007 女の子となんとやら……
「へ……、へ……、へっくしょん! うーん、誰かが俺の噂話でもしてるのかな? いやー、モテる男は辛いぜ! ……って、嫁さん以外からモテたことなんて無かったな。よっこらせっと」
黒怪鳥の襲撃で気を失った俺は、目を覚ますとピートンに案内されながら森の中を進んでいた。
今は見つけた小川のほとりで休憩がてら汚れた服の洗濯中です。
やっぱりジェントルメンたる者、身だしなみは大事だからね。
「あっ!? 袖が破けちゃった……。ま、いいか。片方だけ残ってるのも変だから、こっちも破いちゃおうっと。えいっ!」
それにしても、こんなに服がボロボロになるほどの大怪我だったのに、それを治しちゃうなんて、本当にベンジョン草様々だな。
あの後、俺とピートンは自生していたベンジョン草を心ゆくまで堪能した。
というか、貪り食った。
初めて食べたときはあんなにまずかったベンジョン草も、食べ続けているうちに味覚がぶっ壊れちゃったのか、段々とそのまずさが病みつきになって食べるのが止まらなくなっちゃったんだよね。
もしかして、ヤバい成分でも入ってるのかな?
まぁー、そんな訳で今は見ての通りの完全回復!
ついでにお腹もパンパンだ。
「よーし、こんなもんだろう。トレーナーは世紀末ヒーローみたいになっちゃったけど、これはこれで味があってカッコいいな。びしょ濡れだけど天気もいいから着てればそのうち乾くだろう。へへっ、ワイルドだぜぇい!」
ジーンズは所々破けてるけど、そんなに血も目立たないし洗わなくてもいいや。
でもダウンベストはボロボロ過ぎて、もう着れないな。
肩掛け袋の中にしまっておこう。
俺は一息つくと近くにあったボシ・ケンゲの爪を手に取った。
木の棒は黒怪鳥に襲われたときに無くしちゃったから、今の武器はこいつだ。
長さは40センチくらいでかなり短いけど、それなりに斬れ味もあったから、持ち手部分にケンゲの皮をグルグル巻きにして使っている。
実はここに来るまでにケンゲと何回か戦ったんだけど、これだとぶっ叩くことしかできなかった木の棒と違って、斬ったり刺したりできるからメチャクチャ楽に倒せるんだよね。
やっぱり刃物はいいよねぇ。ふふふっ……
ちなみにステータスはこんな感じ。
◇名前 水蜥蜴の雑刀
◇攻撃力 30
◇斬れ味 20
持ち手部分にケンゲの皮を巻いた後に観察眼で見たら、こんな風に武器としてのステータスが表示されたんだよね。
とは言っても、持ち手部分のケンゲの皮を取っちゃうと、素材のステータスに戻っちゃうんだけどね。
観察眼についてはもっと色々と試してみたいけど、今は村に向かうのが先決ということで……
「ピートン、お待たせ。出発しようか?」
「ブヒブヒ!」
ピートン曰く、この小川に沿っていくと村があるらしい。
とは言っても、俺が質問してピートンの耳の動きで判断しただけなんだけどね。
同じように聞いてわかったことをまとめるとこんな感じ。
・ピートンはベンジョン草が食べたくて飼い主に内緒で村を抜け出してきた。
・飼い主は男の人と女の人の2人。
・飼い主は宿屋をやっている。
・村の門番はいつも居眠りをしてるから村を抜け出すのはチョロい。
・村には冒険者ギルドがある。
・飼い主の女の人は最近冒険者になった。
事前に情報があるのと無いとじゃ心持ちも違うから、ピートンには本当に感謝感激雨あられだな。
あとは冒険者ギルドでアイテムを買い取ってくれるみたいだし、高く売れるといいなぁ。
でも持ってるアイテムはほとんどがレア度が1だから、あまり期待しない方がいいか……
うーん、それを考えるともう少しアイテムを確保しておきたいな。
ありがたいことに過積載スキルの効果で、肩掛け袋の積載可能容量も3倍になってるしね。
しかも重さはいくら物を入れてもノーカウント。
そんな訳でまだまだ肩掛け袋には余裕があるから、ケンゲとか出てこないかなぁ。
なんて邪なことを考えながら歩いていると、進行方向から犬のような遠吠えが聞こえてきた。
まだ姿は見えないけど、遠吠えの数からして10匹近くはいるんじゃないか?
「ピートン、ちょっと待って。さすがに数が多過ぎる。迂回しよう」
「ブヒブヒブヒブヒ!」
「ピートン!?」
俺の制止を無視してピートンは遠吠えの聞こえる方に向かって駆け出した。
それを黙って見送る訳にもいかず、俺はその後を急いで追いかける。
ぐんぐんスピードを上げて森の中を走り抜けていく。
そして、視界が開けるのと同時に俺の目に飛び込んできたのは、雲一つない青く澄み渡る大空の下に、どこまでも広がる常盤色の大草原だった。
日本ではそうそう拝めない雄大な情景に一瞬心を奪われそうになりながらも、そこでは一本角を生やした犬のような獣の群れが、軽装の鎧を身に付けた女の子を取り囲んでいた。
よく見れば傷だらけの女の子は、必死にその手に持った短剣を振り回して飛びかかってくる獣に抵抗している。
俺は走りながら観察眼で女の子を見た。
◇名前 ティア !中傷!
◇種別 人間
◇年齢 16歳
◇属性 水属性
◇職業 冒険者(鉄等級)
名前と西洋風の顔立ちからして日本人じゃなさそうだ。
状態は「中傷」……このままだとやばいぞ。
続けて、俺は獣の群れを確認する。
◇名前 キペンベA-J
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー1
◇属性 雷属性
案の定、モスキートだ。数は10匹で、ボシ・ケンゲのようなボス個体はいない。
脅威度はケンゲと同じカテゴリー1か。
状態は死亡1匹と軽傷3匹で、残りは無傷みたいだ。
「あっ!?」
くそっ! 女の子が押し倒されたぞ!
作戦なんて考えている暇は無い!
ピートンと俺は緩やかな傾斜を一気に駆け下りると、猛然とキペンベの群れの中へと突っ込んだ。
「ブヒィっ――!」
「うおおおおっ!」
突然の乱入にキペンベ達の視線が俺達に集まり、そのうちの何匹かがこちらに向かって飛びかかってくる。
だが、ケンゲと比べたら動きは遅い。
先行していたピートンはそれらを置き去りにしながら一直線に女の子の元へ向かうと、その肩口に噛みついていたキペンベを体当たりで吹っ飛ばした。
後続していた俺はピートンに飛びかかって置き去りにされたキペンベ数匹を、走りながら切り捨てる。
キペンベはカテゴリー1でもケンゲよりかなり弱い。
そう確信した俺は女の子を守るように立ち回っているピートンに気を配りながら、次から次にキペンベを切り伏せていく。
そして、残りが3匹になった所でキペンベは森の方へと逃げていった。
間もなくしてキペンベの姿が完全に見えなくなると、俺は警戒を解いて倒れている女の子の元へと向かった。
そこでは血だらけの女の子が、すがり付くようにピートンを抱きしめていた。
その瑠璃色のドングリ眼からは大粒の涙が溢れている。
「ピートン……、無事で良かった……。本当に心配したんだよ……。もう勝手に……、いなくなっちゃ……、ダメなんだからね……」
「ブヒブヒブヒ」
良かった……。どうやらピートンの言ってた飼い主の女の子だったみたいだ。
年齢の割にずいぶんと華奢だし、明るい栗色のふわふわショートカットって、なんかリスっぽくて可愛らしい女の子だな。
んっ? ちょっと待てよ。
今、女の子が話してた言語って、日本語じゃないよな?
なんで意味がわかったんだろう……?
おっと、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。
早く怪我の手当てをしないとね。
「えっと、俺の言葉はわかるかな?」
「えっ……? は、はい……。あっ、助けてくれて……、ありがとう……」
女の子の怪我の状態はキペンベに噛みつかれたせいで重傷まで悪化しているけど、意識もはっきりしているからベンジョン草を飲み込むのは問題無さそうだな。
俺は肩掛け袋からベンジョン草の束を取り出した。
「いえいえ、どういたしまして。そんじゃ、とりあえずコレ食べて怪我を治そうか?」
「そ、それって、まさかベンジョン草……?」
「うん。効果は俺自身で確認済みだから大丈夫!」
「えっ? でも、これって生だと……」
「ほらほら、口開けて、アーン」
「あ、あの、ティア、これ苦手で……」
「もうっ、好き嫌いしている場合じゃないでしょ。ほらっ、アーン!」
俺は嫌がる女の子の口の中に小さくちぎったベンジョン草を押し込んだ。
「ふぎゅっ!? ふぐふぐ……!? ふぎゅ――っ!」
その何とも可愛らしい悶絶っぷりに幼かった頃の娘が嫌いなピーマンを食べていた光景を重ねながら、さらに俺は強制わんこそば方式で女の子の口の中へとベンジョン草を詰め込んでいく。
「はい、じゃんじゃん!」
「ふぐふぐ! ちょっと待って! ふぎゅっ!?」
「はい、どんどん! まだまだイケるよー! はい、じゃんじゃん!」
「ふぐふぐ!? も、もう無理……」
「はい、どんどん! ……って、あれっ?」
「ふぎゅー……」
「おーい、大丈夫かー? って、気絶しちゃった……」
い、一応、怪我の状態は軽傷まで回復してるから大丈夫だよね……?
まぁー、その、なんていうか……
そ、そうだ。きっと、安心したら溜まってた疲れがどっときて寝ちゃったんだ。
うん……。そうだ……。そういうことにしておこう!
「な、なんか安心したら寝ちゃったみたいだなぁ……」
「ブヒブヒブヒブヒ……」
「な、何だよ? その目は……? コホンッ! とにかく、その子はまだ怪我してるんだ。早く村に連れていって休ませてあげよう!」
それから、手早くドロップアイテムを回収した俺は気絶している、女の子を背負って歩き出した。
そして、大草原を流れる小河に沿って小一時間ほど歩みを進めたところで、ようやくピートン達の住む村の入り口へと到着したのだった。




