008 ムルージュ村となんとやら……
ようやく辿り着いた村を囲うのは、不揃いの岩を積み上げた粗末な石壁。
ただ、実際に目の前まで来てみると想像していたよりもずっと大きかった。
いや、もっとこう木の家が数軒並んでるだけの小さな集落みたいなのを想像してたんだけど、普通に人も建物も多い。
村というより、小さな町と言った方がしっくりくるくらいだ。
石壁の向こうには年季の入った木造家屋や真新しい家屋が雑然と立ち並び、踏み固められた赤土の通りでは荷車を引く人や村人たちが忙しなく行き交っている。
煙突からは白い煙が立ち上り、遠くからは金属を打つような音まで聞こえてきた。
腰に武器をぶら下げた冒険者っぽい連中も歩いてるし、思っていたよりずっと活気がある。
何というか……パッと見は西部開拓時代の村って感じだ。
「ふぅー、ようやく着いた……。遠くから見えた時はもっと寂れた感じかと思ったけど、案外賑やかなんだな。よしっ、入ってみよう……んっ?」
俺が村の入口に差し掛かると、何やらざわついた声が耳に入った。
視線を向けると、入口のすぐ先に人だかりができている。
「揉め事かな?」
なんとなく気になって近づいてみると、その中心では2人の男が激しく言い争っていた。
「お前が居眠りしてなければティアは村から出ずに済んだんだぞ! 万が一、あの子に何かあったらどうしてくれるんだ!?」
そう今にも掴みかからんばかりに怒鳴っているのは、村人風の服を着た大柄な初老の男。
見事な白髪に立派な口髭を生やしているナイスミドルだ。
怒りをぶつけられている中年の男は気怠そうに肩をすくめた。
「そんなの行っちまったもんは仕方ねぇだろうが。止めようが止めまいが最後は冒険者自身の責任だろ? いちいち俺に突っかかるんじゃねぇよ」
お世辞にも清潔にしているとは思えないボサボサの焦茶色の髪に眠たそうな目をしているが、外套の下には金属製らしき軽装の鎧と腰にぶら下げた剣が見える。
周りの野次馬たちの話から察するに、どうやらこの村の門番みたいだ。
「何だと!? そもそも、お前がピートンを見逃さなければ、こんなことにはなってなかったんだ!」
「何を言ってやがる? ギルドからの通達は、黒怪鳥の出るモネの森に一般住民や銅等級以下の冒険者が行こうとしたら止めろってだけで、家畜なんかは含まれてねぇんだよ。つーか、家畜の世話は飼い主の責任だろうが。そんなに面倒見切れないならあのガキ共々首輪でも付けとけよ。それで、皆仲良くお散歩でもしてくれりゃムルージュ村の幸せな日常の完成ってな。そうすりゃ、俺も安心して居眠りできるってもんだ」
「な、な、何だと!? この野郎! もう我慢ならん!」
初老の男は門番の胸ぐらを片手で掴んで持ち上げると、もう一方の固く握った拳を振りかぶった。
おおっ!? すごい力だ!
門番の人もそれなりにガタイが良いのに片手で持ち上げたぞ!
あんなゴルディオンハンマーみたいなゲンコツくらったら頭が宇宙の果てまで飛んでいくんじゃないか?
……って、見てる場合じゃなかった。
ピートンに教えてもらった情報がなかったら、そのまま野次馬に加わってゴルディオンハンマーの炸裂するところを見ていたいところだけど、会話の内容からしてあの男が宿屋をしているピートンの飼い主さんで、胸ぐらを掴まれてぶらぶらしている門番の人がこの村のチョロい門番さんって感じだろうな。
そんで十中八九、喧嘩の原因はこの背中でスヤスヤ寝ている女の子と、知らんぷりして通り過ぎようとしているそこのブタのせいだろう。
「こらっ、逃げるんじゃないの。行くよ」
「ブヒィっ!?」
俺はピートンの耳を掴んで引き止めると、人だかりを縫って2人の前におずおずと躍り出た。
「あのー、お取り込み中申し訳ないんですけど……」
「うるさい! 部外者はだまってろ! ワシはコイツを殴らなくちゃ気が収まらん!」
「俺的にはそれはそれで是非とも見てみたいんですけど、その人を殴る前にこっち見てもらえます?」
「チッ! 何だってんだ!? ……ティア!? ティアじゃないか!? お前、ティアに何をした!」
飼い主さんは掴んでいた門番さんを放り投げると、それまで以上に怒りを露わにして俺ににじり寄ってきた。
おおっ、こうやって近くで見るとやっぱりデカいな。
俺の筋肉至上主義の親友は身長2メートルだったけど、それよりも明らかにデカいぞ。
おっと、このままだと俺にそのゴルディオンハンマーが炸裂しちゃいそうだ。
とっとと、誤解を解かないとね。
「いやいや、今は疲れて寝てますけど森の近くでキペンベの群れに襲われてたところを助けたんです。ほらっ、ピートンもいますよ」
「おおっ! そうだったのか!? 早合点してすまなかった。申し訳ない……」
「いえ、誤解が解けたならいいですよ。それより、この子の家族の方ですか?」
「ワシはティアの祖父でドナテロだ。ティアを助けてくれて、本当にありがとう。心から礼を言わせてくれ。そ、それで、ティアは大丈夫なのか?」
「はい。少し怪我が残ってますけど、大丈夫だと思います。引き取ってもらえますか?」
「お、おう!」
俺が背中に背負っていた女の子を引き渡すと、ドナテロさんは改めて深々とその見事な白髪の頭を下げた。
怒っているときはかなり怖い人だけど、普段は礼儀正しい人みたいだな。
そうだ。これも渡しておこう。
俺は肩掛け袋に入れておいたベンジョン草の束を取り出した。
「あとよかったらコレもどうぞ。ベンジョン草っていうんですけど知ってますか?」
「ああ、知ってるとも」
「その子に使ってあげてください。当然、お代は結構です」
「おおっ、それはありがたいがこんなに貰っても良いのか? 今、この村じゃベンジョン草が不足していてな。モネの森に黒怪鳥が住み着くようになってから供給が滞っていて、かなり貴重なんだぞ。それをこんなに……」
「そうなんですか? でもまだたくさんあるんで良かったら受け取ってください」
「それならありがたく使わせてもらう。ありがとう!」
よしっ、これであの子が目を覚ましたときに無理やりベンジョン草を口に突っ込まれたことを根に持っていたとしても、ドナテロさんがフォローしてくれるだろう。
「そうだ。お前さん、ここらじゃ見ない顔だが、名前を教えてくれないか?」
その質問に思わず顔が引きつる。
うーん、人のいる場所に行ったらいつかは聞かれると思っていたけど、とうとうこの名前を受け入れるときがきてしまったらしい。
ステータス上、そうなっているから仕方ない。
精々、闇堕ちしてコロニーにツインバスターライフルをぶっ放さないように精進しよう。
「カ、カトルです……」
「カトルか。良い名前だ」
「ははは、あ、ありがとうございます……」
「カトル、改めて礼がしたい。ワシはこの村でダヴィデ亭という宿屋を営んでいてな。もし、今日の宿が決まってないなら、ワシの宿屋に泊まっていかないか? もちろん、宿代なんていらん。どうだ?」
おっ? これは願ってもない申し出だぞ。
これから冒険者ギルドに行ってアイテムを換金してもいくらになるかわからないし、今日だけでも宿代がタダになるのはありがたい。
いやぁー、たまたまだけどいいことはするもんだね。
ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「ありがとうございます。それじゃ、冒険者ギルドに寄ってから伺いますね」
「おおっ! そうか! ワシの宿屋の場所は冒険者ギルドで聞けば教えてくれるはずだ。それじゃ、またあとでな。ほらっ、ピートン行くぞ!」
「ブヒブヒブヒ」
「ピートン、またね」
そうして、ドナテロさんとピートンは村の中へと消えていった。
あっ、しまった。冒険者ギルドの場所を聞いておけば良かったな。
いつの間にか人だかりも無くなってるし参ったな。
なんて思っていると、さっきの門番さんが気怠そうに尻をボリボリと掻きながら近づいてきた。
でも、なんかそのだらしない見た目に反して、只者じゃない感じがプンプンするぞ。
さっきドナテロさんに放り投げられたときなんて軽やかに後方宙返りして着地決めてたもんな。
それにその腰にぶら下げている剣、ものすごーく気になるんですけど!
さっきからチラチラ見えてる感じからして長剣だと思うんだけど、まるでバイクのエンジン引っぱがしてきちゃいました! みたいなガンメタリックの厳つい部品がくっついてるんだよね!
そういや、あの子が持っていた短剣にもシリンダーみたいな部品がくっついてたな……
もしかして、この世界の武器ってどれもこんな油臭い感じなのかな?
オラ、わくわくすっぞ!
「おい。お前、見ない顔だな。旅人か?」
「……んっ? あっ、はい。たぶんそんな感じです」
「どこからきた?」
ヤバい! この場合はどう答えれば良いんだろう?
あははは、この世界とは違う世界からきました、なんて言っちゃっても良いのかな?
というか、この世界での異世界人の扱いってどうなってるんだ?
せっかく人間に戻れたのに国家権力の犬になって魔王を倒してこいとか、拉致られて人体実験の挙句にモスキートの餌とか、絶対に勘弁なんですけど!
かと言って、この世界の地理なんて学校で教えてもらってないぞ!
ダメだ! この場を切り抜ける良い返答が浮かばない!
ええーい! ままよ!
ダメだったら、この人をぶっ飛ばして逃げよう!
「え、えーと、あっちからきました……」
俺は咄嗟に森のあった方角を指差した。
って、そんな幼稚園児みたいな返事が通じる訳……!
「あっち……? そうか、あっちか……。わかった。入って良いぞ」
「えっ……!? 良いんですか……?」
「ああ、入って良いぞ。ちなみに冒険者ギルドはそこに見える風見鶏のあるデカい建物だ」
「あ、ありがとうございます」
通じた―――!
おいおい! 通じちゃったよ!
さすがはピートンの言ってたチョロい門番さん!
これからは敬意を込めてチョロモンさんと呼ぼう。
「おい、ちょっと待て」
「な、何ですか?」
ま、まさか!? 俺の敬意が伝わっちゃったのか!?
チョロモンさん、チョロモンさんって馬鹿にしてごめんなさい!
「俺の名前はウィードってんだ。お前、名前は?」
「カトルです!」
やべー! チョロモンさん、エスパーだったのか!?
いきなり名乗ってきやがった―――!
この人、やっぱり只者じゃねぇーよ!
「そうか……。ようこそ、大草原の村ムルージュへ……。カトル、歓迎するぜ」
「えっ? あっ、はい。どうも……」
「ふぁー、それじゃ俺は一眠りするからくれぐれも問題は起こすなよ。じゃあな」
あれっ? 行っちゃった……。何だよ。チョロモンさんって良い人じゃん。
でも、なんか妙に疲れたな。とっとと冒険者ギルドでアイテムを売っぱらって、ドナテロさんの宿屋で休ませてもらおうっと。
んっ? そういや、さっきのチョロモンさんの名前……ウィ、ウィ……なんだっけ? うーん、まぁーいっか。




