058 お見舞いとなんとやら……
「そこの白とピンクの花束を貰えますか?」
「こちらですね。10ラグバになります」
「じゃあ、これで」
代金を支払って、店員さんから花束を受け取る。
白を基調にした花びらの中心に、淡いピンク色がふんわりとにじんでいる。
派手ではないけど、柔らかな色合いで、見ているとなんとなく気持ちが和らぐ。
ノーラさんの防具屋を出た俺は、ダヴィデ亭の手伝いがあるティアと別れ、近くにあった花屋へ立ち寄っていた。
今日はこれから、ベッチの家へオルシテの見舞いに行く予定だ。
嘆きの滝から助け出して以降、オルシテはずっと眠り続けている。
身体の傷自体は、回復薬のおかげでもう綺麗に治っている。
だけど、肝心の意識が戻らない。
ベッチやクラリスさんも医者に診せたり、治療のできる人を呼んだりと、いろいろ手を尽くしているみたいだけど、原因はまだわかっていない。
俺も気になるので、暇を見つけてはこうして様子を見に行っている。
「さて、行きますか」
花束を片手に、店を出る。
「おっ?」
通りへ出たところで、ふわっと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
肉の焼ける匂い。
しかも、かなりいい香りだ。
思わず足が止まる。
「……どこだ?」
鼻を頼りに視線を巡らせると、少し先にある屋台から白い煙が立ち上っていた。
鉄板の上では、大きなソーセージが何本もジュウジュウと音を立てて焼かれている。
その隣には切った野菜と細長いパン。
おじさんが焼き上がったソーセージをパンに挟み、その上から野菜をたっぷり乗せていく。
「おおっ……」
あれは。
どう見てもホットドッグじゃないですか。
いや、ちょっと野菜多めだけど。
でも、うまそう。
そういえば、もう昼を回ったところだったっけ。
昼飯、まだ食べてなかったな。
そう思った途端、急に腹が減ってきた。
「おじさん、それ1つください」
「あいよ!」
屋台へ近づくと、おじさんが手際よくパンを用意してくれる。
焼きたてのソーセージを挟み、野菜を乗せ、最後に赤茶色のソースを掛けた。
「ほらよ。5ラグバだ」
「はい、どうぞ」
代金を支払い、ホットドッグを受け取る。
さっそく一口。
パリッ。
噛んだ瞬間、皮が弾けて熱い肉汁が口いっぱいに広がる。
「うまっ!」
「だろ?」
おじさんが嬉しそうに笑った。
パンは外側が香ばしく、中はふわっとしている。
ソーセージの塩気と野菜の甘みがよく合って、酸味の効いたソースが肉の味をさらに引き立ててるな。
「これ、いいですね」
「気に入ったなら、また買ってくれよ」
「もちろん」
もう一口かぶりつく。
うん。
昼飯はこれで正解だったな。
「ん?」
俺が食べていると、おじさんの視線が手元へ向いた。
「兄ちゃん、その花束はなんだ?」
「これですか?」
「ああ。なんだい、今日はデートか?」
「ぶっ」
危うく口の中のものを吹き出しそうになった。
「違いますよ。お見舞いです」
「ああ、見舞いか」
おじさんは納得したように頷くと、ふと思い出したのか屋台の奥へ振り返った。
「それなら、こいつも手土産にどうだい?」
「手土産?」
「最近作り始めた菓子なんだけどよ」
そう言って見せてくれたのは、手のひらに収まるくらいの丸い焼き菓子だった。
表面はこんがりきつね色。
形だけ見れば、大判焼きとか今川焼きに近い。
「中に果物のジャムを入れてあるんだ。甘いぞ」
「へぇー」
焼きたてらしく、甘い香りがふわっと漂ってくる。
ベッチたちへの手土産にもよさそうだ。
「じゃあ、10個ください」
「おっ、そんなにか。毎度! 今焼いてる分も合わせりゃ足りるから、ちょっと待っててくれ」
「はーい」
おじさんが再び鉄板へ向かう。
俺は屋台の脇へ寄り、残りのホットドッグを食べながら出来上がるのを待つことにした。
通りにはいつもと変わらない景色が広がっている。
買い物袋を抱えて歩く人。
依頼帰りなのか、武器を背負ってギルドへ向かう冒険者。
店先で立ち話をしているおばちゃんたち。
どこかから子供の笑い声も聞こえてくる。
平和だねぇ。
最近はパシャ・ケンゲやら白双蛇やら、何かと物騒なことが続いてたから、こういう普通の日が妙にありがたく感じる。
そういや、白双蛇の出た南の遺跡は、今もギルドが調査中で、立ち入りが制限されてるんだったな。
嘆きの滝の件もまだ終わってないし、この前ベッチには「またカトちゃんが関わってんのかよ。これ以上仕事増やすなよ」なんて文句を言われたっけ。
まぁ、俺も好きで関わってるわけじゃないんだけどね。
そこはベッチに頑張ってもらおう。
今日は依頼もなし。
このままオルシテの顔を見て、あとはのんびり――
ゴゴゴゴ……
「あれっ?」
足元が僅かに揺れた。
屋台の皿や瓶がカタカタと鳴り、通りを歩いていた人たちも何人か足を止める。
俺も一瞬ふらついたけど、それだけだった。
揺れはすぐに収まる。
「いやぁー、驚いたねぇ。最近地震が多くてやんなっちゃうよ」
「そうですね。最近多いですよね」
ここ数日、こんな小さな揺れが何度か起きている。
今のところ大きな被害が出るようなものじゃないけど、続くとさすがに気になる。
「まったく、商売中に揺れるのは勘弁してほしいよ」
「あはは。焼いてる最中だと困りますよね」
「そうなんだよ。こいつをひっくり返したら全部台無しだからな」
「おっ、ちょうど焼けたぞ」
おじさんが手際よく焼き菓子を取り上げ、紙に包んでいく。
「ほら、10個。20ラグバだ」
「ありがとうございます」
温かい包みを受け取って、代金を支払う。
「毎度!」
紙越しにも甘い香りが漂ってくる。
これならベッチたちも喜んでくれそうだ。
「また寄ってくれよ」
「はい。ごちそうさまでした」
おじさんへ軽く手を振り、屋台をあとにした。
花束と焼き菓子の包みを手に、残っていたホットドッグの最後の一口を頬張りながら通りを歩いていく。
ベッチの家は冒険者ギルドの裏手にある。
ここからなら、そんなに遠くない。
何度か見舞いに行ってるから、道にもすっかり慣れた。
「ん?」
ジャックさんの店の前を通りかかったところで、扉が開いた。
中から出てきたのは、頭からすっぽりフードをかぶった人物。
身体を覆うフード付きの長い外套を羽織り、背中には大きな背嚢を背負っている。
しかも、その手には何処ぞの魔女が持ってそうな、ゴツゴツした木の杖まで握られている。
顔もほとんど見えない。
……怪しい。
めちゃくちゃ怪しい。
あの格好で、変な色の液体が入った大鍋でもかき混ぜてたら、完全に魔女だ。
いや、この世界じゃフード付きの外套なんて珍しくないけどさ。
それでも、ここまで顔を隠されると逆に気になる。
なんとなく目で追っていると、その人物がこっちへ顔を向けた。
フードの奥から、褐色の頬と白い髪がちらりと見える。
「……あれ?」
見覚えがある。
「おや?」
向こうも俺に気づいたらしい。
菫色の瞳に、わずかな驚きが浮かぶ。
「カトルじゃないか」
その声で、すぐに思い出した。
「あっ、マリーさん!?」
「久しぶりだねぇ」
マリーさんがフードの縁を持ち上げて、柔らかな笑みを見せた。
「いやいや、何してるんですか、そんな怪しい格好で」
「怪しいとは失礼だねぇ」
「だって、どう見ても怪しいですよ」
「ふふっ。あんまり目立ちたくないだけさ」
そう言って、マリーさんはまたフードを深くかぶり直した。
……いや、それ余計に目立ってません?
マリーさんと会うのは、モネの森へピートンとベンジョン草を採りに行ったとき以来だ。
森の奥にある湖のほとりで、ひっそり暮らしてるダークエルフの美人さん。
「今日は村に買い物ですか?」
「それもあるよ。何か月かに1度は来ないと、足りない物も出てくるからねぇ」
「そういえば前にも言ってましたね」
「ついでに薬草とお茶をジャックのところへ置いてきたのさ」
マリーさんが後ろの店を親指で示す。
「ああ、それでジャックさんの店から」
「そういうこと」
「それじゃあ、買い物が終わったら帰るんですか?」
「いや。今日はもう1つ用事があってねぇ」
「用事?」
「ああ。これからベスターの家へ行くところさ」
「ベッチの家?」
思わず聞き返した。
「俺も今から向かうところですよ」
「へぇー。奇遇だねぇ」
「マリーさんは何しに?」
「クラリスから頼まれたのさ。眠ったままの子供を1度診てほしいってね」
「あっ……オルシテ」
「その名前だったかねぇ」
なるほど。
ベッチたち、マリーさんにも声を掛けたのか。
薬草や薬にはかなり詳しい人だし、今までとは違う方向から何かわかるかもしれない。
「それじゃあ、一緒に行きます?」
「そうしようかねぇ」
俺たちは並んでベッチの家へ向かうことにした。
「ところでカトル」
「はい?」
マリーさんの視線が、俺の持っている花束へ向いた。
「その花束、アタシにかい?」
「違いますよ。オルシテのお見舞いです」
「そうかい」
少し残念そうに言いながら、もう1度花束へ目を向ける。
「アタシもたまには、そんな花束をもらってみたいもんだねぇ」
「そうなんですか?」
「ああ。特に、あんたみたいな男からもらえたら嬉しいだろうねぇ」
「へぇー。じゃあ今度――」
「ぷっ……あははははっ!」
「……えっ?」
突然吹き出したマリーさんへ、思わず顔を向ける。
「冗談だよ。あんた、本当に素直だねぇ」
「いやいや、普通に欲しいって言うから!」
「あははっ! まさか本気でくれるつもりだったとは思わなかったよ」
「紛らわしいこと言わないでくださいよ……」
マリーさんはまだ楽しそうに笑っている。
……この人、俺をからかうの完全に楽しんでるよね?
そんな話をしながら歩くことしばらく。
冒険者ギルドの横を抜け、裏手へ回る。
「あそこです」
「思ったより近いんだねぇ」
「ギルドマスターだからじゃないですか?」
「仕事場まで徒歩数分か。便利そうだ」
通りの先に、周囲の家より一回り大きな建物が見えてくる。
派手な屋敷というほどじゃない。
だけど石造りの土台にしっかりした木の壁、それに広めの庭まで付いていて、この辺りの家と比べれば明らかに立派だ。
何度見ても、ベッチの家って感じがしないんだよなぁ。
元の世界じゃ、レンジャー隊の隊長までやってたくせに、住んでたのはおんぼろアパート。
独身だったし、住むところには無頓着で、部屋もいつも散らかってた。
そんなところで缶ビール片手にダラダラしてた姿の方が、俺には馴染みがある。
それが今じゃ、こんな家に住んでるんだもんなぁ。
なんか変な感じだなぁ。
門を抜け、玄関の扉を叩く。
ほどなくして扉が開いた。
「お待ちしておりました」
現れたのは、背の高い年配の男性。
長い白髪を後ろで1つに束ね、皺ひとつない黒を基調とした服を身に着けている。
背筋は真っ直ぐ。
立ち姿からして隙がない。
ジェームスさん。
ベッチの家で使用人をしている人だ。
俺も何度か見舞いに来ているので、すでに顔馴染みになっている。
「こんにちは、ジェームスさん」
「ようこそお越しくださいました、カトル様」
「相変わらず様付けなんですね……」
「お客様ですので」
「はぁ」
何度言っても変えてくれない。
どうやら、この呼び方だけは譲る気がないらしい。
「マリーベル様も、お待ちしておりました」
「久しぶりだねぇ、ジェームス」
「ご無沙汰しております」
ジェームスさんが軽く頭を下げる。
マリーさんとも知り合いなのか。
まぁ、クラリスさんと昔から面識があるなら不思議じゃないか。
そこで、俺は持っていた花束を差し出した。
「これ、オルシテの部屋にでも飾ってもらえます?」
「これは……」
ジェームスさんが両手で花束を受け取る。
白と淡いピンクの花を眺め、穏やかに目を細めた。
「とても綺麗な花ですね。オルシテ様のお部屋に飾らせていただきます」
「お願いします。それと、こっちはみんなで食べてください」
続けて焼き菓子の包みを渡す。
ジェームスさんは受け取ると、匂いを確かめるように僅かに鼻を動かした。
「こちらも、なんとも良い香りがいたしますね」
「途中の屋台で勧められたんですよ。中に甘いジャムが入ってるらしいです」
「それは楽しみでございます」
そう言って微笑む姿まで、やっぱり絵になるなぁ。
改めてジェームスさんを見る。
長い白髪。
落ち着いた物腰。
完璧な老紳士。
……なんだけど。
腰には細身の剣。
いや、正確にはレイピア型のバンカーが下げられている。
初めて会ったときから思ってるけど、この人、絶対ただの使用人じゃないよね?
立ってるだけなのに妙な圧があるというか、隙がないというか。
ベッチの家へ泥棒に入るなら、相当な覚悟が必要そうだ。
「それでは、旦那様と奥様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「あっ、はい」
俺が返事をすると、ジェームスさんは屋敷の中へ歩き出した。
俺とマリーさんもその後に続く。
案内されたのは、玄関から廊下を進んだ先にある応接間。
大きめのテーブルを挟んで長椅子が向かい合い、壁際には本棚や小さな飾り棚が置かれている。
何度か来てるけど、相変わらず綺麗に片付いてるな。
絶対ベッチがやってるわけじゃないだろうな。
「おう、来たか」
「いらっしゃい」
部屋ではベッチとクラリスさんが待っていた。
「お邪魔します」
「ベスター、久しぶりだねぇ」
「ああ。わざわざ悪かったな、マリー」
「急にお願いしてごめんなさいね」
「構わないよ。ちょうど村へ来る用事もあったしねぇ」
俺とマリーさんが腰を下ろす。
ジェームスさんは受け取った花束と菓子を持ったまま、一礼して部屋の外へ出ていった。
花を飾ったり、菓子を用意したりするんだろう。
「それにしても、カトちゃんまで一緒とはな」
「途中で偶然会ったんだよ」
「今日も見舞いか?」
「うん。特に依頼もないしね」
「ほんと、よく来てくれるわね」
クラリスさんが柔らかく笑う。
「別に近いですから。それより、今日はマリーさんに診てもらうって聞きましたけど」
「ああ」
ベッチの表情から、さっきまでの気安さが消える。
「医者にも何人か診せたし、治療ができる奴にも見てもらった。傷はもう治ってるらしいんだが、それでも目を覚まさねぇ」
「原因も、まだわからないの」
クラリスさんが続ける。
「だから、薬草や薬に詳しいマリーにも一度診てもらおうと思って」
「なるほどねぇ」
マリーさんが小さく頷く。
「まぁ、アタシに何がわかるかは見てみないとなんとも言えないよ」
「それでいいわ。少しでも手掛かりがあればと思ってるだけだから」
「わかったよ」
マリーさんは椅子から立ち上がった。
「じゃあ、まずはその子を見せてもらおうかねぇ」
「ああ。こっちだ」
ベッチを先頭に応接間を出る。
クラリスさん、マリーさん、俺と続いて廊下を進み、階段を上がった。
2階の奥にある部屋の前でベッチが足を止める。
「ここだ」
扉を静かに開く。
窓から差し込む柔らかな光。
その中で、オルシテはベッドに横たわっていた。
薄い掛け布団から覗く顔には、前に見たときよりずいぶん血色が戻っている。
あれだけ酷かった傷も、回復薬のおかげですっかり綺麗に治っていた。
見た目だけなら、ただ気持ちよく昼寝しているようにしか見えない。
だけど、眠り始めてからもう随分経つ。
「オルシテ……」
小さく名前を呼んでみるが、反応はない。わかってはいたけど、目の前でこうして眠り続けていると、やっぱり心配になる。
胸元がゆっくり上下しているだけだ。
「この子だね?」
「ああ」
マリーさんがベッドの脇へ進む。
「ちょっと診せてもらうよ」
椅子を引き寄せて腰を下ろすと、まずは眠るオルシテの顔をじっと見つめた。
それから手首を取って、指先を添える。
脈を診ているみたいだ。
胸元の動きにも目を向け、呼吸の間隔を見ていく。
それまでの柔らかな雰囲気は消え、表情は真剣そのものだった。
しばらく脈を取ったあと、今度は片方の瞼をそっと持ち上げる。
窓から差し込む光の向きを確かめながら瞳を覗き込んで、反対側も同じように覗き込む。
「オルシテ」
名前を呼びながら頬へ軽く触れてみるが、目を覚ます気配はない。
続けて手を握り、指先へ少し力を加える。
さらに腕や足をゆっくり動かして、関節の動きや力の入り方も確かめていく。
俺たちは邪魔にならない距離から、黙って見守る。
薬草に詳しいのは知ってたけど、こういうこともできるんだな。
元冒険者なら、怪我人や倒れた仲間を見る機会も多かったのかもしれない。
マリーさんは最後にもう一度、オルシテの呼吸と脈を確認すると、その手を静かに布団の上へ戻した。
「……身体の方は、ずいぶん綺麗に治ってるねぇ」
「回復薬も使ったし、治療できる奴にも何人か診てもらったからな」
ベッチが答える。
「怪我そのものは、もう問題ないっていわれてる」
「そうかい」
マリーさんは小さく頷いたものの、すぐには立ち上がらなかった。
眠るオルシテの顔を見つめながら、何かを考えている。
「この子がこうなる前のこと、もう少し詳しく聞かせてもらえるかい?」
「前のこと?」
「ああ。どんな環境にいたのか。何があって、あそこまで傷ついたのか。その辺りをね」
ベッチが一瞬だけ俺を見る。
俺も小さく頷いた。
「こいつは、運搬ギルドから4人の冒険者にシェルパとして貸し出されてたんだ」
低い声で、ベッチが話し始める。
「そいつらが嘆きの滝でケンゲの大群に襲われてな。自分たちが逃げるために、この子を囮にして置き去りにしやがった」
マリーさんの眉が僅かに動いた。
「……子供を?」
「ああ」
「俺が駆けつけたときには、ケンゲの群れに囲まれて地面に倒れてました」
ケンゲの群れの中で、身動き一つせず倒れていた小さな身体。
死んでるんじゃないかと嫌な考えがよぎった直後、ほんのわずかに動いた指先を見つけたときのことを思い出す。
「身体中、血と泥だらけで……呼吸も浅くて、本当に危ない状態でした」
「それだけじゃないの」
クラリスさんが静かに口を開く。
「この子、3か月前に黒怪鳥が村を襲ったときにも、逃げ遅れて死にかけてるのよ」
「ええ。その時、この子を助けたのがラルムよ」
マリーさんの目が僅かに見開かれる。
「そうかい。この子が……何の因果かねぇ」
マリーさんは眠るオルシテへ視線を戻した。
やがて、マリーさんが静かに立ち上がる。
「ここで話すのもなんだし、下へ戻ろうかねぇ」
「……わかった」
ベッチが頷く。
俺は最後にもう一度、眠っているオルシテへ目を向けた。
変わらず静かな寝息を立てている。
俺たちはオルシテを残し、そっと部屋を後にした。
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