053 南の遺跡1となんとやら……
ハンス一人称視点の話で、時系列は035のその後となります。
「よっしゃー! 着いたぞ!」
大草原のど真ん中をひたすら歩き続けて、ようやく南の遺跡に到着だ。
ここへ来るのは初めてじゃない。
前にも親父に頼まれて、バンカーに使う鉱石を採りに何度か来たことがある。
でも、今日は親父のお使いじゃない。
昨日買った銀のペンダントが頭に浮かぶ。
その中に、オレが自分で掘り出した水晶を入れて、世界に1つだけのプレゼントにする。
「よし! 絶対見つけてやるぜ!」
背嚢を背負い直し、肩のつるはしを握る。
背中のバンカーと腰の採掘道具が、鎧に当たってカチャリと鳴る。
よし。やるぞ!
遺跡の中へ入り、地下へ続く階段を降りていく。
薄暗い坑道には魔導ランプが一定間隔で置かれ、奥の方からカーン、カーンとつるはしを打ちつける音が響いていた。
「おっ、ハンスじゃねぇか」
「どうも!」
壁を掘っていた大柄な男がこっちへ手を上げる。前にここへ来たときにも何度か顔を合わせた冒険者だ。
「今日は親父さんのお使いか?」
「違いますよ。今日はオレの用事です!」
「珍しいな。何を掘りに来たんだ?」
「それは秘密です!」
「なんだそりゃ」
冒険者が笑いながら、また壁につるはしを振り下ろす。
言えるわけねぇだろ。
ティアへの誕生日プレゼントを探しに来たなんて知られたら、絶対からかわれるに決まってる。
オレはそのまま奥へ進み、空いている場所を探した。
「この辺でいいか」
背嚢を壁際へ下ろす。
つるはしを両手で持ち、岩壁の前へ立った。
「さて……水晶、水晶っと」
前に親父と一緒に来たとき、この遺跡ではたまに水晶が採れるって教えてもらった。
しかも、ごくまれに普通とは違う物が混じっていることもあるらしい。
せっかくティアに渡すなら、そういうのを見つけたい。
「よーし!」
つるはしを大きく振り上げる。
ガキンッ!
硬い音が坑道へ響いた。
ガキンッ!
ガキンッ!
ガキンッ!
「……出ねぇ」
額の汗を腕で拭う。
掘っても掘っても出てくるのは、灰色っぽい石ばかり。
鉄鉱石や属性鉱石ならたまに出てくるけど、狙いはこれじゃない。
「水晶出ろー!」
ガキンッ!
「出ろー!」
ガキンッ!
「ティアのプレゼントー!」
ガキンッ!
「おい! さっきからうるせぇぞ!」
「す、すみません!」
遠くから怒鳴られて、慌てて頭を下げる。
危ねぇ。
普通にティアって叫んじまった。
周りを見回すけど、みんな自分の採掘に戻っている。
「よし……」
今度は黙って掘ろう。
それから、どれくらいつるはしを振ったかわからない。
気づけば腕が重くなり、つるはしを握る手のひらも痛み始めていた。
それでも、水晶は1個も出てこない。
「くそっ……場所が悪いのか?」
掘った壁を睨む。
このまま同じところを掘り続けても出そうにない。
だったら場所を変えるか。
背嚢を背負い直して、さらに奥へ進んだ。
少し歩いたところで別の壁を掘ってみる。
出ない。
また移動する。
出ない。
さらに奥へ。
まだ出ない。
「マジかよ……」
こんなに見つからないもんなのか?
いや、でも簡単に見つかったら希少な水晶なんて言われないよな。
「もうちょい奥ならあるかもしれねぇ」
自分に言い聞かせ、そのまま進んでいく。
坑道はいくつにも枝分かれしているけど、前にも来たことがあるし、まったく知らない道ばかりってわけじゃない。
それに途中には採掘している冒険者もいる。
「水晶なら、この先の方が出るかもな」
「マジですか!?」
「ああ。俺は見たことねぇけど」
「ありがとうございます!」
通りすがりの冒険者にそう言われ、さらにやる気が出てきた。
よし。
やっぱり奥だ。
場所を変えて掘ることを繰り返すうちに、周りから聞こえていた採掘音がだんだん少なくなり、冒険者の姿もいつの間にか見えなくなっていた。
「……結構奥まで来たな」
振り返ると、薄暗い坑道がずっと先まで続いている。
親父からは「坑道の奥には危険なモスキートが出る。近づくな」なんて言われたことがあるけど、今のところ1匹も遭遇していない。
まぁ、あの時はオレが調子に乗って奥に行きすぎないよう、盛っただけだろう。
それより水晶だ。
「ここならどうだ!」
岩壁の前に立ち、つるはしを振り上げる。
ガキンッ!
小さな石が足元へ転がる。
ガキンッ!
また石が砕けた。
「頼むから出てくれよー」
ガキンッ!
その時だった。
パラッ。
「んっ?」
頭の上から小石が落ちてきた。
「なんだ?」
もう1度、天井を見上げる。
パラパラパラッ。
今度はさっきより多い。
「……えっ?」
ゴゴゴゴゴッ……
低い音が地面の下から響いてきた。
壁が震える。
天井から砂や小石が次々と落ち始めた。
「ちょっ、待て待て待て!」
嫌な予感しかしねぇ!
次の瞬間。
バキッ!!
頭上の岩に大きな亀裂が走った。
「うわっ!」
反射的につるはしを手放す。
来た道へ戻ろうとして――足を止めた。
天井が崩れてくるのは、そっちだ。
「くそっ!」
オレは反対側へ向きを変え、全力で奥へ走った。
ドゴォォォォン!!
「うおおおおっ!?」
背後からものすごい音が押し寄せてくる。
地面が激しく揺れ、飛んできた小石が背中や頭に当たった。
それでも止まらず走り続ける。
しばらくして、揺れが収まった。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら振り返る。
「……マジかよ」
さっきまで通ってきた道がない。
大量の岩と土砂が、坑道を完全に塞いでいた。
「おーい! 誰かいねぇかー!」
何度か叫んでみるけど、返事はない。
目の前に積み重なった岩を両手で押してみる。
「ぐっ……!」
びくともしねぇ。
「くそっ」
これ、オレ1人じゃどうにもならないぞ。
つるはしも向こう側に置いてきちまった。
「どうすっかなぁ……」
頭を掻きながら周りを見る。
後ろには、さらに奥へ続く坑道。
「まぁ、この先もどっかにつながってんだろ」
別の道から回り込めば、地上へ戻れるかもしれない。
それに、ほかの冒険者が崩落に気づけば向こうからもなんとかしてくれるはずだ。
「よし!」
そうと決まれば、じっとしてても仕方ない。
前進あるのみだ。
背嚢から魔導ランプを取り出して、奥へ向かって歩き出した。
「水晶ー……出口ー……」
誰もいない坑道を歩きながら、左右の壁へ魔導ランプを向ける。
どれくらい進んだんだろう。
分かれ道を選んで進み、行き止まりなら戻る。
それを繰り返すうちに、さすがに不安になってきた。
「ほんとにどっかにつながってんだろうな……」
あー、こんなところで迷子になってるのが親父に知れたらまたぶん殴られそうだ。
いや、帰った瞬間にまず1発。
こんな奥まで来たってわかったら、もう1発。
つるはし置いてきたって言ったら……
「……考えるのやめよ」
まだ殴られてもないのに頭が痛くなってきた。
その時。
「んっ?」
魔導ランプの光とは違うものが、視界の端に映った。
少し先の岩壁が、淡い水色に光っている。
「……まさか」
近づく。
岩肌から覗いていたのは、透き通った水色の結晶だった。
中心では黄色い花びらのような形をした光が弧を描きながら回っていて、薄暗い坑道の中でぼんやりと輝いている。
「水晶……?」
顔を近づける。
「水晶だ……」
間違いない。
「水晶だぁぁぁぁぁっ!!」
両手を上げて飛び跳ねる。
「やった! やったぞ! 見つけたぁぁぁっ!」
崩落に巻き込まれかけたけど、それでも見つけた!
「これならティアも喜ぶだろ!」
すぐに水晶へ手を伸ばす。
だけど、岩の中へしっかり食い込んでいて、指先でつまんでも全然動かない。
「ぐぬぬぬ……!」
そのまま力いっぱい引っ張る。
ダメだ。
「……あっ」
そこでようやく思い出す。
つるはし。
「置いてきたぁぁぁぁっ!」
頭を抱える。
目の前に水晶があるのに、肝心のつるはしは崩落した場所に置いてきたままだ。
「くそっ、どうすりゃ……んっ?」
ふと腰に下げた採掘道具が目に入る。
「そうだ。ピッケルがあるじゃねぇか!」
それを手に取って、水晶と岩の境目へ向ける。
「頼むから割れんなよ……」
カンッ!
水晶を傷つけないよう、周りの岩を慎重に削っていく。
カンッ! カンッ!
「もうちょい……」
岩の隙間へピッケルの先を差し込む。
「取れろぉぉぉっ!」
グッと力を込める。
ゴロッ。
「おっ!?」
水晶が岩から外れて、足元へ転がる。
慌てて拾い上げると、手のひらの中でキラリと輝いた。
「……へへっ。やった……」
ついに手に入れた。
オレが自分で見つけて、自分で掘り出した水晶。
背嚢を下ろし、中から小箱を取り出す。
蓋を開けて、銀のペンダントを手に取った。
「よし……」
丸い部分に指を掛けると、カチッと音を立てて開いた。
その中へ水晶をそっと収め、しっかりと閉じる。
手のひらに載せたペンダントを見つめる。
「世界に1つだけだ! うおっしゃぁぁぁぁぁっ!!」
ペンダントを手にしたまま、その場で飛び跳ねる。
「やったぞ! ティア! 見つけたぞぉぉぉっ!」
嬉しくて仕方ない。
出口が見つからないことなんて、頭から完全に消えていた。
ひとしきり喜んだあと、ペンダントを小箱へ戻し、背嚢の奥へ大事にしまう。
その時。
ミシッ。
「んっ?」
足を止める。
今、何か聞こえたような……
ミシミシッ。
音はすぐ近くの岩壁から聞こえていた。
「……おいおい」
また崩れるんじゃねぇだろうな?
背嚢を急いで背負い、そこから離れる。
直後。
ドゴォォン!!
「うわっ!」
岩壁の一部が吹き飛び、土煙が舞い上がる。
反射的に腕で顔を覆うと、煙の向こうからザラザラと何かが地面を擦る音がした。
「……なんだ?」
魔導ランプを向ける。
暗闇の中に、2つの目が浮かび上がった。
続いて、大きな蛇の頭がゆっくりと姿を現す。
太い胴体が、崩れた岩壁の向こうから這い出してくる。
「……ガラ・アファル?」
カテゴリー2の蛇型モスキートだ。
「なんでこんなところにいんだよ……」
「キシャァァァァッ!」
「うおっ!?」
ガラ・アファルが大口を開け、一気に突っ込んできた。
慌てて背中のバンカーへ手を伸ばす。
間に合わねぇ!
「くそっ!」
バンカーを構えるより先に、その場から横へ飛び退く。
直後、鋭い牙を剥き出しにした頭が、すぐ横を通り過ぎた。
「危ねぇぇぇっ!」
こんなのに噛まれたら1発で終わる!
まともにやり合える相手じゃねぇ!
オレは踵を返し、全力で走り出した。
「キシャァァァァッ!」
後ろから咆哮が響く。
ザザザザザッ!!
長い身体が岩壁と地面を擦りながら追ってくる。
「なんでだよ! やっと水晶見つけたってのに!」
魔導ランプを片手に暗い坑道を走り、分かれ道を曲がる。
それでも後ろの音は離れない。
「しつこいんだよぉぉぉっ!」
さらに走る。
薄暗く、足元もよく見えない。
でも止まったら追いつかれる。
「あっ――」
右足を踏み出した先に、地面がなかった。
「えっ?」
身体が前へ傾く。
魔導ランプの光が足元を照らした。
足元には、真っ暗な裂け目が大きく口を開けている。
「ちょっ、待っ――」
戻ろうとした足が空を切った。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
身体が一気に暗闇へ落ちていく。
必死に手足をバタつかせ、岩壁にしがみつこうとする。だけど、指先は岩肌をかすめるばかりで、逆に突き出た岩へ何度も身体をぶつけた。
「ぐっ……うぁっ!」
次の瞬間、傾斜のついた岩肌へ叩きつけられる。
そのままゴツゴツした斜面を勢いよく転がり落ち、止まる間もなく、また宙へ投げ出された。
もう……勘弁し……て……
そう思った直後、背中にものすごい衝撃が走る。
最後は硬い地面へ叩きつけられ、そのまま意識が途切れた。
「……っ、痛ってぇ……な、んだよ、これ……っ」
意識が戻った途端、身体中に痛みが走った。
少し身体を動かそうとしただけで、あちこちからズキズキと痛みが返ってくる。
「くそっ……」
ぼんやりした頭で、何があったのかを思い出す。
ガラ・アファルに追いかけられて、足元にあった裂け目へ落ちて……そこから先は、岩に何度も身体をぶつけたことくらいしか覚えていない。
「オレ……生きてんのか?」
どうやら、それだけは間違いないらしい。
重い瞼を開ける。
「……あれ?」
真っ暗だ。
目を開けているはずなのに、何も見えない。
「魔導ランプ……」
確か、落ちる直前まで手に持っていたはずだ。
痛む身体を起こし、手探りで辺りを探す。
ゴツゴツした岩に何度も手をぶつけていると、指先に硬い物が触れた。
「あった!」
すぐに拾い上げる。
「……って、壊れてんじゃねぇか」
手で触っただけでもわかる。
魔導ランプの一部が砕けて、形が変わっていた。
「あー……まぁ、あんだけ派手に落ちりゃそうなるか……」
壊れた魔導ランプをその辺へ投げ捨てる。
「ちくしょう……とにかく回復しねぇと」
痛む身体をかばいながら、腰のポーチへ手を伸ばす。
中を探ると、指先に砕けた瓶の感触があった。
「……マジかよ」
入れておいた3本の回復薬が、全部割れている。
ポーチの中も濡れてるけど、肝心の回復薬はほとんど残っていなかった。
落ちたときに漏れて、地面へ染み込んじまったみたいだ。
「チッ……これじゃ傷も治せねぇ」
明かりもない。回復薬も使えない。ここがどこなのかもわからない。
「どうすんだよ、これ……」
しばらくその場で考えたけど、このままじっとしていても仕方ない。
オレは立ち上がり、岩壁を探すように手を伸ばした。
手の当たった岩肌はほとんど垂直だった。足を掛けられそうな場所もない。
「ここから登るのは無理だな……」
来た道へ戻れない。だったら、ほかの道を探すしかない。
痛む身体を引きずって、岩壁に沿って進む。
「どこでもいいから、上につながっててくれよ」
何度も石につまずき、そのたびに身体を岩壁へぶつけた。
頭も、腕も、足も、全部痛い。
だからって、こんなところで立ち止まっていられない。
しばらく進むと、暗闇の先にぼんやりとした光が見えた。
「なんだ、あれ?」
近づいてみると、岩壁の苔が微かに黄緑色の光を放っていた。
奥へ進むほど光る苔が増えていき、気づけば足元も周りも見えるくらい明るくなっていた。
魔導ランプほどじゃない。でも、これなら普通に歩ける。
オレは岩壁から手を離し、そのまま奥へ向かった。
通路は何本にも枝分かれしていた。行き止まりに当たっては引き返し、別の道を進んだ。
途中でジャッフルが地面から飛び出してきたけど、バンカーを振り下ろして頭を殴ると、それだけで動かなくなった。
「脅かしやがって」
ジャッフルなんて、何匹出てこようがどうとでもなる。
……いや、何匹もは言い過ぎか。
あんま出てきませんように。
だけど、奥へ進むほど、今まで見たこともないモスキートまで現れ始めた。
灰色の毛に覆われた細長い奴は、離れた場所から口を開けて石を飛ばしてくる。
「うおっ!?」
顔の横を通り過ぎた石が、後ろの岩壁に当たって砕けた。
「危ねぇだろ!」
石をかわして一気に距離を詰め、頭へバンカーを叩き込む。
1匹なら問題ないけど、3匹も4匹も一緒に出てくると、攻撃を避けるだけでも面倒だ。
別の通路で出てきたのは、紫色の翼を持つ奴らだった。そいつらは、耳の奥を引っかくような音を浴びせてくる。
「なんだ、これ……!」
頭の中を直接揺さぶられてるみたいだ。まともに立っていられない。
近づいてきた奴を何匹か叩き落とし、残りが怯んだ隙にそこから逃げた。
さらに進むと、今度は黒い甲殻のモスキートが身体を丸めて、ものすごい速さで転がってきた。
「おわっ!? こっち来んな!」
慌てて横へ飛び退く。黒い球はすぐ横を通り過ぎ、そのまま岩壁に激突して岩を砕いた。
こんなのが何匹も転がってきたら避けきれねぇ。
「ったく、次から次へとなんでこんなにいやがるんだよ……」
しばらく歩くと、曲がり角の向こうからザラザラと岩を擦る音が聞こえてきた。
「……またモスキートか?」
足を止めてバンカーへ手を伸ばす。すると、その先から現れたのは……ガラ・アファルだった。
たぶん、さっきのと同じ奴だ。
なんとなくわかる。
こいつ、どんだけオレのこと好きなんだよ……
「またお前かよぉぉぉっ!」
「キシャァァァァッ!」
バンカーを抜くのをやめて、反対を向いて走り出す。
狭い通路を抜け、分かれ道を曲がる。
それでも岩壁を削りながら追ってくる音が離れない。
「来んな! あっち行け!」
さらに細い通路へ逃げ込んだ、その時だった。
ドゴォォォン!!
背後でものすごい音がして、地面まで大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
頭を抱えて揺れに耐え、土煙が収まってから振り返った。
さっきまで走ってきた通路が、大量の岩と土砂で完全に塞がれている。
ガラ・アファルが追ってくる音も、もう聞こえなかった。
「また崩れたのかよ……」
追ってきた奴からは逃げられた。でも、これじゃオレも今来た道へ戻れない。
残ってんのは、さらに奥へ続く通路だけだ。
「もう、どうにでもなれ」
バンカーを背負い直し、そのまま先へ進んだ。
それほど歩かないうちに狭い通路が途切れて、視界が開けた。
「なんだ、ここ……」
そこは天井が見えないくらい大きな空洞だった。
岩壁にはびっしりと光る苔が生えていて、ところどころに崩れた石造りの建物があり、それらに使われていただろう石材が転がっている。
空洞の中央には、真っ白な小山があって、さらにその先には奥へ続いていそうな通路が見える。
「んっ?」
なんか変だと思って、視線を小山に戻す。
「動いてる……?」
もう1度、よく目を凝らしてみると、小山だと思ったそれは何重にもとぐろを巻いた巨大な蛇だった。
白い鱗に覆われた胴体は、さっきのガラ・アファルの倍くらい太い。
しかも、とぐろのてっぺんには大きな頭が2つ並んでいる。
「ガラ・アファルじゃない……あれはもしかして……」
昔、親父に聞いたことがある。
大きな遺跡の地下には主がいるって。
確か南の遺跡の主は頭が2つある真っ白な大蛇……って、まんまじゃねぇか!
「っ……!?」
思わず声が出そうになり、口を手でふさいで通路の影に隠れる。
でも、どうする?
回り道しようにも元来た道は崩落してて通れない。
進むにはあいつの横を通って、その先にある通路へ向かうしかない。
空洞の中を恐る恐る覗いてみる。
遺跡の主の2つの頭は目を閉じている。
どうやら寝てるみたいだ。
行くなら、今しかない。
……でも起きちゃったら、どうしよう。
えーい! ビビっててもしょうがねぇ! 行くぞ!
岩壁に沿って、足音を立てないように進む。
遺跡の主は気づいていない。
起きんなよ……絶対起きんなよ……
半分くらいまで来た。
このままなら行ける。
コツン。
「あっ」
足元の小石を蹴った。
乾いた音が空洞の中へ大きく響いた。その瞬間、遺跡の主の片方の頭が持ち上がる。
続いて、もう片方も目を開けた。
「……お、おはようございます」
「「ギシャァァァァァァァァッ!!」」
「ですよねぇぇぇぇっ!」
反対側の通路へ向かって全力で走る。
だけど、そこまではまだ遠い。遺跡の主が地面を揺らしながら迫り、片方の頭が背嚢に食いついた。
「ぐえっ!? 離せぇぇぇっ!」
オレが肩紐を掴んだ瞬間、背嚢が大きく裂けた。
携帯食料や着替え、水筒なんかが転がる。
散らばった荷物の中に、銀のペンダントを入れた小箱が見えた。
「それだけはダメだ!」
地面へ飛び込み、岩の前で止まった小箱を掴み取る。
顔を上げると、2つの頭が大きな口を開いて、こちらに迫っていた。
「うわぁぁぁっ!」
オレは這いつくばるように身をかわし、立ち上がる。
先の通路までは距離がある。
このままじゃ、辿り着く前に喰われる。
慌てて辺りを見回すと、崩れた建物の陰に、細い通路が見えた。
小箱を抱えたまま、そこへ飛び込む。
すぐ後ろで大きな牙が閉じ、遺跡の主の頭が押し寄せてくる。
だけど、太い身体が入口の石材につかえて、中までは入ってこられない。
「た、助かった……」
そう思った直後、片方の口から細長い舌が伸びてきた。
「ひいっ!」
それから逃げるように奥へ走ると、すぐに岩壁へ行き当たった。
「行き止まりぃぃぃっ!?」
通路だと思って飛び込んだけど、そこは岩壁に開いた横穴だった。
振り返る。舌はもうすぐそこまで来ていた。
「来んな! 来んなって!」
背中を岩壁へ押しつけて身体を丸める。
舌先が目の前まで迫ってきた。
「ひぃぃぃぃっ!」
あと少しで顔へ届きそうなところで、その動きが止まる。
そのまま辺りを探ったあと、横穴の外へ戻っていった。
「はぁ……はぁ……」
ここまでは届かない。
そうわかっても、すぐには身体が動かなかった。
しばらくその場へ座り込んだあと、手に持っていた小箱を開ける。
しまっておける場所はない。
銀のペンダントを取り出して、首へ掛けた。
「箱は、また用意すりゃいい」
空になった小箱を足元へ置いて、ペンダントを胸当ての内側へしまい込む。
すると、身体から力が抜けた。
「疲れた……」
瞼が重い。
そういや、ここに来てからまともに休んでねぇ。
ガラ・アファルに追いかけられて、裂け目に落ちてからなんて散々だ。
もう起きていられず、オレはそのまま目を閉じた。
「んっ……んんっ……」
次に目を開けると、オレは地面の上で大の字になっていた。
「寝ちまったのか……」
身体を起こして入口へ近づくと、空洞にはまだ白いのがいた。
片方は眠っていた。だけど、もう片方は目を開けたまま、辺りを見回している。
「ずっと見張ってんのかよ……」
しばらく様子を見ていると、起きていた方の頭も目を閉じた。
「今なら……」
音を立てないように入口から外へ出る。
数歩進んだところで、もう片方の頭が持ち上がった。
「「ギシャァァァァッ!!」」
「うわぁぁぁっ!」
すぐに横穴へ逃げ戻る。そのあとを、長い舌が追ってきた。
「やっぱダメかよ……」
その後も白いのが眠った隙を見て、何度も外へ出ようとした。
だけど、そのたびに舌に邪魔され、入口から少し離れることすらできない。
結局、脱出できないまま、また疲れて寝てしまった。
次に目を覚ますと、口の中がカラカラに乾いていた。
持ってきた水筒は背嚢を破かれたときに失くした。
かといって、このまま水を飲まなきゃ確実に死ぬ。
オレは痛む身体を引きずって、横穴の中に水がないか探した。
すると、どこかで水滴が落ちる音が聞こえた。
それを頼りに進むと、岩壁の隙間から染み出した水が、足元の浅いくぼみに溜まっていた。
「水だ……」
オレはすぐにしゃがみ込み、両手ですくった水を夢中で口へ流し込んだ。
何度もすくって飲んでいると、今度は腹が大きく鳴った。
「食い物……」
辺りを見回しても、横穴の中に食えそうな物はない。
岩壁には苔が生えているけど、食おうとは思えなかった。
その近くには、岩の隙間から細い草が何本も伸びている。
「……こっちなら、食えるか?」
草を1本ちぎって匂いを嗅いでみる。
青臭くて、どう見ても食い物には見えない。
だけど、ほかには何もない。
「腹壊したら、その時はその時だ」
覚悟を決めて口へ入れる。固くて青臭い。それに、苦い。
「まっず……」
でも、吐き出すほどじゃない。オレはもう1本ちぎって口へ入れた。
腹が膨れるような物じゃない。それでも、何も食わないよりはマシだ。
それからは、水を飲んで草をかじりながら、逃げ出せそうなときを待った。
何度目かに目を覚ますと、腕や足に力が入りにくくなっていた。
「このままじゃ、ほんとにヤバいな……」
岩壁に背中を預けた、その時だった。
どこからか羽音が聞こえてくる。
白いのから逃げてきたのか、紫色の翼を持つモスキートが外から飛び込んできた。
「こっち来んな!」
バンカーを掴み、近づいてきたところを地面へ叩き落とした。
全然力が入らない。それでも、1匹だけならなんとかなった。
モスキートが光の粒になって消える。あとには、乾いた皮みたいな物が残った。
「……なんだ、これ?」
拾い上げてみる。表面は茶色く、見た目だけなら干し肉みたいだった。
「食える……よな?」
その間にも、腹が鳴った。
「いただきます」
思い切って端にかぶりつく。すると、苦みと酸っぱさと生臭さが口いっぱいに広がった。
「んぐっ!?」
鼻をつまんで無理やり飲み込もうとする。でも、身体が受けつけなかった。
「うっ……うえぇぇぇっ!」
えずきながら、口に入れた物を地面へ吐き出した。残った物も、遠くへ放り投げる。
「なんなんだよ、これ……」
涙を拭い、岩壁の隙間に生えた草をちぎった。もう、これを食うしかない。
相変わらず青臭くて苦い。それでも、さっきの物よりはずっとマシだ。
そのあとも、眠っては目を覚まし、そのたびに水を飲んで草をかじった。
横穴へ逃げ込んでから、どれくらい経ったのかは途中からわからなくなった。
腹の減り方も、身体のだるさもひどい。
「チッ……」
前髪が目にかかった。
邪魔だったから、指で払う。
この遺跡へ来たときは坊主だったのに、とんでもない速さで髪が伸びた。
しかも、坊主にする前は自慢のもじゃもじゃヘアーだったのに、今は屈辱のサラサラヘアー。
「なんだよ、これ……」
思い当たるのは、この草しかない。
食べ始めたころから急に髪が伸びやがった。
食うのをやめたい。でも、ほかに食える物はない。
「ティアに会ったら、絶対笑われるだろうな……」
いや、その前に怒られるか。
んっ? 待てよ。
もしも、心配すらしてなかったら……ちょっと寂しいな。
それでもいい。
このままじゃ、ティアの誕生日が過ぎちまうかもしれねぇ。
誕生日イベントは絶対に外せねぇ。
胸当ての上から、銀のペンダントに触れる。
「待ってろよ、ティア」
横穴の入口へ目を向ける。
これ以上ここで足止めされてるわけにはいかねぇ。
「……よし」
怖ぇけど、一か八かだ。
大きく息を吐いて、腹を括る。
白いのから目を離さないまま、身体を前へ出す。
オレは残った力を振り絞り、地面を蹴って横穴から飛び出した。
次回は10月23日20時20分投稿です。
応援、お願いします。




