052 防具屋となんとやら……
「♪ラッタッター、ラッタッター、ラッタター」
往年のCMソングを口ずさみながら、ムルージュ村の通りを歩く。
昼下がりの通りには、どこかのんびりとした空気が流れている。
店先に置かれたテーブルでは、お茶を飲みながら楽しそうに話している人たちの姿も見えた。
今日はこれからエクレアさんの洋服店へ行って、そのまま一緒に防具屋へ向かう予定だ。
というのも、つい最近買ったばかりの水蜥蜴のインナーがまたまた焦げた。
小手さえあれば大丈夫、なーんて思っていたのが大間違い。
いやいや、岩甲亀の小手はちゃんと役に立ったんだよ?
それでも悲しいかな、パシャ・ケンゲへの小シェル2連撃にはインナーが耐えられなかったらしく、見事に袖がまっくろくろすけのパッキパキ。
こりゃもう水蜥蜴のインナーじゃダメってわけで、ここらで1着丈夫なのを作ることにしたんだよね。
それで、どーせ作るならもっと脱ぎ着しやすくならないかなと思っていたところで、頭に浮かんだのがエクレアさん。
チャックの研究がどうなったのか聞いてみたら、もう少しで試作品ができるところまで進んでいるとのこと。
なら、そのチャックを新しいインナーにも付けてもらえないかと相談してみた。
ただ、エクレアさんは洋服を作る職人さん。
防具用のインナーそのものを作るのは専門外だ。
そこで、インナー本体は防具屋のおばちゃんに作ってもらって、チャックの部分をエクレアさんにお願いすることになった。
今日はその打ち合わせだ。
「おっ、見えてきた」
通りの先にある三角屋根の建物には、『エクレア洋服店』と書かれた木製の看板が掛かっている。
扉を開けると、頭の上でカランカランとベルが鳴った。
「こんにちはー」
声を掛けながら中へ入る。
店内を見回すと、色とりどりの服や綺麗に折り畳まれた布地が並んでいる。
相変わらず小綺麗だけど、肝心のエクレアさんの姿が見当たらない。
「エクレアさーん?」
呼んでみても返事はない。
奥かな?
そう思ったところで、店の奥にある扉が開いた。
「んっ?」
出てきたのは、エクレアさんによく似た女性だった。
綺麗な顔立ちに、長い髪。
そして、フリルの付いた可愛らしいワンピース。
……あれ?
エクレアさんじゃないよな?
似てるけど、なんか違う。
俺がそのまま見ていると、女性と目が合った。
「……なんだ、お前か」
「……」
この声。
俺は目を擦って、もう1度見る。
フリルの付いたワンピース。
その上に、見覚えのある顔。
「……エクレールさん?」
「あ?」
エクレールさんだ。
えっ、マジで?
服と髪型が違うだけで、ここまで印象変わるもんなの?
こうして改めて見ると、どこからどう見てもお嬢様だ。
ついこの間まで「くたばりやがれ!」とかなんとか叫びながら、ケンゲの大群を相手に大暴れしていた人だとは思えない。
思わずもう1度、上から下まで見てしまう。
「何ジロジロ見てんだよ」
「いや、なんか……いつもと雰囲気が違うなぁと思って」
「あ? 文句あんのかよ!」
「いえ、ないです」
中身はいつものエクレールさんだった。
ちょっと安心したような、しないような。
「何ニヤニヤしてんだ」
「してませんって」
「してんだろ」
「気のせいです」
そんなやり取りをしていると、奥の扉がもう1度開いた。
「あらあら、カトル。こんにちは」
「エクレアさん、こんにちは」
今度こそエクレアさんだ。
こうして2人が並んでるところを見ると、やっぱり双子だけあってよく似てるなぁ。
柔らかく笑いながら出てきたエクレアさんは、そのままエクレールさんへ目を向けた。
「もう、エクレールちゃんたら。カトルが来たら声を掛けてって言ったでしょ?」
「今呼びに行こうとしてたんだよ」
「……」
エクレールちゃん?
俺はゆっくりエクレールさんを見る。
フリルの付いたワンピース。
いつもとは全然違う格好。
そこへ、お姉ちゃんからの『エクレールちゃん』。
「プッ……」
「……あ?」
「いや……エクレールちゃんって……」
「テメェ、何笑ってやがる!」
「す、すみません……ちょっと似合いすぎて……エクレールちゃん」
「テメェ!」
エクレールさんがこっちへ踏み出す。
「おっと!」
反射的に1歩下がると、エクレアさんが間へ入った。
「こらっ! エクレールちゃん、そんな乱暴な言葉遣いはダメっていつも言ってるでしょ!」
「だ、だってよ。こいつが……」
「だってじゃないの。まったく、エクレールちゃんたら」
あのエクレールさんが、止まった。
しかも言い返しきれずに黙ってる。
へぇー。
お姉ちゃんには弱いんだ。
「ごめんなさいね、カトル」
「いえ、気にしないでください。エクレールちゃんの言葉遣いには慣れてますから。プッ……」
「て、テメェ!」
「エクレールちゃん、いい加減にしなさい!」
「うぐぐっ……」
また止められた。
エクレールさんは悔しそうにこっちを睨んでいる。
でも、今日の格好だと、睨まれてもいつもほど怖くないんだよなぁ。
お姉ちゃんもいるし、もう1回くらいならまだいけそうだ。
「それじゃあカトル、そろそろ行きましょうか」
「はい」
「ノーラさんも待ってるでしょうし」
ノーラさんというのは、これから向かう防具屋のおばちゃんの名前だ。
何度も世話になってるのに、名前を知ったのはつい最近だったりする。
「エクレールちゃん、お留守番よろしくね」
「……わかったよ」
エクレアさんが用意してあった鞄を持って、店の外へ向かう。
俺もそのあとに続いた。
……っと。
扉を出る前に、もう1度だけ振り返る。
「それじゃ、エクレールちゃん。行ってきます」
「テメェ、覚えてろよ!!」
「あはははは!」
背中に怒鳴り声を浴びながら、店の外へ出た。
「いやぁー、意外でした」
「あら、何が?」
エクレアさんと並んで村の通りを歩く。
「エクレールさんですよ。エクレアさんに注意されると、ちゃんと言うこと聞くんですね」
「あらあら」
エクレアさんが口元へ手を添えて笑った。
「あの子、昔はもっと穏やかで可愛かったのよ」
「えっ?」
思わずエクレアさんの顔を見る。
「……エクレールさんが?」
「ええ」
「穏やかだったんですか?」
「そうよ。今よりずっとね」
「へぇー……」
全然想像できない。
今日の格好だけなら可愛いってのはわかる。
でも、口を開けばいつものエクレールさんだしなぁ。
「昔からちょっと勝ち気なところはあったんだけどね」
エクレアさんが少し困ったように笑う。
「最近は言葉遣いもどんどん荒くなってきちゃって。ワタシも困ってるの」
「ははは……」
穏やかなエクレールさんかぁ。
今とはずいぶん違ったんだろうな。ちょっと見てみたいかも。
そんな話をしながら歩いているうちに、ふと今日の本題を思い出した。
「そういえばエクレアさん、チャックの方はどうですか?」
「あらっ」
その瞬間、エクレアさんの顔が明るくなった。
あっ、この反応。
前にも見たぞ。
「だいぶ形になったわ。あとは実際に縫い付けて、ちゃんと使えるか試してみるところね」
「おおっ、もうそこまでできたんですか?」
「ええ。カトルからもらったものを何度も見ながら作ってみたの。でも、少し形が違うだけでうまく噛み合わなかったり、途中で引っ掛かったりしてね」
「へぇー、見た目より難しいんですね」
「そうなの! でも、そこが面白いのよ!」
「お、おお……」
急に勢いが増した。
そのまま少しずつ、こっちへ身を乗り出してくる。
「だって、これがお洋服に使えるようになったら、ボタンを1つずつ留めなくても簡単に開け閉めできるのよ? 今までとは違う形のお洋服だって作れるかもしれないわ!」
「なるほど」
「あんな良いものを譲ってもらったんだもの。ワタシの方がお礼を言いたいくらいよ」
エクレアさんは嬉しそうに話し続ける。
普段のおっとりした感じはどこへやら。
こういうところは、やっぱり職人さんなんだろうな。
「今回のインナーでうまくいったら、次は普通のお洋服にも使ってみたいの。それから、もう少し小さく作れれば――」
「そ、そうですか……」
なんか、話してるうちにだんだん目の色が変わってきた。
というか、距離近いんですけど……
そんな話を聞きながら歩いていると、やがてノーラさんの防具屋が見えてきた。
ノーラさんの防具屋は、少し年季の入った木造2階建ての建物だ。
その横には大きな木が1本立っていて、入口脇から突き出した金属製の看板には『ノーラの防具屋』と書かれている。
元の世界でいう店舗兼住宅みたいな造りだ。
エクレアさんと一緒に入口へ向かい、扉を開ける。
カラン。
洋服店より少し低いベルの音が響いた。
「いらっしゃい! ……って、カトルかい。それにエクレアも。よく来たね」
店の奥から顔を出したのは、恰幅のいい獣人のおばちゃん。
頭の上にある熊みたいな丸い耳をピクッと動かしながら、こっちへ歩いてくる。
この人がノーラさんだ。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「あいよ。エクレアも、今日はよろしく頼むね」
「はい。よろしくお願いします」
「それじゃあ、こっちに来な」
ノーラさんに案内されて、店の奥へ向かう。
店内には、革独特の乾いた匂いと、手入れに使う油の匂いが漂っている。
バルガス工房は金属油の重くて無機質な匂いだけど、こっちは革の匂いの方がずっと強い。
同じ職人さんの店でも、扱う物が違うとこうも変わるもんなんだなぁ。
通路脇に並べられた防具を見ながら、ノーラさんのあとに続いて奥の部屋へ入ると、店とはまた違った光景が広がっていた。
「おおっ……」
壁には大小さまざまな工具。
棚には切り分けられた革や鱗、糸、金具なんかが種類ごとにきちんと並べられている。
途中まで形になっている防具もあれば、見たことのない素材や道具もたくさん置いてあった。
さすが防具屋の作業場。なんか見てるだけでも面白いな。
「そこ座ってな」
「はい」
作業部屋の真ん中にあるテーブルの前に、エクレアさんと並んで座る。
ノーラさんがお茶を用意してくれたところで、本題に入った。
「それで、素材は持ってきたんだろうね?」
「はい。これです」
背負っていた背嚢を下ろして、中からパシャ・ケンゲの素材を順番に取り出していく。
まずは硬皮が3枚。
それから硬鱗が2枚、鋭爪が2本。
最後に大水袋を1つ。
テーブルの上に並べ終わると、ノーラさんが硬皮を1枚手に取った。
「ほぉー……パシャ・ケンゲの素材なんて久しぶりに見るねぇ」
表面を撫でて、軽く曲げる。
今度は端の方を指で挟んで、厚みを確かめるように何度か押した。
「こりゃあ、かなり良い素材だね」
「おおっ」
職人さんのお墨付きいただきました。
せっかく命懸けで手に入れた素材だし、そう言ってもらえるとちょっと嬉しい。
「今回のインナーなら、この硬皮3枚と硬鱗2枚を使う。それ以外のものはいらないから、しまっときな」
「わかりました」
言われた通り、使わない素材を背嚢へ戻す。
「それで、もう1つの方は?」
「あっ、はい」
エクレアさんが持ってきた鞄を開けて、中から細長い金具の付いた布を取り出した。
「これが試作したチャックです」
「へぇー……これがねぇ」
ノーラさんは受け取った試作品を表から裏へ何度か返して、小さな金具を指先で触りながらじっくり眺める。
「これはどうやって使うんだい?」
「ここをつまんで、こうするんです」
エクレアさんがチャックを受け取ると、つまみをゆっくり動かして見せた。
ジーッという音とともに、閉じていた部分が綺麗に開いていく。
「ほう」
そのままつまみを反対へ動かすと、開いた部分が元通りに閉じた。
「へぇ……こりゃすごいじゃないか」
ノーラさんの丸い耳がピクッと動いた。
「ちょっと貸してみな」
「どうぞ」
今度はノーラさんが自分で何度か開け閉めする。
「なるほどねぇ。こいつを付けりゃ、確かに着たり脱いだりするのは楽になる」
「そうなんです。でも、動いたときに邪魔にならないようにしないといけないので」
「ああ。それに、このまま付けるだけじゃ周りから裂けるかもしれないね」
「やっぱり補強は必要ですよね?」
「必要だね。素材同士をそのまま繋ぐんじゃなくて――」
そこから2人の話が一気に加速した。
前に付けるか。
背中まで伸ばすか。
身体を捻ったときに引っ掛からないか。
チャックの周りをどう補強するか。
戦ってる途中で勝手に開いたりしないか。
最初のうちは俺も頷きながら聞いていた。
うんうん。
なるほど。
確かにそこは大事だよね。
「それなら端を二重にして、内側へもう1枚当てた方がいいかしら?」
「いや、それだと腰を曲げたときに引っ張られるね。こっちを少し逃がして――」
「でも、それだとチャックの歯が――」
「だったら、ここを――」
「……」
うん。
わからん。
気づけば、完全に置いていかれていた。
手元のお茶を一口飲む。
ズズッ。
邪魔しないように大人しくお茶を飲んでいよう。
それからしばらくして、ようやく2人の話がまとまったらしい。
「よし。だいたい決まったね」
「そうですね」
ノーラさんが俺の方を向く。
「それじゃあ早速、採寸しようか」
「はい」
椅子から立ち上がる。
エクレアさんも立ち上がると、鞄から見覚えのあるメジャーを取り出した。
洋服を買ったときも、これで身体のサイズを測ってもらったっけ。
「ワタシもお手伝いしますね」
「お願いします」
両腕を少し広げる。
これならすぐ終わるだろう。
「……何してんだい?」
「えっ?」
ノーラさんが呆れた顔でこっちを見ている。
「あんた、服着たまま測ってもらうつもりじゃないだろうね?」
「違うんですか?」
「当たり前だろ。インナーは身体に合わせて作るんだ。服を脱ぎな」
「ここでですか?」
「ここ以外のどこで脱ぐんだい。しのごの言ってないで、とっとと脱ぎな」
「あっ、はい……」
そう言われてしまえば仕方ない。
上着を脱ぐ。
ズボンも脱ぐ。
最後に残ったのは――
パンツ1丁。
「……」
改めて周りを見る。
目の前にはノーラさん。
隣にはエクレアさん。
女性2人の前で、俺はパンツ1丁。
いや、必要なのはわかるよ。
わかるんだけどさ。
「それじゃあ、測りますね」
「は、はい」
エクレアさんは何も気にした様子もなく、メジャーを俺の腕に回した。
腕。
肩幅。
胸回り。
次々と測っていく。
こっちはなんとなく落ち着かなくて、背筋を伸ばしたまま固まってしまう。
「何ガチガチになってんだい」
「いや、だってパンツ1丁で女性2人に囲まれてるんですよ!?」
「あらっ、やだ!」
ノーラさんが急に嬉しそうな声を上げた。
「こんな歳になっても女扱いしてくれるなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」
「あっ、いや、そういう意味じゃ――」
「はっはっはっ!」
バンバンバンッ!
「ぐほっ! ちょっ、ノーラさん!」
豪快に背中を叩かれて、思わずむせる。
「もう、じっとしててください。測れないわ」
「俺のせいですか!?」
「あらあら」
エクレアさんが笑いながら、ずれたメジャーを掛け直す。
なんだろう。
恥ずかしがってたのが馬鹿らしくなってきた。
その後もあちこち測られて、ようやく採寸が終わった。
「はい、もう着ていいよ」
「やっと終わった……」
急いで服を着直す。
うん。
やっぱり服って素晴らしい。
「そうだね。3日もあれば仕上がるよ」
「そんなに早くできるんですか?」
「ああ。素材の状態もいいし、エクレアのチャックも使えそうだ。細かいところは作りながら調整するけどね」
「お願いします」
これで今度こそ、インナーを黒焦げにせずに済む……といいんだけどなぁ。
「それじゃあ、今日はこれで――」
「あら?」
背嚢を背負おうとしたところで、エクレアさんが俺の足元を見た。
「カトル、靴に穴空いてない?」
「えっ?」
足元へ目を向ける。
「……あっ」
トレッキングシューズの側面。
ちょうど小指の辺りに、しっかり穴が空いていた。
「いつの間に……」
全然気づかなかった。
元の世界から履き続けてきたトレッキングシューズ。
熊に襲われたときも履いてたし、こっちの世界へ来てからもずっと一緒だった。
「あー……気に入ってたのになぁ」
さすがにちょっとショックだ。
「見せてみな」
ノーラさんがしゃがんで、穴の空いた部分を確認する。
「へぇー……変わった作りの靴だねぇ。ずいぶんしっかりしてるじゃないか」
「これくらいなら直せるよ」
「本当ですか?」
「ああ。少し時間はもらうけどね」
「お願いします!」
よかった。
捨てずに済みそうだ。
……って、修理に出したら履く靴がなくなるじゃん。
「じゃあ、代わりの靴も見ていくかい?」
「そうですね」
エクレアさんと一緒に店内へ戻って、並んでいるブーツを見て回る。
「これなんてどうかしら?」
しばらくして、エクレアさんが1足のブーツを手に取った。
見た目は茶色の革製で、足首までしっかり覆う形。
派手さはないけど、作りはかなり丈夫そうだ。
「どれどれ」
受け取って観察眼を使う。
◇名前 疾風馬のブーツ
◇防御力 28
◇耐久力 46
◇備考
跳躍力上昇 小
「跳躍力上昇……小?」
ジャンプ力が少し上がる効果か。
それでも、高く跳べるようになるならありがたい。
「履いてみてもいいですか?」
「もちろん」
トレッキングシューズを脱いでブーツへ足を入れてみると、思ったよりすんなり収まった。
「おっ」
紐を締めて立ち上がると、そのまま店の中を何歩か歩いてみる。
「いいな、これ」
足首はしっかり固定されてるのに、動かしにくさはない。
サイズも驚くくらいぴったりだ。
跳躍力上昇の効果もあるし、履き心地も十分気に入った。
「これにします」
「毎度あり」
「ちなみに、おいくらです?」
「2000ラグバだね」
「2000かぁ……」
決して安くはない。
でも冒険で使う靴なら、変なところをケチって怪我する方が嫌だしね。
「買います」
2000ラグバを支払って、そのまま新しいブーツを履いていくことにした。
穴の空いたトレッキングシューズはノーラさんに預ける。
「こっちは修理に500ラグバ。インナーが3000ラグバだから、3日後に合わせて3500ラグバだね」
「はい……」
今日のブーツが2000ラグバ。
3日後にインナーと靴の修理で3500ラグバ。
合わせて5500ラグバ。
「……結構いくなぁ」
パシャ・ケンゲとの戦いでそれなりに稼いだはずなのに、カブ改の修理にインナー、ブーツ、それにトレッキングシューズの修理。
なんか、稼いだ端から次々なくなってる気がする。
「冒険者って、稼ぐけど出ていく金も半端ないのね……」
「何か言ったかい?」
「いえ、何も……」
そうして俺は、財布へのダメージを感じながら、ノーラさんの防具屋をあとにした。
翌日、いつものように依頼を受けようと、冒険者ギルドのスイングドアを押し開く。
朝のギルドは、これから依頼へ向かう冒険者たちで賑わっていた。
「さてさて、今日はどんな依頼があるかなぁ……んっ?」
掲示板へ向かおうとして、足を止める。
酒場スペースの一角に、見慣れた顔が集まっていた。
ティアにリーナ、クリフ、ブラ。
そして、その真ん中には腕を組んだバルガスさんまでいる。
珍しいな。
バルガスさんが冒険者ギルドにいるところなんて初めて見たぞ。
しかも、普段の煤と油で汚れた革の前掛け姿とは違って、今日は鎧を身につけ、背中には大きなハンマーを背負っている。
「おはようございます。みんな揃ってどうしたんですか?」
「あっ、カトル。おはよう」
「おはようさん」
「おはようございます」
「おはよう」
ティアたちがそれぞれ挨拶を返す。
バルガスさんは俺の方を見ると、口を開いた。
「ハンスを探しに行く」
「……ハンスを?」
「ああ」
思わず聞き返す。
ハンスが草原地帯の遺跡へ鉱物採取に出掛けたのは知っている。
キャンプに誘おうとしたときも、まだ帰ってきていないって聞いたっけ。
「でも、前に何日か帰ってこないこともあるって言ってませんでした?」
「ある」
バルガスさんが頷く。
「だが、今日でもう1週間だ。あいつがここまで帰らんことは今までなかった」
「1週間……」
そうか。あれからもう1週間も経つのか。
あのハンスのことだから、そのうち騒がしく帰ってくるだろうと思っていたけど……
「それで、これから草原の遺跡を探すんですか?」
「ああ」
「でも、遺跡って大草原にはたくさんありますよね? どこを探すんです?」
「それなら当てがある」
「当て?」
「さっきまでここにいた冒険者が、1週間ほど前に、この村から南へ半日ほど行ったところにある遺跡の近くでハンスを見たらしい」
「村から南へ半日……」
なるほど。
そこまで場所が絞れているなら、かなり大きな手掛かりだ。
「その冒険者が見たあと、ハンスが村へ戻ったって話もない。まずはそこへ行ってみる」
「ティアたちも一緒に?」
「うん」
ティアが頷く。
「ハンス、こんなに帰ってこなかったことないから……」
「うちも、さすがに心配やわ」
「何かあってからでは遅いですしね」
「心配」
前ならハンスの名前が出ただけで嫌そうな顔をしていたティアも、今日は少し心配そうだ。
リーナたちも、いつものような明るい雰囲気じゃない。
そりゃそうか。
幼なじみが1週間も帰ってきてないんだもんな。
「……わかりました」
俺はバルガスさんたちを見回した。
「俺も行きます」
「カトルも?」
「うん。さすがに放っておけないでしょ」
本当に何かあったなら、笑い話じゃ済まない。
バルガスさんは俺を見ると、小さく頷いた。
「すまん。頼む」
「はい」
俺は頷いて、掲示板に背を向けた。
あの日、元気よく草原へ向かっていったハンスの姿が頭に浮かぶ。
……まったく。どこで何してんだよ、あいつ。
次回は10月20日20時20分投稿です。
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