如月連の家族の話
翌日学校に行くのが憂鬱だった。それはなぜか。
─あのな、女の子は断るときは良さそうな代替案出したらええし、褒めておだてて軽ーくお姫様扱いしとったらええねんで。楽やから自分は面倒臭くないし、女の子は気持ちいいし、でお互い得やろ?─
隣席の如月連といういわゆる高身長でイケメンで文武両道な感じの男子が、こんなことをさらっと言えるくらい腹黒だったからだ。如月連はなぜか自分にすごーく絡んできた。最初の出身を訊いてくるのは納得だけど、そのあとも暫くからかわれたというか、ボケをひたすら聞かされた。
ただでさえ、ハイスペというだけで劣等感が凄いのに、こんなクソみたいなギャップがあると居心地が悪く思えた。でも、母親は不登校なんて許しちゃくれないので、しぶしぶ登校することにした。
教室で絡まれるのなら、ああ、そうですね、そりゃ隣席ですからと納得できた。
「おはよう。えらい顔暗いやん。どないしたん?」
「何で登校中に絡んでくるわけ!?」
学校に近いのはいいけど、登校中に絡まれるのならもっと家が遠くても良かった。腹黒い男なんか怖すぎて近寄りたくなかった。
「え、そりゃ……クラスメイトやから絡むやん。寧ろ知ってる顔やのに、挨拶もしてこーへん奴なんか、人間性どないなってるん?って訊きたくなんで?」
「偏見とまでいかないにしろ、それは言い過ぎだと思う!」
「奈良って観光地やん?」
「突然何?」
連が挨拶と関係ない、地元の話を始め出したので自分は後ずさりした。
「何でちょっと後ずさりすんねん。攫ってとってムシャムシャ食わへんで?いや、まあそれはええねん。」
あまりにも不穏すぎる単語が一瞬紛れていて警戒レベルが引き上がった。
「観光地ってことは、よーけ人来んねん。特に外国人な?んで、海外の人ってな、よう挨拶すんねん。アメリカ人やったら、ハロー!やし、中国人やったらばっかでかい声でニイハオ!や。これって何でするか説知っとる?」
言語講座が勝手に開催されて、自分の足先は学校を向いていた。車が走ってきたので、「あ、危ないな。歩こか。」と、連は自分を見ながら歩き始めた。
「何でよう挨拶するか何となくわかる?」
まだその話を続けるのか、と朝から疲れたが、「何?わかんないよ。」と返事した。
「それは、相手の警戒心を解くためやって。特にアメリカなんて、銃社会やろ?気さくに挨拶してこーへんと怪しまれて、最悪パーンやねんて。ま、知らんけど。」
「解くどころか跳ね上がってるよ警戒レベルが!」
思わず突っ込んでしまった。そのツッコミに受けたのかゲラゲラ笑い始めた。
「おもろいなあ、君。あ、ちょっと急がんと遅刻するかも。」
自分を置いて連は走り出した。そのフォームを見て絶対運動できるんだろうなと確信した。
「足くっそ速くない!?」
ぜーはーと息を切らす自分を横目に、連は涼しい顔をしている。普通に靴箱から上履きを取り出して履き替えている。
「毎日走ってればちゃんと身体は応えてくれんで。貧弱すぎひん?」
「れ、連が異常なだけだよ……!」
朝から気分を悪くしながら、教室に入ればこそこそと噂のウィスパー合唱だった。今時の女子生徒って感じな女子生徒が連に近づいた。
「連、何でこんな遅いん?今日。いつもやったら、15分くらいには着いてるやん。」
連はイケメンポーズの1つ、首を痛めたポーズをして微笑みながら言った。
「いや、妹とか弟を叩き起こそうとしたらな、全然起きひんねん!マジで自分で起きてほしーわ。」
「マジ~?また妹さん、寝坊しかけたの?」
女子生徒が絡みに行くと、そやねん……と連は小さな皺を眉間に作った。
「大変やねえ。」
連の目がこっちを向いた。にこっと笑った。程よく女子生徒との会話を切り上げて、こっちに来た。
「学校慣れた?」
鞄を机に置いて、中の教科書やノートとかを机の中に入れつつ、連が訊いてきた。頬杖をつきながら、自分は「微妙。」と返した。それを聞いて、連は軽く笑った。
「あれだけツッコめてたのに?」
「あれは流れでしょ。学校に馴染めてるかどうかには関係ない。」
「それもそやね。1時限目、地理やけど、地図帳持ってきた?」
……嫌な予感がして慌てて机の中を探し、教室から飛び出してロッカーも探す。
「……なかった?」
自分は元気なく頷いた。
「元気だしって。地図帳見て答える問題は当たらんかったやん。」
授業終わってから遺憾ながら連に慰められた。地図帳でふと気になったことがあった。
「そういえば。」
「どしたん?」
「連のお父さんって関東からだっけ?あれ、関東から関西に来たってことでいい?」
「むしろそれ以外でどう捉えるんよそれ。そうそう、うちのおとんは関東から中学生んときに来たんやって。」
連は頬杖ついて、教科書をペラペラめくっていた。
「何で?」
「おかんと一緒の学校行くためやって。今時のヤンデレみたいやわ。」
「ヤンデレは言いすぎじゃない?」
連が教科書から視線をこっちに向けた。
「まあ、ええように言うたら、愛情表現がわかりやすくて、一途ってことやな。」
なんてわかりやすいテンプレ男なんだろうと思いつつも、漫画みたいで面白そうとも思った。
「へぇ。お父さんとお母さんっていつ知り合ったの?」
「えらい興味あるやん。おかんは中学生のとき言うてるけど、おとんは小学生から知ってたって言ってたわ。何でここ食い違ってんねんやろうな。」
「それ、お母さん、小学生のとき気づいてなかっただけじゃない?」
「……確かに。おかん、くっそ鈍いもん。おとんは中学生はそんなにアピールしてなかったけど、高校生んときに、文化祭デート誘ったら、ただのお友達として回ってるつもりやった言われたらしいし。僕思うねんけど、異性の友人にわざわざ誘われて、しかも2人で文化祭回るってデートちゃうん?」
「お母さんめちゃくちゃ鈍いね……!?むしろそんな鈍いのにどうやって結婚まで行ったの?」
今時見ないレベルの鈍感っぷりに驚いた。
「結婚は大学んときに告白して、そこから早めに婚約して、大学中やったか、卒業した後か忘れたけど、プロポーズして、あっさり通ったらしいわ。」
「何か漫画みたいって思ったけど、そんなにドラマチックじゃないね。」
少しがっかりした。
「ただでさえ、鈍感とヤンデレで充分ドラマチックやのにこれ以上波乱万丈なったらまともに人生送られへんやろうがい。」
ここまで来ると、連の両親の顔が見たいと思った。
「お母さんかお父さんの写真ないの?」
「何で?そんなに気になるん?普通……じゃないと思うけど、そんなにおもろないで?」
そう言いつつ、連はスマホを取り出してスクロールしながら探し始めた。
「あ、あった。妹が高校入学したんときの写真や。ほら。」
写真を見たけど、勝ち組というやつでハンカチを噛みちぎりたくなった。豊かな黒髪にきりっとした印象だけど、写真に写る母親だろう女性はニコニコしていた。当然美人だった。隣にいる男性は童顔なのか、子持ちにしては若く見えるし、ストレートな黒髪でこちらも容姿は悪くない。真ん中にいる女子生徒は、天真爛漫な印象を受ける明るい美人で少し父親似に見えた。隣は写真を見せてる連にそっくりなので、本人だと思った。
「持ってる側じゃないかこれ。あれ?そういえば弟さんは?」
「弟反抗期で写らんかった。基本的にスマホじゃなくて、ガチカメラの方で撮るから弟の写真は手元にあらへんわ。」
「まあ、連の整いっぷりを見てると、弟も顔良いんだろ。」
僻みが入ったことを言うと、「まあそうかもな。」と言ってスマホを連はしまった。
「あとそうだ。中学の時にお母さんはお父さんのこと知ったのに、お父さんはお母さんのこと小学生の時に知ってたんだよね。あれ何で?」
「ああ、それ?おとんというか僕の家特殊で、ちょっとええとこの家の顔合わせがあって、それで顔面に一目ぼれしたらしい。早熟すぎん?」
「やっぱり持ってる側だろ。羨まし。」
「持ってる、持ってないじゃなくて、いかに自分の武器を生かすかやろ?別に、自分かってそれなりに顔も悪ないし、頭もそれなりにあるやん。」
正論パンチで致命傷を負いかけた。
「てか、僕思うねんけど、今の年でまだデートするのってアリやと思う?」
正論パンチのせいで心の中で呻いていたら、思いがけない質問が飛んできた。
「え?それって両親がってこと?」
「そうそう。僕の両親、まず休みで僕ら子供が大体遊びに行って特に予定がないとき、デート行くねん。大阪とか京都とか近場でサクッと。どう思う?」
「ドラマチックではないけど、めちゃくちゃロマンティックでアリじゃない?超ラブラブでびっくりなんだけど。」
連は「そうかあ。」と呟いた。
「やっぱ僕の親って世間に比べてバカップルなんやなあ。あと、おとんのあの溺愛っぷり見てたらおかんの塩具合で、おとんがさ。たまにかわいそうに見えてくんのよな。」
「ん?塩対応?」
雲行きが変わった。
「いや、おとんがハグしたり、髪の毛にキスしたり、好きだよって言って、もうフランス人かってレベルで愛情表現わかりやすいねんけどさ。おかんの方はひたすら享受するだけで、全然おとんのことほんまに好きか?って疑いたくなるくらい、わからんのよ。」
「それ恥ずかしがってるだけじゃないの?」
「ご名答。そやねん。だって、おかん、おとんとデート行くとき、鏡見てこれ好きかな……色どうかな……とガチ悩みしてるから。」
答えありきの質問で、我ながら短気で連の頭を殴りたくなった。
「でも、たまにはわかりやすい愛情表現してもええと思うわ。あれ。」
そこまで言ったところで、「いや待てよ。」と連が言い始めた。
「どうしたの?」
「僕の家、僕入れて子供が4人おんねんけどさ。男2人に女2人な?今時4人も出産なんかせぇへんよな?双子ちゃうし。」
そこまで言われて、意図を察して「ああ……。」と曖昧な返事をした。
「でも、軽い接触でもちょっとくらい明確な愛情表現した方がええわ。」
何でそこまで明確な愛情表現にこだわるんだろうと思ったけど、幾ら愛情注いでも相手が喜んでくれているのかわからなかったら、確かに辛いなと思った。
「何か他にわかりやすいアピールないの、お母さん。」
さすがに話の内容がかわいそうだったので、もうちょっと明るい話にしたくてそう訊いた。
「一緒に寝とる。毎日。」
「アピールとしてそんなにわかりやすくない……!」
連は苦い顔をした。
「何や、注文多いな。おかんのわかりやすい愛情表現?あとなんやろな?あ、あれや。デートから帰ってきたら、腕に抱き着いて帰ってくる。行くときは恋人繋ぎやのに。」
おお、いいじゃんとリアクションを挟もうとしたら、連がまだ続けた。
「でも、あれ、うちのおかん、顔が割と可愛いからきっつってならへんだけで、あれがもっとおばちゃん風味凄かったらきついなあ……。」
「それは言わない!やめなさい!」
思わずストップをかけた。
「……せやからさあ。僕な。」
彼が何かを言いかけたが、クラスメイトが話しかけて来て彼は「ごめん。ちょっと行ってくるわ。」と離れて行ってしまった。何を言いかけていたんだろう。
多分ろくなことじゃないだろうけど。




