055 南の遺跡3となんとやら……
「ギシャァァァッ!!」
ハンスの背後から、巨大な白い頭が迫った。
大きく開いた口を、横へ跳んでどうにかかわす。
だけど、その先にはもう1つの頭が回り込んでいた。
避けきれない。
ハンスは頭の側面に弾き飛ばされ、地面を何度も転がった。
倒れたハンスが、わずかに身じろぎする。
よかった。生きてる。
駆け寄ろうとした、その時。
視界の先には、ハンスを吹き飛ばした白い蛇の巨体。
崩れかけた石造りの建物や、倒れた石柱の間を縫うように、太い胴体が長くうねっていた。
そこから伸びる2本の首は見上げるほど高く、その金色の眼だけが、薄闇の中で怪しく光っている。
俺はすぐに観察眼を発動した。
◇名前 白双蛇
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー4
◇属性 月属性
「ネームド指定のモスキート……」
しかもカテゴリー4って、黒怪鳥と同じじゃないか。
この間戦ったカテゴリー3のパシャ・ケンゲでさえ苦労したんだ。
このまま正面から突っ込んでも、まともにやり合える相手じゃないぞ。
「……なんでこいつが中層に」
隣からバルガスさんの低い声が聞こえた。
白双蛇を睨み付けたまま、背負っていたハンマー型のバンカーへ手を伸ばす。
「ここはワシが引き受ける。カトル、ハンスを連れて逃げろ」
「でも――」
「早く行け!」
「……っ! わかりました!」
「ティア!」
「うん!」
俺たちは倒れているハンスへ向かって走り出した。
その背後で、金属が重く噛み合う。
続けて、腹の底まで響くような低い振動音。
「ぬおおおおおっ!!」
振り返る。
マフラーから砂塵を噴き出しながら、バルガスさんがバンカーをぶん回した。
腰を落とし、身体ごと回転する。
回転の勢いを乗せて、白双蛇の太い胴体へ叩き込んだ。
ドガァァァァンッ!!
砂埃と石片が弾け飛ぶ。
その胴体が大きく弾かれ、何個もの石材を巻き込んで地面を滑っていった。
それでも、白い鱗にはほとんど傷が付いていない。
「「ギシャァァァッ!!」」
白双蛇の2つの頭が同時に動いた。
片方が正面からバルガスさんへ突っ込んでいく。
「ふんっ!」
バルガスさんはバンカーの柄でそれを受け止めると、力任せに押し返す。
だけど、その間にもう1つの頭が鋭い牙を剥き出しにして回り込んでくる。
「ギシャァァァッ!!」
バルガスさんは咄嗟にバンカーを割り込ませた。
それでも勢いを殺しきれない。
「ぐおっ!?」
バルガスさんがバンカーごと宙へ浮いた。
ドガァンッ!!
崩れかけた建物へ背中から叩きつけられ、壁の一部が砕け落ちる。
「くそっ!」
ハンスまでは、もう少し。
だけど、このままじゃバルガスさんが危ない。
「ハンスを頼む!」
「カトル!?」
ティアの声を背に、その場で方向を変えた。
腰の鞘から借り物のカブを引き抜く。
こいつに使えるのは極小シェルだけだ。
あんな化け物相手に通用するとは思えない。
それでも、今はこれでやるしかない。
俺は思い切りスターターを引いた。
崩れた石壁の前では、バルガスさんがようやく上体を起こす。
まだバンカーを構えられていない。
そこへ白双蛇の片方の頭が向いた。
「やらせるかよ!」
走りながらアクセルを握り込む。
エンジンが唸り、マフラーから赤い火花と熱い排気が散った。
地面からじゃ頭まで届かない。
前方に転がっていた大きな石材へ駆け上がり、その勢いで跳ぶ。
さらに石壁を足場にして、高度を上げた。
「うおおおおっ!!」
マフラーから伸びた炎が軌跡を描く。
勢いを乗せて、白い頭へカブを斬りつけた。
ガキィィンッ!!
柄を通して、重い衝撃が両手に走る。
「ぐっ!」
硬い。硬すぎる。
刃は全くと言っていいほど通らない。
白い頭の勢いも変わらない。
だけど、まだいける。
このカブの装弾数は3発。
1度スターターを引けば、全部撃ち切るまでは引き直さなくていい。
空シェルの排出と同時に、すかさずアクセルを握り込む。
再びマフラーから炎が噴き出す。
「せいやっ!」
上体を捻り、顎の横へ斜めに斬りつける。
ガァンッ!!
「ギシャッ!?」
白い頭がわずかに振れて、バルガスさんの横を通り過ぎる。
直後、背後で石材が砕け散る凄まじい破砕音が響いた。
壊れかけた建物が粉々になるのを横目に、バルガスさんはその場から離れて、バンカーを担ぎ上げた。
その額からは血が流れているけど、状態は軽傷。
どうやら大丈夫そうだ。
「なぜ戻ってきた!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
「「ギシャァァァッ!!」」
今度は右の頭が俺へ落ちてくる。
飛び退くと、巨大な口が地面へ突っ込み、転がっていた石材をまとめて噛み砕いた。
間髪入れず、もう1つの頭がバルガスさんへ迫る。
「ふんっ!」
バンカーの一撃が、白い頭の進路を大きく逸らした。
「なんでこんなのがいるんですか!」
「わからん。こいつは本来、もっと深層にいるモスキートだ!」
「深層……!?」
白双蛇が長い胴体を大きく捻った。
「来るぞ!」
太い尻尾が岩場を削りながら迫る。
近くの石へ飛び乗り、迫る尻尾を跳び越える。
バルガスさんは腰を落とし、バンカーを盾にするように構えた。
ドゴォッ!!
「ぐぬっ!」
両足を滑らせながらも耐えきる。
俺が着地したところで、片方の頭が口を開いた。
噛みつくにしては距離がある。
その奥で、黒い粒子が渦を巻き始める。
嫌な感じがする。
「バルガスさん!」
「避けろ!」
横へ飛び退く。
次の瞬間――
ズガァァァァァァァンッ!!
太く黒い光線が、俺たちのすぐ横を一直線に駆け抜けた。
「っ!?」
遅れて凄まじい破砕音が轟き、大量の石片が降りかかる。
腕で顔をかばいながら後ろへ目を向ける。
「……嘘だろ」
さっきまでそこにあった岩壁。
その一部が、ごっそりと抉り取られている。
周囲の岩場は衝撃で荒れているのに、光線が直撃した場所だけは、まるで消滅したように深く削れていた。
パシャ・ケンゲの高圧水流とは、比べものにならない。
「こんなの、まともに食らったら洒落にならないぞ……」
「カトル!」
もう1つの頭の口元にも、黒い粒子が集まり始めている。
「させるか!」
近くの岩へ駆け上がる。
そこから崩れた壁を蹴り、粒子が渦を巻く口元へ飛び込んだ。
マフラーから炎を噴き上げたカブを横薙ぎに振り抜く。
ガキィィンッ!!
「ギシャッ!」
握った両手に鈍い衝撃が返ってくる。
頭がわずかにずれ、その直後に放たれた黒い光線が俺たちの脇を抜けて地を走った。
ズガァァァァンッ!!
建物の壁が斜めに削り取られ、残っていた石材がなだれ落ちる。
「くっ!」
降ってくる石をかわして着地する。
手元に目をやれば、カブのスターターは元の位置に戻っている。
シェルを装填しようと腰のケースへ手を伸ばしかけたところで、視界の端にティアたちが映った。
ティアとクリフが倒れているハンスを両脇から抱え起こす。
「ハンスは生きとるで!」
「気絶してるだけ」
リーナとブラが周囲を警戒しながら、こちらに声をかけてくる。
よし。あとはティアたちを逃して、俺たちも逃げるだけだ。
「ギシャァァァッ!!」
白双蛇の片方の頭が、ティアたちへ向いた。
「まずい!」
「行かせん!」
バルガスさんが前へ出て、迫る頭へバンカーを叩き込んだ。
ドガァンッ!!
白い頭が弾かれる。
その隙にシェルを3発まとめてカブへ押し込み、スターターを引いて走り出す。
その頭は再びティアたちへ向きかけていた。
崩れた柱を足場にし、その先の石壁を蹴る。
マフラーから炎を噴き上げ、頭へ斬り込んだ。
ガァンッ!!
火花が散り、白双蛇が首を振る。
その動きに合わせて壁を蹴り、角度を変えた。
「はぁっ!」
赤い炎が弧を描き、反対側から2撃目を浴びせる。
さらに着地した石材から跳び、間髪入れず3撃目。
「くらえぇっ!」
炎と排気をまとった刃が顎の下を突き上げる。
ガキィィンッ!!
「ギシャァッ!」
その頭が仰け反った……けど、それだけ。
白双蛇は何事もなかったかのように、こちらへ向かってくる。
「くそっ、今のでも全然効いてねぇのかよ……」
やっぱり極小シェルじゃダメか。
って言っても、小シェルでもこの感じじゃ効かないだろうな。
とにかく今は、時間を稼げればいい。
「カトル! 離れろ!」
反射的に飛び退く。
直後、もう1つの頭から黒い光線が放たれた。
ズガァァァァンッ!!
さっきまでいた場所が削り取られ、周囲の岩が四方へ散る。
着地と同時に走る。
反対側の口元にも、もう渦が巻いていた。
「またかよ!」
黒い光線が後ろを追うように岩場を抉る。
建物の残骸が次々と巻き上げられ、粉塵が一気に視界を覆った。
「ギシャァァァッ!!」
その向こうで、2つの渦が同時に膨れ上がる。
「2つ同時かよ!」
「走れ!」
バルガスさんと左右へ分かれる。
直後、2本の黒い光線が空間を貫いた。
1本が岩壁を削り取り、もう1本が高い天井を掠める。
ゴゴゴゴゴ……!
天井に大きな亀裂が走る。
次々と岩が剥がれ落ち、地面へ叩きつけられた。
粉塵と岩片で、白双蛇の巨体が一瞬見えなくなる。
「今のうちに!」
奥へ視線を走らせると、ティアとクリフがハンスを抱えて洞窟へ向かっている。
その後ろを、リーナとブラが振り返りながらついていく。
あと少しで入れる。
粉塵の中からバルガスさんが飛び出した。
「ぬおおおおおっ!!」
大きく踏み込み、地面すれすれからバンカーを横薙ぎに振り抜く。
ドガァァァァンッ!!
その一撃が、白双蛇の胴体へ直撃した。
巨体が押し出され、岩場を削りながら滑っていく。
俺は白双蛇から目を離さないまま、横目でティアたちの様子を窺う。
ティアが1度だけ振り返ると、クリフと一緒にハンスを抱えて元来た洞窟へ入った。
リーナとブラも続く。
全員入った。
「バルガスさん、ティアたちが洞窟に入りました!」
俺の声に、バルガスさんがバンカーを握り直した。
白双蛇が身体を起こす。
「「ギシャァァァァァッ!!」」
2本の首が持ち上がる。
バルガスさんが力強く踏み込んだ。
「おおおおおおおおっ!!」
バンカーを下から一気に振り上げる。
重量に身体ごと引かれるように前へ跳び、続けて縦に1回転。
頭上へ回ったバンカーのマフラーから、砂混じりの突風が吹き荒れる。
その勢いのまま、白双蛇の胴体へバンカーを叩き落とした。
ドガァァァァァァァンッ!!!
空間全体が揺れる。
太い胴体が岩盤へ叩きつけられ、巨体が後方へ大きく押し戻された。
周囲の石材がまとめて跳ね上がり、地面へ何本もの亀裂が走る。
ゴゴゴゴゴ……!
頭上から低い音が響いた。
さっき黒い光線で亀裂の入った天井が、一気に崩れ始める。
巨大な岩が次々と落下し、その巨体を飲み込んでいった。
巻き上がった砂埃で、2つの頭まで見えなくなる。
「今のうちだ! 行くぞ!」
「はい!」
俺たちは同時に踵を返し、ティアたちを追って洞窟へ駆け込む。
その直後、背後から激しい破砕音が轟いた。
振り返った先で、積み上がっていた瓦礫が弾け飛ぶ。
舞い上がる砂埃の中から、白い2つの頭が再び持ち上がった。
「「ギシャァァァァァッ!!」」
白双蛇が俺たちを追って、洞窟へ突っ込んできた。
「来るぞ!」
腰のケースからシェルを掴み出し、走りながら弾倉へ押し込む。
続けてスターターを引いた。
エンジンが低く唸り、マフラーから赤い火花と熱い排気が吹き出す。
前方にはティアたちの後ろ姿。
このままじゃ追いつかれる。
ここで足止めするしかない。
振り返ると、バルガスさんは立ち止まり、もうバンカーを構えていた。
洞窟の奥から白い頭が迫る。
「ぬおおおおっ!!」
バルガスさんが踏み込み、正面からバンカーを打ち込んだ。
ドガァァンッ!!
マフラーから噴き出した排気が、足元の砂埃を一気に巻き上げる。
白い頭が押し戻され、長い首が仰け反った。
だけど、もう1ついる。
「横!」
「っ!?」
砂埃の向こうから、もう一方の頭が突っ込んできた。
バルガスさんがバンカーを戻すより早い。
白い頭がバルガスさんに激突する。
「ぐおっ!?」
バルガスさんが吹っ飛ばされて、俺のすぐそばを転がっていく。
「このヘビ野郎が!」
姿勢を低くし、迫ってきた白い頭をかわして首の側面へ回り込む。
マフラーから炎を引きながら、白い鱗へ斜めに斬り込んだ。
ガキィィンッ!!
刃を通して、腕まで痺れるような衝撃が返ってくる。
白双蛇が首を振り戻してくる。
軌道の外へ踏み込み、そのまま反対側へ抜ける。
「せいやっ!」
赤い炎が弧を描き、今度は逆側から斬りつける。
ガァンッ!!
「ギシャッ!」
白い頭がわずかにぐらついた。
でも、それで十分だ。
「まだ終わっとらんぞ!」
立ち上がったバルガスさんが割って入る。
その勢いのまま、バンカーを叩き込んだ。
ドゴォンッ!!
白い頭が洞窟の奥へ押し戻される。
「逃げるぞ!」
「了解!」
俺たちは同時に背を向けて、全力で走る。
ズガァァァァンッ!!
突然、すぐ後ろの岩壁が抉れた。
岩の破片が背中へ降り注ぐ。
「黒いの来てます!」
「わかっとる! 走れ!」
落ちてくる岩をかわしながら、洞窟の中を駆け抜ける。
前方にティアたちの姿が見えた。
そのさらに先には、洞窟の出口。
ティアたちが先に洞窟を抜けた。
俺とバルガスさんもその後を追う。
洞窟を抜けると、目の前には――
「橋!」
来るときに渡った大きな石橋。
底の見えない谷をまたいで、向こう岸まで続いている。
「そのまま渡れ!」
ティアとクリフがハンスを抱えて橋へ入る。
リーナとブラも周囲を警戒しながら、その後に続いた。
俺とバルガスさんは橋の手前で振り返る。
「「ギシャァァァァァッ!!」」
洞窟の奥から、白い2つの頭が飛び出した。
片方の口元では、もう渦が巻いている。
「まだ撃つのかよ!」
「散れ!」
左右へ分かれる。
黒い光線が俺たちの間を抜け、橋の脇にある岩盤へ突き刺さった。
ズガァァァァァンッ!!
岩盤が砕け、その一部が谷底へ落ちていく。
続けてもう1つの頭が迫った。
バルガスさんがバンカーを振り抜く。
ドガァンッ!!
巨大な口が押し返される。
その隙に橋を見る。
ティアたちは、もう向こう岸までたどり着いていた。
「バルガスさん、先に行って!」
「何を言っとる! お前が先に――」
そこへ白い頭が噛みついてくる。
大口をかわし、橋の手前に転がっていた岩を踏み台にして距離を取った。
「そんなこと言ったって、そっちのほうが足遅いでしょ!」
「ぐぬっ!?」
もう一方の頭がバルガスさんへ向く。
俺はその前へ回り込んだ。
「俺なら逃げきれます! いいから早く行けって!」
「……わかった」
バルガスさんが一瞬だけ俺を見る。
踵を返し、石橋へ走り出した。
よし。これでいい。
「「ギシャァァァァァッ!!」」
白双蛇の2つの頭が俺へ向く。
あの白い鱗には、何度斬りつけても刃が通らなかった。
「硬ぇんだよ、このヘビ野郎……!」
片方の頭が鋭い牙を剥き出しにして突っ込んでくる。
ぎりぎりまで引きつけてかわし、近くの崖際から突き出した大岩へ駆け上がる。
岩を踏み切って白い首の真横まで跳び、思い切りアクセルを握り込んだ。
極小シェルが炸裂し、エンジンが唸りを上げる。
マフラーから真っ赤な炎と熱い排気が噴き上がった。
崖の岩壁に片足を着けて、もう1度強く蹴る。
目の前に、金色の眼。
その中心には、縦に裂けた黒い瞳孔が浮かんでいる。
「うおおおおおっ!!」
すべての勢いを乗せて、カブを白双蛇の眼へ叩き込む。
ドゴォォォンッ!!
「ぐっ!?」
爆音とともに、炎と衝撃が一気に弾けた。
刃は眼球へ食い込み、金色の眼に深い傷が走った。
「ギシャァァァァァァッ!!」
白双蛇が大きく仰け反る。
同時に手元から嫌な感触が伝わった。
カブの刀身が折れている。
「マジかよ……!」
怯んだ隙に背を向けた。
「カトル!」
向こう岸からティアの声が飛んできた。
「そのまま離れてろ!」
橋へ駆け込むと、背後で咆哮が響いた。
傷ついた頭を激しく振りながら、もう一方の頭を伸ばしてくる。
石橋が大きく揺れる。
追ってきた。
向こう岸でバンカーを構えているバルガスさんに叫ぶ。
「橋を落としてください!」
「馬鹿を言うな!」
白い頭がすぐ後ろまで迫る。
それでも向こう岸へ急ぐ。
「いいから、早く!」
「……っ!」
バルガスさんがバンカーを振り上げた。
エンジンの轟音が谷へ響き渡る。
「ぬおおおおおっ!!」
真っ直ぐ振り下ろされたその一撃が、石橋の付け根へ叩き込まれた。
ドガァァァァンッ!!
足元が跳ねる。
向こう岸側の橋の付け根から、太い亀裂が一気に走った。
「うおっ!」
次の瞬間、石橋が崩れ始める。
巨大な石材が次々と外れ、谷底へ落ちていく。
後ろからは白双蛇の巨体が迫っている。
向こう岸までは、あと少し。
走れ!
目の前の石材が抜け落ちる。
残った石へ飛び移るが、そこも大きく傾いた。
もう先には、ほとんど橋が残っていない。
辛うじて残った最後の石材へ踏み込み、思い切り蹴る。
その瞬間、疾風馬のブーツが身体を押し上げる。
「届けぇぇぇっ!」
谷を越えるように跳ぶ。
踏み切った足場が崩れ落ちた。
向こう岸が迫る。
「カトル!」
伸ばした手が崖の縁を掴んだ。
止まりきれず、岩壁へ激しくぶつかる。
「ぐっ!」
指に力を込め、落ちそうになる身体を両腕で支える。
その直後――
「「ギシャァァァァァァァッ!!」」
すぐ下から2つの咆哮が耳をつんざいた。
顔を向ける。
崩れた石橋と一緒に、白双蛇の巨体が谷底へ落ちていく。
2つの頭を振り乱しながら、やがて暗闇の中へ消えていった。
「……落ちた」
次の瞬間、上から伸びてきた太い手が俺の腕を掴んだ。
「うおっ!?」
そのまま力任せに引き上げられ、崖の上へ転がり込む。
「まったく、無茶しおって」
「あはは……結果オーライってことで」
「やれやれ……行くぞ。あいつはあれくらいじゃ死なん」
バルガスさんが谷底を一瞥すると、背を向ける。
俺も立ち上がり、折れたカブを握り直した。
そうして俺たちは、ハンスを連れてその場を後にした。
◆◆◆
あれから数日後、俺は朝からバルガスさんの工房までやって来ていた。
「カブ改の修理が終わったぞ」
バルガスさんから、そんな連絡を受けたからだ。
店へ入ろうとしたところで、裏手の訓練場から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「だから、まだ無理しちゃダメだって!」
「これくらい平気だって言ってんだろ!」
この声は……
そのまま裏手へ回ると、訓練場にはティアたちが集まっていた。
リーナにクリフ、ブラ。それにバルガスさん。
そして、ティアと言い合っているハンスの姿もある。
あれだけ遺跡で死にかけてたとは思えないくらい元気そうだ。
傷は回復薬ですっかり治っているけど、1週間も遺跡の中で過ごしたせいで衰えた身体は、まだ本調子じゃないらしい。
今もいつもの訓練に混ざって、軽く身体を動かしている程度だ。
「ほんっと、言うこと聞かないんだから!」
「だから軽くだって言ってるだろ!」
そんな2人を眺めていると、ティアの胸元で何かがキラリと光った。
あれは――
南の遺跡の地下坑道を脱出してから、しばらく経った頃だった。
「……うっ」
「ハンス!」
横になっていたハンスがゆっくりと目を開ける。
「ここ……は……」
「もう大丈夫。遺跡の外だよ」
ティアの声を聞きながら、ハンスがぼんやりと周囲を見回す。
そして突然、何かを思い出したように身体を起こした。
「親父! オレが遺跡に入ってから何日経った!?」
「お、おい! 急に起きるな!」
「いいから! 何日だ!?」
ハンスの勢いに押され、バルガスさんが眉をひそめながら答える。
「……7日だ」
「7日……」
ハンスが小さく呟く。
それから、ほっとしたように息を吐いた。
「……それじゃ、間に合った?」
「何が間に合っただ。この馬鹿もんが!」
バルガスさんが拳を振り上げる。
だけど、それがハンスの頭へ落ちるより早く――
パァンッ!
乾いた音が響いた。
「……え?」
ハンスが呆然とする。
その頬を叩いたティアが、ハンスの前へ割って入っていた。
「バカ!」
「ティア……」
「どれだけ心配したと思ってんのよ!」
「……」
「何日も帰ってこないし、やっと見つけたと思ったらボロボロだし! 髪だって伸びてるし! ほんっと、何考えてんのよ!」
「……ご、ごめん」
「謝ればいいってもんじゃないでしょ!」
ティアの勢いに、ハンスは何も言い返せない。
バルガスさんも振り上げていた拳を下ろし、そのまま黙って2人を見ていた。
それからしばらく、ハンスはティアに散々怒られ続け――
「……ったく」
一通り言い終えたティアが息を吐く。
ハンスは気まずそうに頭をポリポリとかいた。
「……ティア」
「なによ」
ハンスが身につけていた銀のペンダントを外す。
そして、それをティアへ差し出した。
「……誕生日、おめでとう」
「……え?」
ティアが目を瞬かせる。
「誕生日……?」
少しして、はっとしたように目を見開いた。
「あ……今日……」
どうやら本人もすっかり忘れていたらしい。
ティアは差し出されたペンダントを見て、それからハンスの顔を見る。
「……あんた、こんなときに何言ってんのよ」
「いや、でも誕生日だろ」
「そうだけど……」
さっきまであれだけ怒っていたくせに、ティアの勢いが少しだけ弱くなる。
「……ほんっと、バカなんだから」
そう言いながら、ティアは差し出されたペンダントを受け取った。
しばらく手の中を見つめてから、小さく呟く。
「……ありがと」
「……おう」
「カトル!」
「ん?」
呼ばれて我に返る。
ティアがこっちを見ていた。
「いつからいたの?」
「ちょっと前から」
「だったら声かけてよ!」
「いやぁ、楽しそうだったから邪魔しちゃ悪いかなって」
「どこが楽しそうなのよ! ハンスが無理しようとするから止めてたんでしょ!」
「無理なんかしてねーって。軽く身体動かしてるだけだろ」
「それを無理するなって言ってるの!」
「もう大丈夫だって。このくらいなら――」
ゴンッ!
「いってぇぇぇっ!?」
ハンスが頭を抱えてしゃがみ込む。
その後ろには、拳を握ったバルガスさんが立っていた。
「まだ身体が戻っとらんだろうが。調子に乗るな」
「親父! そっちのほうがよっぽど身体に悪いだろ!」
「なら、もう1発いるか?」
「いらねーよ!」
「ぷっ……あははは!」
「笑うな、ティア!」
「だって、ハンスが悪いんじゃん!」
「お前なぁ!」
リーナたちまで笑い出す。
ティアの胸元では、あの銀色のペンダントが朝の光を受けて揺れていた。
少し前まで、ティアとどう接したらいいかわからないなんて悩んでたくせに。
今じゃ、そんなことを感じさせないくらい普通に言い合って、普通に笑っている。
俺はそんな2人を眺めながら、思わず口元を緩めた。
……うまくやってんじゃん。
次回は10月30日20時20分投稿です。
応援、お願いします。




