054 南の遺跡2となんとやら……
途中からティアの一人称視点に切り替わります。
村を出てから、俺たちは大草原をひたすら南へ進んでいた。
普段ならリーナあたりが何かしら喋ってそうなもんだけど、今日ばかりはみんな口数が少ない。
先頭を歩くバルガスさんも、さっきからほとんど喋らないで前だけを見ている。
そりゃ、無理もない。
俺だって、次男が家出したときは気が気じゃなかった。
きっとバルガスさんも同じ気持ちなんだろう。
「バルガスさん、ハンスは遺跡にはよく行くんですか?」
「ああ。バンカーに使う鉱石を取りに行かせてる」
「それじゃ、今回も?」
「いいや、今回は頼んでおらん。採掘道具を準備してるかと思えば、行き先も告げずに飛び出して行きおった」
「そうですか……」
銅等級試験のときにエクレールさんが冒険者ギルドと連絡を取ってたけど、ああいう通信機器はこの世界じゃ一般には普及していないみたいだ。せめて無事かどうかだけでも確かめられればいいんだけどな。
それから、時折ケンゲやキペンベと遭遇したけど、足を止めることはなかった。太陽が真上に昇った頃、ようやく南の遺跡近くまでたどり着いた。
「……あれか」
草原の先に、崩れかけた石造りの建物がいくつも見える。
屋根がほとんど残っていないものもあれば、壁が半分くらい崩れて中が丸見えになっているものもあった。
さらに近づいていくと、その周りには思っていたより人がいる。
背嚢やつるはしを持った冒険者たちが出入りしていて、地面には掘り出したらしい石の入った袋や木箱も置かれていた。
前にラフムン肉を焼いて食べた遺跡とは違って、ここは採掘場として使われてるだけあって結構賑やかだ。
「ここで聞いてみるぞ」
バルガスさんが足を止めた。
「はい」
俺たちは手分けして、近くにいた冒険者たちへハンスのことを聞いて回ることにした。
短く刈った頭の若いドワーフで、赤い鎧を装備していて、ハンマー型のバンカーを背負っている。
そんな特徴を伝えて何人かに聞いてみたけど、首を横に振られるばかりで手掛かりは掴めない。
そうして、別の遺跡に移動するか話し合っていると……
「おっ、ティアちゃんじゃないか」
声のした方を見ると、荷物をまとめていた大柄な男がこちらへ歩いてくる。
「お久しぶりです」
「元気そうだな。……ん? バルガスさんも一緒か」
「おう」
「珍しい組み合わせだな。つーか、そんな大人数でどうしたんだ?」
「ハンスを探しとる。見なかったか?」
「ハンス?」
男は少し考えてから、何か思い出したように頷いた。
「ああ、1週間くらい前に地下の採掘場で見たぞ」
「そのあとは?」
「さぁな。俺が見たときは、いつもみたいにつるはし振ってたけど、それっきりだ」
「そうか」
「何かあったのか?」
「まだ戻っとらん」
「本当か!?」
男の表情が変わる。
「俺も仲間うちに声掛けてみるよ。何かわかったら知らせる」
「悪いな」
ティアとバルガスさんの知り合いがいて助かった。これでようやく、ハンスがこの遺跡まで来ていたことがはっきりした。
「行くぞ」
「はい」
男と別れて、俺たちは地下の採掘場へ向かった。
少し歩いた先にあったのは、壁のあちこちにひびが入った石造りの建物だった。
バルガスさんは迷うことなく中へ入って、俺たちもついていく。
建物の奥には、2人が並んで通れそうな幅の階段があった。
「ここだ」
バルガスさんに続いて、その階段を降りていく。
地上から差し込む光は少しずつ弱くなって、周りが暗くなっていった。
やがて階段を降りきると、広い部屋に出た。
「おおっ……」
床には石板が敷かれていて、壁と天井も大きな石を組んで造られている。
けれど、正面の壁だけは大きく削り取られて、その先には岩肌が剥き出しになった坑道が伸びていた。
一定間隔で置かれた魔導ランプが薄暗い坑道を照らしていて、その奥からはカーン、カーンと何かを叩く音が響いてくる。
どうやら、この遺跡を入り口にして坑道を掘り広げたみたいだな。
道幅は大人が4人くらい並んで歩けるほどで、壁には削られた跡がいくつも残っている。
俺たちも坑道へ入った。
「バルガスさん、ここではどんな鉱石が採れるんですか?」
「鉄鉱石と属性鉱石だ」
「属性鉱石?」
「火鉱石や水鉱石みたいに、属性ごとに分かれている鉱石ですよ」
横を歩いていたクリフが答える。
「バンカーの属性に合わせて使い分けられているんです」
「へぇー。じゃあ、このカブとか、リーナのストマジなら火鉱石?」
「そういうことや」
リーナが両手を軽く握って見せる。
「火、水、雷、風、土、月。6種類ある」
バルガスさんが付け加える。
「なるほど」
バンカーの属性ごとに専用の鉱石があるってことか。
そういや、鉱石だけじゃなく、モスキートの素材も使うんだったな。
こうして考えると、バンカー1本作るにもいろいろ必要なんだなぁ。
「ほかにも水晶が出ることがある。古い魔導具が見つかることもあるぞ」
「魔導具まで?」
「ああ。滅多にないがな」
鉱石を掘りに来たつもりが、古代のお宝まで出てくることがあるわけか。
なんというか、採掘というより宝探しみたいだな。
しばらく進むと、道が二手に分かれた。
その先でもさらに別の道が枝分かれしている。
しかも、どれも同じような岩壁ばかりで、目印になりそうなものがほとんどない。
「これ、何も知らずに入ったら普通に迷いそうですね」
「ああ」
バルガスさんは返事をすると、迷う様子もなく右の道を選んだ。
途中、採掘をしている冒険者を見つけるたびにハンスのことを聞いていく。
何人かの話をつなぎ合わせると、ハンスは鉄鉱石や属性鉱石には目もくれず、何かを探すように坑道の奥へ進んでいたことがわかってきた。
「……うち、こういう洞窟あんまりいい思い出ないんやけど」
後ろを歩いていたリーナが、ぼそっと呟いた。
「そりゃそうだろうね」
思わず苦笑する。
「俺もモグラ退治してたら、穴の中からリーナたちとガラ・アファルが飛び出してきて驚いたよ」
「うちらなんて、その前からずっとあいつに追いかけられとったんやで」
「思い出したくありません……」
クリフがげんなりした顔をする。
「怖かった」
ブラが小さく頷いた。
「いや、ブラは結構平気そうだったじゃん」
「怖かった」
「そ、そう……」
相変わらず表情からは全然わからないな。
俺たちは再び前へ目を向けた。
奥へ行くにつれて、採掘をしている冒険者の数が少なくなってきた。
さっきまであちこちで鳴っていたつるはしの音も、今ではたまに聞こえてくるくらいだ。
さらにいくつかの分かれ道を抜けたところで、壁につるはしを振り下ろしている男を見つけた。
「すみません」
「んっ?」
男がつるはしを止めて、こっちを振り返る。
「人を探してるんですけど、1週間くらい前にこの辺りで、短く刈った頭の若いドワーフを見ませんでした?」
「ドワーフの若い奴……」
男は記憶を探るように考え込む。
「赤い鎧を装備してて、ハンマー型のバンカーを背負っていたと思います」
ティアが付け加える。
「……ああ」
男が顔を上げた。
「見たぞ。やたら元気な奴だろ?」
「はい! たぶんハンスです!」
「この先で掘ってたはずだ」
「この先……」
また一つ、ハンスの足取りが掴めた。
「ありがとうございます。それじゃあ――」
「ただな」
歩き出そうとした俺たちを、男の声が止めた。
「この先は今、通れないぞ」
「えっ?」
「1週間くらい前に崩落があったんだ」
「……崩落?」
空気が変わった。
ティアの顔から表情が消える。
バルガスさんも男へ1歩近づいた。
「場所は?」
「ここからもう少し先だ。2つ目の分かれ道を左に行ったところだ。あの若い奴が掘ってた場所も、その近くだ」
「……」
バルガスさんの眉間に深いしわが寄る。
「崩れたのは、あの若い奴を見かけたのと同じ日だ。俺が見たのは夕方近くだったし、そのあと戻ったかどうかまでは知らねぇ」
「誰か巻き込まれたって話は?」
「いや。崩れたときには、あの辺りで掘ってた連中はもう引き上げたと思われてた。だから、巻き込まれた奴はいないって話になってる」
胸の奥がざわつく。
でも、ハンスが戻ったところを見た人はいない。
しかも、最後に見られた場所のすぐ近くで崩落が起きている。
「行くぞ」
バルガスさんが低い声で言った。
返事を待つこともなく、すぐに歩き出す。
「行こう」
「うん」
俺たちも急いで坑道の奥へ向かった。
言われた通り、2つ目の分かれ道を左へ曲がる。
そこから先は、これまでより少しずつ道幅が広くなっていった。
誰も喋らない。
聞こえるのは足音だけで、さっきまで遠くから響いていた採掘の音も、いつの間にか消えていた。
しばらくすると、先頭のバルガスさんが急に足を止める。
「……」
その先を見て、俺も言葉を失った。
坑道を埋め尽くす、大量の岩と土砂。
天井の一部が大きく崩れて、その向こうへ続いていたはずの道が完全に塞がれている。
「ここが……」
ティアの小さな声が響く。
想像していたより、ずっとひどい。
これじゃあ、崩落の先がどうなっているのかもわからない。
もし、この下にハンスがいたら――
そこまで考えて、すぐに頭から追い払う。
まだそうと決まったわけじゃない。
バルガスさんは何も言わずに、崩れた岩の前まで歩いていく。
そのままゆっくりと周囲を見回していた、その時だった。
「……んっ?」
不意に足元へ目を向ける。
俺もその視線を追うと、崩れた岩の隙間から、木の柄のようなものがわずかに突き出していた。
バルガスさんはすぐにしゃがみ込むと、周りの小さな岩をどかしてから、その柄を引き抜く。
「つるはし……」
土にまみれた1本のつるはし。
それを両手で持ったまま、しばらく黙って見つめていた。
柄を握る太い指に、力がこもる。
「バルガスさん?」
俺が声を掛ける。
それでもバルガスさんはつるはしから目を離さないまま、低い声で呟いた。
「……ハンスの物だ」
◆◆◆
崩れた土砂の前で、バルガスさんはハンスのつるはしを握り締めていた。
「ハンス……」
名前を口にすると、嫌な想像が次々と浮かんできた。
「もしかして、この下に……」
その先は口にできなかった。
バルガスさんはつるはしが落ちていた場所と、崩れた土砂の位置を見比べる。
「いや。この位置なら、崩れる前に手放して、奥へ逃げた可能性が高い」
少しだけ安心した。でも、胸のざわつきは消えない。
奥へ逃げたなら、今はどこにいるんだろう。
お願いだから、無事でいてよ、ハンス。
バルガスさんはつるはしを持って立ち上がると、崩れた天井や周りの壁を見回した。
「ここは掘り返せん。下手に触れば、また崩れるぞ」
「そんな……それじゃあ、どうするんですか?」
クリフの問いに、バルガスさんは来た道を振り返った。
「別の道から向こう側へ回る。この辺りの坑道は頭に入っとる」
「それなら、崩れた場所の先へ行けるんですね」
カトルの表情が緩む。
「行くぞ」
「はい」
バルガスさんはハンスのつるはしを担ぐと、すぐに来た道を戻り始めた。
私たちも急いで引き返す。
待ってて、ハンス。絶対に見つけるから。
それから何度も分かれ道を曲がって、坂になった細い道を抜けると、岩が崩れている場所に出た。
「ここがさっき崩落していた場所の反対側だ」
バルガスさんは崩れた土砂の近くまで行くと、地面を指差した。
「足跡だ」
カトルがその場にしゃがみ込んで、魔導ランプを地面へ近づける。
淡い光に照らされて、足跡がはっきりと見えた。
「確かに足跡ですね。この向きからすると、崩落から逃げたときのものかな?」
その言葉に心臓が跳ねる。
「それじゃ、ハンスは無事なの!?」
「バルガスさん、どう思います?」
「この足跡がハンスのものかはわからん。だが、この先に行けばわかるはずだ」
バルガスさんは、私たちがやって来た方とは違う方向へ目を向けた。
足跡はそっちに向かって続いてるみたいだ。
「ここからはモスキートが出る。気を付けろ」
「はい!」
私たちは周りを警戒しながら、足跡を追って歩き出した。
「ハンスー!」
「聞こえたら返事せぇ!」
「ハンスさん!」
みんなで何度も名前を呼んだけど、返ってくるのは坑道の奥へ響く私たちの声だけだった。
返事がないたび、不安が大きくなっていく。
いつの間にか、足跡も見えなくなっていた。
やがて、バルガスさんが足を止める。
坑道の地面には、底の見えない大きな裂け目が走っていた。
「うわ……深そうですね」
カトルが魔導ランプを裂け目へ向ける。
光は途中で暗闇に飲み込まれた。
「んっ?」
バルガスさんが裂け目の手前で何かを拾い上げる。
それは土で汚れたピッケルだった。
「それって……」
「ハンスのだ。この柄の傷は見覚えがある」
つるはしの次は、ピッケル。
ハンスがここまで来たのは間違いない。
やっぱり、さっきの足跡はあいつのだったんだ。
「あのバカ……何やってんのよ」
喉の奥が熱くなる。
「帰ったら、ティアがどれだけ心配したか、ちゃんとわからせてやるんだから」
「うん。絶対、連れて帰ろうな」
カトルの言葉に頷こうとしたときだった。
ザラザラと、何かが岩肌を擦る音が聞こえた。
「何か来るぞ!」
カトルが赤い鞘からカブを引き抜く。
私も腰からジャズを引き抜いて、暗い坑道へ向けた。
魔導ランプの光の外から、大きな蛇の頭がゆっくりと現れる。
「ガラ・アファル……」
その口が大きく開いた。
「キシャァァァァッ!」
「避けろ!」
長い身体が地面を滑るようにして、一気に迫ってくる。
私たちは左右へ飛び退いた。でも、バルガスさんだけはハンマー型のバンカーを持ったまま動かなかった。
「バルガスさん!」
目の前まで迫っているのに、バルガスさんは慌てる様子もなくスターターを引いた。
ドドドドドッ……
エンジンの低い唸りが坑道の空気を震わせて、マフラーから砂塵が噴き出す。
右手でアクセルを握り込むと、唸りが大きくなる。
ガラ・アファルの牙が届く寸前、バルガスさんは大きく足を踏み込んで、バンカーを横に振り抜いた。
「ふんっ!」
ドガァァンッ!!
バルガスさんの一撃が、側頭部に直撃した。
土煙が一気に舞い上がって、ガラ・アファルの巨体が岩壁へ叩きつけられた。
「すごい……」
あまりの威力に思わず動きを止めてしまう。
頭を持ち上げたものの、その場でふらついていた。
「何をしとる! 今だ!」
「は、はい!」
我に返って、地面を蹴る。
リーナが鱗を砕いて、そこをクリフが貫く。
ブラが下顎を殴り上げたところへ、私もジャズを振り抜いた。
「キシャァァァァッ!」
ガラ・アファルが苦し紛れに頭を振る。
「下がれ!」
バルガスさんの声に合わせて、私たちはその場から飛び退いた。
直後、カトルがカブを腰溜めに構えたまま、前に出る。
マフラーから吹き出す炎が軌跡を描いて、その刃が首を斬り飛ばした。
ドゴォォォン!!
首から先を失った巨体が力を失って、地面へ崩れ落ちる。
土煙が収まっても、誰もすぐには喋らなかった。
やっぱりカトルは強い。
でも、それ以上に驚いたのは……バルガスさん。
扱いを教える姿は何度も見ているけど、戦うところは初めて見た。
こんなに強かったんだ……
「バルガスさん、やりますね」
カトルがカブを鞘に収めながら、声を掛ける。
「ふん。まだまだ若いもんには負けん」
それだけ言うと、倒れた巨体に背を向けて、裂け目のほうへ歩いていった。
バルガスさんは、拾ったピッケルと裂け目を交互に見た。
「こいつに追われて、ここへ落ちたか」
「ハンス、生きてるよね?」
「わからん。だから確かめに行く」
バルガスさんの言葉に、強く頷いた。
「ここからは下りられん。中層へ回るぞ」
「すぐ行きましょう」
カトルが裂け目の奥を見つめたあと、バルガスさんへ向き直る。
私たちはガラ・アファルのドロップアイテムを回収すると、さらに地下へ続く道へ向かった。
しばらく進むと、周囲が少しずつ明るくなってきた。
魔導ランプの光とは違う淡い光が、岩壁のあちこちから漏れている。
「この苔、光ってる……?」
近くの岩壁へ目を向けると、そこに生えた苔がぼんやりと発光していた。
「この辺りじゃ珍しくない」
バルガスさんは足を止めないまま、そう答えた。
採掘している場所から離れるほど、道はどんどん歩きにくくなっていった。
足元には尖った石がいくつも転がっている。
最初に出てきたのは、灰色の毛に覆われた3匹のモスキートだった。
2メートルほどの身体に、細長い口と鋭い爪がついている。
「トゥラーブだ。石を飛ばすぞ」
バルガスさんが言い終わるより先に、そのうちの1匹が口を開いた。
バシュッ!
「きゃっ!」
小石がすぐ横の岩壁にぶつかって、細かく砕ける。
「散れ!」
カトルが石をかわしながら距離を詰めて、一太刀でトゥラーブを斬り倒した。
バルガスさんのバンカーも、別の1匹を横から殴り飛ばす。
残った1匹は、私たちが攻撃を重ねて仕留めた。
「まだ来るで!」
リーナの声と同時に、頭上から羽音が降ってくる。
紫色の身体と皮膜の翼を持つモスキートが、暗い天井近くを飛んでいた。
「数、多すぎない!?」
10匹はいる。
バルガスさんが頭上を見上げる。
「サウティだ。音で攻撃してくるぞ!」
次の瞬間、頭上の群れが一斉に口を開く。
「伏せろ!」
耳の奥を引っかくような音が坑道へ広がった。
頭の中を直接揺さぶられて、足元がふらつく。
「な、なんやこれ……!」
リーナが両耳を押さえる。
その横を、カトルが駆け抜けた。
地面から突き出した岩へ片足を乗せて、勢いよく跳び上がる。
それだけでも高いのに、今度は岩壁を蹴った。
「えっ!?」
身体がさらに上へ飛んで、空中で刃を振り抜いて1匹叩き落とした。
「カトル、いつの間にあんな動きできるようになったん!?」
リーナが驚いた声を上げる。
私だって聞きたい。カトルは着地すると、また別の岩を足場に跳び上がった。
「見てないで、こっちもやるよ!」
「せやな!」
私は飛び込んできたサウティへジャズを向けて、スターターを引く。
アクセルを握るとエンジンが唸って、短いマフラーから青白い電光がバチバチと弾ける。
「はぁっ!」
加速したジャズを、その翼へ叩きつける。
空シェルが弾き出されて、紫色の身体が地面へ落ちた。
でも、まだ動いている。
「やっぱり、倒しきれない……」
タイミングは合ってるはずだ。
それでも、私は水属性だから、お父さんの雷属性のジャズから十分な力を引き出せない。
悔しい。
起き上がる前に、もう一度刃を振り下ろす。
「今度こそ!」
さらにブラが加勢してくれて、ようやくサウティは動かなくなった。
「ブラ、ありがとう!」
「まだ来る」
そう言って、頭上を指す。
残ったサウティが、次々と急降下してきた。
そのあとも、サウティが飛び回る中、別のモスキートまで次々と現れる。
ジャッフルを退けたと思ったら、今度は岩陰から黒い甲殻のモスキートが這い出してきた。
「ムダワルだ。丸まったら前に立つな」
バルガスさんの言葉通り、ムダワルは身体を縮めて、黒い球のような姿になった。
岩肌を跳ねながら、一気に私たちへ突っ込んでくる。
「うわあっ!?」
クリフの横をものすごい勢いで黒い球が通り過ぎた。
その先にはブラがいる。
「ブラ!」
「任せて」
ブラがズーマーを両手で構えた。
転がってきたムダワルを引き付けて、すくい上げるように打ち返す。
ゴンッ!
黒い球体は頭上を飛んでいたサウティの群れへ突っ込んで、3匹を巻き込んで岩壁へ激突する。
「すごっ! もう1回やってや!」
「今のは、たまたま」
「感心しとらんで仕留めろ!」
全員で落ちたモスキートへ向かう。
それからも休む間もなく、モスキートがどんどん出てくる。
こんな道を、ハンスはたった1人で通ったのかもしれない。
そう思うと、立ち止まってなんていられなかった。
しばらくすると、道は長い下り坂に変わった。
どのくらい深いところまで来たんだろう。
坂を下りきると、一気に視界が開けた。
そこは崖に囲まれたような広い空間になってて、高い天井からはつららみたいな尖った岩がたくさんぶら下がっていた。
「この辺りから中層だ」
バルガスさんは周囲を見回した。
「あっちだ」
バルガスさんが指した先には、大きな石橋が伸びていた。
私たちが横に並んでも渡れそうなくらい幅がある。
橋の先は崖になってて、そこには洞窟の入口がぽっかりと開いていた。
「この橋を渡るぞ」
そう言われて、私たちも石橋へ向かう。
だけど、橋の手前まで来たところでリーナが足を止めた。
「うわっ……」
そのまま橋の下を覗き込む。
つられて下を見た。
深い。
底の方は真っ暗で、どれくらい下にあるのかもわからない。
「これ、落ちたら洒落にならんやん……」
「なら下を見るな」
バルガスさんは気にした様子もなく、足取りを緩めない。
私も下を見ないようにして、その背中だけを見ながら歩いた。
石橋を渡りきると、崖に開いた洞窟へ入った。
しばらく歩いた、その時だった。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
男の人の叫び声が、ずっと先から聞こえてきた。
壁に反響した声が何度も重なって、私たちのところまで届く。
「今の声……ハンス!?」
間違いない。
ハンスだ。
生きてる――そう思った瞬間、胸が大きく跳ねた。
でも、喜んでる場合じゃない。
あんな声を上げるなんて、絶対に何かあったんだ。
「ハンス!」
私たちは一斉に走り出した。
足音が洞窟の中に激しく響く。
早く。
早くハンスのところへ。
無事でいて。
お願いだから、間に合って!
薄暗い穴の中をひたすら奥へ駆け抜ける。
やがて出口へたどり着くと、私たちの目に飛び込んできたのは――
2つの頭を振り回す真っ白な巨大蛇に追われながら、岩場を駆けるハンスの姿だった。
次回は10月27日20時20分投稿です。
応援、お願いします。




