな。オシャレはしたいけど、先立つものがないとなぁ」

「そう、そうなの! お兄さんわかってるね!」

「まあ、色々見てきてるからな。……ところで、オレは最近商会を立ち上げたんだけどさ、扱ってる商品が特殊で、ちゃんと売れるか心配なんだ」

「商人さん、なんですか……? あまり、そうは見えませんけど……」

「うん。どちらかと言えば、冒険者……っぽい?」

「ははは。まあ、冒険者もやってるよ」

「そうなんですね。……それで、その商品というのは?」

「うん。オレも平民上がりだからわかるんだけど、今売れてる石鹸とかの風呂用品って、やっぱり高いよな」

「あー、そうだねー。確かに高い」

「わたし達も中々手が出せない」

「だろ? だからさ、平民向けに、頑張って新しい石鹸を作ってみたんだよ」


 そう言って、着ているローブの袖から二本の容器を取り出す。

 片方は六角形の角柱の容器、もう片方は円柱の容器で、角柱がシャンプー、円柱はコンディショナーだ。


「これは、シャンプーとコンディショナー。今度うちの商会で売り出す予定の商品なんだけど、使い方とか、使ってどうなるのかがわからないと、あんまり手が出せないだろう?」


 オレの問い掛けに、三人は首肯で答える。


「だから、このシャンプーとコンディショナー、それから使い方を説明した説明書をセットにして、まずは君達にプレゼントしようと思う」

「……三人で一セットって事?」

「いやいや、そんな馬鹿な真似はしない。一人ずつに一セットだ。で、今日あたり使ってみて、良かったら明日にでも、感想を聞かせて欲しい」

「それは……でも、いいんですか?」

「もちろん! それでな? もし、君達がびっくりするくらいの良い品物だったら、周りのみんなに自慢すると良い。私達はアッシュハート商会で扱ってる石鹸を使ったからこうなったんだ、って」

「お兄さん、売り出すのが上手いねえ」

「まあ、オレは自信を持って提供するわけだからな。もし誰もびっくり出来なかったら、その時は……そうだな、一人あたり銀貨五十枚支払おう」

「……本当に?」

「嘘は吐かないさ。商人は信用されてこそ意味がある。……まあ、騙されたと思って使ってみてくれよ。それからなら、文句を受け付けるからさ」


 三人にそれぞれシャンプーとコンディショナーと説明書のセットを手渡して、そう言っておく。


「それから、あらかじめシャンプーやコンディショナーの方に香りを付けてあるから、騙されたと思って香油はつけないでいてみて」


 一応、香油を付けなくてもいい旨を伝えておく。

 そして、アイナ、リーナ、レイナの三人に、最後に『よろしくね』と言って、その場を離れる。


 まあ、まずは三人で良いだろう。

 ここからは口コミを利用する。

 狙いは女性だけど、残念ながらオレは男だし、性別が違うのに売り出すのは女性向けなんて逆に怪しくて買えないだろう。


 しかし、これが同じ女性で、しかも既に試しているとなれば話は別だ。

 上手くいけば、噂話の大好きな女性によって評判が爆発的に広まって、在庫が完全に切れる事も考えられる。


 ……量産態勢を早く確立させなければ。


ようやく良さげなタイトルが思い付けたので変更しました。

『鬼と刀と見聞録(仮題)』改め『鬼の子の異世界見聞録』です。

拙い作品ではありますが、今後ともよろしくお願いします。


そして、良ければ感想やブックマークなど、よろしくお願いいたします。

作者のモチベーションの維持に繋がりますので!


あ、それから。

ページによって文字数がめちゃくちゃ多かったりして申し訳ありません。

読んでる側としては読みにくいだろうな……なんて考えながら、でも削ったり次に回したりもしたくなくて、こんなになっております。


本当に、申し訳ない(どこぞの博士)


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