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5話 一生のトラウマ

<登場人物>


*浄南病院研修医1年目*

・纐纈桜:主人公.A大学出身.北山田高校出身.

・箕浦健史:A大学出身,桜と一瞬恋愛関係になりかけたが桜に振られた.北山田高校出身,桜と同じ塾出身.

・秋間拓弥:A大学出身,高校時代桜と塾も一緒だった.西又高校出身.

・藤原琴海:B大学出身,北山田高校出身.言い方がキツくて桜は苦手.

・大輪田祐之:C大学出身,西又高校出身.第一印象よりは気さくだけど内弁慶.


*浄南病院研修医2年目*

・長瀬菜子:やる気なし系で病院で韓国ドラマ見るくらいの人.

・角田遊星:髪を脱色しているほどチャラい.


*浄南病院上級医*

・加藤先生:外科の先生.初めの準夜勤で一緒になった.角田先生と仲がいい.


*その他*

・美絵里:桜の大学の親友.

4月21日.

それは,初めての準夜勤の次の日.


心肺停止になっていたあのおじさんを思い出す.

そう思うとなかなか寝付けず,ただでさえ慣れていない研修医寮の部屋で,一人悶々としながらあの瞬間がフラッシュバックしていた.


…まあでも私は社会人.なんと言われようと,辛くても休むなんて選択肢はない.


「おはようございます」


スクラブに着替えつつ,消化器内科の内視鏡を見に,内視鏡室に向かう途中で,角田先生が手招きしてきた.


…やっぱり,昨日のことかな?

不安で心臓がバクバクしたけど,大人しく救急外来について行った.


入れられたのは救急外来の診察室の1つ.


「纐纈さんさ,何であの時帰ったの?」


ドキッとした.何もなくても私って,残らないといけなかったの?


「何もないって話でしたし,帰っていいかの許可も得たのに,だめですか?」

「普通はな,ああいう時は残っておけばいいわけ.あの後,加藤先生が『思わずあいつの顔ぶん殴りたくなったわ』とか言ってたぞ」


_____『ぶん殴りたくなった』?

そこまで,私っておかしなことしたの?

私は確かにあの人の最後まで見ずに帰ってしまったけど,やることないのにずっと残って何ができるの?


そこまで言うならなぜ,私が許可を求めた時に,仕事を振らなかったの?


「私が許可を求めても,陰で悪口言われるくらいなら私に何で直接言わないんですか?」

「当たり前のことは言わないだろ.聞く方がおかしい.」


社会って,そんなものなの?仕事終えて帰れないとか,結局何もできないのに残るとか,そんな常識なんて私は知らない.


「そう言うの,言ってくれないとわかるわけないじゃないですか…」


何でこんなことを後で言われないといけないの.

何で,私の悪口を他の人から聞かないといけないの.

角田先生も酷いよ,言わなくてもいいのに.言っても,『ぶん殴る』のくだりは絶対に要らなかった.


何で,何で.

昨日出たはずの涙が,また止まらなくなった.


「何で,何にも言ってくれないの…」


指導者でしょ,上級医なんて.それを陰で悪口言って発散するだけでただただ嫌な思いを後でするなんて,指導できてないじゃん!


「今パワハラだの言われるからじゃねーの?」

「言われれば私だって残りました!ぶん殴られなければ,言葉さえあれば,私だってちゃんと…」


私の泣き顔と,言い訳にしか聞こえない言葉に呆れたのか,


「もういいよ,次から気をつけな」


それだけ残して,私を診察室に一人残して去っていった.




____________




落ち着いてから,昨日の患者さんのカルテを見た.


『転帰』___帰宅したか,入院したか,死亡したかの欄があった.


他の患者さんは全部『帰宅』だったけど,


想像通り,あの患者さんは『死亡』と書かれていた.




何で,自分が人生初で見た患者さんが目の前で死んじゃうの?

みんな,こんな思いしてこなかったよね?どうしてなの?おかしいよ.


ただでさえ何もできない,ただの研修医で,目の前で亡くなった命だけでも手一杯なのに,これ以上私に何を求めるっていうの?



自分で抱えられる量の問題じゃなかった.



でも,このことを研修支援の事務さんや消化器内科の上司に説明しても,最終的には『今後気をつけようね』で終わった.


その日1日は,病院では過ごしていたけど,何も手につかずに,文字通り何もできなかった.




____________


立ち直ることは徐々にできていた.


消化器内科の内視鏡は画面酔いするし面白くないと思っていたけれど,救急外来から入院になるのを一緒に見させてもらうことになった.


優しい4年目の先生とかに1つ1つ教えてもらいながら,自分ができることが徐々に増えていくことがすごく楽しかった.



そんな,例のトラウマの日から数日した時,箕浦が医局で勉強している私に,ニヤつきながら話しかけてきた.


「纐纈さんさ,目の前で死んでいく人いたのに定時で帰って顰蹙《ひんしゅく》を買ったってマジ?」


治りかけてた傷が,徐々に開いていくのを感じた.


「角田さ,色んな人に広めまくってたぜ」


仮にも先輩に対して呼び捨てはどうなのとは思いつつ,それより後の言葉,これが,胸に岩でも載せられたかのような気分になった.


…角田先生って,本当に最悪な人.一生許せない.


「箕浦,あんたが同じ目にあったらどうしたのか想像してみな?実際になって同じように嘘の混じった話をされてみたら?ほら,早く同じ目に遭いなさいよ!それもできないのにそんなニヤつきながら話すんじゃないわカス」

「あ,はい」


まだ,同期に言われてよかった.箕浦なんて,どんな風に思われようと知らないし.


ただ,これで悲しい事実がわかってしまった.


この医療の世界,特に医師同士っているのはあまりにも狭い世界.別の病院であっても,顔も知らない人の話も私の耳に届く.

それに,この近辺は私の卒業大学,A大学のテリトリー.言うまでもなく,同級生繋がりとか他で絶対に広まる.



人からの評価に人一倍敏感なのに,研修医歴3週間でこんな傷.


___こんなことなら,初めから医者なんて目指さなきゃよかった.

次回は9月16日更新です.

このおじさんの死因をおそらく医療者なら気になる(病歴からわかるかも?)と思いますが,ここではあえて触れませんでした.今後質問などあれば明かそうかなと思います.

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