28話 社会人として
<登場人物>
*浄南病院研修医1年目*
・纐纈桜:主人公.A大学出身.北山田高校出身.
・箕浦健史:A大学出身,桜と一瞬恋愛関係になりかけたが桜に振られた.北山田高校出身,桜と同じ塾出身.
・秋間拓弥:A大学出身,高校時代桜と塾も一緒だった.西又高校出身.
・藤原琴海:B大学出身,北山田高校出身.言い方がキツくて桜は苦手.
・大輪田祐之:C大学出身,西又高校出身.第一印象よりは気さくだけど内弁慶.
*浄南病院研修医2年目*
・長瀬菜子:やる気なし系で病院で韓国ドラマ見るくらいの人.
・角田遊星:髪を脱色しているほどチャラい.人情厚い面もあるが桜はCPA事件をきっかけに余計に嫌いになった.
・安曇眞彦:資格大好き人間.司法試験合格している.面倒見がいい.
・山田恭介:態度も体格もデカい人.面倒見がいい.野木先生と仲が悪い.
・佐藤柚紀:通称ゆき先生.桜の飲み友達.腎臓内科志望.
*浄南病院上級医*
・野木先生:外科の先生.桜を無視する系のパワハラ系上司.院長のコネ持ち.
・芝浦先生:呼吸器内科の先生.丁寧に教えてくれる.
・七森先生:腎臓内科の先生.桜を見守っており,優しい.
*その他*
・山下君:桜の幼馴染.よくゲームで一緒に遊んでる
・川端さん:ゆき先生と一緒に飲む友達.浄南病院の受付をしている
救急ローテ.
____3回のローテの内,2回目に当たる.
それが,11月終わりから始まったものだった.
「纐纈さん,本当に成長したよね」
救急ローテの初めに,おもむろにそんなことを上級医から言われた.
「そうですか?」
「うん,自分では気づいてないかもしれないけど,すごく良くなった.昔ならできなかったことも,今じゃできるよね.
前よりも何でもやってくれるから,本当にこっちとしては助かるよ」
泌尿器科の専攻医の先生___初めての当直の時一緒だった先生____は,私を見てしみじみとそんなことを言ってるけど.
私からしたら,患者さんの数が減ったおかげで,一人一人を対応する時間が増えて,うまくできてるように見えてるだけな気もするけどなー.
そうだとしても,嬉しいことは嬉しい.
…それでいうと,私もこのローテ前までの勉強で知ってしまったことも多い.
例えば,血液培養って検査.この先生は当直の時に1セットだけでいいよ,なんて言ってたけど,
どんな本でも2セット出さないといけないじゃん!!!まあ1セットだけ一応出しておくかー,くらいの時もあるってことはあるかもしれないけど,2セットが基本なのに,ここの病院だと1セットでも許されてるのはやばくないか?
…ま,それを自分で判断できるようになったってことが,1番の成長かな.
今抱えてる患者さん達のカルテを見ながら,そう思った.
_____そんな風に,私が救急ローテが始まったばかりの頃.
研修医のLIMEに,こんな連絡があった.
『年末年始の当直のメンバーが出揃ったよ』
…そして,そこに写ってた紙には,
『12月31日 研修医 纐纈 上級医 野木』
…と,それだけ書かれていた.
________そして,問題の火曜日午前が来た.
その問題って,ただ単に野木先生の日だから.
前回の救急ローテのことも,外科の時のことも,麻酔科の時のことも.ぜーんぶ私は恨んでる.
こんなの,聖人にでもならないと許せないでしょ.
私が手術室に行く時に動悸がするようになったのは,全部お前のせいだからな.
…それと.
〜〜〜〜っ,大晦日の日,ガチでどうしよう…
休みの日の当直っていうのは,研修医と上級医の2人で24時間を過ごすことに変わりない.
今までに野木先生とは1回だけ当直が被ったことがあったけど,その時は私に夜中連絡するのも嫌だったからか,全部の救急車を断っていたらしい.その後,救急を取り仕切ってる先生がカンカンに怒ってた.
…何度でも思うけど,本当にガキだよな,30歳のおっさんのくせに…
正直,私に嫌なことがなければ別に構わないけど,仕事に支障が出るのが1番やばいと思う.これは社会人としてね.
…社会人としての態度さえ守ってくれるのなら,私は一緒に大晦日を仕事するのでも別に構わない.できないのなら私の責任外.
そんなこと考えてても,患者さんは運ばれてくる.
「19歳女性,過換気で救急搬送」
「39歳女性,呼吸苦で救急搬送,喘息の既往があり,room airでSpO2 92%で現在酸素4Lで95%」
…はあ,今日も今日とて看護師にも私にも連絡なしか…
ため息を飲み込みつつ,重症っぽい感じの患者さんの病歴に嫌になりながら,対応を始めた.
_____その問題が起こったのは,さっきの呼吸苦の患者さんだった.
「あー,どうすればいいんだろう…」
呼吸苦の原因は,検査の結果を見ても喘息発作だった.
この喘息って,実は怖い病気で,場合によっては死もありうる.
とはいえ,うちの病院に来る人は軽症の人が多いし,そうなると大体の場合はメプチンっていう薬を吸入すると,ある程度の人は落ち着く.それでも悪いままだったらステロイドを入れておけば改善することが多い.
…で,この患者さん.ステロイドも入れたし,酸素も入れながら吸入もやってるのに,1時間経っても一向に症状もSpO2も良くならない.
こうなったら呼吸器内科の先生にコンサルト(相談)するのが普通なんだけど,それをするのは研修医じゃダメっていうルールがある.
…ってことは,野木先生に連絡をしないといけないわけで.
またもや救急にいないけど,さっき他の外科関係の患者さんを見てたし,いるはず…
電話も一応考えないとなんだけど,元々電話が嫌いな私ってのもあるし,何よりガチャ切りされるのが目に見えてる.
…よし,まだ会って話せば余程無視されないだろうし!探すか!無理なら電話!
そう思ってキョロキョロと周りを歩きながら探す.
…見つけた.
「あ,あの,野木先生…」
そんな私の声を無視して,野木先生は救急を出て行った.
…私のこと,どうしても無視したいんだね.
重症患者さんが来たらまずいだろうな,っていう私の予想.1回目のローテの頃からずっと危惧してたこと.
無視をすることで,この患者さんに不利益が出るよね?それでも,社会人としての基本も無視してでも,私と関わりたくないの?
心臓がまたバクバクして,視界がぼやける.
…やばい,今までのことで私がもう怖くなってる____
電話なんて,この状態だとできそうにない.
こんな私を,他人は『弱い』と一喝するかもしれない.
でも,ここまでで,もう,無理.
こんな人と当直も,何にもできない.
___そんな気持ちでは,他の患者さんにも影響が出ちゃう.
私には,その重症な患者さんを見るのが怖くなった.状態は悪くなってないし,これが問題になったらそれで野木が訴えられればいいんだ.
あんなやつ,『先生』なんて付けたくもない.
もう,私は他の患者さんしか見ないようにした.
…そんな時だった.
「喘息の人を放置しちゃダメだよ〜,入院だし,入院時の心電図だけ検査を入れておいて」
現れたのは,呼吸器内科の女医さんだった.
「あ…すいません」
もう,それ以外の言葉は出なかった.
「場合によっては重篤だと死んじゃうかもだからね」
「…すいません,上級医がいなかったので…」
「こういう時は,呼吸器内科に直接電話すればいいよ.対応するから」
その言葉に,涙こそ出なかったけど,泣きそうになった.
____そうして入院の準備が着々と進んでいく中,私は魂が抜けたかのように,考えるのをやめた.




