012 ダヴィデ亭となんとやら……
カランコロンというドアベルの音色を奏でながら中に入ると、天井も高く開放感のある広い店内は、外から見えた以上に多くの客たちで賑わっていた。
客の入りもさることながら、どのテーブルの上にも所狭しと料理が並べられているのを見るに、クラリスさんの言っていた通りの評判の良さを伺える。
「おっ、いらっしゃい! …………って、カトルじゃないか!」
厨房から声を掛けて来たのは、真っ白なコック服に赤いスカーフという出で立ちに身を包んだドナテロさん。
その手には、まるでどこぞの軍団が炊き出しのために所有していそうな馬鹿デカいフライパンを持っている。
あっ、そういやついつい美味そうな匂いに釣られて入ってきちゃったけど、あの子にベンジョン草を詰め込んだのをすっかり忘れてた!
もしもドナテロさんがそれを聞いて怒ってたら……!?
ヤバい! ヤバい! ヤバい! あんなフライパンで殴られたら一溜りもないぞ!
「は、ははは、お邪魔します……。あの、遅くなっちゃって、すいません」
「わはははは! 気にするな! そろそろ来るだろうと思って、お前さんのためにちょうど腕を振るっていたところだ! もう少しで出来るから、そこのテーブルで待っててくれ!」
「は、はい……」
あれっ? 怒ってない……?
今、腕を振るってるっておっしゃいましたけど、それってこれからそのフライパンを俺に向かって振り下ろすって意味じゃないですよね?
というか、怖いくらいにメチャクチャ笑顔でフライパンを振ってらっしゃるんですけど……
そんなドナテロさんの様子にビクビクしながらも指示されたテーブルに向かおうとしていると、フワフワのウサミミがその短い尻尾をブルンブルンと振りながら近寄って来た。
「ブヒブヒブヒ!」
「ピートン、案内してくれるの? ありがとう」
いやぁー、本当に賢いブタさんだなぁー。そもそも、あの時にピートンが助けてくれたから今があるわけで、本当に感謝してもしきれないよね。今度、ピートンに何かお礼しなきゃ。
それはそうと、席に着いたのはいいけど、ベンジョン草の件が気になって落ち着かないな……。
そうだ。ピートンのウサミミをモフらせてもらおうっと。
「ピートン、こっちにおいで」
「ブヒブヒ」
「よーし、良い子だ。ああー、このモフモフとした触り心地……。癒されるぅー」
「ブヒブヒブヒ……」
そうして、店内の喧騒を他所にピートンのウサミミをモフり続けていると、目の前のテーブルよりもデカいトレイを両手で持ったドナテロさんがやって来た。
「わははは! そいつはすっかりお前さんのことを気に入ったみたいだな」
「ははは、そうですかね?」
「ああ、気に入らん奴が耳にでも触れたら、今頃みぞおちに突進されたあげく、胃の中のもんをぶちまけて大惨事になっているところだ」
「そ、そうなんですね。確かにあの突進は強力ですもんね……」
「それより、待たせて悪かったな。これがダヴィデ亭自慢の特製ゴールデンプレートだ! 足りなければおかわりも用意してあるから、今日は思う存分食って飲んでくれ!」
そう言いながらドナテロさんがテーブルの上に置いたのは、エアーズロックを彷彿とさせる肉汁滴る巨大ステーキを筆頭に、きつね色にこんがりと揚げられた揚げ物や赤黄緑などの色彩豊かな野菜炒め、そして食欲そそる香辛料の香り漂うソースの掛けられたパスタがこれでももかと盛りに盛られた超弩級サイズのメガ盛りプレートだった。
その横に置かれたどんぶりサイズの根菜スープとピッチャーサイズの木製ジョッキが可愛く見えてしまうほどのど迫力の絵面に、再び自律神経が暴走モードに突入し、本日2度目のヨダレの大洪水を引き起こす。
思えば、蚊遣豚になって以来の20年ぶりのまともな食事。
今すぐにでも料理の中に顔面を突撃ラブハートして貪り食べたい!
……食べたいけど、それよりも前にやるべき事がある!
俺は溢れ出るヨダレを飲み込んで椅子から立ち上がると、ドナテロさんに頭を下げた。
「ドナテロさん、ごめんなさい! お孫さんの口の中パンパンにベンジョン草を詰め込んで気絶させてしまいました! 悪気は無かったんです! 本当にごめんなさい!」
突然の俺の行動に、それまで活気のあった店内がピタリと静まり返る。ドナテロさんの表情は、頭を下げていてうかがい知ることは出来ない。
俺がゴルディオンハンマーの一発や二発を覚悟しながら頭を下げ続けていると、店内の静けさをぶち壊すように豪快な笑い声が響き渡った。
「わっはっはっはっはっ!!」
思わず顔を上げると、目の前ではドナテロさんが腹を抱えて笑っていた。
「いや、すまん。すまん。突然、何かと思えばそんなことを気にしていたのか?」
「えっ……? で、でもこの辺りだとベンジョン草を口の中に詰め込むのは拷問だって……」
「そりゃあ、大した怪我でもないのにそんなことをされちゃ溜まったもんじゃないが、ティアから聞いた話じゃかなりの大怪我だったんだろう? 回復薬も無くて、そんな状態なら誰だってそうするさ。なあっ、皆もそうだろう?」
ドナテロさんが客たちに問いかけると、堰を切ったように次から次へと同意の声が上がる。中には同じようにベンジョン草を口の中に詰め込まれたという苦い思い出を語り始める冒険者も複数現れ、店内は元の活気を取り戻していった。
「まあ、そういうことだ。カトル、お前さんが気に病む必要はない。そもそも、お前さんが助けに来てくれなかったらティアはキペンベに喰われてたんだ。感謝こそすれ責めることは何もないさ」
「あの、お孫さんは……?」
「ティアならさっきお前さんから貰ったベンジョン草で作った回復薬を飲ませて、今は部屋で寝ているぞ。もう少しすれば起きてくるはずだ。本人もちゃんと礼を言えてないことを気にしていたしな」
「そうですか……、よかった……」
「カトル、改めてティアを助けてくれて、本当にありがとう!」
「ドナテロさん……」
「さあっ、食った! 食った! お前さんのために丹精込めて作った料理が冷めちまうからな!」
「はい!」
俺はホッと胸を撫で下ろしてから席に着くと、背筋を伸ばして手を合わせた。
「いただきます!」
まずはプレートのど真ん中に鎮座する香ばしく焼き上げられたステーキ。
思い切ってナイフを入れると、カリッという小気味良い音と同時に溢れ出すバターのように芳醇な香りのする肉汁。
その厳つい見た目に反して驚くほどに柔らかい肉質は一切の抵抗を感じさせずにスッとナイフを受け入れていく。
そして、徐にカットされた肉の刺さったフォークを持ち上げると絶妙な火入れを物語るローズピンクの肉断層。
まるで朝露をまとって光り輝く薔薇の花弁のようなそれを口の中へと運んだ、次の瞬間。
俺の全身の細胞という細胞が愛の讃歌を奏で始めた。
うっわーーー! こ、これは、まさにお肉のベルサイユ宮殿やーーー! 噛む度に肉汁のシャンデリアが口の中でキラキラと輝いてますわーーー!
……ハッ!? あまりに美味すぎて、ついつい変なスイッチが入ってしまった!
せっかくの料理に集中出来ないから食リポはそこそこにしよっと。
続けて、サクッと軽やかな歯触りの後に濃縮された魚介エキスが溢れる揚げ物料理、シャキシャキとした食感と野菜達の甘み際立つ炒め料理。
そして、頬張るたびに食欲を掻き立てる絶妙な辛さと、ホロホロとほどけて無くなるお肉が何とも堪らない煮込み料理。
俺はそれらを味わいながらも、次から次へと口の中に詰め込んでは、スープと酒で流し込む。
正直、異世界の食材ということもあって肉も野菜も見慣れない物ばかりだったけど、そんなことはどうでもいいくらいにドナテロさんの料理はどれもこれもが絶品だった。
「美味い! ドナテロさん、メチャクチャ美味いです!」
「わはははは! 良い食べっぷりだ! 気に入ったぞ! すぐにおかわりを持ってきてやるからな!」
「ありがとうございます!」
そんなこんなで途中から俺の食べっぷりに気づき始めた周りの客たちの中から何回おかわりするかを賭け始める輩も現れ出し、騒がしくも楽しい20年ぶりの食事は続いていった。
次回は明日20時20分投稿です。
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