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「うー…」
そう声を上げた。
私は聖なる樹の幹で目を覚ました。丸まった体を伸ばす。途端に頭がグワングワンと揺れる。口元を押さえて我慢する。体調がこんなに優れないのはこんなところで寝たからだろうか?それとも……
隣で猫のように丸まって寝ているハマロフィンをみた。目元が赤く泣き疲れたのか腫れている。まぶたはぴったりと閉じられ死んだように眠っていた。吐息が彼女が眠っているだけということを教えてくれる。みんなには絶対見せられない顔だ。
さらりと、髪を撫でる。
ハマロフィンが声を上げる。
目を開けたハマロフィンはこれでもかというくらいひどい顔だった。目を開け怪訝そうな顔をするハマロフィン。
「……気持ち悪いわ」
「…同じく」
ハマロフィンは再度目をつぶりもがく様に胸を押さえた。
「………ぅ、…ぅ…ん………」
「ちょっと、…大丈夫なの?」
ゆっくりなるべく体に振動を与えないようにゆっくり腰をあげる。そして、私の問いには答えずフラフラと聖なる樹の奥へと入っていった。
随分本格的な眠りに入るようだ。
ハマロフィンを見送ると、立ち上がる。
私も行かないと…
「…ぅぷ」
二日酔いしたみたいに気持ち悪かった。
酔っ払いが道をふらふら歩くような足取りで少しずつ前へと進んでいく。歩けば歩くほど体の調子は悪化していく一方だった。
聖なる樹からは無事に降りることができたが、ここがどの辺りなのかわからないなっていた。思考に回す酸素なんぞないぞと言わんばかりに喉まで何かがせり上がってくる。
く、私としたことが…
ガクンと膝をつく。吐きたいのに吐けない。すっきりしない胸のムカムカ。目の奥をくすぶる頭痛。のくせに、考えたくもないのにならばと思い浮かんでしまうお茶会だとはしゃぐうるさい思考。
すこし、ほんの少しだけ寝よう…
いや、寝ないと持たない。
諦めて芝生の上に寝転ぶ。芝生のフカフカさと草花いい匂い。ほんのり温かい空気を運ぶ風に緑の葉がちょうど良い日差しを落とす。
すこし身をまかせるだけでこんなにも心地よい。それらを全身で感じることですこし気持ちが楽になる。
「________…様、____母様……___________________大母様」
誰かが私を呼ぶ。
「起きてください。会議に遅れてしまいます。ナタリアにまた呆れられてしまいます。それに…私、ゼジルには怒られたくないです」
目を開けると漆黒の黒い髪に赤い瞳の可愛い我が子が私の顔を困った顔で覗き込んでいた。
パチパチ瞬きをするとまだ寝足りないと大あくびをする。声をかけた彼女は乱れた薄いショールをかけ直す。
「いいの、いいのジゼルージュは。ね?もう少しだけ、日差しがあったかくて気持ちいの。…たまにならいいでしょう?フェルノティティ」
フェルノティティはその言葉に優しく微笑んだ。黒い髪が風に揺れる。
「強きものは弱きものを守る。私たちはそのために王政を設けたのです。王である私は城下のことを知る義務があります。力があるのにそれをおろそかにするのは魔族の名を語ることなどできません」
まるで、歌うように紡がれた言葉。これほどまでに説得力のあることを言えるものはフェルノティティ以外いないだろう。
「ぶーぶー、ケチだな」
不貞腐れながらもフェルノティティの膝の上から退く。
「フェルノティティ様、定時ですよ。大母様、フェルノを解放してあげてください。ジゼルージュ様が来ますよ!」
声がしたのは上。窓から顔を出したのは短髪の女性。「わかってるてばー」と返せばいつも通り少し不服そうな顔だ。
「ナタリアごめんなさい。大母様」
立ち上がりナタリアに声を返すフェルノティティ。フェルノティティを呼びに来た彼女はナタリア。フェルノティティの補佐役。そして、幹部候補生。
ナタリアが誰かを見るように横を見る。そして、疲れ顔をする。
「フェルノ!!」
「はーい、今すぐ行きまーす」
メガネをかけたなんとも目がきつそうな青年がその横から顔を出す。噂の彼。フェルノティティは笑顔で大きく手を振る。
フェルノを見た後隣の私を見る。
わざとらしくフェルノティティに抱きつく。いつもならいつも万年無表情な彼の眉が不機嫌そうな顔をする。しかし、今日はなんなら変わりない表情筋が死んでいる顔を見せた。
「…あーあ、ジゼルにフェルノを返したくないなぁ。見た?あの勝ち誇った顔。腹立つー、見せつけてくれるわ」
そう、何を隠そうこの2人は夫婦だ。つい先日夫婦になったばかり。新婚熱々。
「では、行ってきますね。スハラニャを使いに来させますから。大母様はそこでゆっくり体を休めてください」
「はーい。いってらっしゃーい」
ほんのり温かい風がフェルノの黒い髪を遊ぶ。役目を終えた花びらが風に煽られ散り春の陽気を感じさせる。
全身にそれらを感じながらもう一眠りしよう。
「…………」
目を開けると樹々の葉の隙間からもれだす光が目に沁みた。
夢…
何か懐かしい夢を見た気がした。とってもあったかくて切なくなるような夢を。
「お、起きたか。随分とぐっすりだったな」
横を見ると手に水の入ったコップを持った人族の女性がいた。陽だまりのような女性だ。体格が良く。よく働いてみんなに頼られる。いわば姉貴分のような…。
「呑むか?」
「……ありがとう」
差し出してきた水をもらい一気に煽る。すこし寝たことで気分がすこしだけ良くなった。胸がムカムカするのは変わらないが吐き気はおさまった。目の奥をくすぶる頭痛も名残はあるが気にしなければ自然とそれも消えていくだろう。
「顔色が悪い。もう少し横になってたほうがいい」
私は言われた通り横になった。
ふと、頭をよぎったのは、なぜあそこまで無理をしてどこに行こうとしてたのだろう?あの幹で寝ればよかったのに…
「びっくりしたよ。あんた度胸あるよ。こんなところで寝てるなんて」
「…あなたもね。こんなところに倒れてる人を看病するなんて」
「はは、確かに。ただ、森に1人倒れている女の子を捨ておく薄情さをうちは持ち合わせていないだけさ」
私はきょろりと周りを見渡した。どうも中央から反対方後に移動してしまったらしい。ちょうど北の第1市街と中央の中間あたりだ。
「…ありがとう。おかげでだいぶ良くなったわ」
にこりと笑う。そして、薄手のショールを私にかけ直してくれる。
「私はシー。見たところ人族みたいだけど…。商人かなにか?」
「ご明察だよ。商人としてエルフと交渉しに来てるんだ。うちのことはカンナと呼んでくれ」
エルフの国は外交にも制限がある。人族としてここに入れたということは、相当な信頼を国から得ている商人なんだろう。
「バリバリ働ける女性なんて貴重よね。尊敬しちゃう」
笑いかけると、なぜがため息を吐かれた。
「エルフっていう種族はみんなこう…」
「?」
「警戒心がなさすぎるだよ」
呆れている理由はその言葉に思い当たる節があるから。商人としてみればこの国の精霊に頼る部分は目に余るものがあるだろう。
「はは、わかるわそれ。でも、精霊たちが教えてくれるのよ。それに、カンナはどちらにせよすぐいい人ってわかるから」
「精霊ったってな…。うちは心配だよ」
キョロキョロと明後日の方角をカンナはみる。精霊たちはくるくると私たちの周りを廻る。
見方を忘れてしまった種族は精霊を視ることはできない。それは、魔力が強いからとか弱いからとかではなくただ単純に信じていないだけ。いるのはわかっていてもそれを認知する心が枯れていれば見えないものだ。単純かつ明解な答え。
「目は肥えてるのよ」
「まぁ、思い当たらない節はなくもないが…」
カンナは困った顔をしたあと、思い出したかの様に苦笑する。
「シーは不思議な人だな」
「そう?」
「そうだよ」
カンナが笑う。雰囲気に誘われて精霊たちがポツポツと私達の周りを廻る。
「あ、そうだ。カンナもおいでよ。お茶会」
これも何かの縁だろう。それに、人数は多い方がいい。突然のことでカンナはびっくりした顔をあとまたため息を吐かれた。
「……そういうところが心配なんだ」
「いいのいいの。気にしないー。今日何か予定ある?」
「………いや、今日は午前中にはここを出ようと思っていたんだが…」
今日中にはここを出なければならないらしい。
「あら、ならちょうどいいね。滞在日数は増やしてもらう様頼んでみるから」
「うん?まぁ、お茶会くらいなら…光栄なことだな。………シー?」
カンナは何か引っかかることがあったらしい。多分努力の末に勝ち取った滞在期間を私の頼みでもって伸ばせるとはどういう…って言ったところか。
「まぁまぁ、そういうのは置いといて。お礼も兼ねて来てよ」




