013 一日一生となんとやら……
「おおっ、甘酸っぱくて美味い!」
「ブヒブヒブヒ」
「んっ? ピートンも食べたいの? ほいっどうぞ」
結局、あれからゴールデンプレートを5皿完食したところで、ご馳走様を宣言。
勝手に賭けをしていた客たちが歓喜と落胆の声を上げる中、ドナテロさんが食後のデザートにと出してくれた馬鹿デカいミカンのような果実を堪能しております。
いやー、満腹、満腹、大満足!
もう完全にドナテロさんには胃袋を掴まれちゃいました。こんな美味い料理出されたら他の宿屋なんて考えられないよね。
でも賭けに大負けしちゃってヤケ酒してたお客さんから聞いた話によると、ダヴィデ亭の宿代って1泊2食で100ラグバするらしくて、この村じゃ1番お高いんですって。
それでも料理は絶品だし、宿の設備も整ってるから値段以上の満足度があって、この村で1番の人気宿なんだとか。
そんなわけで今日はお言葉に甘えてご馳走になるとしても、明日からはちゃんとお金を払わないとね。
まぁー、何はともあれ稼げるようにならないとな。
「あの……」
不意に後ろから声を掛けられて振り向くと、そこには町娘風のワンピースに着替えたあの女の子が立っていた。
どうやら、残っていた傷も完全に治ったのか、顔色もよさそうだ。
「怪我はもうよさそうだね?」
「あっ、うん。……じゃなくて、はい。あ、あの、今日は助けてくれて、ありがとう。……ございます。ワタシ、ティアって言うの。あっ、い、言います」
んっ? なんかぎこちないな。やっぱり、ベンジョン草のこともあってヤバい奴だと思われてるのかな?
うーん、ここは早めに謝っておこう。
「いえいえ、俺の名前はカトルって言うんだ。よろしくね。それと、ベンジョン草を無理やり食べさせたりしちゃって、ゴメンね」
「ゔっ……、あ、あの時はビックリしたけど、気にしてないから大丈夫。……です。それに、ピートンも連れて来てくれて、ありがとう。……ございましゅ。あっ、ます!」
どうやら、丁寧語が苦手みたいだな。ドナテロさんから礼儀正しくしろって言われたのかな?
「あははは。普段通りに話してくれていいよ」
「えっ? いいの? だって、お爺ちゃんが礼儀正しくって……」
「別に気にしなくてもいいよ。だって、喋りにくいでしょ?」
「そ、そう? じゃあ、普通に話そうっと。カトル、今日は助けてくれて、本当にありがとう! ベンジョン草を詰め込まれた時はヤバい人に助けられちゃったって思ったけど、普通に良い人でよかったー! あっ、ちゃん付けはやめてね。こう見えても、ティアは16歳なんだから! カトルは何歳なの?」
な、なんだ? 急にメチャクチャ喋り出したぞ。それにすげー人懐っこい子だな。まあ、娘もこんな感じだったし、俺もこっちの方が気が楽でいいや。
「それじゃ、これからはティアって呼ばせてもらうね。えーと、歳は今は20歳だよ」
「へぇー、なんか落ち着いてるからもっと上だと思ってたけど、4つしか違わないんだ」
「えっ? そ、そうかな……」
「うん。なんかお父さんっていうか、お爺ちゃんと話してるみたいな感じ?」
「ははは……、お、お爺ちゃん……」
何でだ? 肉体年齢に引っ張られて、少しは精神年齢も若返ってると思ってたんだけど、お爺ちゃんって……。でも、人間で40年と蚊遣豚で20年の合わせて60年も生きてるわけだし、自分でも自覚が無いままにいつの間にかお爺ちゃんになってたんだなぁ……
俺が遠い目をしていると、厨房に戻っていたドナテロさんがやって来て、ティアの頭を小突いた。
「コラッ、お前と違ってカトルはちゃんとしてるだけだ。バカなことを言ってないできちんと感謝を伝えなさい」
「もうっ、痛いなー。ちゃんと感謝は伝えたもーん。あっ、そうだ! カトル、お礼したいんだけど何がいい?」
「お礼ならもう十分にドナテロさんからしてもらってるよ?」
「それはお爺ちゃんからでしょ。ティアから何かお礼がしたいのー。あっ、でもエッチなのはダメだからね!」
「エ、エッチ?」
「コラッ! ティア、お前という奴はまたバカなことを言ってからに!」
「エヘヘッ、ごめんなさーい!」
「カトル、不出来な孫で本当に申し訳ない。……だが、そのなんだ。そういうことは抜きにティアに何かお礼をさせてやってくれ」
「ははは……。ドナテロさん、顔が近すぎて怖いです」
エッチなことって言われても、こちとら妻一筋ですよ! って言いたいけど、それを言ったら説明が面倒だから今は言わないでおこう。
えっ? 妻一筋とか言ってるクセに、クラリスさんには鼻の下を伸ばしてたって?
そりゃいくら妻一筋だからって、美人を拝む権利はあるでしょーよ! だって、男の子だもん!
うーん、それはそれとして、お礼、お礼っと。どうしようかな……
ポクポクポク……、チーン! よしっ、決めた!
「それじゃ、明日1日この村を案内してもらえないかな?」
「えっ? そんなことでいいの?」
「うん。明日、いろいろ買い物に行こうと思ってたんだけど、俺はこの村に来たばかりで店がどこにあるかも分からないし、ティアが案内してくれたらメチャクチャ助かるなぁーって。どうかな?」
ティアはパッと顔を輝かせ、小さな胸をドンと叩いた。
「まかせて! ティアがムルージュ村を案内してあげる! それじゃ明日はデートだね!」
「デート!? ま、まあ、そういうことになるのかな?」
こらこら、イカンよ。俺が中身おっさんのジェントルメンだからいいものの、そんなの同年代の男子に言ったら勘違いされちゃうよ?
いや、待てよ。もしかして、魔法が童貞を表す隠語だったみたいに、デートも何か違う意味で使われてるんじゃないか……?
「カトル、くれぐれもそういうことは……」
「ドナテロさん、わかってますって! ティア、明日は村の案内よろしくね」
「うん! 明日は何着てこーかなぁー!」
「カトル、くれぐれも……!」
「ドナテロさん、だから顔が近すぎですって! もういっそのこと一緒に来てもらっていいですか!?」
その後もドナテロさんの孫バカっぷりに呆れながら、ティアに行きたい店をリクエストしたり、持っていたキペンベのドロップアイテムを渡したりと、いろいろな話をして楽しい夜は更けていった。
ちなみに、その話の中で俺の出身地の話になったんだけど、ここでも『あっち』から来たと伝えるとチョロモンさんと同じようにドナテロさんもティアも納得してくれた。
さらに話を合わせているうちにわかったんだけど、どうやらラグバ王国の中には『アッチ』という温泉で有名な秘境の村があるらしく、俺が言ってるのがその村のことだと勘違いしているようだった。
まぁー、わざわざ否定することもなかったから全力で乗っからせてもらったんだけどね。
いやー、偶然ってあるもんだね。
「ここがカトルの泊まる部屋だよ。」
あれから話がひと段落したところで、ドナテロさんからダヴィデ亭で働く従業員の紹介と、シャワーやトイレなんかの共同設備の説明を受けた俺は、ティアの案内で今日泊まらせてもらう部屋へと来ていた。
「おおっ、良い部屋じゃん! でもこんなによくしてもらっちゃって、なんか悪いなぁ……」
「いいの。いいの。カトルはティアの命の恩人なんだから。これが鍵ね。外出する時はカウンターにいる人に預けるんだよ。それとランタンはここを押すと消えるからね。シャワーはもう浴びたんだっけ?」
「うん。さっき共同設備の説明をしてもらった時に浴びたよ。魔導シャワーってすごいね? 良いお湯だったよ」
「あははは、変なの。まるで魔導具を使ったことがないみたい。でも、シャワールームの時間は男女で決まってるから間違えないでね。前に間違えたお客さんがいたんだけど、その人はお爺ちゃんに殴られて宿から追い出されちゃったから」
「う、うん。気を付けるよ」
「明日は朝食食べたら出発だからね。それじゃ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
ティアがパタパタと軽快に階段を下りていく音を聞きながら、俺は部屋の鍵を閉めた。
室内は木の香りが心地良い、清潔な空間。
広さは大体8畳くらいはあるだろうか。真っ白なシーツの敷かれたベッドにクローゼットと2人掛けのテーブルがバランス良く置かれている。
俺は肩掛け袋を床におくと、大きな両開きの窓を押し開いた。
目の前に広がるのはムルージュ村の静かな夜景。
何気なく見上げた夜空には満天の星空が広がり、見たことのない大小2つのお月様が仲良く並んで浮かんでいる。
「ふぅー、本当に異世界に来ちゃったんだな……」
しばらくぼーっと星空を眺めていると、ひんやりとした夜風に頬を撫でられ、俺はふと我に返った。
なんだかどっと眠気が押し寄せてきて、窓を閉じるとそのまま吸い込まれるようにベッドへと寝転んだ。
元の世界のスプリングマットレスとまではいかないものの、適度な反発力がありがたい。
俺はヘッドボードに置いてあったランタンの明かりを消すと、ゆっくりと瞼を閉じた。
家が燃えたと思ったら変な声が聞こえて、蚊遣豚から人間に戻ったと思ったら異世界に来ちゃって、ピートンに出会ったと思ったらケンゲと戦って、倒したと思ったら黒怪鳥に襲われて、助かったと思ったら今度はティアを助けて、ムルージュ村に来てクラリスさんに冒険者登録してもらって、ドナテロさんにご馳走してもらって……。
「本当にいろいろなことがあったなぁ……。これからどうなるか分からないけど……。せっかく人間に戻れたんだ……。精一杯生きて……。いつかきっと…………」
フカフカの枕からふわりと香る匂いが懐かしい記憶を連れてくる。それは何よりもいとしいお日様の匂い。俺は幸せな笑みを浮かべながら、いつの間にか深い眠りの中へと落ちていった。
次回は明日20時20分投稿です。
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