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「世の中不条理だー」
私はモップを持ちながら嘆いた。
朝方から大変な目にあったにもかかわらず、そのまま遅刻。罰として後片付けを昨日に続けてやることになったのだ。
闇の神殿は言わば懺悔の場所だ。己の罪を悔い改めるところ。決して、恨めしい気持ちに同調して力を与える場所ではない。
闇を何か勘違いしている。
フィルベメール…。フィベメールフィベメールフィベメール…。わからん。
最近めっきり現世のことを見ることをしなくなったからなぁ。現世がどう動いてるのかわからん。
全てが全てわかるわけではない。自分の子供たちのことくらいは見ようと思えば覗けるが、他はわからん。特に人族のことは知りたいとも思わない。
そもそも、加護や答えを出すといったものも本当に必要な時だけ。たとえそのものが餓死しようが死のうが殺されようが安易に私たちが現世のことに関わることはない。
関わっても意味はない。
運命っていうのはひどく残酷でたとえ私たちが少しちょっかい出したくらいでは大きな現世の流れは変わらない。
たとえば一国の国が滅びる定めとしましょう。滅びる因子を少しずつ丁寧に変えていっても滅びる。どんなに強い力を与えても1人でできることなどたかが知れている。
確かに、敵軍に攻め落とされた時、民衆をうまく逃すことも兵士の死者を減らし死から救うこともできる。しかし、最重要因子である者の運命変えることなどそうそうできるものではない。
私たちの力は無限でもないし、万能でもない。
ちょっと、他より力があるだけ。
ハバネロはあのまま神殿の入り口にいれば衰退し魔物の血肉となっていただろう。けど彼は許しを請うた。そして、救いを望んだ。だから、気まぐれに助けただけ。
未来、「シーベスタ」というお菓子屋ができることはなかった。しかし、無理やり私が作り上げたのだ。
作り上げられたってことは未来に大きな影響力はさしてないということ。
まぁ、それはさておき皆も気になるであろう。なぜ、お菓子屋なのだと!
それは、私がお菓子が大好きだからだ!
闇だからなんだとかきっと贄とか血とか肉とかよくわからないドロドロとかお供えしなければならない!みたいなもううんざりだ!
私はケーキが食べたかった!!
ハマロフィンがケーキを持ってきてくれた時どれだけ感動したことか!
「こーら、ちゃんと仕事してる?シーちゃん」
「女将さん…」
奥から出てきたのは女将さん。心配そうに声をかけてきた。
「シーらしくないわね。遅刻なんて珍しいじゃない。なにかあったの?」
「あ、それ私も気になってた」
「ルナ…」
そばかすがチャームポイントの赤茶げおさげのルナと呼ばれた少女。一緒に片付けを手伝ってくれている。
「昨日のイケメンが気になるの?」
ニヤリとした顔でとんでもないことを言ってきた。
「昨日のイケメン?」
首をかしげる。
「もう!フィベメール様のことよ!サザン中央教会の次期司祭様よ!」
「へぇ」
あいつあんななりで司祭だったのか。
「色恋をシーちゃんに求めるのは無理があるわ」
隣で聞いていた女将さんが笑いながらそういう。
「…?次期司祭がそんなに離れていいの?」
気にするとこそこなの!と突っ込まれたが呆れた様子で答えてくれた。
「まだ、第3候補だからね。ま、でも女神様から加護をいただいてるから決まったようなもんだけど」
第3候補なのに次期司祭なのか…。
「へぇ、マッシュルームも大変だな」
ま、私には関係ないと考えるのをやめた。
私の言葉にルナは目を丸くした。
「ま、マッシュルームって!!」
ふふ、と女将さんが吹き出す笑い声が聞こえた。
「傑作だわ、シーちゃん!」
司祭か。
ふん、昨日のことを思い出し鼻で笑ってしまった。
女神女神と持ち上げてる割にはお粗末なんだねー。
…もしかして_______
「もう!シーったら!」
「あんな美男子より隣の従者の方が堅いもいいし養ってくれそうだよールナ」
「!珍しいわね。誰かに興味を持つなんて」
「なーに?私はルナのこと大好きよ?」
「そーいうことはいいから」
「はいはい」
私の返しに納得がいかなかったみたい。
「それで?その茶髪の青年の方はどうよ?」
私の問いかけにふふんと鼻を鳴らす。
「エルム様はサザン王国の第5皇太子よ。って言っても王位継承権は破棄して今は一回の聖騎士団員。今は、フィベメール様の専属みたいだけど」
へー、王族のくせにあんなラフなのねぇ。もっとプライド高いクソ野郎かと思った。
「へぇ」
「ちょっと、他になんかないの?」
「なんかって?」
「んもーー!!」
思ったことを言ったら、怒られた。
「片付け終わったかー?」
「あら、マカロン」
「なんだ?ありゃ」
「世に言うガールズトークよ」
「シー相手にそんなのできるのかよ」
わははっと笑い飛ばすマカロン。
「ハバネロさんがなくなったその日に親戚とか言って乗り込んできたのが、もう7年も前」
ミフィーユはしみじみという。
「ああ。俺たちもよう雇ったもんだ」
確かにとミフィーユは俺の言葉に同意した。
雨の降る日。家に訪ねてきたのはずぶ濡れの少女だった。彼女は言った私は彼の遠い親戚だ。最後にあわせてくれないかと。最後に、まるでわかっているかのようだった。彼は独り身だと言っていたし、なにより年が合わない。たとえ、親戚に少女がいてもわざわざ顔も名前も知らないであろう人間に会いにくるだろうか?
しかし、彼女の真剣な眼差しに家に向かい入れた。師匠は涙を流していた。いつも、仏頂面だった師匠がその日微笑んだ顔で旅立った。それから、私は身寄りがないのでここで働かせて欲しいと。
俺も、ハバネロさんに拾ってもらった孤児の1人だ。これも何かの縁だとなにも聞かずに雇うことにした。
あと、どこか師匠に似ていたからだ。
「ほら!片付けは終わったー!」
物思いにふけっていたがさすがに時間だとミフィーユが声を上げる。
「はーい!」
ルナから逃げ出したかったのか、シーはすぐに返事をした。
ちぇっとルナは掃除用具を片付けに行く。私も掃除用具の片付けを始める。
すると、私は女将さんに引き止められた。
「なにかあったら遠慮しないで言うのよ?あなたは私たちの大切な従業員で家族なんだから」
そんなに私は深刻そうな顔をしていたのかと少し反省する。
「…ありがとう女将さん」
私は笑顔で答えた。
「シェフ、女将さんお疲れ様でした!シー!早く!!」
「お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした。明日もよろしくね」
ルナの後を追いかけるようにそう言うとホールを後にした。早着替えで制服を着替えるとルナがそんなことを言った。
「これから時間ある?ちょうど給料日だし奮発しようよ」
「いいね、どこ行こう」
今日は、なんだかパァっとやりたい気分になった。いい機会だルナの提案に乗ろう。
そう言って心躍らせ裏手のドアを開く。
いつもより、街が明るい。
なんだろう、街の人の様子がおかしい。
「なにかな?」
「どうかした?」
騒いでる?酔っ払い?
いや、違う。
「おい!みんな逃げろ!火事だ!!」
なにが起きているのか理解した瞬間。誰かがそう叫んだ。
街が妙に明るかったのはこれが原因か。
街が燃えている。それも尋常じゃないスピードで。火力も量も普通の火じゃない。
しかも、どこかで…
「ハーマー…?」
口にした自分が驚いた。だが、そうだ。ハーマーと同じ魔力を感じる。
「シー!逃げるよ!!シー!ああもうっ!女将さん!!!」
ルナが慌てて店に入っていく。
私は感じていた。憎悪、殺意、悲壮、憤怒、嫉妬。怨念だ。
火の粉を撒き散らし炎の中を歩いているのは死人のような顔をした男。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
ぶつぶつと声が聞こえる怨念声が。昨日より増してる。
あの不快感はマッシュルームだけのものじゃなかったんだ。
1番最初に気づくべきだった。精霊は自我を持たない。感情というものが存在しない。だから、人が草木に話しかければ暖かくふわふわしたものに包まれそれに応えようと花を大きく咲かせ成長していく。彼らは自ら感情で動くのではない。他者からの感情が全てなのだ。自然の中ではそれが全てのように。
だから、感情というものに当てられやすい。
くそっ、っ!!くそっ!
でも、ハーマーは違うと変わった精霊だと思いこんでいたんだ。
それは、なぜ?自らの意思で私についてきたから。森の外が危険だと本能的にわかっているにもかかわらず、私と一緒に外に出たから。
いいや違う。彼女は他人の感情をどの精霊より感じることができる精霊だから。本能的に私が創造神の娘だと理解したからその力に思考の種類が増えただけ。彼女は精霊だ。
私は事態を理解した途端走り出していた。




