009 冒険者ギルドとなんとやら……
「ほえー、ここが冒険者ギルドか……。めっちゃ雰囲気出てるやん!」
俺はさっそく冒険者ギルドの前までやってくると、田舎人丸出しな感じでその建物を見上げていた。
村の入口を抜けてすぐの一際高い建物の屋根の上では、何かのモスキートを模した風見鶏があさっての方向を向いている。
建物は太い丸太を組み合わせたログハウス風で、所々に金属製の補強材が打ち込まれていて、周りの建物と比べてもかなりしっかりした造りだ。
昔に読んでいたラノベだと、入ったらいきなりチンピラ冒険者に絡まれるなんてのがテンプレだったけど、どうかそんなことは起こりませんように。
……って、別にフラグを立ててる訳じゃないからね? そこんとこ、シクヨロ!
そんじゃ入りますか。
この前後にパタパタするドア、確かスイングドアとか言ったっけ? 一度でいいからパタパタしてみたかったんだよね。
よーし、入るぞー!
「バーン!」
「ふがっ!?」
あっ!? やべっ! 思いの外、ドアの建て付けが良すぎちゃって勢いがついちゃった!
あれっ? なんかつるピカハゲ丸くんみたいなスキンヘッドの男の人が顔を押さえて蹲っているぞ。
鎧を身に付けて背中にハンマーを背負っているし、冒険者かな?
もしかして、ドアにぶつかっちゃった……
「うぐぐぐっ……! 痛ぇーな! ふざけた真似しやがって! ぶっ殺して……!?」
「えいっ!」
「ふごっ!?」
俺はスキンヘッド男が物騒なことを言い終わる前に、その顎を必殺の右フックで撃ち抜いた。
まともにくらったスキンヘッド男は白目を剥いて撃沈。
その場に顔面からぶっ倒れた。
「あーあ、やっぱりテンプレかぁー。ぶっ殺されそうになったし、これって正当防衛だよね……?」
とりあえず、ここで倒れられていても邪魔だから外に出しておこうっと。
俺は倒れているスキンヘッド男をズルズルと引きずって外廊下の隅っこに寝かせると、何事もなかったように再びスイングドアを押し開けた。
「パターン」
小気味良い音を立てて開いたスイングドアを通り抜けると、ギルドの中は吹き抜けの天井が開放感を与える広いホールになっていて、使い込まれた傷だらけの木の床や柱が渋い光沢を放っていた。
左手には木のテーブルと椅子が雑然と並ぶ併設の酒場スペース。
右手には依頼を貼り出していそうな大きな掲示板。
そして、正面奥には受付カウンターが配置されていた。
時間帯のせいかな? 思っていたよりも冒険者が少ないぞ。
……というか、酒場スペースにいる冒険者の皆さんがこっちを凝視してるんですけど……
どうやら、さっきのスキンヘッド男のせいで、不本意にも悪目立ちしちゃったみたいだ。
「ヒャハハハハ! アイツ、ハンスの野郎をワンパンで片しやがったぜ! こりゃあ、傑作だ!」
「ああ! ありゃしばらく起きんだろうな! ワッハッハッハッ!」
なんて、膝を叩いて笑うベテラン冒険者らしき2人組。
一方で静かに酒の入ったグラスを傾けながらも、警戒した様子で視線をビシバシ飛ばしてくる中堅冒険者らしき女の人。
そして、俺の淀みない正当防衛にドン引きしてる感じの新人冒険者らしき3人組。
反応は様々だけど、今は少なくとも話し掛けてはこなさそうだ。
俺は柳に風といった感じで突き刺さる視線を受け流しながら受付カウンターに向かうと、3人いる受付嬢の中で唯一目を逸らさずにこちらをジッと見ていた受付嬢に声をかけた。
「あの、すいません……」
受付嬢は優雅な手付きで書類を整理すると、僅かに口角を上げた。
「ようこそ、冒険者ギルド ムルージュ支部へ。随分と変わった入店挨拶ね。……それで、そちらの迷い子さんは、本日はどのようなご用件かしら?」
おおっ!? すごい美人さんだ!
艶やかな銀髪をハーフアップにまとめ、知性を感じさせる細眼鏡の奥には、全てを見通すかのような紺碧の瞳。
ドレスの上からでもわかる大人の色香を漂わせる曲線美。
まさに落ち着いた艶やかな美人という表現がピッタリな女性だな。
おっと、いけない。
あまりの美人さんに俺の若返った心臓が蚊取り線香の火みたいにチリチリしてきたぞ。
落ち着けカトル、お前の中身は3人の子供の父親だ!
というか、可愛い孫もいるんだぞ!
こういう時こそ大人の余裕を見せるんだ!
俺は厳しい現代社会を生き抜く中で会得した渾身の営業スマイルを顔面に貼り付けた。
「お騒がせしてすみません。少しドアの建て付けが良すぎちゃったみたいで……。えーと、アイテムの買取をお願いしたいんですが、できますか?」
「悪いけれど、冒険者登録はしてるのかしら? ここでは基本的に冒険者からしかアイテムの買い取りはしていないの」
「そうなんですね。ちなみに冒険者登録にお金は必要ですか?」
「いいえ、必要ないわ。冒険者登録ならすぐにできるけれど、どう? していく?」
「はい。お手数ですがよろしくお願いします」
「ええ、勿論。私は受付嬢のクラリス。アナタ、名前は?」
「カトルです」
「カトル、よろしくね。それじゃ、少し準備をするからそこの衝立のあるスペースに移動して待っててね」
ほっ……、冒険者登録がタダでよかった。
それにしても、クラリスさんかぁ……
見た目だけじゃなくて声も色っぽかったな。
していく? なんて言われたときは背筋がゾクゾクしちゃったよ。
テンプレはテンプレでも、冒険者ギルドの受付嬢が美人なのは大歓迎だな。
そんなことを考えながら、言われた通りにクラリスさんの指さした受付カウンター脇の衝立スペースに移動すると、そこには2人がけのテーブルと椅子が置いてあった。
俺が椅子に座って待っていると、準備を終えたクラリスさんが大きめの革カバンを肩にかけてやってきた。
「お待たせ」
そう言うとクラリスさんは革カバンの中からおもむろにタブレット端末のようなツルツルした板を取り出し、俺の目の前のテーブルの上に置いた。
続けて、革カバンのポケットからチェーンの付いたネームタグのような物を取り出して、それを板の側面に差し込んだ。
「カトル、冒険者登録にはこの魔導板を使うの。知っているかしら?」
「い、いえ、知りません」
おおっ、何かそれっぽいのが出てきたぞ。
魔導って付いちゃってる所がめっちゃファンタジーだな。
「そう……、それなら簡単に説明してあげる。この上に手を置くと自動的にステータス情報を読み取って冒険者ギルド本部の管理魔導機に登録されるわ。それと同時にこの冒険者タグにも情報を紐付けるの。これはアナタに渡す事になるんだけれど、身分証明書になっていて、ギルドでの色々な手続きの時に必要になるから失くさないようにね。他にも説明しなくちゃいけない事はあるけれど、後は登録してからにするわね。それじゃ、魔導板の真ん中に右手を置いてちょうだい。」
「はい……」
俺は言われるがままに魔導板の上へと右手を置いた。
直後、ブーンという重低音と共に魔導板が青白く発光してステータス情報が浮かび上がる。
◇名前 カトル
◇識別 人間
◇年齢 20歳
◇属性 か
◇職業 冒険者(鉄等級)
どうやら、全てのステータスを読み取っている訳じゃなさそうだな。
早速、職業が冒険者になっているぞ。
鉄等級ってことは上の等級は銅等級とかになるのかな?
さらば、無職! 俺の冒険者ライフが始まるぜ!
って、別に冒険者になりたかったわけじゃないんだけどね。
でも、しばらくは冒険者で食い繋ぐしかないか……
んっ? あっ、属性が『か属性』だったのを忘れてた。
何か突っ込まれるかな?
チラッと様子を伺うと、クラリスさんは静かに見ていた魔導板を何やら操作してから差し込んでいた冒険者タグを引き抜いた。
「カトル、これで冒険者登録については完了よ。始めは鉄等級からのスタートになるわ。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます……」
あれっ? 『か属性』についてはスルーみたいだ。
もしかして、そんなに珍しい訳じゃないのかな?
それなら、この属性について確認してみよう。
「あの、俺の属性について聞いてもいいですか?」
「カトルの属性は『火属性』だったわね。何が知りたいのかしら?」
「……? いや、あの俺の属性は『火属性』じゃないと思うんですけど……」
「……何を言っているのかしら? アナタの属性は『火属性』よ。ほら、魔導板にも『火属性』って表示されているじゃない」
そう言いながら、クラリスさんは魔導板を操作して『火属性』と表示されている箇所を指差した。
◇名前 カトル
◇識別 人間
◇年齢 20歳
◇属性 火属性
◇職業 冒険者 鉄等級
「えっ……?」
さっきのは見間違いかな?
クラリスさんのいう通り、魔導板の表示は『火属性』ってなってるぞ。
うーん……、クラリスさんが何かしたってことはないよな……?
そうだ。自分のステータスを見てみよう……。やっぱりステータスだと『か属性』のままだ。
魔導板がおかしいのか、俺のステータスがおかしいのか、どっちが正しいのかわからん。
「あの……、つかぬことをお伺いしたいんですが、属性って何種類あるんですか?」
「……属性は、月、火、水、雷、風、土 の6種類よ。ずいぶんと当たり前のことを聞くのね?」
「あははは、ちょっと一般常識に疎いもんで……」
6種類か……。だとすると、単に俺のステータス表示がバグってるのか、そもそも俺の属性がイレギュラーなのか、どっちかだな。
とりあえず、この世界での世間体的には『火属性』の方が波風立たなそうだし、まぁーいいか。
何にせよ、これ以上属性に触れても藪蛇になりかねないし、今は誤魔化しておこう。
「あ、あははは……、ちょっと疲れ目で文字が霞んでたみたいです。俺の属性は『火属性』でした。ごめんなさい、何でもないです」
「そう……。もう少し説明することがあるのだけれど、そんなに疲れているのなら残りの説明は明日にでもしておく?」
「いえ、大丈夫です。このまま続けてください」
「わかったわ。それじゃ、始めに新人冒険者の心構えだけれど、まずは自分の身の丈に合った依頼を受けることね。無茶をして死んだら元も子もないわ。それから、ギルド内での過度な暴力は禁止。……まぁー、さっきのは初めてだから特別に見逃してあげるけど、次からは気を付けてね。それと……」
それから、クラリスさんは革カバンの中から説明資料を取り出し、淡々としながらも優しくいろいろなことを説明してくれた。
・冒険者ギルドの運営と役割
・モスキートと脅威度
・冒険者ランクとランクアップ
・依頼の種類と報酬
・魔核とアイテムの買取
・レア度と買取金額の目安
・ギルドの預金口座
・冒険者ギルドの福利厚生
途中、俺があまりにもこの世界の一般常識を知らないことを突っ込まれもしたけど、人里離れた山奥からやってきたと伝えると、クラリスさんは案外簡単に納得してくれた。
話によると、この世界では人里離れた所で暮らしている人がたくさんいるらしく、俺のように世俗に疎い人はさほど珍しくはないとのことだった。
そんな訳でクラリスさんは合間合間に最低限の一般常識も教えてくれた。
・魔導技術と魔導具
・ラグバ王国とムルージュ村
・通貨の種類
・ウェポンとスキル
・対モスキート機械機構式破砕武器(通称バンカー)
・暦と時間
・距離や重さなどの様々な単位
そんなこんなで、クラリス先生の講義は2時間以上続いたのだった。




