010 アイテム買取となんとやら……
「……ということで、冒険者登録時の説明は終わりよ。何か質問はあるかしら?」
「今はありません。いろいろ教えてくれて、ありがとうございました!」
「フフッ、仕事だもの。それで、アイテムの買取をして欲しいのよね? いつもはカウンターで対応するのだけれど、夕方になって混み出してきたみたいだから、今回はここでやってあげるわ」
そう言うと、クラリスさんは衝立に立て掛けてあったトレイをテーブルの上に置いた。
「それじゃ、この上に買い取って欲しいアイテムを出してね。それと、冒険者タグも貸して頂戴」
ようやくアイテムを売れるぞ。
とりあえず、この肩掛け袋で使ってるボシ・ケンゲの水袋とボシ・ケンゲの雑刀は、ちゃんとした代わりの物を手に入れるまで取っておこう。
それと、キペンベのドロップアイテムもあの子の取り分として半分残しておかないとね。
よーし、それ以外のドロップアイテムは全部売っちゃっても……んっ? こんなの持ってたっけ?
◇名前 黒怪鳥の激涙
◇レア度 4
怪鳥が苦悶の末に流した涙の結晶。
黒怪鳥に関係してるっぽいけど、いつの間に紛れ込んだんだろう?
そういや、気絶から目覚めた時にピートンが肩掛け袋を持ってきてくれたんだけど、袋の口が開いてたんだよね。
もしかして、ピートンが回収しといてくれたのかな?
……これはせっかくだし、今回は売らずに取っておこうかな。
売るのはいつでもできるしね。
えーと、そうすると残るはベンジョン草だな。
うーん、このまま枯らしてダメにしちゃってももったいないし、全部売っちゃおう。
ドナテロさんも今は結構貴重みたいなことを言ってたし、高く売れるといいなー。
俺はトレイの上にアイテムを並べていった。
うんうん、こうやって並べてみると結構あるな。魔核はもれなくドロップしたけど、それ以外のアイテムはドロップしたりしなかったりだったから、倒した数に対してバラつきがあるんだよね。
「これを全部、買取でお願いします」
「……あら?」
クラリスさんは細眼鏡の奥の瞳をわずかに見開き、トレイに並んだアイテムと俺の顔を交互に見た。その仕草に、思わず背筋が伸びる。
「カトル、あなた……これ、1人で討伐したの? 特に、このボシ・ケンゲの部位。これ、カテゴリー2のボス個体よね。鉄等級の新人、しかも登録したての新人が討伐できるようなモスキートじゃないわよ」
「あ、はは……。運がよかったというか、木の棒で鼻面をちょっと、こう、ガツンと……」
「ガツンとって……。それに、これはベンジョン草……。それも、こんなにたくさん……。アナタ、まさか、モネの森に入っていたんじゃないわよね?」
「そ、その、気づいたら迷い込んでたみたいで……」
「……はぁー。アナタはこの村に来たばかりで知らないと思うけれど、今、モネの森には3ヶ月前にこの村を襲って『黒怪鳥』という名前でネームド指定されたバタ・ムジンガが住みついているの。その脅威度は通常のバタ・ムジンガがカテゴリー2なのに対して、黒怪鳥はカテゴリー4。さっき説明したけれど、カテゴリー4が人里に出現した場合の想定被害規模は、人口数百人の村が壊滅するレベルよ。だから、今はモネの森への銅等級以下の冒険者と一般住民の立ち入りを制限しているの。今回はたまたま遭遇せずに済んだみたいだけど……」
「いや、襲われましたよ?」
「えっ……?」
「マジで死ぬかと思いましたよ! 踏み潰されそうになったときなんて、生きた心地しなかったです! なんとか助かったんですけど、お陰で服もこんなにボロボロですよ! あはははは!」
「あはははって、アナタ……。コホンッ! と、とにかく、黒怪鳥については近々大規模討伐作戦が行われるわ。今回はたまたま無事でよかったけれど、これに懲りたら、黒怪鳥が討伐されるまではモネの森に行ってはダメよ」
クラリスさんは呆れたようにため息をつくと、手慣れた動作で並べてあるアイテムを鑑定し始めた。
あっ、そういや黒怪鳥は蚊取り線香を口の中に放りこんだら、どこかに飛んで行っちゃったけど報告しといたほうがいいのかな?
んー、なんか邪魔しちゃっても悪いし今度でいいか……
それから、ひと通りの鑑定作業を終えたクラリスさんは魔導板にその結果を打ち込むと、俺の前に差し出した。
「鑑定が終わったわ。今回はアイテムの買取金額に常設依頼の達成報酬も加算されるから、カトルへの支払い金額は2219ラグバになるわね。内訳は……」
◇アイテム買取金額
・水魔核極小×6 = 60ラグバ
・雷魔核極小×3 = 30ラグバ
・水魔核小×1 = 50ラグバ
・ケンゲの皮×3 = 30ラグバ
・ケンゲの爪×4 = 40ラグバ
・キペンベの角×3 = 15ラグバ
・キペンベの牙×2 = 10ラグバ
・キペンベの毛皮×2 = 10ラグバ
・ボシ・ケンゲの鶏冠×1 = 50ラグバ
・ボシ・ケンゲの皮×1 = 50ラグバ
・ベンジョン草×20 = 1600ラグバ
−−−−
小計 1945ラグバ
手数料 −194ラグバ
合計 1751ラグバ
◇依頼達成報酬
・ボシ・ケンゲの討伐依頼×1 = 200ラグバ
・ベンジョン草10本の調達依頼×2 = 320ラグバ
−−−−
小計 520ラグバ
手数料 −52ラグバ
合計 468ラグバ
◇支払い金額合計
2219ラグバ
「……になるわ。モネの森に立ち入り制限がかかってからベンジョン草の市場価格が6割増しになっているのが大きかったわね」
「へぇー、ベンジョン草ってあんなにまずいのに、そんなに需要あるんですね?」
「まずい? カトル、まさか、ベンジョン草を食べたのかしら?」
「はい。生き残るのに必死だったので、メッチャ食べました。でも、食べまくってたら段々慣れてきちゃって、今はあのまずさが癖になっちゃいました。えへへ」
「そ、そう……。カトル、念のために言っておくけれど、ベンジョン草はそのまま食べるものではないの。回復薬の材料として、時間を掛けて煮出すことであのまずさを抜いてから使うのよ。アナタの味覚をどうこう言うつもりはないけれど、安易に、他の人にベンジョン草を食べさせてはダメよ。ベンジョン草はその効能が発見されるまでは、罪人の拷問にも使われていたくらいなんだから」
「ご、拷問ですか?」
「そう。こうやって、『はい、じゃんじゃん! はい、どんどん!』って言いながら、罪人の口の中にベンジョン草を詰め込んでいくの。それに耐えかねた罪人は……」
「ゴクリっ……」
「……って、あらっ? ヤダ、私ったら、ついつい話が逸れちゃったわ。買い取り手続きの途中だったわね。代金を持ってくるから、少し待っててね」
「は、はい……? 」
えっ!? その罪人はどうなっちゃったのーーー!?
ってか、なんでこの世界にわんこそばの掛け声があるんだ!? い、いや、そうじゃ! そうじゃ! そうじゃなーーーい!
俺、あの子の頬っぺたがリスみたいにパンパンになるくらい詰め込んじゃったよ! あれって、拷問だったの!?
ヤベェーよ! 俺、知らず知らずにあの子に拷問しちゃってました! あー、どうしよう……。あの子にそんなことしてたのがドナテロさんにバレちゃったら、『ガガガ! ガガガ! ガオガイガー!』なんつって、ゴルディオンハンマーが飛んでくるぞ!
あー、このまま代金受け取ったら逃げちゃおうかなぁ……。
いや、ダメだ! ここは大人として、ちゃんと謝罪しよう! 知らなかったんだ! ワザとじゃないんだ! 善意だったんだ! 決して「ちょっと楽しいかも……」とか思ってなかったんだ!
よーし! 謝罪しまくってやる! まくって、まくって、まくって、まくって、まくって、参ります!
あれっ? 「まくって参ります」って、何だ……?
「……カトル、カトル、聞こえてる?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してました。あははは……」
「はい。これが今回のアナタに渡す代金よ。確認してちょうだい」
テーブルの上にジャラリと並べられたのは、夕陽を浴びて妖しくも、そして神々しく光り輝く金貨たち。
大きさと材質の異なる4種類の貨幣には、表面にそれぞれの価値を示す1から1000の数字が、裏面にはギルドの屋根の上にあった風見鶏に似たモスキートの絵柄が刻印されている。
これがさっきクラリスさんが言っていたラグバ貨幣だな。
えーと、この一番小さい鈍色の鉄貨が1ラグバで、銅貨が10ラグバ、銀貨が100ラグバ。そんで、この一番大きくて金ピカに光っている金貨が1000ラグバかな。
そういや、この世界の物価ってどんな感じなんだろう?
「あの、クラリスさん。これって、どれくらいの価値なんですか? 例えば、美味しい定食が何回食べられるとか、フカフカとはいかないまでもベッドのある宿屋に泊まるならいくらするとか……」
俺が恐る恐る尋ねると、クラリスさんは「ふふっ」と、今日一番の柔らかい笑みを浮かべた。
「そうね。この村の相場なら、3ラグバあれば焼き立ての美味しいパンが買えて、10ラグバもあれば、お望みの美味しい定食が食べられるわ。宿屋はピンキリだけれど、雑魚寝するような安宿なら1泊30ラグバ。個室で寝るような普通の宿屋なら、1泊2食付きで70ラグバから100ラグバって所かしら。つまり……これだけで、普通に生活すれば1ヶ月は暮らせる金額よ。新人にしては、ちょっとした成金さんね」
「おおっ! そんなに……」
つーか、ベンジョン草高くね?
1本80ラグバって、それだけで宿屋に泊まれちゃうじゃん。
でもモネの森は立ち入り禁止って言われちゃったし、今後はベンジョン草で儲けるのは無理そうだな。うーん、残念!
「だけど、無駄遣いは禁物よ。カトルの場合はその服もだけど、まずは装備を整えることをお勧めするわ」
クラリスさんはそう言いながら、俺に冒険者タグを差し出した。
「はい。タグは返すわね。今回のアイテム売却と依頼達成の実績についても記録しておいたわ。……カトル、さっきは迷い子さんなんて言ったけれど、少し訂正するわね。あなた、期待以上の新人かもしれないわ」
「あははは。ヤダなぁー。そんな風におだてても、何も出ませんよ。でも、ありがとうございます。あっ、そうそう。このあとダヴィデ亭という宿屋に行きたいんですけど、場所を教えてもらえますか?」
「ダヴィデ亭? ドナテロさんのところね。ここを出て右に曲がって、二つ目の角を左よ。……あそこの料理は美味しいけれど、ドナテロさんは少し頑固だから気をつけてね」
「あ、はい。さっき会いました。今日は本当にありがとうございました!」
俺はホクホク顔でラグバ貨幣を貰った袋に詰めると、クラリスさんに軽く手を振りながらスイングドアを通ってギルドの外に出た。
いつの間にか空は夕焼けに染まり、涼しい風が火照った顔に心地よい。
ふと軒先の廊下の隅に目をやれば、さっきのスキンヘッド男がまだ「ふごっ……ふごっ……」とイビキをかいていた。
「よーし! お金も出来たし、宿も決まった! 異世界初日の夜はパーッと美味いもん食うぞー!」
そうして、俺は夕闇に染まり始めた冒険者ギルドを背に、意気揚々とダヴィデ亭に向かって歩き始めた。
◆◆◆
その日の仕事を終えた冒険者達でにわかに活気づいてきた酒場スペースの喧騒を他所に、クラリスは夕陽の差し込むスイングドアを見つめていた。
その紺碧の瞳は夕闇の影に紛れるように怪しく細められ、艶やかな唇は楽しげに弧を描いている。
「ふふっ、久しぶりに面白い子が現れたわね……。さあ、アナタはどんな冒険を見せてくれるのかしら……?」
小さく漏れたその声は冒険者達の笑い声にかき消されて、誰の耳にも届くことはない。
クラリスは手に持っていた魔導板にしなやかな細い指を走らせる。
そこに表示されたのは、仮登録状態のカトルの登録情報。
何故か、属性はカトルが最後に見た時と異なり『か属性』に戻っていた。
クラリスはその『か属性』となっている箇所を軽くなぞって『火属性』に書き換えると、正式登録ボタンを押した。
「そうだわ。今度、ベスターにも教えてあげないとね」
そうして、クラリスは軽い足取りで混雑し始めた受付カウンターへと向かうのだった。
次回は明日20時20分投稿です。
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