011 魔導技術となんとやら……
ギルドを出てから間もなく、空は夜の到来を知らせる柔らかな菫色へと変わり、異国情緒溢れる街並みにはポツリポツリとランタンの温かな光が灯り始めていた。
昼には通りを行き交っていた村人や商人の姿は鳴りを潜め、その代わりに通りには見るからに冒険者の格好をした人々が、今日の成果やこれから行く飲みの話をしながら楽しげに闊歩している。
夜のムルージュ村は昼と打って変わって、どこか元の世界の仕事終わりのサラリーマンたちが行き交う飲み屋街のような、そんな懐かしさを思い出させる雰囲気を醸し出していた。
「へぇー、昼もそれなりに賑わってたけど、夜も結構賑わってるんだな」
そういや、昼間に村へ着いた時も思ったけど、このムルージュ村って思ってたよりずっと大きいんだよな。
いや、もっと木の家が数軒並んでるだけの小さな集落みたいなのを想像してたんだけど、普通に人も建物も多い。
人口2000人くらいの村らしいんだけどこんなに栄えてるなら、もう村っていうより小さな町って感じだよな。
「それにしても、暗くなってきたのに通りは結構明るいな。あのランタンも魔導具なのかな?」
クラリスさん曰く、この世界では魔導技術という実にファンタスティックなテクノロジーが広まっていて、その技術によって作られた様々な魔導具が人々の営みを支えているとのことだった。
そんな世界の中でも、このムルージュ村の属するラグバ王国は特に魔導技術の研究が盛んで、ああいった電気や油がなくても光るランタンを始め、水道が通ってなくても水が出ちゃう蛇口から、さらには浄化槽がなくても汚水をキレイキレイしちゃうトイレに至るまで、元の世界よりも便利なんじゃないかと思えるレベルの魔導具が普及しているらしい。
とは言っても、そんな何処ぞのネコ型ロボットのポケットから出てきそうな便利アイテムにも動力源はあるわけで、それがモスキートからドロップするあの魔核。
魔力の結晶体である魔核には、この世界の生きとし生けるもの全てに存在する属性と同じ、月、火、水、雷、風、土の6種類が存在していて、魔導具はその用途に応じた属性の魔核を使用することで、火を付けたり、水を出したり、浄化したりと、摩訶不思議な現象を起こしてるんだって。
……と、ここまで説明を聞いてたら、誰だって魔法が存在する世界を想像しちゃうよね?
だって、魔核と魔導技術からの魔導具なんていう激アツリーチが来たら、後は魔法でしょ?
そう思い込んで、クラリスさんに聞きましたよ。ええ、聞きましたとも……。
「クラリスさん、魔法もあるんですよね? 俺も魔法使えるようになりますか?」
そしたら、なんて返されたと思います?
「……カトル、アナタの住んでいた所ではどうか知らないけれど、それはこの辺りじゃ『ボクは童貞を卒業出来ますか?』っていう意味になるから、こういった場所で連呼するのはあまりお勧めしないわ。でも、もしその意味を知った上で言ってるのなら、その、なんて言うか……、焦らずに頑張ってね」
ですって……。あの時の俺に向けられた、あの生温かい笑顔が忘れられません。
チッ! どこのどいつだ? この世界で魔法と童貞を紐づけやがった頭の悪い大バカ野郎は!
お陰で童貞でもないのに童貞認定されちまったじゃねぇか!
そんなわけで、この世界に魔法は存在しません。
……まあ、それはそれとして。あれ? 何の話をしてたんだっけ……?
ああ、そうそう、魔核の話だ。
その生活に欠かせない魔核の回収と市場への供給を担っているのが冒険者ギルドであり、そこに登録してせっせと魔核を集めてくるのがそこら辺を歩いてる冒険者の方々。
冒険者は己の鍛え上げた肉体と、天恵とも呼ばれる「ウェポン」、技能とも呼ばれる「スキル」、そして魔導技術で作られた通称「バンカー」と呼ばれる対モスキート機械機構式衝撃破砕武器を駆使しながらモスキートをブチ殺して、魔核や素材アイテムをゲットしては冒険者ギルドに買い取ってもらうそうです。
はい! ここで何とも男心をくすぐるパワーワードが登場したではありませんか?
天恵? 技能? いやいや、それはどんなもんかもう分かってるでしょ?
そうじゃなくて、その次に言ったじゃん!
そう! それです! バンカーです!
ほら、向かいからやって来る女冒険者さんが腰にぶら下げたり、背中に背負ったりしてるアレですよ!
というか、ぶっちゃけちゃうとここまでのくだりなんかどうでも良くて、このバンカーに触れたかったが為に脳内回想をしてたんだけどね。
いやぁ、対モスキート機械機構式破砕武器なんて、仰々しくてオジサン大好物です!
えっ? 中二病臭いって?
何をおっしゃいますか!?
むしろ歳を取れば取るほど中二病のまま人生エンジョイしてる奴の方がキラキラしてみえるもんなんだって!
おっと、また話が脱線しちゃったじゃん。
コホンッ! バンカーは魔核の中の魔力を物理的な運動エネルギーに変換する『魔導燃焼機関』を組み込んだ対モスキート機械機構式破砕武器の通称で、その種類は、剣、刀、槍、斧、弓矢なんかの一般的な武器種から、鋏、鋸、鉄球、拳サックなんていう変わった武器種まで存在するらしく、それぞれの武器の特性に応じた燃焼機関を組み込むことによって、通常の武器ではあり得ない爆発的な攻撃力を叩き出すとのこと。
そんで、特筆すべきはその見た目!
さすがは機械機構式なんて言ってるだけあって、その油臭いアナログ感満載の無骨なデザインがたまらないっす!
ああ、カッコイイなー。欲しいなー。
……ハッ!? イカン、あまりにも物欲しそうに見てたもんだから女冒険者さんにガン飛ばされちった。
んっ? こっちに近づいてきたぞ。
あれ……? よく見たら冒険者ギルドの酒場スペースでグラス片手に俺のことを睨んでいた女冒険者さんだ。
「何、こっち見てニヤニヤしてんだ! 喧嘩売ってんのか!?」
やべーよ! 指をポキポキ鳴らしちゃって、やる気満々だよ!
せっかくのパツ金ウルフカットの美人さんが台無しだよ!
とりあえず、俺がバンカーをジロジロ見てたのが悪いし謝っておこう。
「すいません。立派なバンカーをお持ちだったのでつい見てしまいました。」
「バンカー? 嘘をつくな! アタシの胸を見てただろうが!?」
「はっ? バンカーは見てましたけど、胸は見てないです。」
「アタシの勘違いって言いてぇのか!? ナメたこと言ってっと、ミンチにしてキペンベの餌にすんぞ!」
えーっ!?
何なの、この人! 面倒臭いんですけど!
そんな階段上がってるだけなのにパンツ見たでしょとか言っていちゃもんつけてくる女子みたいな自意識過剰ムーブかまされても、見てないもんは見てないんですけど!
本当に見たかったら土下座してでもお願いするっつーの!
「……いや、胸は見てないですし、そもそも胸当て装備してるじゃないですか? 胸を見るも何も見えないですよ。」
というか、胸当てしててその程度って……
いや、それを言ったら余計面倒臭いことになりそうだから今は黙っておこう。
「……!? つ、次はねぇからな!? チッ……!」
あれっ? 行っちゃった……
もしかして、胸当てしていたのを忘れてたのかな?
オラオラ系のうっかりさんって厄介な人だな。
人に対して、むやみやたらに観察眼を使うのは個人情報を覗き見するみたいで嫌だったから使わないでいたけど、この人は危険人物として確認しておこう。
どれどれ、要チェックやで……
◇名前 エクレール
◇識別 ハーフエルフ
◇年齢 23歳
◇属性 雷属性
◇職業 冒険者 銀等級
げっ!? あの人、銀等級じゃん!?
しかもハーフエルフって……!
はぁー、ヤンキーハーフエルフのせいで、俺の中のハーフエルフのイメージが完全にぶっ壊れちゃったんですけど……
まぁーいいや。これからはなるべく関わらないようにしようっと。
ふぅー、水を差されちゃったけど、兎にも角にもバンカーは絶対に手に入れるしかないっしょ!
ってな訳で、どうやらダヴィデ亭に到着したみたいです。
「ここがドナテロさんのダヴィデ亭か。雰囲気あるじゃん」
人通りの多かった通りを逸れて進んだ先にあったのは、趣のある木造2階建ての大きな建物。
軒先にある突き出し看板には「ダヴィデ亭」という文字と共に、ドナテロさんらしき立派な髭を生やしたイカつい男性の顔がデザインされている。
1階は食堂にでもなっているのだろう。窓越しに見える明るい店内では数組の客たちが木製のジョッキを片手に盛り上がっている。
そして、何よりも気になるのは店内から漏れてくる、この香ばしくも芳しい美味そうな肉の焼ける匂い!
ヤバい! 自律神経がぶっ壊れちゃって、ヨダレがナイアガラ状態なんですけど!?
「た、堪らん! ゴクゴクゴク…………」
俺は溢れ出るヨダレを一気に飲み干してから、目の前の大きな扉を押し開いた。
次回は明日20時20分投稿です。
いつの間にかブクマと評価を頂いてました。
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