9話 "患者さん"というもの
<登場人物>
*浄南病院研修医1年目*
・纐纈桜:主人公.A大学出身.北山田高校出身.
・箕浦健史:A大学出身,桜と一瞬恋愛関係になりかけたが桜に振られた.北山田高校出身,桜と同じ塾出身.
・秋間拓弥:A大学出身,高校時代桜と塾も一緒だった.西又高校出身.
・藤原琴海:B大学出身,北山田高校出身.言い方がキツくて桜は苦手.
・大輪田祐之:C大学出身,西又高校出身.第一印象よりは気さくだけど内弁慶.
*浄南病院研修医2年目*
・長瀬菜子:やる気なし系で病院で韓国ドラマ見るくらいの人.
・角田遊星:髪を脱色しているほどチャラい.人情厚い面もあるが桜はCPA事件をきっかけに余計に嫌いになった.
・安曇眞彦:資格大好き人間.司法試験合格している.
*浄南病院上級医*
・加藤先生:外科の先生.初めの準夜勤で一緒になり,陰で桜の行いに激怒していたため,桜のトラウマ.角田先生と仲がいい.
・芝浦先生:呼吸器内科の先生.丁寧に教えてくれる.
*その他* 省略
早速,芝浦先生から言われた患者さんが入院してきた.
入院しに来たと言っても,入院の手続きとかで忙しく,看護師さんや事務さん,薬剤師さんからの説明があったりする.それもあるので,ある程度時間をおいて,全てが終わって暇そうなタイミングで病室に向かう.
まず本人にこんなこと聞こうかなとか,どんな所見を取ればいいのかなとか,そういうものを準備しないといけない.
ある程度落ち着いたところで,芝浦先生がやってきた.
「今回は私も一緒に行って,実際の対応の仕方を教えますね」
聴診器を持ち,芝浦先生と一緒に部屋に向かった.
部屋では,70代の年相応な風貌のお爺さんが,ベッドに腰掛けていた.
「こんにちは諏訪さん.今日から入院で新しい薬,アテゾリズマブというものを使っていきますね.この薬はいい薬なのですが,場合によっては薬剤性肺炎と呼ばれる,肺炎を引き起こしてしまう可能性があるんですね.ですので,慎重に使っていきましょう.血液検査で問題がないかも確認してから退院となります」
今回見る患者さんは諏訪さんという人だった.品が良さそうで,話の理解力も問題なく,入院の際も家族なしでお一人で来られていた.
「まあもう何度も薬変わってますからね.効くことを祈って,やるしかないですね」
「そうですね.それと,今回の入院では研修医も一緒に診察させていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ,いいですよ」
「研修医の纐纈といいます,何かあったら気軽にお話しくださいね」
芝浦先生の説明と紹介で,私はやっと口出しできるようになった.
芝浦先生は,後ろにいる私に"診察してみますね"とでもいうかのような目線を向け,患者さんに近づいていく.
「では,まずは聴診させてくださいね」
時間をかけて,しっかりと耳を澄ましている.
自分がかかったことのあるクリニックの先生とか,聞いてるのかどうかもわからないくらいのスピードで聴診するけど,やっぱり呼吸器専門なだけあって,しっかり聴くものなんだな…
「では研修医からも聴診をしてもらってもいいですか」
「ええ,大丈夫ですよ」
え,今から?
国家試験とかでは,もちろん呼吸音の勉強はする.例えば,参考書アプリとかでついてたりする.
でも,それはあくまで誇張した音で,「こんな音が肺から聞こえてたらやばいだろ!」くらいのはっきりした音.そんな音しか聞いたことがない.
でも,臨床現場で使えるかなんて,できるか!慣れないことにはわからない!
私の聴診器を,諏訪さんの胸に当てる.教科書通りの順番で,移動させていく.
私には特におかしくないように聞こえる.呼吸の音がかすかに聞こえ,特に呼吸の前後でも変な音はないように思えた.
「ありがとうございました,これから少なくとも1週間,よろしくお願いします」
そう諏訪さんに告げ,その場を立ち去った.
________
「どうでしたか?纐纈先生」
医局に戻り,カルテを書きながら芝浦先生は横にいる私に確認した.
「特に聴診が合ってるのかどうか不安でたまらなくて…」
芝浦先生がややニヤッとした.
「諏訪さんの聴診は,どんな風に聞こえましたか?」
「えっと,正常な気がしましたが…全然自信がないです,すいません」
少しの沈黙の後,「そうですよ」と返ってきた.
「聴診は確かに初めは難しいと思います.本当におかしい所見があるかどうかの判断ができるようになるのは,正常を正常とわかるところからだと思います.昔に比べてCT検査などもその場で撮ることができるようになりましたが,昔の時代は聴診器とレントゲンだけで肺炎を判断していましたので,それだけ重要な所見なんですよ.今ですと,入院中はレントゲンでフォローすることが多いですけどね」
『正常を正常とわかることが大事』ってことか…確かに,それは本当にそうだと思う.
骨折したレントゲンも,それが異常とわからなければ診察できない.CT画像を見て,異常をすぐに見つけるのも"正常"がわかってこそ.
「わかりました,いろんな患者さんの聴診を頑張ってみたいと思います」
「そうですね,無理しない程度にやってみましょう」
その日の帰宅後,自分の持ってる参考書アプリについている聴診所見のサンプルを聞いた.
聞き分けはできるけど,でも,やっぱり本物の人間じゃないとわからないことも多い.
「それでも,勉強しないよりはマシ!」
何度も,そのサンプルを聞きながら眠りについた.
________
その後,諏訪さんは入院中特に何事もなく抗がん剤を使用し,採血もやや悪いが許容範囲内とのことで,帰っていった.
「纐纈先生,ありがとうございました」
出勤日は毎日欠かさず会いに行ったおじいちゃん.笑顔だった.
「元気で生活できることを祈ってますね」
そう,最後に告げた後,芝浦先生の横で私はその人の退院サマリーを記載していた.
「ここはこう書くといいですよ」
「はい!」
「色々勉強はできましたか?」
「はい!本当に,本で書いてあること以外にも色々考えることも多いなとも思いましたし,よくなって欲しいなって,すごく思いました!」
「そうですね.特にあの人はアテゾリズマブが効かなかった場合,もうこれ以上使える抗がん剤がないですし,お祈りですね」
諏訪さんが退院して,2週間が経過した.
5月下旬,12時ごろ.
気胸の患者さんにドレーンチューブ(空気を抜くために肺に穴を開けて持続的に脱気するための管)を他の先生と共に挿入し,一息をついてナースステーションでカルテの前で座っていた時だった.
「纐纈先生,今日の私の外来で,諏訪さんが薬剤性肺炎を起こしてしまいました.SpO2も低下していますので,このまま今日緊急入院とすることになりました.先生も見ていた患者さんですし,一緒に見ましょう」
____諏訪さんが,最悪な形で,帰ってきてしまった.
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